第46話 謀反の公爵家
「えっ?」
「はぁ?」
「ちょっとぉ!!」
「みゃぁー」
私が口にした内容に、ヴィスタ、ヴィル、アクア、タマの順番で、驚きの声が木霊する。
うん、やっぱり驚くよね。
数日前、私の元にアプリコット伯爵様から一通の書状が届いた。
元々伯爵様とはアクア商会との取引や、メルヴェール王国で起こった事件や情報、ヘリオドールとの取引の際に役立った商会の取引事情など、色々な面でご尽力を受けており、今回も母国で起こった事件の情報かと思い、気軽な気持ちで封を開けた。
だけど書かれていた内容は私の憶測を反し、メルヴェール王国で謀反を企てて捕まった公爵様の奥方、アンネローザ様と今年で15歳を迎えるお子様、エミリオ様の二人を匿って欲しいとの事だった。
私としては正直断りたい案件ではあるものの、伯爵様には多大なご恩がある上、お子様でもあるヴィスタとヴィルは掛け替えのない私の友人。
その上、謀反を起こした事情を聞かされては首を縦に振るしか無かったのだ。
まぁ、あの国はいま相当混乱状態にあるそうだし、貴族たちの中には公爵様の身を案じる声も少なくないらしいので、隣国で田舎街であるここでならばと了承の手紙を返させてもらった。
「はぁ、引き受けた? って、何勝手に進めてるのよ! 相手は国で謀反を企てた張本人なんでしょ? 幾ら何でも危険すぎるわよ!」
真っ先に否定的な言葉が飛び出したのは自称この地の守護精霊でもあるアクア。
アクアにしてみれば前の主人との想い出が詰まったこの地と、今この時に暮らしている人々の安全を考えて、黙ってはいられなかったのだろう。
「一つ訂正しておくけど、謀反を起こしたのは公爵様であり、ご婦人とそのお子様は関わっていないわよ」
今回の首謀者はあくまでもメルヴェール王国を筆頭する二大公爵のお二人のみ。たとえ国家反逆罪がその家族にまで影響するとはいえ、ご家族は何も聞かされていなかったのだという。
「もしかしてリネアちゃん、お父様に恩を感じて断れなかったんじゃないの?」
「そうだよ、リネアの事だから父上に恩を感じて断りきれなかったんだろ? 僕が一度国にもどって父上に話してくるから」
「まってまって、二人とも早まらないで」
流石に超超超極秘事項の内容なので、伯爵様もヴィルやヴィスタにも話していなかったのだろう。今にも国へ戻りそうな勢いのヴィルを慌てて止めに入る。
二人からすれば両親が私に無理難題を押し付けた事になるわけだし、親友でもある私を危険な目に晒す事になってしまう。おまけに私が伯爵様にご恩を感じている事もバレているので、責任を感じてしまったのだろう。
実際伯爵様からのお願いでなければ断っていたので、あながち間違ってはいないが、それを二人に言うつもりは全くない。
「とにかく落ち着いてって、私だって全く打算がないわけじゃないのよ。詳しくは教えられないんだけれど……」
二人を納得させるための口から出任せ。
全く打算がないわけではないが、余りにも危険な状況を抱え込むわけだし、いかに隣国とはいえ長期に渡るといずれバレるかもしれない。
最悪この連合国家の代表でもある、トワイライト公国の公王様の耳に入ろうものなら、最悪私は拘束された上母国へ送り返され、断頭台にでもかけられることだろう。
「じゃその打算ってなんだよ、リネアの事だから公爵様が返り咲いたあかつきには、僕や父上が何らかの恩賞を貰えるとかそんなところだろ」
「そうだよ。単純なリネアちゃんの考えだったら、私でもわかるんだよ!」
「うぐっ。ち、違うわよ。あと私は単純じゃないから!」
二人に考えていた浅はかな計画を言い当てられ、思わずわけがわからない言い訳が口から飛び出す。
いつもならこの辺で引き下がってくれそうな二人だが、今回ばかりは自分の両親が関わっているため、ちょっとやそっとでは引き下がってくれない。
実際私にとって公爵家一家を匿うメリットなどほとんどないし、公爵様が返り咲く保証なんてどこにもない。その上バレた暁には私はもちろんリアやノヴィアまで巻き込んでしまう。
そんな事になれば商会の運営どころか、この地にまで危険にさらしてしまうだろう。
うまく誤魔化せるかと思ったけれど、どうやら二人の方が一枚上手のようだ。
「ちょっと、さっきも家出したとか賠償金がどうのとか話してたし、今も二人の親に恩を感じてるとか言ってるけど、一体なんの話をしているのよ」
ヴィルとヴィスタと言い争いをしている中、唯一事情をしらないアクアが割り込んでくる。
「あぁ、そういえばアクアには言ってなかったわね。この際だから話しておくけど、私は一応メルヴェール王国の貴族だったのよ」
