第105話 エピローグ
わぁーー、パチパチパチ。
壇上まで轢かれた真っ赤なバージンロードを、ヘリオドールの領主であるガーネット様のエスコートで厳かに歩む。
私が初めてトワイライトの地を踏んでから3年の月日が流れた。
あの日、アレクと共にアクア領に戻った私は、溜まっていた仕事をこなしながらリゾート開発に従事した。
その結果、いまや国の玄関口として人気の観光地となっており、連合国家の領民は勿論、隣国のミルフィオーレ王国からも多くの観光客で賑わうまでに発展した。
その最大の要因がリーゼ様とクロード様の新婚旅行先となった事だが、それはまた別の機会に語らせていただければ有難い。
それにしても叔母とエレオノーラに関しては大変だったのよ。
久々に可愛いリアやフィルの顔を見れるかと思えば、何故かそこにいた二人の姿。どうやら私が長く屋敷を開けているのをいい事に、無理やり屋敷に乗り込んでは好き放題荒らしてくれたのだという。
お屋敷で働いてくれてる多くの使用人は、もともとアージェント家に仕えてくれていた人たち。つまりは前の主人である叔母たちには、最後の一線でどうしても止める事が出来ず、その結果私が留守にしている約三週間近く、我が物顔で屋敷で贅沢三昧をしてくれたというわけ。
いやぁね、あんなに怒った私を見たのは初めてだと、今でもノヴィアやハーベストが面白おかしく話をするのよ。
結果、私の怒りをかった叔母とエレオノーラは、半ば強制的にミルフィオーレ王国のアージェント家に送還。
実家でもあるアージェント家は、現在遠縁から選ばれた新しい方が当主に付かれており、領地復興に励んでおられるのだと聞いている。
まぁ、彼方としても邪魔な存在でしかないのだろうが、叔母たちが作った借金もまだまだあるだろうし、生活も貴族としては非常に厳しい状態だとも聞いているので、ここは働き手の一人として頑張ってもらうしかないだろう。
「お姉様、ご結婚おめでとうございます」
「姉上、おめでとうございます」
来賓の席からリアとエミリオ様からの祝福の声が聞こえて来る。
妹のリアは昨年私の元から巣立っていった。その嫁ぎ先はやはりと言うべきか、ミルフィオーレ王国のグリューン公爵家。
二人の結婚は二国間の政治的な意味合いが非常に大きいのだが、本人たちは本気で愛し合っているのだから、姉である私に止める権利はないだろう。
寂しくないといえば嘘にはなるが、あの時点で私は彼からの求愛を受け入れていたのだし、アクアの地から離れる事はずいぶんと前から決まっていたので、遅かれ早かれリアとは離れ離れにはなっていたのだ。
ただ本人たちは、姉である私より先に結婚するのはどうかと思っていたらしいのだが、私として自分が旅立つ前に妹の幸せな姿を見れて、心底リアの姉でよかったと思えた事が心に残っている。
「リネア様、おめでとうございます」
「お義姉様、ご結婚おめでとうございます」
この数年でフィルは大きく成長した。
私の元で多くを学び、私からも持てる知識を全て新しい領主でもあるフィルに託した。その結果、私が引退してから半年で、多くの事績を残しているのだという。
そして私に仕えてくれていたハーベストやお屋敷の使用人たちは、そのままフィルに仕えてくれることになり、今では皆んなで明るく楽しい生活を送っているのだと聞いている。
ただ噂では、近々アクア領の名前を変更すると聞いたときは、さすがに顔が真っ赤になった事は記憶に新しい。さすがにあの領地の名前はないわよ。
「リネアちゃん、おめでとう!」
「うぅ、リネア……」
「リネア様、おめでとうございます」
私の結婚式のために、わざわざミルフィオーレから駆けつけてくれたヴィスタとヴィル、そしてこれからも私の付き人として嫁ぎ先にまで来てくれるノヴィアに、幸せいっぱいの笑顔で応える。
三人には本当にお世話になったと思っている。思い返せば私がアージェント家に居た時も助けられたし、アクア領へと導いてくれたのだって二人が私の友達でいてくれたお陰。
ノヴィアに関しては行く末がわかっていない状態にもかかわらず、私とリアの為にその人生を賭けてくれたことには、ホント感謝の言葉しか思いつかない。
でもヴィルが泣くほど喜んでくれるとは正直思ってもいなかったわね。
「ではリネア、私の役目はここまでだ。月並みな言葉ではあるが、幸せに」
「ありがとうございます、ガーネット様」
今回両親の居ない私に、エスコート役を勝手でてくださったガーネット様にお礼をいい、一人一歩一歩、あの人が待つ壇上へと歩み寄る。
「リネア」
「はい」
彼が差し出す手にそっと自分の手を伸ばし、私は彼の元へとたどり着く。
「こうして君の手を握るのはこれで三度目、僕はもう二度とこの手を離さない」
1度目は幼い頃の思い出、二度目は精霊伝説の眠る彼の地で、そしてこれが彼の手を握る三度目……。
「アレクシス様、私ももうこの手を離しません」
ワァーーーー!!!!
