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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
二章 食と観光の街
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第63話 忘れられていた男

 ケヴィン、私やノヴィアの中では既に忘れ去られていた過去の人物。

 もしかすると皆様の記憶からもすっぽりと抜け落ちているのではないだろうか?

 忘れてしまわれた人たちの為に簡単に説明すると、ケヴィンとはエレオノーラが怪我を負った際、リーゼ様を犯人に仕立て上げた張本人。

 その後も叔父との全面対決の時、立場が悪くなった己を救うために私がリーゼ様と接触したという秘密を密告し、最終的にアージェント家を逃げ出すきっかけをつくった最低な男。


 正直直接会ったのも一度っきりだし、あの時は叔父との対決で脇役程度にしか認識がなかった為、私もノヴィアもすっかり記憶の彼方へと忘れてしまっていたのだ。


「そう言えば居たわね、そんな人も」

「いましたね、そんな人も」

 まぁ、1年以上も前の事だし、彼自身小物の類には違いないので、二人とも覚えていなかったのもある意味仕方がないことであろう。

 そう言えばあれから彼がどうなったか、なんて話題にすら上がらなかったわね。

 リーゼ様や実家の話は、アプリコット伯爵様やハーベストからの定期報告は来るが、ケヴィンがその後どうなったかなんて、誰一人として気にも留めなかったのだ。


「近づきたくない方ではありましたが、想像以上にクズ人間ですね」

 私たちの説明を聞き、バッサリと吐き捨てるココアの言葉。

 なんとも同情したくなる様な言葉だが、私もノヴィアも正直あまりいい印象は持ち合わせてはいないし、お近づきになりたいとも思わない。

 第一我が身可愛さに平気で他人を売りつけるなど、誰が信用出来るというのだろうか。


「それにしても全然気づかなかったわね。名前はともかく、本人の顔を見れば流石に思い出しそうなものなのだけれど」

 もし私にお給料の改善を申し出て来た中に、彼の姿があったとすれば、流石の私も思い出している事だろう。

 それがスルリと抜けていたのだから、あの中には居なかったか、もしくは随分と容姿が変わっているかのどちらかか。


「すると、本当に貴族様なんですか?」

「たぶん……ね。そこに『元』がつくかどうかまでは分からないけれど、私が知る範囲ではシャルトルーズ子爵家の嫡男だったわ」

 恐らくこのような場所にまで流れているのならば、彼はすでに実家から勘当でもされているのだろう。

 当時の様子はあまり詳しくはないが、リーゼ様のお家は相当お怒りだったと聞いているし、ケヴィンがいたというシャルトルーズ家は、リーゼ様のブラン家に大変お世話になっていたと聞く。

 もしその事を問題に上げられ、ブラン家がシャルトルーズ家に抗議でもしようものなら、シャルトルーズ家は慌てて自分の息子を放逐する事だろう。


「それにしても迂闊だったわ。まさかあのケヴィンがうちの商会に潜り込んでるなんて」

 流石に向こうは私だという事は気づいている事だろう。

 難民として偶然このアクアに流れついたとは考えられないし、他の難民が私だと知っているのに彼だけ知らないとも思えない。

 するとこちらの内情を探る為のスパイ?


「それはないんじゃありませんか? もしスパイの目的で忍び込むのなら名前を隠すでしょうし、顔がバレている人間がわざわざ目立つような事をするとも思えません」

「まぁそうよね」

 ノヴィアの言う通り、スパイ活動するにはあまりにも色んな事がズサンすぎ。

 もし彼がスパイだとすればそこには必ず黒幕がいるわけだし、黒幕がいればワザワザ無能そうな彼を使いはしないだろう。

 間違っても叔父はこの様な人物はあてにはしないはずだ。


 しかし困ったわね。辞めさせるのは簡単だけれど、私的な理由で首を切るわけにはいかないし、かといって仕事の不真面目さだけで辞めさすわけにも行かなくなった。

 もし今の状態で彼を商会から追い出せば、間違いなく有らぬ噂を撒き散らす事だろう。それが例え正当な理由であっても、彼が自分を私的な理由で辞めさせられたと言えば、少なからず信じてしまう人も出てきてしまう。

 そんな事になれば、積み上げてきた商会のイメージはあっさりと崩れ去ってしまう事だろう。


「どうしたものかしらね」

「そうですね、とりあえず製造現場の担当から外されては如何でしょうか? あそこでは商会の要とも言える調味料の製造をしています。もしケヴィンさんがそこで得た知識を外に持ち出されでもすれば、商会のダメージは相当なものになりますよ」

 確かにココアのいう通り、アクア商会の製造現場では現在各種調味料の製造を行っている。そしてその調味料の数々は、別にこの地でなければ作れない訳でもなく、またこの地特有の素材でなくても作れてしまう。