絶妙なタイミングで割り込んでくれたアクアに感謝しつつ、私が元貴族であることや、叔父が決めた婚姻が嫌で家出したことなど、この地へたどり着くまでの経緯を説明する。
もちろん村の人たちには他言無用という約束を取り付けて。
「うっ……そういう事は早く言いなさいよ! 何も知らずに怒っちゃったじゃない」
口は悪いがアクアが実は心優しい子というのは既に分かっている。
先ほどはつい村の人たちの事や、私やリアたちの事を思って声が大きくなってしまったのだろう。
私がこの地に来るまでどのような生活を送っていただとか、二人のご両親にどれだけお世話になったのかを話すと、先ほど放った言葉を悔やむよう落ち込んでしまう。
「そんなに落ち込まなくてもいいわよ。事情を教えてなかった私も悪いんだから」
実は今の生活に馴染みすぎていて、私自身すっかり母国での事を忘れていただけなのだが、この場の空気を壊さないためにそっと心の奥底にしまっておく。
「それで、これから一体どうされるので? 私やノヴィアはリネア様のご指示に従いますが、ヴィル様とヴィスタ様はしっかりとしたご説明がなければご納得されませんよ」
アクアへの説明で一旦落ち着いたタイミングを見計らい、今まで状況を見守っていたハーベストが口を開く。
まったく、いつも私が困っているタイミングで良いフォローをいれてくれる。
一見冷たいような口ぶりだが、的確に話の軸をうまい具合に曲げてくれたおかげで、先ほどまで感情的になっていた二人が私の話を聞く姿勢に変わっている。
もしここで、自分とノヴィアだけは私の指示に従うとだけ言ってしまえば、間違いなく全員を巻き込んでの口論に発展するだろうし、反発する二人を無理やり説得しようものなら、後々に蟠りや後悔といった感情が残してしまう。
だからハーベストはあえて冷たい口ぶりで、『しっかりとした説明をしないと納得させられない』という言葉で、二人の中でゼロであった選択肢を1つ増やしてくれたのだ。
「そうね。私が今抱えている問題には二人の力も必要なんだし、ちゃんと説明しておいた方がいいわね」
ここまで来たら二人にも包み隠さず話しておかなければならないだろう。
別に伯爵様からは口止めされているわけでもないし、いずれ二人は国へと戻らなければならないので、この辺りの事情も教えておいても損はない。
ただ知らなくてもいい情報を教えてしまった事で、二人を巻き込んでしまうのは些か本意ではないが、このままでは二人の気持ちまで踏み躙ってしまう。
私は心を落ち着かせるため一呼吸をし、メルヴェール王国で起こった事件の一幕を説明する。
事の始まりは数日前。
長年表舞台で国を支えてきた陛下が亡くなった事で、国民の中に大きな動揺が駆け巡った。
元々長年に渡る貴族達の不正で、国民感情が著しく悪くなっていたメルヴェール王国。少しでも改善しようと、国王陛下と一部の貴族達が懸命に努力していたが、闇に根づいてしまった芽はなかなか抜き取る事が出来なかったのだという。
「それは知っているよ。全然国民感情が修復出来ないから、ミルフィオーレ様のお孫さんでもあるリーゼさんが王子の婚約者に選ばれたんだろう?」
「そうね」
本名ミルフィオーレ・メルヴェール皇女殿下。
王族の中では珍しく国民からの人気があり、その性格と明るさから多くの人たちから慕われていたと聞く。
そのミルフィオーレ様がどういう経緯でか、当時のブラン家のご当主と結ばれ、お子様が生まれ、さらにミルフィオーレ様とよく似たお二人のお孫さんが誕生した。
リーゼ様とその姉オリヴィエ様はこの国では珍しい青みかかった白銀の髪色。それだけでも亡くなったミルフィオーレ様にそっくりだというのに、誰隔てなく接してくれる姿は正に生前のミルフィオーレ様そのものだった。
そこに目を付けたのが今の政府。密かに国民から人気になりつつあるブラン家のご令嬢を王家に取り込み、国民感情を一気に取り戻そうと考えたらしい。
幸いブラン家のご令嬢は2人。姉のオリヴィエ様はブラン家を繋がなければいけないが、妹のリーゼ様は特に決まったお相手もいない状態。しかもバカ王子でもあるウィリアム様とは同じお年で、これ以上にない程適した相手だった。
中には反発した貴族達もたらしいが、本来王子のお相手となる二大公爵家や筆頭侯爵家が、病を理由に全員が辞退したことでお二人のご婚約が決まることとなる。
だが、ここで問題が起こった。
「それが例のウィルアム様とエレオノーラの恋人説ね」
「リーゼ様がエレオノーラさんを突き落としたって、アレだよね。本当はエレオノーラさんとケヴィンさんがリーゼ様を罠に嵌めたっていう」