教会内から大歓声が響く中、私たちを祝福するかのように天から花びらが舞い落ちる。
きっとアクア達が私たちを喜ばせようと、サプライズの演出を用意してくれたのだろう。
お父様お母様。私はいま、世界中の誰よりも幸せです。
ーーー エピローグ ーーー
☆ティターニアの妹 リリア・グリューン(旧姓:リリア・アージェント)
トワイライト公国、新公妃の妹として新生ミルフィオーレ王国へと嫁ぐ。
彼女が隣国のグリューン公爵家に嫁ぐ意味には、二国間の政治的な意味合いが複雑に絡んでいるが、当の本人たちはそれらを否定。今は三人の子供達に囲まれ、幸せな家庭を築いている。
最近では年に一度、隣国の観光地へ足を運んでは、姉と精霊たちと幸せな時を過ごしているのだとか。
☆アクアリネアの領主 フィル・アクアリネア(旧姓:フィル・アクア)
後に精霊に愛された王妃、ティターニアの後を継ぎアクアの領主となる。
彼女が愛し、慈しんだこの地を大切に守り、大きな繁栄をもたらすこととなる。
その第一歩としてアクア領の名前を一新、彼女の名前と伝説の精霊の名前から、この地をアクアリネアへと改名した。
☆アプリコット家のご令嬢 ヴィスタ・アプリコット
親友であるリネア妃の結婚式の翌年、長年想いを寄せていた男性とめでたく結ばれる。
二人の式は初めてトワイライトの国王夫妻が出席する、異例の結婚式だったと語られている。
噂ではトワイライト精霊公妃と若き時代、友人どうしだという話だが詳細は不明。なんでも双子の弟が若き精霊王妃に恋をしていたというが、そもそも数々の偉業を残した精霊王妃が、もともとミルフィオーレ王国出身だという記憶は何処にも残ってはない。
☆アプリコット伯爵 ヴィル・アプリコット
アプリコット伯爵家の当主となるも、長く引きずってしまった失恋で未婚の時期が続く。
そんな彼もやがて新しい出会いに巡り会い、幸せに暮らすこととなる。
噂では失恋の相手が、噂のティターニアだったとも囁かれているが詳細は不明。ただ彼女が愛したアクアリネア領とは、良い関係を築き続けたのだという。
☆義姉エレノーラ ・ 叔母オフェリア
リネアの怒りを受け、母国へと追い返させる。
当初は昔のようにワガママ三昧暮らそうとするも、当時のアージェント家にそのような余裕もなく、本人たちもすでに爵位を剥奪されていたことから、強制的に労働の一人として扱われる。
本人たちは不満を表していたものの誰も相手にされず、後に多額の借金を背負ったまま行方をくらます。噂では奴隷商人に捕まっただとか、見かねたリネアに下働として雇われただとか、色々な噂が残っている。
☆元アージェント伯爵 バルザック
国から支給された領地復興資金を不正に着服したとして投獄。
後に死罪だけは免れたらが、強制労働としてその身を生涯鉱山で過ごすこととなる。
☆リネアのメイド ノヴィア
リネアのたっての願いで、その身をトワイライト王国王都へと移す。
後に彼女も運命の出会いに巡り会うが、生涯を通してリネアに仕えた。
やがてリネアが精霊に愛された王妃、ティターニアと呼ばれるようになるも、その関係は変わることがなかったという。
噂では二人の子供も兄妹のような関係だっとともいう。
☆トワイライトの公女 セレスティアル・トワイライト
ティターニアの義妹として幸せに過ごす。
彼女の結婚はティターニアの加護が受けられるとし、他国からも多くの見合い話が寄せられたが、本人はそれらを全て拒否。
後に一人の平民男性と恋に落ち、幸せにすごした。
噂では多くの反対の声が上がったそうだが、義姉の後押しもあり、誰にも邪魔されることなくその生涯を終えたのだという。
☆元トワイライトの公子 レイヴン
当時の公王の命により投獄、後に国外追放となる。その後、彼の姿を見た者は誰もいない。
噂では盗賊の頭になったのだとか、下っ端になってこき使われたのだとか、僅かに囁かれた時もあったのだが、その時すでに多くの人々の記憶から忘れ去られた後だったという。
☆オーシャン公国の第三公子 ゼスト・オーシャン
前公王の名によりアクア領で教養を学ぶ。
後に彼が持ち帰った技術はオーシャン領に多大な繁栄をもたらし、兄である領主が若くして亡くなると、その後を継ぎ多くの功績を残すこととなる。
