【第1話】ザンクトマグダレーナ精神病棟6階——悪魔と共生し、悪魔と果てたものども—— 第3節~地獄への道行きと脱出作戦の開幕〜
ヴィルへの取り調べは、その日の夜と翌日にわたって行われた。
「だから・・・僕は殺人現場なんて一切見ていないし、証言にある犯行時刻のときは、時計屋に行ってたんですよ!レシートの時刻を見ても推測できることでしょうに!」
「そう言われましても・・・近所の人が、貴方が犯行時刻・・・午前11時26分に戻ってきて、ハルトリーゲル氏を物陰に連れ込んでいくところを見たって言ってるんですよ」
「そんなのは嘘ですよ!他人の空似なんじゃないですか?それともなんです?ドッペルゲンガーが実在でもするんです?確かに、僕は小さい頃から変な現象に見舞われているけど・・・」
「いやいや、だから、確かに貴方本人だったって証言なんですよ。近所に貴方そっくりの人なんて住んでないと聞きましたし・・・」
「そんな馬鹿なことって・・・でも確かに僕は時計屋に行ってたのに・・・」
ヴィルは一貫して、殺人現場を見ていないこと、推定された犯行時刻には時計屋に行っていたと主張した。しかし警察は、結局は翌日午前になっても、近隣住民の証言に基づいた主張を繰り返すことに終始した。そして、他には別の質問を淡々と行うのみであった。そして――――
「では、ヴァイスヴァイラーさん。貴方の精神状態を鑑定しましょう。貴方の主張が思い込みである可能性もあるので・・・」
「いやまあ、確かに僕の周りでは変なことが起きて、僕も度々そうした現象に襲われていましたけど・・・でも今回に限って、僕は正気ですし、何も変な現象はありませんよ。信じてください!」
「それは鑑定結果を見てから話しましょう。さあ、こちらへ」
一通りの質疑応答が終了した11月10日の昼。警察官、検察官に付き添われ、ヴィルは精神鑑定室へと向かった。しかし、そこでは、一般的にイメージされる精神鑑定とは大凡異なる準備が為されていた。
「なんだ・・・こりゃ・・・」
そこには、祭壇が設置されていた。お香が焚かれ、十字架の像やマリア像をはじめ、場に見合わぬ厳かな聖具が設置されていた。そして、申し訳程度に座っている一人の精神科医の周りを、地元の教会の聖職者と思しき人々―――人数にして7名ほどが囲んでいた。
「それでは、鑑定を始めたいと思います」
「ん・・・ええ、はい・・・」
精神科医が鑑定の開始を告げたとき、不思議と、ヴィルは強い眠気を感じた。眠ってはいけないことは頭で理解していたものの、とてつもない眠気が急襲してきたのだ。そして、聖職者と思しき男性の一人がやってきて、頭にぴちゃぴちゃと液体のようなものをかけられるような感覚を覚えたきり―――
ヴィルの意識は暗澹の渦へと落ちていった。
(続きます)