『起』(しいたけ担当)
※使用ワード
『落とした指輪』
※スペシャルワード
『手の描写』
それに気が付いたのはお昼のコーヒーブレイクの時だった。
「……あれ?」
左手の薬指に確かに残る指輪の痕。購入当初は太くなった指の関節のせいで、指輪をはめるとスカスカだったが今ではすっかりジャストフィットしており、指輪をしている感覚があまり無くなっていた。
「……あれ!? あれれ!?」
既に何時無くしたのかすら定かでは無い。慌てて椅子の周りを這い蹲るが指輪は見付からない。
(確か昨日は…………)
いつも通り出社し、通常勤務を熟し、帰り道同僚と飲みに―――
(多分その時か―――!!)
派手に酔っ払って昨夜の記憶が定かでは無い私は、昨日同僚と訪れた店すらも思い出せない程だ。勢いでハシゴにハシゴを重ねたから落としたとしたらその時しかない。
(妻にバレる前に何とかしなければ……)
残りのコーヒーを急いで飲み干し伝票を拾うと、私は昼下がりのお洒落なカフェを飛び出し同僚へと電話を掛けた。
―――プルルルル
―――プルルルル
―――プルルルル
(こんな時に何をやっているんだアイツは……!!)
普段仕事なぞサボり呆けて遊んでいる同僚。肝心な時に電話に出ないのであれば、何の為に普段サボっているのか分からないではないか。苛立ちを隠せない私はつま先で地面を叩き時計の針に目をやった。
―――ガチャ!
「おい俺だ! 昨日の夜―――」
『お客様がお掛けになった番号は電波が届かない所か―――』
「クソがぁぁぁぁ!!!!」
公共の往来でおもわず声を荒げてしまう。おおっと、市民の視線が冷たいこと冷たいこと……。
どうやらアイツは珍しく仕事をしているようだ。会社に戻ったら殴っておこう。
さて……現在14時。私に残されたタイムリミットは後4時間だ。今日は定時で帰る約束なので18時までに帰らないと嫁に殺されてしまうだろう。しかし、指輪を無くした事を知られたら……最低でも七回は殺される。
さて、殆ど無い朧気な記憶を頼りに開店前の店を巡るか、同僚を取っ捕まえるか……嫁に頭を下げるか…………私に残された選択肢は余り無い。
この間にも落とした指輪はこの世の闇へ葬られているかもしれないと思うと身の毛もよだつ恐ろしさを感じるが、確実にこの使命を果たさなくてはならない。
もう今日は仕事どころでは無い……私はスマホを掌でクルクルと回すと、これからの身の振る舞いに思考を巡らせた―――
しいたけさん
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