歴史書ではトワイライト王国の筆頭貴族として、その身を生涯捧げたと記されている。
☆元トワイライト公王、オリーブ元公妃
アレクシスが公国に戻ったことにより引退。元公妃と共に幸せな時を過ごす。
後にトワイライト連合国家の大革命ともいうべき王国化に、影から多大な尽力つくしたとされる。
噂では初めて出来た初孫に、嘗て偉大な公王と公妃とは思えぬほど、デレデレだったのだという。
☆伝説の精霊 アクア
後にアクアリネアと呼ばれる地で、伝説の精霊として称えられる。
高台に設けられた社は長年保存され続け、今も観光名所の一つとして多くの人々が訪れる。
しかし社の中に何故か小型のベットが設置されているかは不明のまま。噂では結構な寝坊助であっただとか、寝ている時に子猫に食べられそうになったから、社の中に収納されているだとか言われているが、詳しくはわからないのだという。
☆水の精霊アクア 土の精霊ノーム 木の精霊ドリィ
精霊王妃ティターニアを語る際に必ず出てくる三大精霊。
一人の少女がまだリネアと名乗っていた際から付き従っており、彼女が王妃となった後も生涯支え続けたという。
記録には残されてはいないが、彼女が契約していたアクアという精霊は、アクアリネアの地に眠る伝説の精霊ではないかと囁かれ、今でも数々の学者の頭を悩ませてる。
☆初代トワイライト王 アレクシス・トワイライト
後に連合国家の大革命ともいうべき王国化を実現させた若き王として、多くの人々から称えられる。
彼が王国に残した功績は非常に多く、国をあげての農業開発から領地間を結ぶ街道整備、食の革命とも言える数々の偉業が、やがてトワイライト王国を中心に各国へ広まる事となる。
人々はその功績を称え、改革の王と呼ばれていたのだという。
☆精霊に愛された王妃 リネア・トワイライト
彼女がトワイライト王国にもたらした奇跡は数知れず、曰く瀕死の王を助けた、曰く廃村寸前の村を一大観光地に蘇らせた、曰く僅か1日で二つの領地の街道を繋げたと、中にはかなり話が盛られたものも存在するが、その全てに彼女が関わっていた事は紛れもない事実。
その偉業もひとえに、彼女の近くにいる精霊達が手助けをしていたと聞けば、多くの人たちは納得したのだという。
噂では彼女の元には自然と精霊たちが集まり、人と精霊との結びつきに大きな尽力を齎したのだとか。
やがて人々は彼女の事をこう囁くようになる。精霊に愛された王妃、ティターニアと。
「ここだよ、リネア」
そうアレクに案内されたやってきたのは、公国から少し離れた小さな山間の共同墓地。
「ここに来るまで随分と時間が掛かってしまった」
私たちの結婚は多くの問題と希望をもたらし、今日まで忙しい日々を過ごしてきた。
「ここにアイーシャ様が眠っておられるんですね」
そこはアレクとセレスのお母さんが眠る小さなお墓。
本来は王族専用のお墓か、多くの貴族が眠る墓地かで埋葬されるのだが、側室であったという点と、貴族ではないという点から、生まれ育ったこの地で埋葬されたという話だった。
もっともご本人がこの地で眠りたいという要望もあり、公王様が密かに人手を使いここに弔ったらしいのだが。
「僕はね、父も恨んだし、同時に母の事も恨んでいたんだ。父は何故母をこんな場所に埋葬したのか、母は何故貴族ではなかったのか、ってね」
それは何処にでもありそうな未熟な時の記憶。
アレクは幼少の頃から命の危険を感じていたという話だから、両親の事を恨んでいたとしてもある意味仕方がない事だろう。
「だけどある日成長した僕がこの地を訪れた時、ある事に気付かされてね、それ以来僕は父と母を誤解していたんだとわかったんだ」
「ある事?」
「あぁ、よく見て。このお墓はね、一見貧相な物にみえるけど実際は御影石という、トワイライトでは採れない石が使われているんだ」
御影石って前世でお墓に使われる一般的な石だったはず。
この世界でこの御影石がどの様な価値なのかはわからないが、前世でもそれなりの価値があったわけだし、この地で採れないというのだから、その貴重性は相当なものだろう。
