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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
二章 食と観光の街
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第67話 断罪という名の(2)

 一週間前


「リネアさん、実は折り入ってご相談したいことが」

 どうしたの? そんな深刻そうな顔をして。


 ノヴィアと立て篭り事件について色々話し合っていると、やってきたのは受付班のチーフでもあるココア。

 先ほどまで一緒にいたわけだし、彼女なりに怖い思いをさせてしまったのかと反省するも、飛び出した言葉は意外な内容だった。


「実はシトロンさんの事で……」

「シトロン!? か、彼がどうしたの?」

 今まさにその件についてノヴィアと話し合おうとしていただけに、私とノヴィアはお互いの顔を見合わせながら驚きを示す。


 これは誰にも他言するつもりはないのが、つい先ほど一人残ったケヴィンが私たちに告げた内容に関連する。


「俺、知ってるんだ、シトロンの奴が何を考えているかを」

 正直ケヴィンの言葉を信じるほど私はお人好しではないが、このまま何も知らないと聞き流せるようなセリフでもない。

 その時は我が身可愛さに助けを求め、その見返りにこんな情報をもっているんだぞと、また何時もの他人を売って自分だけ助かろうとする出任せだと切り捨てたが、やけに胸騒ぎしていたのでノヴィアに警戒するよう相談していたのだ。

 そんな直後にココアから飛び出したのだから、私もノヴィアも驚かないわけにはいかないだろう。


「私、シトロンさんの事が信用できないんです」

「信用できない? それってどう言う意味かしら?」

 ただ合う合わないで他人を信用できないと言っているならば、私は軽く受け流すが、ココアの様子からその言葉がただの感情からではないというのが伝わってくる。

 だけど信用できないって……少なくとも私が知る限りの彼は真面目で一所懸命、スタッフ達からの評判もよく、その知識と能力はアレクやヴィルにも匹敵すると考えている。

 そんな彼がよりにもよって信用できないって……


「実は先日、両親に恩返しがしたいと言うのなら、ここよりももっと待遇のいい仕事を紹介しようか? って話を持ちかけられまして」

「それって引き抜きってこと?」

「はい……」

 ふむ、これはまた厄介な話が飛び出して来た。

 ココアはアクア生まれのアクア育ち。貧しいながらも優しい両親に育てられ、いつかは自分が働いて親孝行するのだと、そう面接の時に言っていたことを思い出す。


「そう、シトロンがそんな話を……。一応念の為に確認するけど、生活が苦しいから善意で話を持ちかけられた、って事ではいのよね?」

「はい。お世辞にも裕福とは言えませんが人並みの生活は送れていますし、両親とも病を患っているとい事もありません。寧ろ私がここで働くと言った時は家族でお祝いしてくれたぐらいです」

 そう言いながら罪悪感の念からなのか、ココアのトーンが落ちていく。

 彼女の話によると最初は軽い雑談だけだったのが、話が盛り上がるにつれ次第にシトロンの人柄の良さに惹かれていったのだという。


 ココアもお嫁さんを夢見る年頃のお嬢さん、対するシトロンは顔良し性格良し将来性ありと、三拍子揃った優良物件。

 二人の年齢も近い事もあり、ココアが心を許すのもある意味当然の流れだったのだろう。

 だけど話が進むにつれその内容がココアの同情を誘うものとなり、やがては知るはずもない両親の話や彼女が商会で働く理由、そしてついには別の仕事の斡旋まで出たところで危険を感じてしまったのだと言う

 シトロンが一体どこでココアの情報を掴んだのかは知らないが、巧みに相手の弱いところに潜り込み、自分は味方だと思わせるのは詐欺商法によくある手口。

 正直彼を知る者としては俄かには信じられないが、ココアが嘘をつくとも思えないし、メリットがあるとも思えない。それに今もこうして勇気を振り絞って告白してくれたわけだし、告げ口をしたからといって彼女が得する事も何一つない。


