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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
前章 悪役令状の妹
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第19話 対決(後編)

「申し訳ございません、その……まさかご本人がこの場にいらっしゃっているとは思ってもおりませんでしたので」

 仮令たとえケヴィン様が私を知っていたとはいえ、一度たりとも会話を交わした事がない事は本人が一番分かっているはず。

 叔父やハーベストならば私の嘘をアッサリとはね返せるだろうが、ケヴィン様にこの状況を覆せる力は持ち合わせてはいない。


「伯爵様、これは何の根拠もないデタラメです。僕がエレノーラに責任を押し付けるだなんて」

「ですが、学園で広まっている噂はご存知ですよね? その事で昨日もリーゼ様に会いに行かれたとも伺っていますよ」

「な、なんでそれを!?」

 私の言葉で明らかに動揺をみせるケヴィン様。

 一方、叔父は『ほぉ』という言葉を発し、エレオノーラ様はケヴィン様の方を一睨み。

 このやり取りは正直私にとっては大したメリットはないのだけれど、リーゼ様を罠に嵌め、私の学園生活をメチャクチャにした彼へのせめてもの嫌がらせ。

 これでケヴィン様は今後アージェント家からも相手にされなくなるだろう。


「なるほどな。噂になっている話に関しては恐らく本当の事なのだろう」

「なっ!」

「だが、仮にエレオノーラがケヴィンを利用したとしても、それが一体どうしたと言うのだ?」

「えっ?」

 叔父の言葉に、前者はケヴィン様、後者は私から驚きの言葉が飛び出す。

 もっとも、私の方はこう来るだろうという事は想定済み。

 私は自分がリーゼ様の元を訪れたという事実を、ケヴィン様という存在に擦りつけたが、叔父にとってはそんな理由などは関係ないだけだし、そもそも叔父としても最初からケヴィン様を助けるつもりもないだろう。

 アージェント家にとってケヴィン様は色々知る厄介な存在。しかも自分の立場を守るためにあっちにフラフラ、こっちにフラフラでは信用するにも信用できない。

 ならばこのままアージェント家からも見捨て、ブラン家からも突き放され、生家でもあるシャルトルーズ家からも見放されれば、返ってメリットになるのではないだろうか。


「お前にもわかっておろう、結局のところ最後にその場に立っていた者こそ勝者の証。弱い者は強者に従い、強者が正しいと答えればすべての者がそれに従う。

 どうやらお前は自分の責任を擦りつけ、私がこの男を庇うとでも思っていたのだろうが、このような小物を守る義理もなければ、救うつもりも一切ない」

「そ、そんな! 話が違います!!」

「黙れ小童(こわっぱ)!お前なんぞと話はしておらん!」

 叔父様の言葉がケヴィン様自身にトドメを刺す。

 話の流れでここまで彼の存在を利用させてもらったが、正直罪悪感の一つも感じられない。

 これで彼の未来はますます暗雲の中に立ち込めることは間違いなく、最悪の場合は身分剥奪の上お家追放。

 これで少しでも反省しているようなら救い甲斐もあるのだろうが、ケヴィン様に対しては正直二度と会いたくもない。


 さて、ここまでの流れはシナリオ通り。

 とってつけ感はハンパないが、ケヴィン様への仕返しも無事完了し、あとは私が逃げ場のない窮地へと追いやられるのみ。

 ここからはただ私の迫真の演技にかかっているわけだが、ヴィスタや皆んなの助けがなければ訪れていたかもしれない現実。

 そう考えれば自然と口と体が動きだす。


「で、ですがこの事実は、今後の王妃対決に大きな厄災をもたらす可能性があるのではないのですか」

「お前の言う通り、これが事実であるならばな。だが、お前がブラン家を訪れた理由には少々弱いのではないか?」

「ぐっ」

 私は叔父の反論に対し一瞬だけ口篭る。


「で、でも私がリーゼ様に救いを求めたという証拠にはなりませんよね。

 私は今まで一度たりとも叔父様に刃向かったことはございません。育てていただいた事も感謝しておりますし、このお屋敷に置いていただいた事も感謝しております。第一私が叔父様を裏切るなんて……」

