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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
一章 精霊伝説が眠る街
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第34話 アクアとお社と新型馬車

「んん〜〜、今日もいい天気ね」

 お店の休憩の合間を見てノヴィアとアクア、子猫のタマを連れて視察という名の午後のお散歩。

 リアとフィオは今頃学校でのお勉強中なので、今日は二人と二匹だけで農家さんの様子を伺うために、アクアの農村地へと向かっていた。


「それにしても良かったのです? アクア様を村人達の前に晒してしまって」

「仕方がないでしょ、この子が勝手に私のポッケから飛び出すんだもの」

 商会の立ち上げから2度目となる全体会議のとき、するりとノヴィアの腕から逃げ出したタマが、みんなの前で議事を担当する私の胸へと飛びついてきた。

 本当ならお家でお留守番をさせておくべきなのだろうが、リアは学校だしノヴィアには私のお手伝いがあり、お店で1匹にしておくのは非常に危険を感じたために連れてきたのだが、まさかあの場で私に飛びついてくるとは夢にも思わなかった。

 だってそうでしょ、私のポッケには今も同じように眠るアクアが収納されているのだ。

 当然タマの来襲に驚いたアクアは飛び起きるよう、私のポッケから集まった村の人たちの目の前に飛び出してしまった。

 せめてタマが1匹でお留守番できるような子ならば良かったのだが、この子は可愛い見た目によらずかなりヤンチャで、かまってやらないとお店の中は荒らすわ、部屋に閉じ込めれば私やノヴィアの下着を咥えて逃げるわで、危うく私の勝負下着を村の人たちの前に晒すところだったのだ。


「まったく、寄りにもよって一番奥に隠していた黒い下着を狙うとか、飼い主はどんなしつけをしているのよ。一度顔を見てみたいわね」

「リネア様、それはリネア様の事だと思いますよ」


 結局驚きを見せる村の人たちへの説明に、私がどれほど苦労した事か。

 まぁ、最後はアクアの存在がキッカケで、みんなが前向きに考えるようになってくれたのは良かったんだけれどね。


「そうだノヴィア、農家さんのところに行く前に、先にゲンさんの工務店に立ち寄ってもいいかしら?」

「新しい荷馬車の件ですか?」

「えぇ、それもあるけど個人的にゲンさんにお願いしたい事があってね」

「大丈夫ですよ、夜のオープンまでには十分時間ありますので」

 道すがら、ふと思い出した事があったので、ノヴィアに寄り道の断りを入れて進路を変える。

 ゲンさんとは私のお店を補修工事した時にお世話になった、このアクアで一番ん腕が立つと言われている職人さん。

 気難しく若い人たちにも厳しいらしいが、その腕前は誰もが認める腕前の持ち主で、今回商会の立ち上げで建屋の補修工事から市場の改修、そして現在は氷を使った新型の保冷馬車まで作ってもらっている。


 保冷馬車、その言葉の通り氷の冷気を利用した、アクア商会オリジナルの専用荷馬車で、箱状の貨車を上下の二重の構造にし、上に氷・下に食材が収納できるようになったもの。


 前世の近代文化時代に生まれた人には馴染みがないだろうが、随分昔の電気がない時代に親しまれていた冷蔵箱と言えば、多少のイメージはわかってもらえるだろうか。

 日本では明治以降に現れる物だが、海外では1800年代に登場し、多くの人々に親しまれてきたと言われている。

 この世界でも一応、似たような方法を利用した冷蔵庫は存在するが、氷自体が非常に貴重な物になるため、食材などの保管は家の下に掘られた地下室が使用されている。

 基本冷気は上から下へと降りていくので、この原理を利用すれば、鮮度を保ったまま野菜や解体したお肉など運搬できないかと考えたのだ。


「こんにちはー」

 木材が散らばる工場に入るなり、近くで片づけをされている女性に向けて挨拶をする。


「あら、リネアちゃんじゃない。今日はどうしたんだい?」

「ゲンさんいますか? 先日お願いしていた荷馬車がどうなったかなぁって思いまして」

 対応してくださったのはゲンさんの奥さんでもあり、この工場を影から支える女将さん。

 気難しい旦那さんと違い、こちらは人当たりの優しい奥さんで、困っていることは相談に乗ってくれるわ、ゲンさんと揉めた時もやんわりとフォローしてくれるわの、この工務店を影から支える功労者でもある。


