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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
一章 精霊伝説が眠る街
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第36話 ペンダントの奇跡

「ごめんねヴィル。お店の手伝いまでさせちゃって」

 農家さんから採れたてのお野菜を分けてもらったその帰り、ヴィルと二人でのどかな農道を通りながらお礼の言葉を口にする。


 現在私が置かれている状況、お店の切り盛りをしながらアクア商会の運営をお手伝いしているため、とにかく遊ばす時間がない状態。

 本来なら自分のお店に集中するべきなのだろうが、商会の立ち上げから新型馬車の開発、新規販売先の開拓やらで連日私は大忙し。今もうっかり夜用食材の発注わすれ、急遽無理を言って近くの農家さんに収穫直前のお野菜を分けてもらった。


「気にしなくていいよ。今はリネアの家にお世話になっているんだし、このぐらいのお手伝いぐらいはしないとね」

 両手にカゴいっぱいの野菜を持ちながら、ヴィルが暖かな言葉を返してくれる。

 別に私一人で出かけても良かったのだけれど、それじゃ荷物が持てないだろうとヴィスタが気を利かせてくれ、ヴィルを荷物持ちに推薦してくれた。


『ヴィル、折角二人っきりにしてあげたんだから、ちゃんとリネアちゃんに気持ちをアピールするのよ!』っと、何だかヴィスタが意味不明な事を言っていたが、恐らく私のお店にお世話になっている事への感謝の気持ちであろう。

 もう、友達なんだからそんなに気を使わなくてもいいって言ってるのに、ヴィスタったら妙なところで律儀なのよね。


「それでリネア、買い物ってこれで終わりなんだよね?」

「えぇ、そうね。とりあえず今夜の分はこれで賄えるはずよ」

 お店に簡易冷蔵庫を用意できたので、お肉類や作り置きの調味料は今ある分だけで十分。魚料理はもともと夜用のメニュー数は少ないし、お野菜がこれだけあれば今日一日ぐらいは賄えるだろう。

 これも新しく家族となったアクアが居てくれるからなのだが、改めて冷蔵庫の偉大さをしみじみと感じてしまう。


「それにしてもリネアは人気者だね。王都にいた時と比べると随分明るくなったし、毎日活きいきしているしで、正直この村に来てからは色々驚かされてばかりだよ」

「えっ、そうかしら?」

 すれ違う村の人たちに軽い挨拶を交わしながら歩いていると、隣を歩くヴィルが穏やかな笑みを浮かべながら話掛けてくる。


「私ってそんなに変わった?」

「変わったよ。学園にいた頃のリネアって、どこか無理をしているというか、周りに近づくなってオーラを出していたしで、いつも苦しそうにしていたから」

「ん〜〜、そうだったのかなぁ?」

 ふと、学園時代の自分を思い浮かべ、頭の中で当時の様子を思い出す。


 ん〜、まぁ当時の私って、叔父様に目をつけられないよう完璧なご令嬢を演じていたし、友達もヴィルとヴィスタ以外には誰もいなかった。

 それは向こうが私を蔑んでいたからなのだが、思い返せば子息子女達の下らない上下関係に関わり合いたくなかったという気持ちも、自分の住む世界はここじゃないという思いも確かにあった。

 もしかすると自然と見えない壁を作っていたのは私かもしれないわね。


「リネアは気づいてなかったかも知れないけど、けっこう男子の中では人気が高かったんだよ?」

「私が? まさかぁー」

 私が男子生徒達から人気があったと言われても、ハッキリってピンと来ない。

 よく小説などで主人公がニブチンなんて設定を見かけるが、私は決してニブチンではないと否定したい。


「やっぱり気づいてなかったんだね」

「だって男子生徒に声を掛けられたのって、入学当初ぐらいだったのよ? その後は私がただの居候だとわかると、蜘蛛の子を散らすようにいなくなったし、女子生徒達からは嫌がらせを受けるしで、とてもじゃないけどそんな様子はなかったわよ」

 今思い返しても入学当初に近づいてきた男子生徒は、私の背後にある伯爵家が目当てだったわけだし、女子生徒達からは陰口を叩かれていたことなんて日常茶飯事だった。

 まぁ、私が壮大に泣いてしまったあの日以来、多少なりとは風当たりも弱くなったが、結局最後まで友達と言える存在はヴィルとヴィスタの二人だけだった。


「やっぱり何かの間違えなんじゃないの?」

「はぁ……、それは既にリネアの嫁ぎ先が決まっていたからだよ」

「へ?」

 そういえば私って叔父が決めた婚約相手がいたんだったわね。

 どこぞの侯爵家の元当主だったという話だが、叔父が勝手に決めた政略結婚の相手で、70代のよぼよぼお爺さんの愛人という席だったと記憶している。

 私としては元々屋敷を飛び出すつもりだったし、素直に叔父の言うことを聞くつもりもなかったので、正直『勝手にしておけばいいわ』との感覚だったが、確かに貴族社会の人間からすれば、政略結婚は変えようのない未来の姿だったのだろう。