「無論わたしとてお前が裏切ったなどとは思ってはおらん。だが何故真実を話さん? よもや私にそんな嘘が通じるとは思ってもおるまい」

「そ、それは……」

 軽く叔父から視線を外し、動揺するを振りを見せながら弱々しく短い視線を、部屋の中にいる全員へと順番に移していく。


「やっぱりそうなのね。ここまで育ててあげた恩を仇で返すなんて」

「お母様、所詮どこぞとも分からぬ平民風情が、私たち貴族の心得がわかるはずもありませんわ」

 私の動揺する演技に、叔母と義姉がここぞとばかりに煽ってくる。


「ち、違います。決して裏切るような真似などしてはおりません」

「言い訳など要らん。お前は嘘をき、ブラン家を訪れたという事実は曲げようのない事実」

 恐らく叔父は自分の勝利を確信しているのではないだろうか。

 だがまだ足りない。あと一歩、私でも叔父でもない誰かがあと一歩押してくれれば……


「お待ちください旦那様。リネアお嬢様が嘘を言っているという証拠は何処にもございません。それに私にはお嬢様が我が身の保身の為に、旦那様を裏切るとは到底思えません」

「黙れハーベスト。お前の意見など聞いてはおらん」

「しかし……」

「口説いぞ!」

 ここぞと言うべき瞬間にハーベストから援護射撃。

 人間は自身の発言に絶対的な確証を持ち、否定されればされるほどその発言に自信を強めていく。

 叔父は私ではない第三者から否定される事で、ますます自分の発言に自信を持つことだろう。

 よもや私の思考を読んだ訳ではないだろが、今のハーベストの援護は私にとってはとどめとも言える大きな一撃だった。


「覚悟は出来ておろうな」

「……」

 ハーベストの援護までも失った私。周りはすべて叔父の味方であり、私自身傷心しきった姿で項垂れる。


「お前の学園での生活は今日までだ。明日からは屋敷に閉じこもり、今後一切の外出は認めん」

「ま、待ってください! 私は叔父様を裏切ってなどおりません。せめて学園には最後まで通わせてください」

 自分でも驚くほどの言葉がスラスラと口から飛び出す。

 いや、もしかするとこれは演技ではなく、実際に想像していた事が現実に置き換わっているだけなのかもしれない。

 遅かれ早かれ私はこの状況に直面することになっていたのではないだろうか。


「ふざけないで! 此の期に及んで学園に通わせてくれですって。本来なら即行お屋敷から追い出してあげるというに」

「ホント、なんて図々しい子なの。私を裏切った挙句に、よりにもよってリーゼなんかに頼るからこんな事になるのよ。なんだったら今すぐ屋敷から放り出してあげたっていいのよ」

 掛かった!

 これが叔父相手ならば私を追い出すような発言は出なかっただろうが、嫌味や怒号に関しては、叔母と義姉に境目という範囲は存在していない。

 それに私は今までお屋敷から追い出される事に関し、恐怖心を見せていた。

 もしかすると普段の叔父ならば何か不信感を抱かれていたかもしれないけど、勝利を感じた今ならば私の演技は見破れない。

 第一、普通考えれば、私たち姉妹の生まれ育った環境と、このお屋敷に引き取られた今の環境を見ていれば、誰だって市井に下ったところで生き抜いていく事は不可能だと考えるだろう。


 さて、後は最後の一演技。

 これが私が私に送る止めの一撃だ。


「お、お屋敷からの追い出し……。ま、待ってください、どうかそれだけは。私には年端もいかぬ妹がおります。今ここを追い出されてしまっては、姉妹共々行き倒れてしまいます」

 叔母と義姉の発言に対し、私は今日一番焦った様子を見せながらすがるような気持ちで助けを求める。


「奥様、流石にそれは酷な仕打ちかと存じます。リネア様は既にご婚姻も決まっている身、どうかお屋敷から追い出すのだけは」

 ここにきて再びハーベストからの援護射撃が降り注ぐ。

 ハーベストにすれば、私の婚姻の事を持ち出せばわかってくれるだろうと思ったのだろうが、これに気分を良くした叔母たちは更なる追い討ちを私へと浴びせてくる。


「婚姻ですって? そんな理由で自分は追い出されないと思っている方が悪いのですわ。丁度いい機会だから教えてあげるけれど、貴女のような下賤で身分の低い者が、わたくし達と同じところで暮らす事自体が苦痛なのよ」

「っ!」

 私は息を飲み込むような悔しさを滲ませ、助けを求めるような視線で叔父を見つめる。

 叔父様ならば私の必要性を分かってくださいすよね、といった面持ちで。


「いいだろう、そんなに屋敷に留まりたいならば猶予をやろう」

「あなた!」

「甘いですわお父様」

 叔父の発言に私は安堵の表情を示し、叔母と義姉は抗議するように言葉を発する。

 恐らくこの時点で、叔父は私が屋敷を出て行くなどという選択肢はないと考えているだろう。

 実際のところ、私もリアも亡き両親の時代から使用人に囲まれて育った身。

 今更貴族の加護がなければその日の食事すらままならない事ぐらい、少し考えれば誰にだってわかる事。だけど今の私には前世で培った知識があり、そして大切な妹と一緒に生き抜いてやるという覚悟も出来ている。


「3日だ。私はお前に3日間の猶予をやろう。今後一切の外出禁止を受け入れるか、それとも姉妹共々この屋敷から出て行くか。

 己がしでかした事を反省し、今一度自分の置かれた状況を見つめ直すんだな」


 勝った。

 この時私は自身の完全なる勝利を確信した。


「お待ちください旦那様、それは余りにも酷な話でございます。どうか今一度御一考を」

「口説いぞハーベスト、これはもう決定事項だ」

「しかし……」

「心配するな、私としてもそこまで鬼ではない。今後のリネアの態度次第では学園への復帰も考えてやらんでもない」

 一体ハーベストはどこまで私の心を読んでいたんだろう。

 こうも的確な私への援護射撃が続くと、初めから私の目論見が見えていたのではないかと疑ってしまう。

 叔母達からは未だに「甘い」だとか、「追い出せ」などの言葉が飛び出してはいるが、叔父にとって私は必要不可欠の手駒の一つ。

 所詮は小娘、所詮は外の世界を知らぬ籠の鳥、でなければいけないのだ。

 そしてその辺り事を全く考えていない叔母達は、差し詰め私にとっての扱いやす駒の一つ。彼女達はただ、その場その場で自分の地位や立場を主張するだけで、この先の未来が一切見えていない。


 こうして私は自由への切符を手にするのだった。

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