「ちょっとまってね。あんた、リネアちゃんが来てくれているよ」

「ん? おぉ、来たか」

 そう言って奥の作業場から出てこられたのは、見るからに厳しそうな面持ちをした一人のおじさん。

 その近くには若い作業員さんが数人、何やら作業に取り掛かっておられる。


「どうですか? 新しい荷馬車の方は」

「まぁ見てな」

 案内されるまま奥の作業場に向かうと、そこにあったのは現在改良中の3台の荷馬車。

 一週間ほど前に初の試運転をアプリコット領向けに出発したのだが、こちらはあくまでもテスト運転だった為、再びゲンさんの工場へと戻したのだ。


「へぇ、内側は随分きれいな仕上がりになるんですね」

 軽い木材で出来た外観に、つるりとした鉛色の内装。木と金属板の間には『おがくず』が敷き詰められており、天井には外側から氷を出し入れしやすいよう、開閉式の二層構造となっている。


「まったく無茶な注文ばかり言いやがって、こっちは木材工場だというのに(スズ)亜鉛(アエン)だのをこんなにも多く使わせやがって。これで上手く行かなかったら倍の費用を請求してやるからな」

「あはは、すみません。でも流石ですね。こんなに丁寧に仕上げてもらえるなんて、商会のみんなも喜びますよ」


 今回補修のために戻したのは断熱用に金属板を取り付けてもらう為。

 もともとゲンさんの所では金属系を取り扱ってはおらず、今回提案した際に『てやんでぇ、こちとら根っからの木材店(江戸っ子)だ、木材以外の材料はこの店にはねぇよ!』的な事を言われてしまい、わざわざ別の街から錫と亜鉛の板材を取り寄せてもらったというわけ。

 少々私的な翻訳がなされているが、そこは大きな心でサラッと見逃して欲しい。


「とりあえずこれが上手くいけば畜産家さん達も助かるわね」

 内装が完成していない状態でも、ある程度の効果は得られた事は既にテスト輸送で実証済み。

 これで冷気を保てる時間を延ばす事ができれば、カーネリンの街を越えたその先の街や村への輸送だって実現できるだろう。

 本音を言えばアクアの西側にそびえ立つ山脈に、ヘリオドール公国までの街道が出来れば一気に楽になるのだが、流石にこればかりは私一人の力ではどうしようも出来ないだろう。


「それでゲンさん、荷馬車とは別に私から一つお願いしたい事があるんですが……」

「んっ、んぅ〜〜〜〜ん。ここどこ?」

 荷馬車の件がひと段落した後、今日私が伺った本当の要件に移ろうかとした時、ポケットの中からマヌケた声と共にアクアがヒョッコリと顔を出す。


「やっと目を覚ましたのね」

 すっかり私のポッケを寝床にしたアクアが、大きく背伸びをしながらスルリと抜け出し、空中を泳ぎながら私の肩辺りにちょこんっと座る。

 それにしてもよく寝るわね。

 出会ってからのアクアは、食事をしている時や就寝の時以外は、そのほとんどの時間を私のポッケの中で過ごしている。

 本人曰く、私のポッケが一番居心地が良いという話だが、恐らくそれは天敵であるタマを警戒しての言葉と、長い年月を魔力枯渇による睡眠という状態で過ごしていた事から、恐らくまだ本調子というレベルではないのだろう。


