第35話 再会
「会いたかったよぉーリネアちゃん」ぱふっ
そう言いながら、勢い良く私の胸に飛びついて来たのは可愛い妹のリアではなく、メルヴェール王国で別れてしまった親友のヴィスタ。
私がこのアクアに来てからも手紙でやり取りはしていたが、こうして直接本人と会うのは実に7ヶ月ぶりのことである。
「お久しぶり、ヴィスタ。ヴィルも元気そうで何よりだわ」
「久しぶりリネア、そっちも元気そうでよかったよ」
私に抱きついたヴィスタを両手で受け止めながら、まずは再会を祝うよう二人に対して軽い挨拶をかわす。
なぜメルヴェール王国に居るはずの二人が、隣国でもあるこのアクアに居るかなのだが、これは別に私に会いたいが為に遊びに来てくれたわけではなく、母国であるメルヴェールから一時的に避難してきたから。
実は今、メルヴェール王国の国内事情が緊迫しており、不安を感じた二人のご両親が、一時的にヴィルとヴィスタを私の元へと預けて来たのだ。
「それにしてもメルヴェール王国は大変そうね。伯爵様から話は聞いているけれど、国王様が病で倒れられたって話じゃない。おまけに後継があの王子しか居ないとなれば、伯爵様じゃなくても危険を感じるのは当然よね」
少し前、アプリコット領への輸送の件で、二人の父親でもあるアプリコット伯爵様と面会をした。
流石に叔父から逃げ出した手前、私が王都を訪れるわけにも行かなかったので、伯爵様がアプリコット領にお戻りになったタイミングでお会いしたのだけれど、その際に国内の事情から叔父が置かれている状況、元バカ王子の婚約者でもあったリーゼ様がどうなったかを聞くことができたのだが、状況は私にとってもあまりいいものではなかった。
少し前にも触れたかもしれないが、現在メルヴェール王国がギリギリの状態で保てているのは、一部の貴族達と民思いである国王陛下の存在があったからのこと。
民は長きにわたる貴族からの搾取や重税で疲れており、陛下の代になってからは色んな対策も打たれたらしいのだが、一部の心無い貴族達の為に今も国民感情は悪化の一途を辿る状態。
唯一希望の光でもあったのが、リーゼ様と王子との婚約だったのだが、これも我儘王子と我が義姉の為に崩壊してしまい、更に追い打ちをかけるかのように陛下のご病気。他にも北側の領地では大量の領民達が他国に逃げ出しているだとか、度重なる重税で民達に不穏な動きがあるだとかの噂が流れており、あのリーゼ様ですら自身の危険を感じ、ブラン領へと戻られていると言う話だ。
本来ならヴィスタ達も、自領でもあるアプリコット領へと戻せばいいのだろうが、跡取りでもあるヴィルが真っ先に逃げると言う訳にもいかず、伯爵様が見識を広めると言う意味合いで、今回私の元へと二人を預けにきたというわけ。
まぁ、側から見ればただの避難なのだが、伯爵様の手が届かないこの地ならば、後でいくらでも理由付けはできるだろうし、二人のお姉さんでもあるシンシア様は未だ王都に留まっておられると言う話なので、ヴィスタ達だけが非難されるという事は恐らく心配する事もないだろう。
「私も直接見た訳じゃないんだけれど、陛下の容態はかなり悪いらしいよ。一応箝口令は敷かれているらしいけれど、ご婦人方の中にはお喋りな人は沢山いるし、自領へと逃げ出す貴族はいるしで、国中に陛下の容態が知れ渡るのも時間の問題だろうって」
ヴィスタの話を聞き、素早く頭の中でシミュレート。
真っ先に浮かぶのは叔母と義理の姉の姿だが、この二人ならばまず間違いなく人を選ばずにペラペラと陛下の容態を話しまくるだろう。
アージェント領の様子もあまりいい状態ではないという話だし、王子との婚約の話もまだ進んでいるとも聞いているので、叔父達がアージェント領に逃げ帰るという事はまず考えられない。
だったら初めから陛下の容態をみんなに見せるな、と文句を言いたいところだが、どうやらこれにも一悶着があったらしく、騒ぎを抑えるために大勢の貴族達の前に、病状の陛下がお姿を見せるという結果になってしまったらしい。