結局例の事件は真相不明のまま。元々学園内で起こった『事故』だった訳だし、子供の喧嘩をそこまで調べる必要はないとして、問題にすら発展しなかったのだという。
ただ学園内が必要以上の騒ぎになったのは、バカ王子が一人騒ぎたてた結果のなれの果てとだけ付け加えておく。
「それが今回の公爵様達が謀反を起こした理由とどう繋がるんだよ」
「つまりね。公爵様達はバカ王子を下ろし、新しい王を誕生させようとしたのよ」
誰が見てもバカ王子。当然その噂は国民達にも知れ渡っており、不安の声が上がるのは自然の流れだろう。
せめてリーゼ様がお相手ならばまだ救いの手もあったかもしれないのだが、リーゼ様は例の事件以後、早々に王子との婚約レースを辞退。しかも隣国でもあるラグナス王国の第二王子とラブラブな状態だ。
ウィスタリア公爵家のご令嬢であるアデリナ様も、王子とのお相手として奮闘されていたらしいが、リーゼ様と比べるとやはり国民の心は掴めきれてはいない。その上ウィルアム王子というマイナスがある以上、多大な期待は難しいだろうとの判断だったらしい。
「ヴィル。マイナスの要素を抱えながら、プラスに転じるにはどうすればいと思う?」
「マイナスをプラスに……そうだなぁ、マイナスより大きなプラス要素を取り入れるか、初めからマイナスを排除するか……あっ」
「つまりはそう言うことよ」
ヴィルの言葉を借りるなら、マイナスをプラスに出来るのはリーゼ様。マイナスをプラスに出来なかったのはアデリナ様。エレオノーラは初めから公爵様達の頭にはなかったんだと思う。
公爵家は元々王家に後継が生まれなかった場合や、跡継ぎがご病気なとで公務が不可能と判断されたとき、どちらかの一族から新たな王を誕生させる権利を持つ数少ない存在。
事が上手くいけばウィスタリア家からはアデリナ様。グリューン家からはエミリオ様が代表に立ち、お二人のお子様が新な王として国を再興しようと考えれたらしい。
だけど結果は水面下で進めていた計画が発覚し、お二人の公爵様には謀反の罪を被せられ投獄。
間一髪、二家のご家族様は協力者の手を借りて王都を脱出する事が出来たが、有らぬ罪状を被せられたため、事実上メルヴェール王国の公爵家は滅亡したこととなった。
「と、まぁこんな感じよ。今はまだ国の行く末を偲んで、裏で匿ったり逃亡の手助けなんかをしている貴族もいるけれど、いつまでもお尋ね者を国内に置いてはおけないし、匿っている事がバレてしまえばそれこそ国内で内紛が起こってしまう。だから安全で信頼の出来る私に白羽の矢が立ったってわけ」
如何に貿易やなんやと友好的な二国だが、国が総出を挙げて探している国家犯罪者。流石に黙って匿って欲しいと言っても、簡単には首を縦には降ってくれないだろう。
つまりはメルヴェール王国の事情を知り、尚且つ国外で信頼が出来て、大切な要人を匿ってもらうには適した地として、私が選ばれてしまったのだ。
「理由は理解したけれどさ、それでも危険な事には変わりないだろう?」
私の説明を聞き、若干トーンダウンしてしまったヴィルが口を開く。
「危険か危険じゃないかと問われれば、明らかに危険な状態よ。私にとってはメリットらしいメリットなんて何一つないわけだし、断られても仕方がないとも言われているわ。
だけどね、たった今困っている人がそこにいれば、救いの手を差し伸べるのは間違っている事かしら? 少なくとも私は二人に助けられたし、二人のご両親にも救われたわ。これが今私ができる精一杯の答えよ」
私が今この場にいるのはたくさんの人たちに助けられた結果。
両親を失った時には祖父母に助けられ、私が追い詰められた時には二人に助けられ、屋敷から逃げ出した時にはハーベストや使用人の皆んなに助けられた。
だから今度は公爵様のご家族を、このアクアの地で暮らす人たちを助けるために私がいる。見ず知らずの私を助けてくださった二人のご両親や、あの気高く美しいリーゼ様のように。
「わかった、わかったよ。リネアに協力するよ」
「うん、そう言う事なら私も協力する。だけどね、リネアちゃんが危険な目に会うとなれば、私は全力で守りに入るよ。例えリネアちゃんの信念を曲げようとも絶対にね」
「ありがとう二人とも……」
私は本当に良い友人に巡り合えたのだと薄っすらと瞳から涙が零れだす。
そんな大切な友人が、私の些細なミスで危険にさらしてしまうかもしれないと思うと、今一度気持ちを引き締めないといけないだろう。
私は再び深呼吸をすると。
「それでね皆んなにお願いしたい事があるの。ここにいる私が最も信頼できる皆んなに」
そうして私は考えていた一部始終を説明するのだった。