 つまり、製造工場で作られているレシピと現場の工程を見てしまえば、誰だって簡単に作れてしまうのだ。

 現在はほぼアクア商会が独占状態の分類だが、これを他の商会に売りつけでもされれば、我が商会は大打撃を被ってしまうだろう。だけど……


「悪いんだけれど、その案は却下よ」

「えっ? ですがもしレシピを持ち出されでもしたら……」

「間違いなく似たような調味料が世間に出回るでしょうね」

「!」

 まぁ、普通ならばココアのような反応をするわね。

 ノヴィアには私の夢……というか、理想を話しているのでココアの様な反応はしていないが、何も知らない者からすれば驚きもするだろう。


「私はね、別にこの業界を独占するつもりは全くないのよ」

 もしこの世界に、特許制度があったとしても私はこれらのレシピを申請するつもりは全くない。

 この世界は言わば発展途上の真っ只中、一つの発見がやがて枝分かれをし、その枝から新しい若葉が芽吹く。

 そしてお互いで競い合い、上手く時代時代にあった変化を繰り返していけば、個々が輝く素晴らしい世界になるだろう。

 私がこの世界に転生した意味はもしかしてそこにあるのかもしれない。


「それにね、もしここで彼を左遷でもしてみなさい。それこそ非難の的になるのは私の方よ」

 これが昔のように私個人の非難だけならいいのだが、今や私はこの村、この商会の顔も同然。そんな私が非難されれば、私に付き添っている人たちも同じような目にあってしまう。


「そう……ですね。決定的な問題を起こされた訳でもありませんし、いまここでケヴィンさん一人を異動させるのは良くないですね」

「そういうこと。それにね、私だってハイそうですかと、お料理のように簡単にレシピを公開するつもりはないのよ。調味料各種は間違いなく商会の要。それを今手放すわけにも行かないし、スパイを招き入れるつもりも全くない。もし私がレシピを手放すとすれば、食の安全が確立した時だけ。仮に模造品が出たとしてもその辺りさえしっかりしてもらえれば、こちらから文句を言うつもりも全くないわ」

 そう、今の事業はこれから行うための言わば地盤固め。私の最終目的はこのアクアのリゾート化なのだから。


「リゾート化? ですか?」

「えぇ、このアクアには魅力的な場所が溢れているわ」

 内陸部では見ることが出来ない壮大な海の景色、丘を登れば遥か地平線まで眺めることができ、森には小動物や自然が溢れかえっている。

 もしそのような土地を開発し、コテージやログハウス、乗馬場に遊技場、少し歩けば繁華街があり、この地で採れた新鮮な野菜やお魚を使ったお料理に、各地から集まったら珍しい品々で、この地を訪れた人たちを満足させられるのではないだろうか。


「いいですね。私は昔のアクアのことは良く覚えていませんが、何となく人々が笑って暮らすアクアが見える様です」

「わかってもらえたかしら? それが私からこの地への恩返しであり、私の理想とするアクアの姿よ」

 私とリアを救ってくれたこの村。よそ者の私たちを温かく迎え入れてくれた人たち。

 そして何よりも私自身のためにこのアクアを昔以上の街へと蘇らせる。


「いいです、すごくいいです! アクアの地でリネア様が築く大きな夢、それってもう新しい街……アクアリネアじゃないですか!」

 ブフッ

「ちょっ、なにその恥ずかしい街名は」

 私がアクアを治めるからって、いくらなんても安直すぎ。


「とりあえずケヴィンの件は私の方に任せておいて、今すぐどうこうする事は出来ないけれど、何とか対応できるように準備しておくわ」

「わかりました。それまで今の話は私だけの中に留めておきますね」

「えぇ、お願いね」

 とにかく今は情報が不足している。ケヴィンの方も自らの名前を隠していないところをみると、何らかの裏工作というわけでもないだろうし、問題を起こせばそれを理由に切る事もできる。

 それに場合によっては叔父への切り札として使えるかもしれない。


 まぁ、爆弾を抱えている事には違いないのだが。


「そうだ、先ほどの話、みんなに話しちゃっても大丈夫ですか?」

 話がおわり、仕事に戻ろうとするココアが扉の前でくるっと一回転。


「ん? さっきの話ってアクアのリゾート化のこと?」

「違いますよ、その辺は下手に話しちゃうと何かと支障がでてきそうなので」

「それじゃ何を話すっていうの?」

 さっきの話にそれ以上の内容ってあったかしら?


「リネアさんがこのアクアに抱いている気持ちです」

「あぁ、そういう事ね。すこし恥ずかしいけれど別に構わないわよ。それとレシピ云々と、ケヴィン絡みの事さえ黙っていてくれれば、アクアのリゾート化の話も話しちゃっても問題ないわよ。既にもう動いているわけだしね」

「そうなんですね。分かりました、それじゃその辺りも皆んなに話しちゃいますね。きっと皆んな喜ぶだろうなぁ、それじゃ仕事に戻りますね」

 そう言いながら私とノヴィア、そしてマルチナの三人は気分良く部屋を出て行くココアを見送る。


 その時私は大きな見落としをしていた事を後に気づくのだが、それはまだもう少しだけ未来のお話。

 まさか本当にあのような小っ恥ずかしい街名になろうとは、この時の私は気づく筈もなかったのである。

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