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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
一章 精霊伝説が眠る街
31/105

第31話 トワイライトの公子(前編)

 ざわざわざわ


 メルヴェール王国の南西に位置するアプリコット領。

 ここは庶民たちが日々の食材を買い求めにやってくる公衆の市場。

 通路を挟んでいろいろな食材やら生活必需品がところ狭しと並べられ、大勢の人たちが店主や買い物客同士の会話を楽しんでいる。

 そんな中、庶民では珍しいブロンドの髪をした二人の青年の姿があった。 




「ここはいい街だね、ゼスト」

「そうですね。北の地方は随分荒んでおりましたが、この街は活気に溢れ、暮らす人たちも笑顔が絶えないようです」


 今回の旅は随分と長くなってしまった。

 トワイライト連合国家が現在抱えている食料不足の案件。

 元々山岳地帯が多い連合国家だが、隣国メルヴェール王国からの移民による人口増加、更にここ数年にわたる農作物の不作とで、このままでは食料が不足するのではという事案が心配されている。

 今すぐどうにかなるという状況ではないものの、今のうちから輸入、もしくは新たな生産方法を見つけなければ、一番最初に苦しむのは力なき国民達となってしまう。

 だから僕はオーシャン公国の公子でもあり親友でもあるゼストと共に、このメルヴェール王国を訪れた。

 本来ならトワイライト公国の公子でもある僕が、このように身分を隠して視察などはしなくてもいいのだろうが、昔から『人の心、人々の生活を学びたければ、その者と同じ目線に立って学べ』という父の教えを守り、17歳となった今でも自分の足を使いながら各地を回っている。


「それにしても領主によってこれ程街の雰囲気が変わるものなのですね。私もいずれ国政に携わる者として、今回の視察の旅はいろいろ考えさせられるところがありましたよ」

「ゼストにそう言ってもらえると今回の旅は無駄ではなかったようだね」

 結局解決策と思われるいい案とは巡り合わなかったが、今回の旅の中で得られた経験は、未熟な僕たちにとって其れなりの成果は得られたようだ。


「たしか……アージェント領でしたか、物流の動きがない為に多くの人たちが職に就けず、目ぼしい生産物も無ければ其れを補填するために動く気配もない。おまけに領主は王都に入り浸りで、ほとんど自領に戻って来ていないという話ではないですか」

「そうだね、昔はあんな街ではなかったんだけれど」

 ゼストの言葉を受け、ポケットに忍ばせているリボンにそっと触れる。

 本来なら北側のアージェント領にまで足を延ばす必要もなかったのだけれど、僕の中にある想い出が自然と足を向けてしまった。


「あの街は鉱山で採れる鉱石が有名だったんだよ。前領主様は民思いで街は鉱石の加工で大変賑わっていてね。旅の商人達が大勢足を運ぶような地だったから、何かいい話が聞けないかと思ったんだけれど、何年か前に鉱石が採れなくなったらしくてね、結局無駄足を運ぶような真似をしてしまったよ」

「そうだったのですか、確かに主要となる鉱石が採れなくなったとすれば、あの街の現状も納得ができます」

 本音を言えばアージェント領の状態は耳にしていた。

 それが今回の視察に向かない地だと分かっていても、僕の中にある期待と心配からどうしてもあの地に足を向けさせたのだ。


 流石にあの丘も当時のままというわけにいかなかったな。




 あれは僕が8歳だった頃

 当時、第二公妃の子でもあった僕が、義理の母や第一公子派達に歓迎されるわけもなく、母と幼い妹の三人で肩身の狭い思いで暮らしていた。


 第一公子派と第二公子派、よくある国の二大勢力とでも言うのだろうか。オーシャン公国の姫でもあり、第一公妃の正当な子でもある第一公子派。平民出で国民から慕われているシスターの母を持つ第二公子派。

 聞こえは正に貴族派vs国民派とも思えるが、実際は僕や妹の側に味方はおらず、父は公王としての立場があるため滅多に会えないし、優しかった母も多忙な毎日。その上僕と妹の立場は『平民の子がなんでこの場にいるんだ』と罵られる状態。


 それでも母のために、国民のためにと頑張ってきたが、優しかった母も遂には病に倒れてしまう。

 もともと体が丈夫ではなかったのにシスターとして、また公妃として多忙な毎日を送っていが、恐らく負担は相当大きかったのだろう。いままでとは異なる環境、本人はいつも笑顔を絶やさなかったが、病弱な体はすでに限界を超えていた。

 眠るように横たわる母の姿を見て、涙一つ見せなかった父を恨みもしたが、翌朝には目を真っ赤にした父の様子を見て、初めて母を愛していたのだと、その時初めて父の気持ちを知ることができた。


 そんな母の存在が無くなった僕たち兄妹は、城内でますます孤立へと追い込まれていく。

 目に見える嫌悪感と殺意を含む視線。民達から向けられる憧れと期待に溢れる希望の眼差し。

 頑張れば頑張るほど王座を狙っているのかと囁かれ、少し立ち止まると公王の子が何たる醜態と罵られる始末。

 これで公位を放棄して、平民になれればどれだけ楽になるのだろうかと、真剣に考えたことは一度や二度ではたりないだろう。だけど初の平民の子と多くの国民から期待されてしまい、それすらも叶わないこの状況。

 誰も僕の気持ちをわかって貰えず、僕が置かれている環境を気にする様子もない。


 果たして僕は何を求めて、何処へ進もうとしているのだろうか?