「じゃなに? もし私に婚約相手が居なかったら男子生徒達からはモテモテだったわけ?」

「さ、流石にそこまではいかないかもだけど、近寄る男性は何人か居たんじゃないかなぁ?」

 俄かには信じられないが、男子生徒にこっそり呼び出されたり、机の中にこっそりと手紙が入っていたりとのシチュエーションは、女の子ならばちょっぴり憧れを感じてしまう。

 すると私に魅力がないと思っていたのは全部馬鹿げた婚約のせいなの!?


「僕はまぁ、リネアがどうするを知っていたからたけど、他の男子生徒達は知らないわけだしね」

「じゃ女子生徒達が私の陰口を叩いていたっていうのは?」

「たぶん、リネアが好かれている事が気に入らなかったんじゃなかなぁ? 女子生徒達からすれば早いうちから結婚相手を見つけないといけないわけだし、既に婚約が決まっているのに未だ男子生徒がリネアに向いているが不満、っていう子は大勢いたと思うよ」

 確かに貴族の家に生まれた女子って、大半が政略結婚の駒や両家の仲を取り持つために使われてしまうのよね。

 それがまだ歳近いお相手ならいいが、歳が離れていたり、甘やかされて育ったボンボンだったり、最悪愛人の席というパターンも無いと言い切れないのが現状。

 流石に私のように70代のお爺さんの愛人、というパターンはあり得無いだろうが、本人の意思が尊重されないのもまた貴族社会の現状だ。

 中にはリーゼ様とラグナス王国の王子様のように恋人から結ばれる、ってパターンもあるので、年頃の女性陣からしてみれば学園や社交界はまさに自分を売り込み、玉の輿に乗りたいと思うのも必然であろう。


「そう言われると、いくつか心当たりはあるわね」

 今となっては確かめようがないが、私がヴィルと一緒に居るところを心よく思わないご令嬢が何人もいた。

 私的にヴィルは友達であって、普通に話したりヴィスタとのお茶会で余ったお菓子のおすそ分けなんてしていたが、良く良く考えてみれば、自分を売り込むためにアピールしていたと見られても不思議ではない。

 そういえば、ヴィルも年頃の青年だと言うのに色恋沙汰の噂を耳にしたことがなかったわね。それってもしかして私が邪魔をしていたってことなんだろう。

 これでも一応伯爵家という名前が私の後ろにあったわけだし、階級の低いご令嬢や、名もない遠縁の貴族様なら迂闊には逆らうことが出来なかったのだろう。

 ……これは盲点だったわね。


「ごめんなさいねヴィル、私が近くに居たばかりにヴィルの恋愛の邪魔をしてしまったようで」

「なっ、なんでそんな話になるの!?」

「だって私が近くにいたから女子生徒達が近寄れなかったのでしょ? もっと友達感をアピールしておくべきだったわね。ごめんねヴィル」

 当時は悪いとかいう感覚は無かったけれど、とりあえずここは素直に謝っておいたほうがいいだろう。

 どうせヴィルのご両親が花嫁候補を探してこられるのだろうが、学生時代の青春を台無しにしてしまった事には変わりがない。

 だけどなぜかヴィルはガックリと落ち込んだ様子で、その場で足が止まってしまう。


「ん? どうかしたの?」

「……はぁ……。いや、なんでもないよ」

「そう?」

 私なにか変な事を言ったかしら?

 ヴィルも見た目は素敵だとは思うのだけれど、私にとっては親友であるヴィスタの可愛い弟という感覚と、かけがえのない唯一の男友達っていう感覚しかないのよね。

 もっとも友達が自体が少ないので、唯一もなにもないのだけれど。


「さぁ、早くかえりましょう。ヴィスタやノヴィアたちが待っているわ」

 気分を切り替え、足早に家路へとつく。

 早くお店に戻って夜のオープンまでに仕込みを終えないといけないし、タマやアクアたちのお菓子を作ってあげないといけない。

 一応三食おやつ・お昼寝付きという約束なので、今頃首を長くして私の帰りを待っていることであろう。


 そう思い、少し足早に歩き出すが、服の中から何かが転げ落ちたような感覚を味わってしまう。


「あれ、今なにかを落とした気が……」

 コロコロコロ、ぽちゃん。


「どうしたの? リネア」

「ごめん、今なにかを落とした気がして……」

 服の装飾が落ちたのかと思ったが、見る限りでは落ちそうな装飾品は見当たらないし、カゴに入った野菜たちにも変化は見当たらない。

 するとあとは身につけていたアクセサリーや髪飾りといった物になるんだろうけど、生憎髪飾りは髪を束ねるリボンだけだし、アクセサリーと言っても彼から預かっているペンダントしか……!?


