第24話 お食事処、精霊の隠れ家
お食事処、【 精霊の隠れ家 】
名前からして日本食を想像するかもしれないけれど、出てくるメニューはどちらかというと洋食より。
なぜお店の名前を『精霊の隠れ家』なんかにしたかというと、私の作る料理がこの世界の住人にとっては目新しいから。
お店の名前に『精霊』と入れていれておけば、普段の食卓ではお目にかからない料理も、素直に受け入れてもらえるんじゃないかと考えたからだ。
お店のメニューは定番でもある数種類の定食と、季節の野菜や旬のお魚を使った季節限定メニュー。その日その時の海の状態や、たまたま漁師さんの投網にかかった魚などを使ったシェフおまかせメニューに、ボリュームたっぷりのお肉を使った料理が少々。
このアクアでも畜産業はあるのだけれど、主に別の街へと売られていく事が多いので、どうしてもお店のメニューは魚料理がメインとなってしまう。
私としてはもっとお肉を使った料理も手がけて見たいのだけれど、そこは仕入れ価格からご提供価格の問題が出てきてしまうのと、冷蔵庫といった保存が効かない関係から、その日その時獲れた生魚がメインとなってしまう。
「お嬢様、甘鯛の香草焼きを1つ、秋鮭のレモンアクアパッツアを1つ、季節のミネストローネを1つお願いします」
「香草焼きとアクアパッツア、あとミネストローネね。白身魚のフライ、ツナと野菜のポテトグラタン出来たわよー」
お店のオープンと共に押し寄せるお客さんの波、波、波。
オープン当初こそ来店は地元の人達ばかりだったけれど、いつの間にかアクアへ仕入れにやってこられる商人さん達の噂となり、今じゃ輸送ルートをわざわざ変更してまでお店へやってきてくださる方もいる。
まったく商人さん達の情報伝達の速度ってすごいわよね。
これはお金になる! って感じたら、たちまち噂が噂を呼び、連日お店のレシピを盗もうと大勢の商人さん達が押し寄せてきた。
だけど私が作る料理って地元で採れた生の魚を使っているため、このアクアでないと調理ができない。
これが前世のように冷凍技術や、輸送技術があれば話は変わってくるのだろうが、残念なことにこの世界では隣街へと届けることすら困難。遠くの街へと運ぶ事は完全に不可能といった状況。
これがお肉ならば、まだ生きたまま別の街へと運んでいく事もできるし、野菜も多少の鮮度に目を瞑れば輸送することだって出来るが、生の魚だけはどうしても輸送の途中で腐ってしまう。
しかも干し魚に加工したとしても、その見た目とレシピの少なさから、貴族階級の人たちからは敬遠されがちとなってしまうため、高額で取引される事はまずないといってよい。
せめて大量の氷でもあれば保存や輸送もスムーズにいくのだろうが、製氷機がないこの世界では氷は非常に高価なもので、とてもじゃないが輸送のためだけに使い捨てるなどはできないのだ。
干し魚を貴族の人たちが高値で買ってくれれば……、冷凍保存で生魚の輸送が出来ていれば……、漁師さん達の生活はもっと楽になるんだろうに、現状ではその日自分たちが食べる量と、干し魚などに加工する分、そして余って捨てるようなお魚がアクアの朝市に並ぶ程度となってしまっている。
おかげでこちらは安く食材を手に入れられて万々歳なのだが……。
「しかし何でしょうかこれは。白身魚のフライまではわかるのですが、この上に乗っている黄色いソースは一体……」
「こちらもグラタンに入っているホワイトソースは一体どうやって……。それにこの中に入っているぷにょぷにょした具材はなんなのでしょうか」
商人のような身なりの人が運ばれたばかりの料理を口にし、それぞれ思いの感想を口にする。
彼らがいま口にしているのは、白身魚のフライにタルタルソースをたっぷりとかけたものと、私特製のホワイトソースにツナと野菜、そして自家製のマカロニをいれたホワイトグラタン。
マヨネーズがないこの世界ではタルタルソースは存在しないし、マカロニに至っては完全に未知の食べ物。
