第101話 それはないでしょ!
公王が息子であるレイヴン公子に刺されて6日が経過した。
「あのー、それで私はいつ帰れるのでしょうか?」
現在私はと言うと、これが何故かいまだトワイライト公国の公城で、囚われのお姫様状態。
公王様も無事に毒の治療から回復してきているというし、長年蟠りがあったヘンドリック様の関係と公妃様への誤解も解け、全てが良い方へと進んでいると聞いている。
後は継承者問題が残ってはいるものの、その辺りはそちらでゆっくりとご相談くださいという事で、全く関係のない私はお邪魔にならないようとっと帰ろうとしたのだが、何故が引き止められ現在に至るというわけ。
待遇はすっごくいいのよ。豪勢な食事にお昼寝付き。三人の精霊達にも可愛らしいお洋服をご用意してくださったし、ベットもふかふかで3分も経たずに爆睡できるほどの快適さ。ただ行動範囲が限られている関係上、少々物足りなさと運動不足に悩まされがちだが、比較的自由に過ごさせていただいている、のだが……。
「恐らく今日明日辺りに動きがある筈だからもう暫く我慢して頂戴」
と公妃様のお言葉。
私はただ「はぁ、そうですか」としか答えられずにいた。
「それにしてもリネアお姉様、少し『ふっくら』されてきてませんか?」
「えっ!?」
何時ものお茶の席でセレスに指摘され、慌てて自分のお腹辺りを触れてみる。
「そうね、ここに来た時と比べると少しふっくらしてきたわね」
って、マジですか!?
でも思い返せばここに来てからロクに仕事はしていないし、毎日ドレスを着せられている為、運動らしい運動すらしてこなかった。おまけにセレスと公妃様が、最近噂になっているアクア領のお料理に興味があるとかで、私監修のお料理が連日テーブルに並び続けている。
まさか公城にまでマヨネーズやドレッシングが使われていた事には驚かされたが。お陰で食が弾むこと弾むこと……。
確かにこれは油断していたわね。
「大丈夫ですよ。お兄様は見た目で判断されるような方ではありませんから」
「そうね。子供を作るならもう少しふっくらしている方がいいわね」
いやいや、二人揃ってなに意味不明な言葉をのたまっているのよ。そもそも何故そこにアレクが出てきて、尚且つ子供を作る話になるのかと、問いただしたい気持ちになってくる。
まぁ、変な反撃を受けそうだからやらないケドね。
「コホン。それは取り敢えず横へと置いておいて、本当のところはどうなんですか?」
このままズルズルとセレスと公妃様の話に乗ってしまうと、何時ものように適当にはぐらかされて、気づけばベットの中でスヤスヤでは、まるで何もすすまない。
私も良い加減ここでの生活も飽きて来たし、留守中の領地の事も気掛かりで仕方がない。
一応手紙で私の無事と、領地運営の事で細かく書いた指示書を、執事のハーベスト宛に送っているので、仕事が滞るなんて事態にはならないと思うが、それでも領主である私が居なければ領民たちも不安が広まることだろう。
できれば今すぐ帰りたいところなのだが、何故か適当に誤魔化されてはいつも帰してくれない。
「まぁそうね。そろそろ貴女にも説明しておいた方がいいわね」
「それじゃやっぱり何かあるんですね?」
「えぇ、実はね……」
公妃様は公王様が倒れられてからの経緯を全て私に説明してくださった。
内容はこうだ。
第一継承者でもあれレイヴン公子が、父である公王様を殺害しようとした事は誰の目で見ても明白。この事で現在レイヴン公子……、いや元公子は厳重な監視下で投獄中。例え公妃様であったとしても、そう簡単には会えない状態なのだとか。
そこまでは私も聞いていたのだが、話にはまだ続きがあり、公式の発表には公王様がレイヴン公子に刺され、現在猛毒に体を蝕まれて生死を彷徨っている状況なのだという。
「は? 公王様って助かったんですよね?」
「えぇ、無事よ。貴女だって昨日一緒に食事をしていたでしょ?」
ふと昨夜の出来事を思い出し、思わず頭を抱え込みそうな衝動に駆られてしまう。
実は公妃様からたまには一緒に食事をと昨夜のディナーを誘われ、何も考えずに案内されるままに食堂へと向かったのだが、何故かそこに居られたのは公妃様だけではなく、現在も療養中の公王様と、何故かまだ居られたオーシャン公国の王であるヘンドリック様の三人。思わずダッシュで逃げたくなる衝動を必死に抑えながら、泣く泣く非公式の会食会、なんて出来事があったのだ。
お元気そうな公王様のお姿を見れたのは良かったのだが、完全な場違いの席で久々に本気の緊張という体験をした事は、記憶として真新しい。
そんな公王様が何故、公式発表で生死の狭間を彷徨っている事になっているの?