 妹は女性という立場からその存在価値は十分に果たせる。むしろ継承問題を抱え、命すらも狙われている僕が妹の側にいる方がマイナスではないだろうか。

 妹にあって僕にはない存在価値。むしろ国と国民との間に火種を抱えている分、いない方がいいのではないだろうか?

 そんな考えを毎日毎日毎日考え続け、次第に僕の心は深い暗闇へと落ちていった。


 流石に父も僕の状況に責任を感じたのか、ある日視察の旅という名目で僕を外の環境へと送り出した。

 初めて見る外の世界。妹は父が信頼の置ける人物に預けてくれているおかげで、僕は初めて公子という立場も、妹を守らなければならないという環境からも解放され、次第に昔の心を取り戻していった。

 そんな時、偶然に出会ったのが草原で元気に走り回る彼女の姿だった。




「ねぇ、リネアは将来何になりたいの?」

 それは口から滑り出た他愛もない一言。

 僕には選べない未来を、彼女なら何を選ぶのだろうかというただの興味本意からの言葉。

 優しい両親に見守られ、可愛いと大切に触れあえる一人の妹。

 同じ兄・姉という立場から自然ともれた一言だった。


「ん〜、お嫁さん!」

「そっか、お嫁さんか。リネアならきっと可愛いお嫁さんになれるね」

 女の子なら誰しも憧れる未来の自分。

 年相応ならばもっと明確な答えが返ってくるのだろうが、彼女の今の年齢からは僕が望む答えは得られなかった。


 まぁ当然だね。僕は年の割に色んな経験を積んでしまった。

 そのせいでこの年で大人びた考えを持ってしまったと、よく母に何時も呆れられていたものだ。


「アレクは、アレクは将来何になりたいの?」

「えっ、僕?」

 ただの口から滑り出た言葉だというのに、僕は彼女の問いかけに言葉を詰まらせた。

 まさか公王でもある父の後を継ぎたいとは言えないし、継承権問題に巻き込まれて死んでしまうかもとも言えない。

 そもそも僕は今まで将来何になりたいかを真剣に考えた事があっただろうか?


 父の後を継ぎたい? いや、義兄を差し置いて僕が公王を継ぐわけにいかないし、そんな野望も抱いていない。

 立派な公子になりたい? そもそも立派な公子とはなんなのだ。

 民を想い、民の為に頑張りたいという気持ちはもちろんある。あるにはあるのだが、その道を突き進めば突き進むほど、頑張れば頑張るほど、僕の存在価値は僕を嫌う人たちにとって邪魔な存在となってしまう。

 場合によっては国を二つに分ける戦いが起こる可能性だって考えられるだろう。

 それでも僕は……


「僕はね、いずれ多くの人たちを導かなければいけないんだ。だけど僕の決断で大勢の人たちを不幸にも幸せにもできてしまう、その現実が怖くてね」

 出会ったばかりの少女に僕は一体何を話しているんだろうか。

 これは彼女が望んだ答えではないと分かっているのに、自然と心の中で溜め込んでいた気持ちが溢れ出てしまった。


「リネアはいいね、優しいお父さんとお母さんがいて」

「ん? アレクにはお父さんもお母さんもいないの?」

「ん〜、いるにはいるんだけれどあまり会えなくてね。父は忙しい方だし、母は遠くの空の上に行っちゃったから」

「寂しくないの?」

「そうだね、寂しくないといえば嘘になるけど、僕は父を尊敬しているし、母は今もここにいるんだ」

 そう言って母の形見の品でもあるペンダントを取りだす。

 これは不器用ながらも父が手作りで作った古めかしいペンダント。


 母は父の身分やお金に吊られたんではないと言いたかったのだろう。

 父もまた母に対して一人の男性として向き合いたかった。それがこの手作りのペンダントだったんだと、幼いながらも理解が出来た。


「これはね、亡くなった母の形見のペンダントなんだ」

「お母さんの?」

「そうだよ、母は遠くの星空の元へと行っちゃったけれど、このペンダントがあると近くにいてくれるんじゃないかと思えてね。本当はそんな甘えなんて捨てなければならないんだけれど、僕にはどうしても手放せなくてね」

 そんな話をしたとき、彼女は僕の為に泣いてくれた。

 母が亡くなった時、僕の周りで涙を見せたのは妹と僕の二人っきり。

 父は公王という立場で人前で涙はみせないし、付き人達も誰一人として泣いてくれる者がいなかったというのに、なんの関係もないこの少女は泣いてくれた。

 『甘えてもいいじゃない、手放さなくてもいいじゃない。人は支えがないと生きていけないんだから、アレクが泣いている時には私が駆けつけるよ』と。


 だからかな、妹にすら渡さなかった母の形見のペンダントを彼女に預け、彼女もまたお気に入りだと言っていたリボンを僕に預けた。再び出会う事を願いながら、今度こそ僕が描く夢を語るために。


 流石に城に戻った後、なんで形見のペンダントを渡したんだと、妹からは散々叱られる事になったんだけれどね。

 それでも僅かながら彼女とまた出会える奇跡の可能性があるのならば……。

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