しかもその事件に我が義姉が関わっていたと聞けば、何とも申し訳ない気持ちまで湧き上がってしまう。
まったくあの人達は、周りに迷惑をかけないと気が済まないのかしら。
「それにしても良かったの? シンシア様は王都に留まっておられるんでしょ?」
「流石にお姉様まで王都を離れるとなると、屋敷の人たちまでもが不安がるだろうからって」
「まぁ、確かにそうね。ヴィルとヴィスタだけならともかく、長女でもあるシンシア様までもが王都を離れるとなると、流石に騒ぎになるわよね」
リーゼ様ほどではないが、シンシア様も貴族達の中では名前が知れ渡るほどの有名人。
ただでさえ、伯爵家のご令嬢というだけで近づこうとする殿方が多いというのに、性格良し、容姿よし、おまけに名門と言われているブラン家のリーゼ様と懇意の関係ともなれば、嫌でも一目を置かれてしまうのは当然のことであろう。
そんなシンシア様まで王都から姿を隠せば、伯爵様へ対する風当たりも悪くなるだろうし、病状の陛下に対してもいい印象を与えない。だからこそシンシア様だけでも王都に留まられたのではないだろうか。
「そうだ、リネアちゃんにお土産があるの」
「私にお土産?」
そう言ってヴィスタが運び込まれた荷物の中から取り出したのは、王都でも見慣れぬ変わった一着の洋服。
首元からスラリとしたシルエットに太ももまでの短めのスカート。袖は二の腕まではあるが肩は丸出しで、腰から伸びるオーバースカートが、短いスカートを品の良い感じに仕上げている。
「へぇ、珍しい感じの洋服ね」
見た感じ、貴族のご令嬢がお出かけの際に着るような服なので、恐らくそこそこのお値段はするものなのだろうが、正直言ってスカートの丈が短い時点で、多くのご令嬢方からは受け入れられないだろう。
私は前世での記憶があるので単純に可愛いとは思えるが、貴族の中では生足や肩などの肌を見せる行為は淑女のたしなみとしては軽蔑されるため、丈の短いスカートは一度も目にする事は無かったのだ。
「えへへ、可愛いでしょ? 今王都で一番の人気ブランドで、リネアちゃんのお土産にと思って買いに行ったんだけれど、思わず私も欲しくなっちゃって色違いの服を買っちゃった♪」
「えっ、ヴィスタも同じの着るの?」
あれ? 私の感覚ではヴィスタのように根っからご令嬢は、こんな短いスカートは履かないと思っていた。それなのに私と同じようにこの服を着るという話に、思わず勘違いされそうな言葉が口から飛び出してしまい、慌てて誤解されないように説明する。
「そんな慌てて説明しなくても分かってるよぉ。私だって洋服が可愛いだけでリネアちゃんに短いスカートをすすめないって。だからこれを履くの」
「これって、もしかしてニーソックス?」
ヴィスタが洋服の次に見せてきたのは、前世でも流行っていた膝丈までのニーソックス。
この世界でも生足を見せないよう、ガータや膝丈までのストッキングは存在する。だけどそれらの全てがドレス用であり、シルク仕立ての高級品ともなれば、子供の域を出ない私たちでは宝の持ち腐れだろう。
だけど今ヴィスタが手にしているのはシルクではなく、綿素材で出来た見せるためのにデザインされたニーソックスそのもの。流石にポリウレタンのように伸縮素材ではないため、ガーターで留めるようにはなっているが、これは間違いなく靴下の分類に属するものだ。
「ニーソックスって、リネアちゃんよく知っているね」
「えっ、名前もニーソックスで合っているの?」
あれあれあれ?
見た目もそうだが、名前まで前世にあった物と同じなんてことがある?
確かに野菜や動物などの名前は前世と全く同じだったが、ここに来て新しく生まれた商材が前世と同じというのも、正直少々納得がいかない。
それにこの洋服だって、よくよく見れば前世であった何とかというファッションブランドによく似ているし、首元についているタグにはSML表示が刺繍されている。
(これってもしかして、私と同じ転生者がデザインしたって事にならないかしら?)