もしかすると私の知らない国では似たような食べ物があるかもしれないが、メルヴェール王国を含む近隣では、主食となっているのがパンであり、パスタ系はあまり馴染みがない。
「噂には聞いていたが、まさかこれ程までの料理だとは」
「えぇ、魚を使った料理以外もあるとは聞いていましたが、ただのグラタンがここまで変わるとは正直感動すら覚えますよ」
料理に携わる者としては少々照れてしまうような褒め言葉だが、私がやっているのは前世で学んだ料理の再現。
生魚がこの街でしか調理出来ないことはすでに周知されているので、恐らくこの商人風の二人の目的は魚以外の調理法だとは思うけれど、グラタンに使っているホワイトソースも、白身魚にかかっているタルタルソースもすべて素材から再現した自家製なので、料理の知識がない商人さんでは簡単は見破る事はできないだろう。
前にも少し話したことがあると思うのだけれど、この世界にはソース系のバリエーションが絶望的なまでに少ない。
個人的には醤油やお味噌といった日本食に憧れたくもあるのだが、現存する調味料はオリーブオイルに砂糖や塩、植物よりとれた複数の香辛料やスパイス、あとはチーズや乳製品を使ったものがいくつかあるぐらいで、日本料理の基本とも言える『さしすせそ』の、お酢・醤油・お味噌すら揃っていないのが現状だ。
そのため私がつくる料理はこの世界の人たちにとっては新種の料理となり、連日のようにレシピの秘密を探ろうと大勢の商人さん達がやってきている。
「キミ、すまないがこのグラタンに入っている具材とホワイトソースはどうやって作られているんだい?」
「まてまて、そんなものよりこのソースだ。どうやら卵が使われているようだが、このフライにかかっているソースは一体なんなのだ?」
ほら、また始まった。
好奇心旺盛の商人さん達にはよくある光景。捕まってしまったノヴィアも『またか』といった様子で、『ここは食事処です。お料理のレシピを知りたければ味わいながらお考えください』と、にっこりと笑みを返しながら別の仕事へ向かっていくが、それでも納得のいかない二人の商人さんは立ち去るノヴィアを引き止め、あれやこれやの質問攻め。
しばらく様子をみて、これ以上揉めれば私のが出ていかなければいけないかと思案していると、この様子を見ていた別の商人さん達が、引きとめようとしていた二人組の商人さんに声をかける。
「あんた達、この店に来るのは初めてだろ? 悪い事は言わないからその辺にしておいた方がいいぞ」
「こいつの言う通りだ。世間話程度のやり取りなら構わないが、店の従業員に手でもだしてみろ、二度とこの店の敷居が跨げなくなっちまうぞ」
「まぁ、気持ちはわからんでもないが、簡単に手放すようなレシピじゃない位あんた達だってわかるだろ? それにここの店主は若いが、怒らせると海に放り込まれるって話だからな。悪い事は言わん、商人なら出された料理から盗み出すんだな」
などと、好き勝手に私の噂で、今度は別のお客さん達が盛り上がる。
まったく、私がすぐに暴れ出す怖い店主を思われているのは、ちょっと文句を言いたいわね。
いやね、実は少し前の話になるんだけれど、どこぞの成金商会の会長をしているって人がやってきた事があったのよ。
噂を聞いて店までやって来てくれたまでは良かったのだが、お店に入るなり『なんだこの薄汚い店は』だとか、『店主が女だとは聞いていないぞ』とか、散々料理とは違う部分で文句を口にする始末。
それなのに出された料理を口にすると態度が一変、『この料理はなんだ?』『このソースはなんだ?』としきりに質問され、挙げ句の果てに私を呼び出し、『自分の愛人なれば大きな街で店を出させてやる』とまで言い出してきた。
そらぁ私だって絶世の美女とまでは言わないが、それなりにスタイルと容姿には自信がある。
おまけに貴族の血を引いているおかげで、平民では珍しい鮮やかなブロンドのロングヘアーに、習慣ともなっているノヴィアによる簡易エステの効果か、肌は透き通るような真っ白のモチモチ肌。
