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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
二章 食と観光の街
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第64話 事件です!

「これなら行けそうね」

 私しかいない執務室で、誰に聞かせるともなく自然と言葉が漏れる。


 数日前、ココアの勧めにより街へと出かける事が出来たのだが、そこで偶然出会ったある出来事が私に閃きを与えてくれた。

 年初よりカーネリンの街の通行税に苦しめ続けられているアクア商会。度重なるこちらからの要望も受け取って貰えず、また交渉の席にすら着いて貰えない状況が続き、今やアクア商会の運営はほぼ横ばい状態。

 本来なら顧客も生産量も増え、売上も好調になるはずなのに、抱えている負債を返し続けるのがやっとといった状態にある。

 そんな時に私に閃きを与えてくれたのが、街で出会った八百屋さんのおじさんだったのだ。


「それにしても盲点だったわ」

 この方法なら多少のリスクだけで利益を上げる事ができる。後は現地で如何にいい・・を見つけられるかなのだけど、ここはトリスターノ様を頼れば相談には乗ってもらえるだろう。


 私は取引先でもあり、ヘリオドールの商業組合代表でもあるトリスターノ商会宛の手紙書き、配達の手配をしようと呼びベルに手を伸ばした時。


 バタバタバタ、バンッ!

「はぁ、はぁ、はぁ、大変です!」

 息を切らせ、慌てた様子で飛び込んで来たのは受付スタッフの女の子。

 同じ建屋で働いていることや、受付スタッフとは日頃からよく顔を合わせていることで、彼女の性格もある程度は把握していたのだが、ここまでの慌てようは流石に今まで見たことがない。

 私はまずは落ち着かせようと彼女に近づき、息を整えさせるよう介抱する。


「大変なんです、大変なんですよぉ!」

「大変なのは貴女の様子を見ればわかるから、まずは落ち着いて」

 急かすわけでもなく、怒鳴るわけでもなく、優しい口調でそっと話しかける。

 もしここでこちらまで慌てるように態度見せれば、ますます彼女を追い込んでしまうだろう。


「実は、実は……」

「実は?」

 彼女はここで息を整え……


「ケヴィンさんが新人スタッフ巻き込んで製造工場を占拠しました!」

「…………な、なんですってぇーーーー!!??」




 事の始まりは数時間前、調味料の製造工場でちょっとしたイザコザが起こったのだという。


 内容はどこにでもある不真面目グループ VS 真面目グループの口喧嘩。

 サボっている新人スタッフを、オープン当時から頑張ってくれているスタッフが注意したところ、『俺はあんたらより貰ってる給料が安いんだ、だからその分サボって何が悪い』と開き直り。

 さらに不真面目グループの仲間がそれに加わり、いつしか工場内の若いスタッフ達を巻き込んだ、壮大な罵り合いにまで広まったのだという。


 まったく学生じゃないんだから子供みたいな喧嘩をするな、といいたいところではあるが、双方日頃からの鬱憤がさぞ溜まってでもいたのだろう。

 周りの大人たちが必死に止めるも、騒ぎは一向にとどまる事をしらず、その結果……


「ケヴィンさんを中心に若いスタッフ達が、『この工場は俺たちのものだ、返して欲しければ俺たちの待遇を改正しろ』って、棒や竹などを振り回して皆さんを追い出しちゃったんです」

「それでこの騒ぎなのね」

 今なお立て籠もっているであろう工場を前に、私たちが到着した頃には結構な騒ぎにまで発展していた。


「あ、リネア様。大変なんです! 実はケヴィンさんが……」

「落ち着きなさいココア、大体の話は聞いたわ。それで今の状況はどうなっているの?」

 慌てふためくココアをよそに、落ち着いた様子でノヴィアが代わりに報告してくれる。


「騒ぎによるけが人はゼロ、多少混乱した状況ですが、比較的に皆落ち着いた対応をみせております」

 流石はノヴィアね、まずは私が知りたい情報のみを的確に報告してくれる。

 普段はどこか抜けている部分を見せる彼女だが、これでもれっきとしたプロのメイドさん。どんな状況でも冷静に判断し、的確な答えで主人に伝える。これが出来ないと恐らく貴族社会の中では生きていく事は出来ないだろう。


「中の様子は?」

「工場内にはケヴィン様以下、6名の新人スタッフ達が立て篭りをつ付けており、その全員がアージェント領出身の若い男性ばかり。現場には他にアージェント領出身のスタッフ達もおりましたが、その者達は止める側に回っており、今回の事件には関与しておりません」