 これは私の憶測だがアクアの魔力はまだ完全な状態ではなく、あの時タマに起こされなければ今もまだ眠り続けていたのではないか。

 初めて私たちがアクアの姿を見た時、アクアはタマに咥えられていた状態でもまだ眠っており、頭から齧られた事でようやく危険を感じ目を覚ました。

 そう考えると今でもよく眠っているのは、魔力を完全に回復するための自己防衛なのではないだろうか。


「ほぉ、この子が噂のアクア様か。いや、話には聞いていたがこうして目にした今でも信じられんわ」

 そういえばアクアをゲンさんに会わせるのはこれが初めてだったわね。

 できるだけ人前には出ないよう言い聞かせてはいるが、私がアクアを連れていることは既に周知の事実。

 一応村の中だけの秘密にしておいてくださいね。とは言っているものの、恐らくそう遠くない未来には旅の商人さん達の耳にも入ることだろう。


「アクア、ご挨拶しなさい」

「まったく、仕方がないわね。私の名前はアクアよ。この私が村の生活を豊かにしてあげるから大船に乗った気でいなさい」どーん。

 これが精霊流の挨拶なのかもしれないが、毎回ペタンコの胸を突き出しながら威張られても、口元のよだれ後で全てが台無し。

 だけど近くでこちらの様子を伺っていた職人さん達は、初めて見る精霊の存在と、このアクア村を昔から守り続けていたという伝説から、精霊のアクアに賞賛を送ったり感激のあまり拍手をする人までいる。


「精霊なんて生まれて初めて見るが、こんなにもちっこいもんなんだな」

「私もアクアに会うまでは良く知らなかったんですが、話を聞く限りでは間違いなく当人みたいですよ」

 ゲンさんの素朴な問いかけに、私はアクアの口元をハンカチで拭いてあげながら答える。


「それで個人的に俺に頼みたい事っていうのは何だ?」

「実はお社の件なんです」

「お社? アクア様のか?」

「えぇ、洞窟にあったのは回収してしまったので……」

 以前洞窟内にあったアクアのお社。

 実は洞窟を天然の冷蔵施設へと作り直す際、一旦場所を移動させるという意味で回収したのだ。

 この件に関してはアクア本人の了解も得ているし、領主様にも本人が良いと言うならばと許可も得ている。

 なので一旦回収という形で外へと持ち出したのだが、長年の風化と損傷で、修復が不可能な状態まで腐敗してしまっていた。今は商会の倉庫に保管しているものの、とてもじゃないが修繕という方法は取れないという事らしい。

 私としても本人に作り直してあげると言った手前、このままでは寝覚めが悪く、いずれ私と別れる時がやってきた時に、アクアの家が無いと言うのも心が痛む。

 なのでこの際仕事の合間でもゲンさんに作ってもらえ無いだろうかと、相談しに来たのだ。


「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! まさか私を追い出そうというつもりじゃないでしょうね!」

「なに慌ててるのよ、そんなわけ無いでしょ。アクアはもううちの家族なんだから、好きなだけ私の家にいなさい。お社の件は元々の約束だし、いずれ私が居なくなった時に貴女の家がなければ困るでしょ?」

 まだ出会って1ヶ月程度だが、私なりにアクアへの愛情も湧いているし、アクアも私やリア達に懐いてもくれている。

 タマは、まぁ、まだ苦手意識はあるようだけれど、たまにお菓子の取り合いをしている事から、其れなりによい関係も築けているのだろう。たぶん……


「ぐすん」

「なによ、なんで泣いてるのよ」

「泣いてなんかないもん、目から水が流れているだけなんだからね!」

 それを泣いているというのだが、これ以上つっ込むとアクアがまたツンデレモードに入ってしまうので、そっと目元をハンカチで拭いてあげる。

 涎を拭いたハンカチだけれど、まぁ本人の涎だから構わ無いわよね?


「くっ、泣かせるじゃねぇか。任せておきな、俺が立派なお社を建ててやらぁ」

 一体今のやり取りの何処に感動したのか、ゲンさんが男泣きしながら快く引き受けてくれる。

 いや、そんなに頑張らなくてもこちらの予算というのがですねぇ……。


 若干冷や汗をかく私の気持ちも知らずに張り切るゲンさんに感動するアクア。

 職人さん達もなぜか盛り上がっているようで、お社じゃなくてミニチュアハウスが良いんじゃないか、いっその事でっかいお屋敷がいいんじゃないかと、既に私のスケールを大きく逸脱している。


 言えない、前みたいな小さなお社でいいんですとは、とてもじゃないが言えない私がいるのだった。

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