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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
序章 新天地を求めて
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第21話 旅立ちの回想(前編)

 チュンチュンチュン

 カーテンの隙間から差し込む日の光。

 ベットの中から『ん〜〜』と背伸びを一度してから、昨夜のうちに貯めておいた水で顔を洗う。


「おはようございますリネア様」

「おはようノヴィア」

 アージェント家にいた時から変わらぬ挨拶。

 ノヴィアには『様づけなんて要らないわよ』とは言っているが、『私はどんな状況になろうともリネア様とリリア様の専属メイドなんです』と返されてしまい、新たな生活になっても変わらないこの現状。

 それでも私たち姉妹が今も健康的な生活が送れているのは、間違いなくノヴィアがここに居てくれているからだろう。


「いい街ね」

「はい、今は村だという話ですけれど良いところですね」

 私は窓を開け、二階の窓から見える景色を堪能する。


「ここに来てもう半年にもなるのね」

「そうですね。リリア様にも笑顔が戻りましたし、リネア様も随分たくましくなられましたから」

 ノヴィアが私の隣に来て、同じように外の風景を眺める。

 か弱い女性に対し『たくましい』という言葉が少々引っかかるが、この半年で私も一家の主であるという自覚も芽生えている。


 半年前、私たちがこのアクアの村へとたどりつくまでの一連の出来事は、今となっても忘れようがない。




―― 半年前 ――


「リネア様、それでこの後はどうされるので?」

 すっかり私の旅に同行する気分になっているノヴィアが、重たそうな荷物を軽々担ぎながら尋ねてくる。


 先ほどは大勢の使用人さん達に見送られながら旅発ったのだが、思い返せばノヴィアが私に同行することも、私たちが今日の早朝に旅立つことも、なぜバレてしまっていたのか全てが有耶無耶。

 恐らく裏で手を回していたのは間違いなくハーベストだとは思うのだけれど、私の一世一代の演技すらも見破られていたとなると、少々負けた気分にすらなってしまう。

 まぁ、それほど彼が優秀な執事なんだと考えれば、ただの小娘である私なんぞが太刀打ちできるわけでもないのではあるが。


「取りあえずは平民街にある馬車の乗り合い所へと向かうわ」

「乗り合い所と言うと、やはり国から出られるので?」

 乗り合い所というのは地方や他国へと向かう馬車が集まる所。これが貴族ならば保有する馬車での旅行となるのだが、私や平民のような身分の者は民間の幌馬車に乗り合い、遠くの地へと運んでもらうのが一般常識。言わばバスや乗り合いタクシーのような交通機関だと思っていただければわかるだろうか。


「そうね、この国にとどまっていればいつ叔父様の手が伸びて来るか分からないからね。口では『言うことを聞けないのなら出ていけ』なんて言っていたけれど、本当に私が居なくなって困るのは叔父様だもの。見つけ次第連れ戻されて、今後こそ監禁された上で結婚させられてしまうわ」

 叔父のことだから、ハーベストから私たちが居なくなったと聞かされても、すぐには捜索にかからないだろう。

 理由は私たちに対して『出ていけ』という言葉を口にした為。それが例え一時の脅し文句であったとしても一度は口にした手前、今更あれは嘘だったとはいえない筈。


 恐らく所詮は子供の家出、このまま放置して2・3日もすれば泣きついてくるだろうと考えるだろう。

 だけど一向に戻る気配がないと感じると、慌てて王都中を探しまわさせるだろが、残念な事にその時には既に王都どころかこのメルヴェール王国にすら私達の姿はない。

 流石に他国へまでは捜索の手を伸ばせないだろうから、国を出た瞬間に私の逃亡劇は成功となる。

 後は新天地で無事生活を送れる環境が整えばいいのだが、それは現地に着いてみない事にはわからない。


「そうですね、ですが念のためにも急がないといけませんね」

「えぇ、叔父の気がいつ変わるかもわからないし、必ずしも思い通りに行くとも限らないわ。だから出来るだけ早く王都から出たいのだけれど、その前に少しだけ寄りたいところがあるのよ」

「寄りたいところですか?」

「えぇ、ちょっとヴィスタの家に手紙をね。少し遠廻りにはなるけれど、手紙を放り込むだけだからそう時間も取らないはずよ」

 そう言いながら私はポケットにしまい込んだ手紙を服の上から押さえる。

 今回の件もそうだが、ヴィスタにはお礼のしようもないほどの恩がある。それに前々からお屋敷を出る時には必ず連絡してくれとも言われていた。

 これで約束を破ってしまえば、私は二度とヴィスタの前に顔を出せないだろう。


「わかりました。ハーベストさんも旦那様への報告を遅らせてくれるともおっしゃっていましたし、少々の遠回りは大丈夫でしょう」

「ありがとうノヴィア」

 一応移動しやすいように持ち出した荷物は必要最小限に減らしてはいるが、ノヴィアが背負っているのはマリアンヌが用意してくれた荷物。恐らく数日の生活には必要不可欠な物が詰め込まれているのだろうが、その重量はやはり冗談半分にも言えないえないほど重い筈。

 せめて荷物の半分だけでも私が持とうかとも言ったのだけれど、ロクに力仕事をしてこなかった私が耐えられるわけもなく、涼しい顔で断られてしまった。


 とにかく今はノヴィアの言葉と体力を信じ、急いで王都を出ることが先決。


 私たちは少し足早に貴族街の裏路地をひたすら突き進む。

 この道は貴族達の馬車が行き交う表通りとは違い、お屋敷に仕える使用人や商人達が行き交う裏通り。表通りとは違い照らされる街灯は少なく、また朝が早いということで人の気配は全くない。