「そう、わかったわ」

 報告にわざわざアージェント領の者達と入れてくれたのは、恐らく先日の私の話を聞いての補足だったのだろう。

 今回の騒ぎに関わっているのは難民達から受け入れたほんの僅かな人たち。難民の全員が全員、今の待遇に不満を漏らしているわけでもなく、また彼らが同胞達の一件で非難を受けないための一環の処置。

 よく見れば、私の方を心配そうに伺っているスタッフ達も大勢いるので、恐らくその辺りを考慮しての報告であろう。


「ありがとう。つまりは一部のスタッフ達による立て篭り、というわけね」

 こちらの様子を伺っている者達に聴こえるよう、少し大きめの声で返事を返す。

 こんな些細な事ではあるが、不安を抱いている人たちにとっては必要な処置。今回の立て篭り事件は、あなた達にアージェント領民には関係なく、あくまで一部のスタッフ達が独断で行った事件である、そうトップである私が判断したと示さなければならないのだ。

 もしここで私が間違った判断などしようものなら、両者の間には消す事が出来ないわだかまりが生まれてしまう事だろう。

 そうならないためにもこうした目に見える茶番が必要なのだ。


「それじゃ早速交渉にはいりましょ。彼らの要求は今の待遇の改善で良かったのよね?」

 そういった理由で喧騒が始まったのだというし、工場内から関係のないスタッフ達を追い出す際にも、改善の要求を求めていたと聞いている。

 流石に彼らの言い分を1から100まで全てを聞くつもりはないが、査定する期間を設けるとか、不足分を補填する何かを提示できれば、彼らなりの納得が出来る部分も出てくるはずだ。


 これは前世でお世話になった上司からの受け売りなのだが、お客様へのクレーム対応には少し時間をおく事が重要。

 相手が怒っている時、全ての言葉を『申し訳ございません』で対応するのは、かえって相手を怒らせてしまう。

 ならばどういった対応が正解なのだと言うと、まずは相手の話をじっくり聞く。お客様の言い分を親身に伺い、一方的な怒りを受け止めたのち、最後に一言だけ謝罪の言葉を口にする。

 早い話が相手に冷静に戻ってもらうための時間をおくのだ。これがクレーム対応の基本だと、私はそう上司から教えてもらった。


 まぁ、今回はクレームじゃなくて暴徒のようなものだが、別に誰かを傷つけたり破壊行動をされているわけでもないので、話し合えば何とかなるだろう。


「それじゃ行ってくるわ。シトロンはどこかしら?」

 私一人で行くのもいいが、現場のチーフはあくまでもシトロン。彼ならば私とケヴィン達との間にも入れるだろし、同じアージェント領の出身と言う事も、多少の親近感は持ってくれるだろう。だけど……


「あれ? シトロンはどこかしら?」

 彼ならば、騒ぎを聞きつければ真っ先に駆けつけてくるだろうに、辺りを見渡してもその姿がない。

 まさか立て篭り犯の一人が彼な訳があるまいし、休みを取っているという連絡も受けてはいない。

 それじゃ何処に?


「リネア様、その……大変申し上げにくいのですが……」

 私がシトロンの姿を探すため、あちらこちらを眺めていると、隣にいるノヴィアが何とも言いにくそうに話しかけてくる。


「どうしたの? 何か知っているの」

「実はリネア様が来られる少し前、シトロン様が交渉に行くとたった一人で……」

「はぁ? まさか一人で工場内に入っちゃったの?」

「……はい」

「……」

 あ、頭が痛い……。

 彼の性格ならば騒ぎになった事に責任を感じるだろうとは思っていたが、まさか私が来る前に一人で乗り込むとは考えてもいなかった。

 流石に同郷の者を傷つけるような事はしないだろうが、これじゃこちらからも手出しが出来ない。

 もしシトロンが今なお交渉中ならば、私が出て行くことで変な刺激を与えてしまうだろし、人質とされてしまったのなら今度は私の身が危険となってしまう。


 犯罪というのは一度手にかけてしまうと後戻りが出来ず、自らを守ろうと新たに違う犯罪を犯してしまうもの。

 勿論その辺りを覚悟し、一人工場内に乗り込んでもいいのだが、流石に男性7人を相手にか弱い私が敵うわけ……があるのだが、不慣れな魔法では力加減も出来ないし、物陰に潜まれて不意を突かれればあっさりと囚われのお姫様と化してしまう。