「どう? このニーソックスってのは履けば、素肌が見えなくて全然大丈夫でしょ?」
この世界のご令嬢の感覚ってのはイマイチわからないが、どこの世界でも可愛い服という感覚は同じなのだろう。
ヴィスタもニーソックスを履けば問題ないという話だし、これはこれで多くのご令嬢達に受け入れらていると考えれば、王都で人気の火が付いた理由も頷ける。
ただ、私的にはそのファッションブランドの出どころが気になるところではあるのだが、変に質問攻めをしまっては、折角私の為にと買ってきてくれたヴィスタに対して失礼であろう。
そう思って、そっと心の中に留めておくのだが。
「実はこれ、ブラン家が手がけたファッションブランドって話だけど、全部リーゼ様がデザインされた服なんだって」
ブフゥーーーッ!!!
「もう、相変わらずリネアちゃんのリアクションは大げさなんだから」
私の反応に、何やらヴィスタが文句を示すが、これで驚かなければ何処で驚けと言うのだろうか。
ヴィスタの話では世間の目を考え、ブラン家が自治領で生産された生地でファッションブランドを立ち上げた、って事になっているらしいが、その店やデザイン全般を取り仕切っているのが、学園を辞めたリーゼ様ご本人なのだという。
何でもリーゼ様のご親友でもあるシンシア様にだけ、この秘密を話されているのだとか。
いやいやいや、そんな大事な話を私になんてしちゃダメででしょ。
「それにしてもリーゼ様も不運よね。リネアちゃん知ってる? リーゼ様の出会いの話」
「あぁ、例の王子様の話よね?」
ヴィスタに気づかれないように、気持ちを切り替えて新しい話題へと乗っていく。
伯爵様から聞いた話では、ウィリアム王子から婚約破棄を突きつけられたリーゼ様は、その後何故か再び王子からしつこく纏わり付かられ、新しい出会いがあったかと思えば、それにも国の上層部がなかなか許可を出さない始末。
何でもリーゼ様の新しいお相手とウィリアム王子と間で、殴り合いの喧嘩にまで発展したのだというらしいが、それがウィルアム王子の嫉妬心から起こったと聞けば、あのバカ王子を一度グーパンチで殴り倒してやりたいと思うのは、私だけではないだろう。
ホント、あのバカ王子は一体何を考えているのかしらね。
自分からリーゼ様との婚約を破棄しておいて、他人に取られそうになったらそれを邪魔しようとする。
ただ唯一の救いがリーゼ様のお相手が隣国の王子様であり、更に隣国側が二人の結婚に前向きだと言うことなのだが、今のところ陛下の容態が悪い事と、ウィルアム王子の妨害であまり良い方向へは進展していないのだという。
「とにかく二人の生活の保障は約束するから、安心して休んでいって」
流石に王都にあるお屋敷と同じ生活、とまでとはいかないけれど、私とリアが同じベッドで寝れば2部屋分は空けられるし、食事は三食昼寝のおやつ付きだし、お風呂だってアクアに頼めばお湯は使い放題!
なんだったら湯船に浮かべるアヒルのおもちゃだって用意してあげちゃう、至れり尽くせりの優雅な生活。おおっ、お客さんラッキーだね♪
「うん、すっかり庶民の生活に馴染んちゃてるね」などと、何故かヴィスタから可哀想な目で見られちゃってるけど、これ程の好条件が何処にあろうか! と私は言い切った。
その後ヴィスタとお揃いの服に着替え、私とノヴィアの為にと買ってきくれた下着達に囲まれながら、私とヴィスタ、そしてノヴィアとアクアをいれた四人で、キャッキャうふふの女子トークに花が咲いた。
ホント、下着だけは王都産の方が肌触りがいいのよね。手紙で下着の不満を書いていたら、気を利かせて色々見繕って買ってきてくれたのだ。
ただ、すっかり存在を忘れていたヴィルは、なぜか顔を赤らめて部屋の隅っこで、タマを抱きながら小さくなっていいたことだけを付け加えておく。
こうしてヴィスタとヴィルの二人を迎えて、私たちの新しい生活がスタートするのだった。