 だけどそれも後1時間もすればお屋敷で働く人達は動き出すだろうし、平民街から通う人達の通勤も始まる。

 出来ればそれまでに乗り合い所にはたどり着きたいところだ。


「どこかしら、以前ヴィスタに聞いた話ではこの辺だったとは思うのだけれど」

 貴族街は区画整理がきっちりされているから、予め何区の何通りと聞いていれば比較的辿り着きやすい。

 本当は一度ぐらいお屋敷に遊びに行きたかったのだけれど、それを叔父様が許す筈もなく、私もヴィスタもお互いのお屋敷には一度も行ったことがない。

 まぁ、ヴィスタの場合は馬車での送り迎えだろうから、本人がワザワザ案内するわけでもないのだろうが。


「リネア様、これじゃないですか?」

「あ、ほんと、これね」

 裏門に描かれた杏子のエムブレム。たしかこれがヴィスタのいるアプリコット家の紋章だった筈だ。


 コンコン

「やっぱりまだ誰もおられないようね」

 一応呼び鈴は付いているのだが、こんな早朝から鳴らすわけにもいかず、また妙に怪しまれて通報されても困るので、当初の予定通り扉の隙間に持参した手紙をそっと差し込む。

 これで一応のヴィスタとの約束は果たせただろう。

 そう思い手紙から手を離すと、スルスルと手紙が扉の向こうへと吸い込まれる。


「へ?」

 カチャ、ギギギィ

 何がどうなっているのかと戸惑っていると、突如目の前の扉が開くと同時に、お屋敷の使用人さんとおぼしき人達に無理やり中へと連れ込まれる私たち。

 その後に周りをキョロキョロと人気のいないことを確かめられ、再び内側からの施錠をカチャリ。

 なになに?これはどんな状況?

 まさか不審者と思われて捉えられたってわけでもなさそうだし、私たちへの対応も非常に優しい。すると私がヴィスタの友達だということが分かっているってこと?


「失礼いたしました。リネア様でいらっしゃいますか?」

「えっ、あ、はい。あの、これは一体?」

 わけがわからないといった状況に、私から片言な言葉が飛び出す。


「ヴィスタお嬢様より、早朝リネア様が訪れるようなことがあれば、丁重にお屋敷の方へご案内するようにと仰せつかっております」

「……」

 この場合、思わずポカンとなるのはある意味仕方がないことだろう。

 私はヴィスタに対し、一度たりとも今日の早朝に旅立つとは話していない。

 これがハーベストなら、叔父との遣り取りを見ていたのだから納得もできるが、ヴィスタにはケヴィン様が危ないとの手紙をもらっただけで、叔父様と決別したことすら連絡していないのだ。

 一体あの子は私の行動をどこまで予測していたのよ。


 改めて我が親友恐ろしさを実感していると、あれよあれよと言う間に手荷物を奪われ、そのまま客間とおぼしき部屋へ連れてこられた私たち。

 私とリアはフカフカのソファーに案内され、ノヴィアは私たちの後ろへと移動する。


 我が親友の恐ろしさに一人頭を抱えていると、やって来たのはヴィスタ本人。

 流石にパジャマ姿ではないが、髪が跳ねていたり所々に寝癖が見受けられるとこを見ると、寝ていたところを起こされ急ぎ駆けつけてくれたのだろう。


「もぉ、どれだけ私を驚かせるのよぉ」

 私の姿を見るなり飛びつくように抱きついてくるヴィスタ。

 こんな時間に訪れたことには申し訳ないが、驚かされたのは間違いなく私の方だろう。

 なんでも昨夜私宛の手紙を送った時、いずれ私がこのアプリコット家を訪れるだろうと考え、お屋敷に仕える使用人さん達にお願いしていたらしい。

 流石に伝えたその翌朝に来るとは考えてもいなかったらしいのだが。


「ごめんね。ちょっともうどうする事も出来なかったのよ」

「私の方こそごめんね。もっと早くに知らせられればよかったんだけれど」

 ヴィスタは私に対して連絡が遅かったと謝ってくれるが、ケヴィン様の事は昨日分かったことだし、彼女からの手紙が先に届いたからこそ私は対策を立てられ、叔父様との対決に勝利する事が出来たのだ。

 むしろよくあのタイミングで知らせてくれたと逆にお礼を口にする。


「そう言って貰えるのはうれしいけど、このあとリネアちゃんは行く宛てがあるの?」

「一応目的地は決めてあるわ。そこに移住するかどうかはわからないけれど、まずはその街へ行くつもりよ」

 もっとも、その街へ行くと決めたのはほんの二日前。リーゼ様にいただいた本を読んで決めたのだが、目的地である街は近年新しい街道が出来たおかげで、ここ数年で一気に発展しているらしい。そこならば王都から出ている幌馬車を一度乗り換えれば行けるようだし、発展途上という事から探せば私の年でも仕事の一つぐらいは見つけられるだろう。

 ただ唯一の問題は、保証人もいない子供達だけで家を借りられるかどうかなのだが……。


 そんな遣り取りをヴィスタと話していると、身軽な服装をされた一組の夫婦がやってこられた。

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