第 7話 西の外れ
辻斬り魔との遭遇から3日が経っていた。
あの惨事以降、毎日行われていた凶行はピタリとなりを潜めている。あの夜、パニック状態に陥った捜査官達はかなり至近距離から発砲している、犯人に当たって無いとは限らない、もしそうなら今は動けなくなっている、あるいは何所かで人知れず絶命している可能性だってあるはずである。
「 あの時 実は銃弾を喰らってた可能性はないんですか 」
「 現場で採取された血液は捜査官と被害者のモノだけだ 可能性は薄いだろうな 」
僕の問いに御国が苦い顔で答える。
「 部局長 じゃあ どうして犯行が止んでるんですかねえ 」
曳井の問いに答えたのはデスクの椅子に名いっぱいもたれかかりボールペンを弄んでいた瑠衣だった。
「 そりゃイチミン あんだけ殺したんだからストックが貯まったんじゃないの 結局16人目の被害者と19人の捜査官で計35人だものね ただその場で死んだ捜査官は12人で病院で死んだ人が7人だからどう計算するべきか悩みどころなのよね 」
「 何言ってんだルイ 計算って何だよ 」
「 だからイチミン ヤツが殺した人数よ 7人は重体で病院で息を引き取ったんでしょ まだ予断を許されない状態の人もいるって言うし ヤツがカウントしてるならどうカウントしているのかよ 」
「 もし一日一人殺すのがノルマなら12〜19日の猶予ができたってことか 3日経ったから9〜16か 」
「 いや 発表して無いんだからヤツは病院で死んだ人数までは知らんはずだぞ 」
「 ですよね でも部局長 それなら斬った段階で相手が死んだかどうかもわかりませんよねえ 」
「 それはどうなんだろうな 殺し慣れたヤツなら手ごたえだけでわかるかもしれんぞルイ とにかく犯行が止んでいるのはヤツ側の勝手な都合でしかない 必ず近い内に再開されると覚悟しといた方がいい よく犯行がおさまる理由に犯人側に何らかのトラブルが発生して続けられなくなるなんて言うがそんな甘い憶測は捨てろ 」
この2日間、我々は警察と協力して次の犯行を警戒しつつ現場からの逃走経路の割り出しに当たっていたのだが収穫はほぼ0であった。わかった事はビルの隙間や塀の上 茂みの中 といった人間と言うよりは動物が使用する移動行動をとっているのではのではないかということくらいだった。都会のけもの道と言ったところか。
「 教授の方はどうなんです 」
「 今 京都に行っている 文献を片っ端から調べているから時間はかかるだろうな 」
「 で部局長 どうするんです 」
「 警察への協力がひと段落したからな 魔境に足を運んでみるか 」
ボールペンを鼻の下に引っ掛けたルイの問いに御国が答えた。
それから準備をして曳井の運転する車に乗り込む、準備というのは武器の携帯であった。銃器類は事務所内の隠し部屋に複数用意されてあり好きな物を選ぶことが出来た。僕は先日、役立てることは出来なかったがその手にしっくり馴染んだ同型のリボルバーと大きめの軽量アーミーナイフを選択してホルダーを胸に装着した。別に正装のスーツでなくていいと言われたが御国と曳井が着替えていたので僕もそれにならった、瑠衣だけはラフな出で立ちだ。
車の後部シートで。
「 ルイ どこに向ってるの 」
「 そうか トワ君初めてだよね 魔境 西東京よ 」
「 部局長とイチミンさんからは何回か聞いたワードなんだけどいったい魔境って何 武器も携帯したしイヤな予感しかしないんだけど 」
この数日で川上瑠衣とはぎこちないが少しは親しく話せるようになった、本当は敬語の方が楽なのだが、年下の同僚に何時迄も敬語というわけにもいかず無理矢理感はあるが瑠衣もその辺は察しているらしくとても話し易い女性である。
「 覚悟はしといた方がいいわよ ある意味焼け野原よりも強烈だからね 」
焼け野原とは旧渋谷特区の巷での通称である。
ピンポ〜ン♪
「 いらっしゃいませ 」
到着した場所は東京の西の外れにある一軒のコンビニエンスストアであった。店名をセブンスマートと言うらしい。聞いた事がないので余程のマイナーチェーン店かコンビニ風の個人商店なのかも知れない。
「 店長に用があって来たんだが 」
御国が店員の前髪を揃えた漆黒のストレートロングに切れ長の目が印象的な黄色のエプロン姿の女性にそう告げる。
「 どの店長でしょうか 」
「 毎回同じやり取りをさせるな 暇じゃないんだ 」
「 ちッ 」
女性がカウンターに繋がったバックルームに下がる、店内に他のお客さんの姿は見えない。
「 今 舌打ちされたよね 」
「 お約束よ 今からが本番だから よく見ていなさい 」
「 ツク様 また政府の犬供が来てますよ 」
「 えぇっ 私居留守使うからまひるちゃん追っ払ってよ 」
「 かしこまりました おまかせを 」
まる聞こえである。
「 居ません 」
「 いやいや 聞こえてるし 早く呼んでくれ 」
「 ちッ 」
露骨に嫌悪感を表した顔をしてまたバックルームに引き下がる。
「 ツク様 ムリでした 」
「 もう 面倒いなぁ 」
「 お待たせしました 」