最近は少々手荒れが気になるところではあるが、それでもどこへ出しても恥ずかしくない姿を保っているつもりだ。
だからと言って初見の人間に愛人になれだとか、どさくさに紛れて私のお尻を触ってくるとか、流石に頭にきたもんだから『貴方に食べさせる料理なんて無いわよ!』と大暴れしてしまい、『この店の店主は怒らせると怖い』という不名誉なレッテルまで広まってしまった。
せっかく愛人となる未来から解放されたっていうのに、誰が好き好んで再び愛人の席に戻るって言うのよ。
それ以来このお店にやってくる商人さん達は『私を刺激しすぎて怒らせると、二度とお店の敷居が跨げない』『従業員のお尻を触ると海に放り込まれる』といった嘘の風潮まで広まってしまい、今のように常連さん達が揉め事が起こる前に、私の武勇伝で店内が盛り上がるという何ともいえない状況に至ってしまった。
一応断っておくが、私に迫ってきた成金の会長さんを海に放り込んだという事実は存在しない。ただ私に不埒な行為をしたとして、ノヴィアにお店の外まで投げ飛ばされていた事は、あえて触れないでおいた方がいいだろう。
「終わったー」
「お疲れ様ですお嬢様」
「ノヴィアもお疲れー。お茶でも出すわね」
「あ、それは私が」
午前の掻き入れ時が終了し、夜のオープンまでの休憩時間。
この辺りの生活習慣の関係か、朝からお昼にかけての間が忙しく、夜はご近所さんや近くに宿泊されているお客さん達の居酒屋へと変化する。
そのためお昼過ぎから夜までの間はパタリと客足が途絶えるものだから、仕込みの時間として一旦お店を閉めるようにしているのだ。
「あら、いい香りね」
ノヴィアが淹れてくれたお茶の香りが、優しく辺りを包み込む。
「先日お店にいらっしゃった商人さんから頂いた茶葉なんですが」
「相変わらずノヴィアは商人さん達から人気ね」
「まぁ、私の機嫌をとればお料理の秘密が探れるとでも思われているのでしょう」
私のガードがキツければ、もう一人の従業員でもあるノヴィアに聞け。
女性はプレゼントに弱い生き物だからね。貢いでお近づきになり、プライベートで誘い出せれば一石二鳥と考える者も多くいるのだろう。
私から見てもノヴィアは可愛いと思うし、仕事も礼儀作法も完璧。おまけについ先日発覚した護身用体術も身につけているとなれば、お料理の秘密を探ると同時に口説きたい気持ちもわからないでもない。
だけど肝心のノヴィアは『私はお嬢様一筋です』と、まったく知らない人が聞けば誤解されそうな言葉を平気で口にする、忠義の熱いメイドさん。
私の知る限りでは本気にノヴィアにご執心のお客様もいるようだが、どうやら店主である私同様、彼女の婚姻も当分先になりそうだ。
「ただいまー」
「お邪魔します」
ノヴィアとお茶を楽しんでいると、元気な声でリアがフィルを連れて帰ってきた。
「おかえりリア、それにフィルも」
二人を空いたテーブルに招き、ノヴィアがお茶の用意のために厨房へと向かう。
二人が一緒に帰ってきたということは、恐らくフィルに付き合って領主様の食事を用意してから戻ってきたのだろう。
思い返せばアージェント領で暮らしていた時も、リアには同年代の友達はいなかった。
私は王都に来てから学園でヴィスタやヴィルと知り合えたが、ずっと屋敷の中にいたリアにとって、フィルは初めてとなる同年代の友達。
フィルもリアとは気があうようだし、安心して妹たちの行く末を見守ることができる。
「それじゃ、すぐに食事の支度をするわね」
相談事を聞く前にまずは腹拵えよね。
育ち盛りの二人には、食事は欠かすことが出来ない大切な時間。
確か白身魚の切り身とキノコ、あとスープに使う玉ねぎも残っていたわよね。
頭の中で簡単に賄いメニューを組み立て、お茶を持ってきてくれたノヴィアと入れ替わるように、私は再び調理場へと向かう。
さぁ、可愛い妹たちの為に美味しい食事を作らないとね。
次話『アクアに伝わる精霊伝説』
4月27日(月)更新予定です。