「ど、どうしたのリネア? そんなに慌てて」

「ない、無いの。ペンダントが!」

「ペンダント? って、ちょっとリネア!」

 服の上から胸元を触れると、何時も感じていたペンダントの感覚がなく、首元を触れてもそこにあるべきはずのチェーンがない。

 じゃ、さっき転がって川に落ちたのはアレクから預かったペンダント!?


 そう答えに行き着くと、手に持っていた野菜の入ったカゴを地面へと置き、スカートを片手で捲りながら一人川へと入っていく。


 探さないと、あれはアレクから預かった大切なペンダントなんだ。私の不注意なんかで無くしていいものでは決してない。だってあれは、アレクの亡くなった大切なお母さんの形見なんだから。


「まってリネア、一人じゃ危ないよ。それにこの季節に川に入るなんて無茶だよ」

「大丈夫よヴィル、私にはアクアの加護があるから水は問題ないの。それにあれは、あのペンダントだけは無くしちゃいけないものなの!」

 ヴィルの制止を無視し、川辺の草をかき分ける。

 幸いそれほど深い川でもなく流れも比較的穏やかだが、草や小石やらで中々ペンダントが見つからない。

 だけど何かが川へと落ちた音は聞いたし、場所もそんなには間違ってはいないはず。それなのに、それなのになんで見つからないの?


 冷たい川の水が足から体を駆け上り、焦りの気持から草が生い茂る辺りを強引に掻き毟る。


「イタッ」

 見れば指先から薄ら切り裂いたかのような擦り傷から血が滲みでてくる。

 恐らく草を掻き分けた際に葉かなにかで切ってしまったのだろう。


 痛くない、こんな擦り傷なんて痛くない。あのペンダントを失う事に比べるとこれっぽっちも痛くない。


「僕も手伝うよ」

「ありがとうヴィル、でも大丈夫よ。あなたまで濡れる必要はないわ」

 駆け寄るヴィルを片手で静止ながら、必死に川の中を視線を動かす。

 私にはアクアとの契約のお陰で水に対しての恩恵があり、この程度の川は危険な場所には入らない。

 それでも水は冷たいと感じるし、長時間浸かっていれば風邪もひくだろうが、何の耐性もないヴィルに比べると私は丈夫な存在に位置してしまう。それにこれは私個人の問題だし、お預かりしているご子息様を水に濡らすわけにもいかないだろう。

 今の私は一市民へと成り下がっているが、ヴィルはれっきとした伯爵家の次期ご当主だ。こんなところで怪我をさすわけにいかないし、水に濡れて風邪をひかすわけにもいかない。

 

「だけど……」

 私に静止された事で一旦は止まってくれたヴィルだが、私の必死の様子に自分だけ見ているという罪悪感を感じているのだろう。

 そんな時だった。


 バシャン。


「えっ?」

 誰かが川に入った様子に顔を向ければ、そこにいたのは見知らぬ一人の男性。そしてその男性が何やら川底をゴソゴソしているかと思えば、次の瞬間男性が手にしたのは私が今探し求めていたあのペンダントだった。


「探していたのは……ん? これ?」

「これ、これです! あ、ありがとうございます」

 すがる思いで男性からペンダンを受け取り、両手で抱きかかえるように慈しむ。

 よかった、本当によかった。


「その、本当にありがとうございます。このペンダントは大切なものだったんです」

「喜んでもらえてよかったよ。遠くから川に何かが落ちているのがわかったからね。余計なお世話かとも思ったんだけれど、ついね」

 あれ、なんだろうこの感覚。

 私からは陽の光が眩しくて男性の顔がよく見えないが、身なりからしてこの村の人ではないだろう。

 だけどなに? 私はこの人の事を知っている?


「あ、あの……何かお礼を。それに濡れてしまった靴と服を乾かさないと」

 思わず口から引き止めてしまうような言葉が飛び出したが、確かにこのままの状態で男性を帰らすわけにはいかないだろう。

 私はスカートをめくっているから濡れてはいないが、この男性は靴とズボンが濡れてしまっている。

 これが暖かな夏場の日中ならば放っておけば乾くだろうが、生憎今の季節は冬の始まりを告げる12月。早くこの男性を家へと案内して、服を乾かしてあげないと風邪をひかせてしまう。


「相変わらず君は優しいんだね、リネア」

「えっ?」

 目の前の男性から突然名前を呼ばれ、軽く私の頭脳がショートする。


 なぜ私の名前を?

 さっきも言った通り男性の友達はヴィルしかいないし、年頃の男性との面識は学園時代にしか存在しない。

 じゃ、コノヒトハ?


「久しぶりだねリネア。また会えて嬉しいよ」

 これが私と彼との10年ぶりの再会だった。

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