バックルームから竹で出来た四角い鳥籠を片手に店員の女性同様の黄色のエプロン姿の1人の女性が現れた。ウェーブのかかった髪はワンサイドにまとめられ白く透き通る肌にくっきりとした二重まぶたで目のふちが微かに赤みを帯びた少女のような大人の女性のような不思議な雰囲気の可愛らしくも美しい女であった。一瞬、チラと目が合ってこちらの思ってることを見透かされたような気恥ずかしさに思わず顔が熱くなる。赤くなってなければよいのだが。
「 こちらが店長( 仮 )の九官鳥のユウリ君です 」
『 バーカ 』
「 あっ ダメですよ店長 お客さんにゴミ公務員なんて言っちゃ 」
「 あのぉぅ 店長 」
『 バーカ 』
「 イチミン すまん交代してくれ 」
「 無理です 」
「 ……店長( 仮 )はどうでもいいんでちゃんとして下さい鳥追店長 」
「 私は店長代行です 」
「 ……それじゃあ店長代行 そろそろ我々の管理下に身を置いてもらえませんか もちろん安全と自由と快適な生活は保証します ここでは何かあった場合対応が遅れてしまいます 」
「 お断りします御国さん 何度来ても同じです 私はここを離れるつもりはありません 」
「 あまり甘く見ないで頂きたい 我々は貴女を連行することも可能なのですよ 」
「 何が連行だ 」
突然、背後から女性の声がする。振り向くと店内の僕らから3mほど後ろに濃いカーキ色のつなぎ姿の女性が腕組みして立っていた。歳は30代後半から40代と言ったところか、女性にしては長身でたてがみのような髪が精悍さを際立たせている。
「 貴様らにそんな権限など無いだろう 存在すらしていないのだからな 外Q それは連行ではなく拉致監禁と言うんだ 犯罪行為ならばこちらも正当防衛を行使するまでだ 海乃 金属バットを持って来い 」
「 了解っス 班長 ホーネットからくすねたロケットランチャーもありますよ 」
もう一人、女性の後ろに黒のつなぎ姿の長身のパーマヘアのイケメン風男性が現れた。
「 そうだな この際だ キレイに跡形無く吹き飛ばしとくか 」
「 ちょっとたんま サヤさん 海さん 店まで消し飛んじゃうじゃないですか やめてくださいよ 」
店長代行を名乗る女性が止めに入る。この状況はいったい何なのだろうか、まったく理解が追いつかない。
「 出たな三刀小夜 」
曳井が身構える。
「 人を妖怪みたいに言うな青二才 またぶっ飛ばされたいのか 御国 貴様部下の教育も出来んのか 」
「 まあ待ってくれ三刀さん 別に我々はあんたらと敵対するつもりなんて無いんだから誤解しないでくれ 我々は国神の配下でもなんでも無い 」
「 間宮には言ってあるはずだ ツクに手出しはするなとな 」
「 わかっている 我々も月夜さんをどうこうするつもりは無い だが間宮政権とて一枚岩では無い 万が一に備え月夜さんを宮内庁の 管理下に置いておきたい それが国家の本音だ 」
「 国神と一緒に壁の中に閉じ込めておきたいだけだろう そんなものに はいわかりましたと言うと思ったか 」
「 平成ノ宮に入ってもらいたいのは事実だが あくまでも我々の協力者として逆に国神や龍の巫女の管理に力を貸してもらえないだろうか 」
「 嫌ですよ せっかく殺した国神を生き返らせといて どんだけ苦労したと思ってるんです 勝手なこと言わないでください とにかく私はここを離れられないんです 力尽くなら受けて立ちます 」
「 待って下さい月夜さん わかりました この話は今日はここまでにします 今日は実はもう一つ別件で来たんです 百目奇譚 鳥追月夜編集長 」
「 私は編集長代行です 」
「 ……じゃあ編集長代行 これは進行形で多くの人命に関わることです ぜひ協力をお願いします 」
「 辻斬り魔事件ですね サヤさんいいですか 」
「 仕方ないな 海乃 コイツらを編集部に連れて行け 武器を持ってるぞ注意はしろよ 」
「 了解っス 」
僕達は海乃と呼ばれてた男性に伴われ店の裏手にある階段を下って行く。地下の錆びついた鉄の扉には百目奇譚編集部と書かれたステッカーが貼られてある。百目奇譚とはオカルト誌としては結構有名で小学校の頃などに本屋で友達と立ち読みした記憶がある。河童だの心霊写真だので子供らしく騒いだものだ。
室内は雑誌編集部らしく資料などが積み上げられゴチャゴチャとしている。海乃がスペースを作りソファーを移動してそこに座って待つように言われた。
「 僕たちのことかなり知ってるみたいだけど 」
「 まあ私ら自身の存在が都市伝説みたいならもんだからね 宮内庁の裏の顔 彼らにとっちゃ専門分野なのよ 」
「 外Qって言ってたのは 」
「 私たちの略称よ 宮内庁がQで外部部局の外 」
「 おいルイ おまえも少しは手を貸せ 」
瑠衣とこそこそ話してたら御国が加わって来た。
「 女のおまえの方がなにかと話しやすいだろ 」
「 うわっ セクハラだ 部局長 訴えますよ 前に言ったでしょ 私はもとはホーネットの人間なんですよ ここの人たちは鼠仔猫島で岬様やアオ隊長と共に最前線で戦った人たちなんですよ ここに関しては私は立ち位置的にノータッチです それよりホワイトボード見て下さいよ 」
瑠衣の指すホワイトボードを見ると英語の筆記体の大文字のFが斜めに2つ重なったような記号が描かれてあった。
「 外道の印か こいつらいったい何処まで知ってるんだ 」