「一体何を考えているのかしら? まさか自分で新しい商会を立ち上げようとでも考えているのかしら?」

 一瞬今回の立て篭り事件に彼が関与しているかとも疑ったが、あれは明らかに突発的な事件だったし、主犯格はケヴィンだと私は考えている。

 もし彼がアクア商会を辞めて、自ら新しい商会を立ち上げるというのならば私は心から応援してあげるが、引き抜きだ裏工作だと商会にとってデメリットがあるなら、私は全力で潰しにかかるだろう。


「それだけではないんです。私の他にも同じように声を掛けられたという子もいて……。それで今回あんな事件があったから、皆んな自分が報告しなかったのが悪かったんじゃないかって不安がっちゃって」

 そういう事ね。

 頭の回転が速いシトロンの事だ、ココアの他にも優秀なスタッフ達に声を掛け回っていたのだろう。

 だけど今回予想だにしていなかった事件が起こり、声を掛けられずっと隠していた子達が怖くなった。

 ココアが言うには誰もシトロンの言葉にはなびかなかったらしく、誰にも話せず誰にも相談する出来ず不安な日々を過ごしていたのだという。


「勿論私は今の仕事が楽しいですし、辞めるつもりもありません。けれどあの人の言葉って何故か信用してしまうっていうか、自然と受け入れてしまうところがあるんです。言葉にするのはちょっと難しいのですが……」

 これは俗にいう相手を騙すための話術や、特定の人物が持つカリスマという言葉に近いのかもしれない。

 これが単純にその人の魅力だけで惹きつけるならばいいのだが、シトロンは明らからにココアの弱みにつけ込んでいる。

 さりげなく相手の懐に潜り込み、弱みを利用してそっと手を伸ばし、剰え自分は味方だからと信用させて金品を奪っていく詐欺そのもの。

 もちろんココアの話だけではシトロンが詐欺師だと言うつもりはないのだが、ココアを引き抜こうとしたのもまた事実。


 すると私に見せていた姿というのはすべて演技、って事になるのかしら?


「一つ教えてもらってもいいかしら? その声を掛けられた子って言うのはアクア出身の人たちなのかしら?」

「はい。私に相談してくる子は昔からの友人達だけですので」

 まぁそうよね。誰にでも気軽に話せる内容ではないし、引き抜きとなれば優秀な人材に限られてくる。

 他の現場ならば工程さえ把握できていれば問題ないが、受付のスタッフともなれば実績と経験が大きく関わってくる。そう考えると入社が浅い元アージェント市民は、彼の目に届かなかったという事なのだろう。

 もしかすると単純に怖くて話せないだけかもしれないが、早めに真相を確かめなければ危ないかもしれない。


「教えてくれてありがとう。でも良かったの? うちに留まってくれて」

 自分で言うのもなんだが、うちの待遇は決して良い方の分類ではない。

 お給料は並程度だし、お休みも週に一度っきり。その癖食品の安全だとかでスタッフ達に衛生を求め、ここ最近は過密的な業務内容を強いてしまっている。

 これでも人を増やしたり工場を二交代制にしたりと、色々努力はしていのだけれど、カーネリンの街道税問題でどうしても大規模工事に着手出来ないのだ。

 そんなアクア商会の現状に、ここよりも待遇がいいところがあると聞けば、靡いてしまうのもある意味仕方がない事であろう。

 それなのに……


「当然じゃないですか、この商会はこの村で暮らす人達のためのもの。立ち上げの成り染めも知っていますし、雇用の件も難民の方々の仕事を作る為リネア様が頑張っていた事は、アクアに住む人たちならば皆んな知っていますよ」

 うぅ、ちょっと私嬉しさの余りウルウルしちゃった。

 私が無理をして雇用を増やしたり生産工場を広めたりと、負債を抱えながらも頑張って来たのは一重のこの村で暮らす人たち全員のため。

 見返りなんて求めるつもりはサラサラないが、ココアのように分かってくれている人がいるだけで、私は救われた気分になってしまう。


「ありがとうココア、これからもよろしくね」

「はい!」

 こうしてこの一件は私が裏で調査するという事で一旦落ち着いたのだが、まさかここまでシトロンの動きが速いとは想像すらしていなかったのだ。

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