「多分父は着飾らない母の想いを尊重し、見た目は華美にならない様にしながら、本音はこんな場所で弔わなければいけない自分を嘆いたんじゃないかって思えてね。だからせめて気付かれないところだけでもと思い、わざわざ遠くの地から御影石を取り寄せたんじゃないかと思うんだ」
公王様はアレクのお母さんを愛されていたという話だから、自分の不甲斐なさをさぞ嘆かれた事だろう。
当時の頃はよく知らないが、公妃様との仲も良くなかったという話だし、平民出のアイーシャ様をよく思わなかった家臣も多くいた事だろう。
だから公王様は目立たず、地味に葬儀を執り行い、この地に静かに埋葬された。
この御影石は公王様から、せめてのお心遣いだったのではないだろうか。
「父上らしいだろ? わざわざ高価な墓石を用意しておきながら、見た目はどこにでもある様な普通のお墓に見せているんだ」
確かに、御影石を使っているならもう少し形を整えるなり、文字を彫るなりしていればいいもの、形は申し訳ない程度の加工しか施されておらず、文字も『愛する女性の幸せを願って』という言葉が小さく彫られているだけ。
これじゃ何も分からない幼い頃に見れば、父は母の事などどうでも良かったのだと、勘違いしても仕方がないだろう。
「でも今は誤解は解けたんですよね?」
「あぁ、リネアのお陰でね」
何方ともなく自然と笑みがこぼれだす。
「それじゃアレク」
私は自分の首にかけていたペンダント外し、アレクに返す。
「それじゃ僕からはこれを」
そう言いながら、アレクは綺麗に包まれていたチーフから子供用のリボンを取り出す。
「確かに」
「受け取りました」
ふふふ。
これはあの日約束したある種の儀式。話し合いの結果、アレクに返したペンダントは義父様へ託す事になっており、私が受け取ったリボンは、これから生まれてくる二人の子供へプレゼントする事に決まっている。
「よかった、私が動けなくなる前にここに来れて」
「今度はリネアの両親のところへ挨拶に行かなくちゃね」
「えぇ、その時は三人でね」
神様から授かった新しい命、そっとアレクが私のお腹を慈しむ様に触れてくる。
「ちょっと、側から見ていたらただのセクハラよ!」
「その……出来ればそういう事はお二人の時に……」
「ワテはお二人の愛が感じられて良いと思いまっせ」
相変わらず雰囲気を台無しさせるわね。
「ちょっとアクア、もう少し雰囲気をよみなさいよね」
「ははは、リネアはやっぱりリネアのままだ」
「ちょっとアレク、それどういう意味?」
「ほら、怒るとお腹の子にさわるよ」
「もう、だったら怒らせないでよね」
私達はこの先もっと成長していく。村が、街が、王国が成長していく様に、人々も共に成長していくだろう。
「リネア、大好きだよ」
「……もう、何よ急に。そんなことずっと前から知っているわよ」
チュッ。
・・・ Fin
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これにてリネアの物語は終幕となります。
今回この物語を書くに当たり、ブランリーゼと時系列を一緒にするという、私なりのチャレンジをしてみました。
結果は大変だったの一言にすぎません(笑)
アクアリネアで出てきた設定の一部は、ブランリーゼで出てきた内容とリンクしております。この二つを読むと、『あぁ、これはこういう意味だったのね』『王国の改変ってこういう事だったのね』と、より楽しめる部分も多くございます。
もしご興味があるようでしたら、『ブランリーゼへようこそ』も楽しんでいただければ幸いです。
それでは余り長くなるといけませんので、これにて終了とさせていただきます。
皆様には長くに渡りお付き合いいただき、ありがとうございました。
自作、聖女シリーズ『妹が可愛すぎて、姉が妹を溺愛する、妹の物語』でお会いしましょう。
(ごめんなさい、ちょっと調子に乗りました。構想だけの状態で、まだプロットすら手をつけていません(つд⊂) )
ーーー主な作品紹介ーーー
☆お仕事シリーズ
第1作 ローズマリーへようこそ(完結)
第2作 ブランリーゼへようこそ(完結)
第3作 アクアリネアへようこそ(完結)
☆新お仕事シリーズ
華都のローズマリー(連載中)
☆聖女シリーズ
第1作 正しい聖女様のつくりかた(完結)
第2作 聖女の代行、はじめました(完結)