 もしそんな事になってごらん、それこそ村中を巻き込んだ大騒動になってしまうだろう。


「困ったわね。シトロンが中に入ってからどれぐらい時間が経っているの?」

「そうですね、大体30分ほどかと」

「30分……、少し長いわね」

 元々シトロンに彼らを納得させるだけの権限は与えていないし、説得するにも簡単に折れるような者達でもない。もしそんな単純な者達ならば、ここまで騒ぎにはならなかった筈だ。


「どういたしましょうか?」

「そうね、交渉の余地なしという事ならば、すぐにでも戻って来そうなものだけれど、未だに戻ってこないとなると流石に心配ね」

 彼が責任を感じた事には共感できる部分もあるが、このような状況となってははっきり言って足手まとい。こちらからは交渉に出る事も出来ず、また強行突破という最終手段も絶たれてしまった。

 これで私たちができる方法は、彼ら立て篭り犯からの呼びかけを待つしか方法がなくなってしまったのだ。


「リネア様の代わりに私が様子を見に、って訳にはいきませんよね?」

「そうね、私の代わりに言葉を伝言、って言ってもココアは彼らとは違う部署だし、それほど親しかった訳でもないんでしょ?」

「はい。簡単な挨拶程度は交わしてはいると思いますが、正直近づきたいとは感じておりませんでしたので」

 ココアの申し出はありがたいのだが、彼らと親しくない者ほど危険度は増していくし、女性の身である彼女を危険な場所に送り込む事も出来ない。

 ならば追い出された工場のスタッフの誰かにとも考えるが、つい先ほどまで喧嘩をしていた状態なので、捕まった際に何をされるかもわからない。


「はぁ、全く頭が痛いわね」

 結局私に出来る事はただ相手の出方を待っているだけ。

 シトロンが戻って来るならそこから交渉へと持っていけるし、人質とされているなら彼らは何らかの要求を求めて来るはず。


 全くなんて事をしてくれたのよ。

 シトロンの勝手な行動もそうだが、ケヴィンのような問題児採用した事が間違いだろう。

 彼の事だから戦時のゴタゴタでこのアクアの地へと流れて来たのだろうが、このような事件を起こされればたまったもんじゃない。

 それに私とも顔見知りという事がバレれば、復讐だ報復だと、私個人のいざゴザに商会が巻き込まれたとも捉えかねない。

 そもそも私自身が面接に参加していればこのような事にはならなかっただろうに、ケヴィンが採用されたと思われる第四期は現場スタッフに任せてしまったのだ…………ん?

 この時、私の中で何かが引っかかった。


「そういえば、彼らの採用に関わっていたのって確かシトロンよね?」

「はい」

「予め問題を起こしそうだとか、性格に問題ありだとか見抜けなかったのかしら?」

 今までアクア商会で人員を募集した回数は全部で4回。

 第一期は開業当時で、二期はヘリオドールとの契約が成立した時。三期はアレク達が居なくなる少し前で、四期はその一ヶ月後。

 振り返れば一年も経っていないのによくもまぁ、4回も大規模採用をしたものだと感心するが、それだけ急成長してしまったのだからある意味仕方がない事だろう。

 そしてシトロンは第三期目の採用で私がチーフへと抜擢したのだが……。


 おかしいわね。

 ケヴィンのような自尊心の強い人間は、必ず面接の際に自分は貴族だと名乗るだろう。それを信じる信じないはともかく、まずは真実を見極めるために色々と質問を投げつける筈。

 そして必ず出てくるであろう私の名前をシトロンが見過ごす筈もない。


 するとシトロンは初めから何らかの理由でケヴィンを採用した?

 もしケヴィンが想像以上に優秀で、アクア商会の利益につながると考えても、まずは私への報告はあってもいいはずなのにそれもない。

 仮にケヴィンが自身を偽っていたか、はたまた私がここに居ると知らなかったとしても、少し会話を交わせばどの様な人間なのかは見抜けるはず。

 それが出来なかったというのなら、私はシトロンという人物を過剰評価してしまっていた事なってしまう。


 なんだか腑に落ちない点が多いわね。


 そんな考えがふと頭に過っている時、工場の建物から一人の人物が姿を表すのだった。

 

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