「実はねあれからレイヴンを拷問……、コホン、何故陛下を刺したのかと問いただしたの。すると妙な事を言い出してね」
公妃様の口から一瞬でた言葉を軽く受け流し、事の真相に耳を貸す。
たぶん私がおこなった拷問もどきを見て、ヨルムンガンドの出処を突き止めようとでもされたのだろう。
口では偉そうな態度をとる公子も、自分が取り調べを受けるような事態になるとは、考えていなかったことだろう。普通なら耐えられてしまう痛みや脅しなんかで、簡単に口を割ってしまう事が既に全員に知れ渡っている。
そして拷問……、いや、その取り調べでわかった事が。
『俺への断罪が下されるより前に公王の方が先に倒れたら、俺はそのまま次の王になれると言われたんだ。だから俺は……』
確かに王族たる公子に断罪が下せるのは、父親である公王様のみ。
平民は勿論、貴族が王族を裁ける訳がなく、母親である公妃様でも正当なトワイライトの血を引く公子は捌けない。
これは謀反だ策謀だと、そういった対策から受け継がれてきた法政らしいが、実際公子に問題ありとなれば、公王の指示により第二公子が継いだり、別の家系から選ばれたりもする。
そして継承問題が確定しない間に公王が亡くなれば、第一継承者でもあるの長男のレイヴン公子が選ばれる事だろう。
「でもそれって私への口封じが上手くいけばの話ですよね? あの時点では私への暴行未遂だけだった訳だし、事件自体を無かったものとすればそんな可能性も」
「えぇ、あの時点であの子が次の王になれる可能性はほぼゼロよ。それこそ反旗を翻し返して力づくで奪うか、家臣の半数以上の支持と同意がなければ不可能でしょうね」
聞けばレイヴン元公子は日頃から問題を起こしていたようだし、家臣の大半からは実績を積み上げて来たアレクを次の王に、という声が上がっていたのだという。
そもそもあのバカ公子に人の心を動かせるようなカリスマ性は皆無だろう。
「わからない事が多いですね。今の話だって、自分への断罪が下される前に公王様を殺したいのなら、ヨルムンガンドなんて毒を使わずに、即効性のある毒を使った方が効果的ですよね?」
ヨルムンガンド自体珍しい毒だという話だし、死に至るまでわざわざ7日かけるという理由もわからない。
もしその7日間で遺言状なり言伝なりで、次の王をアレクにと残せばそこまでの話になってしまう。
単に恨みから、死ぬまで苦しめ続けたいという理由もわからないでもないが、万が一解毒方法が見つかるかもしれないのだから、方法としては愚策中の愚策といっても間違いない。
「一応レイヴンの口から主犯の名前はでているよ。ただ直接本人が接触したのではなく、食事を運ぶメイドを通しての犯行らしくてね。ワザと関係のない人間の名を出して、濡れ衣を着せようとしている、というのが私たちの考えなの」
なるほど、自分が助かるために父親を殺そうとする人間だ。そんな人間にわざわざ自分の名前は明かさないだろう。
しかもレイヴンが口を割る事を前提に考えれば、自分にとって都合の悪い人物を排除できれば、公王を殺し、罪をレイヴンとその人物に着せれば自身の手を汚さず一石三鳥にもなる。
「それでレイヴン元公子が口にしたという人物は誰なんですか? 裏を読んで実はその人が犯人、なんて事もあるかもしれませんし、逆に推測して、犯人を絞っていくって考え方も出来ると思うんですが」
正直トワイライトの家臣の名前をあげられても、私が分かるはずもないのだけれど、これをきっかけに何か進展出来ればとして尋ねたのだが、なぜか公妃様はニコニコしながら私の方を見つめてこられるのみ。
「取りあえず、レイヴンが口にした人物が無実なのは間違いないわ」
「そうなんですか? 公妃様がそんなに信頼できる人物なら、間違いないのでしょうね」
公妃様がそこまで信頼出来るというのなら、まず『実は犯人説』という可能性は潰れた事になる。するとやはり無実の人間に濡れ衣を着せて、本人は裏でのうのうと状況を見定めていると言ったろ事だろう。
それにしても公妃様がそこまで信頼している人物ってある意味すごいわね。
「リネアお姉様、状況を理解されておられますか?」
「えっ、どういう事?」
皇妃様と話をしていると、ため息まじりにセレスが割り込んでくる。
「お姉様ですよ」
「私? 私がどうしたの?」
「レイヴン義兄様が自分を唆したのはリネアお姉様だと言ったんです」
「……はい?」
私?
「…………って、えぇーーー!!!????」
ちょちょちょちょちょちょっとぉぉ!!! なんで私が犯人になっているのよぉぉーーー!!
「安心しなさい。さっきも言った通り私は勿論、公王も兄上も貴女が犯人だなんて誰も信じてはいないわ」
なんて事を……。私を信じてくださった事に感謝の言葉しかないが、なんで無関係であるはずの私がいきなり犯人扱いにされないといけないよ。
「これは私と陛下、そして兄上と話し合った結果で導いたのだけれど、レイヴンにヨルムンガンドを渡した黒幕は、陛下の排除ではなく別の目的があると考えているの」
「別の目的……」
「えぇ。リネア、もし貴女が今の状況から公国を奪おうとすれば、どうすればいいと思う?」
「トワイライト公国をですか? そうですね、今の状況からレイヴン元公子は除外するとして、残りで邪魔なのはアレクとセレスの二人。セレスはアレクの抱き合わせのような感じですので、アレクが失脚すれば一緒にって声も上がるでしょうね。後は陛下が毒で亡くなられば王族の血を引く別の家系から、助かったとしても療養の関係から公王の座は空席になります」
今更レイヴンを次の王にと考える者はほとんどいない。仮にいたとしても彼が公王と認められる事はほぼ不可能だろう。
すると後邪魔なのは第二公子であるアレクだが、もともと平民出身の母を持つアレクをよく思わない家臣も多いと聞く。
あとは適当な理由を見つけてアレクを失墜させたり、彼の身近な人物が不祥事を起こせば、そこから失脚を図ろうとする者も出てくるかもしれない。
つまり現状アレクさえ居なければ、公王の座自体が空席となってしまうのだ。
……あれ?
「あ、あの……。もしかして私って……」
「ふふふ、貴女は現在アレクを失脚させるために利用されているの」
「……」
どうやら私は知らぬ間に、どっぷりと継承権問題に浸かってしまっていたようです。