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Seasons In The Abyss   作者: oga
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第 6話 惨劇


「 斑咲 武器は無いがイケるか 」

「 はい 問題ありません 」

 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う群衆の中心にそれは居た。

 顔を包帯で覆い血走った目だけが見える。黒のジャージの上下にスニーカー、手には日本刀が握りしめられている、手配書とほぼ一致だ。日本刀を何やら叫びながら片手でやたらめったら振り回す。


 ……何かがおかしい。


「 斑咲 隙を作れ 俺が押さえる 」

「 はい 」

 あんなに長い刃物だ、懐にさえ入れば逆に武器として機能しないはずである。ズボンのベルトを引き抜き掌に巻き付ける。

 5mほどの距離で目が合った。みんな逃げて近くにはもう人はいないようだ、曳井は横へと回り込む。

「 うがぁぁぁっ 」

 日本刀を片手で振りかざし包帯男がこちらへ踊りかかって来た。どこからか悲鳴が聞こえる、離れた所で見ている見物人なのだろう。

 振り下ろされた日本刀をベルトを巻いた掌ではたき落とす、手のひら側にあるベルトのバックルが刀とぶつかり金属音を立てた。その瞬間、曳井が包帯男に横から強烈なタックルをぶちかます、刀を手にしたまま2人が横倒しになった。すかさずスライディングのように滑り込み刀を持った手を曲がらない方向に捻じ上げる。

 べきっ。骨が折れた乾いた音がした。刀が手からこぼれ落ちる。体制を立て直した曳井が瞬時に刀を蹴り飛ばしうつ伏せになった包帯男に馬乗りになって横向きになった包帯男の顔面にパンチを振り下ろした。べきっ。またもや骨が砕けた乾いた音がする。

 うぉぅっ。

 離れて様子を伺っていた人達から歓声が上がる。と同時にパトカーのサイレンが聞こえた。


「 上腕骨折 助骨骨折 顔面骨折 協力してくれるのはありがたいんだがやり過ぎなんだよ曳井 」

 警視庁の一室で深夜まで調書を取られる。担当官の(くれ)は曳井の元同僚であるらしい。

「 だいたいおまえら目立つ事しちゃダメなんだろ それをあんな野次馬の中で 発表しないといけないこっちの事も少しは考えてくれ どう説明するんだ 」

「 仕方ないだろ 偶然出喰わしたんだから ああするしかなかった 」

「 まあわかる だが おまえら途中で絶対気がついただろ イカれた模倣犯の愉快犯だって 刀が模造刀なのもわかったはずだ 骨三ヶ所も砕く必要あるか まあ今回は事件が事件なだけに模倣犯愉快犯なんぞも許さない風潮に社会があるからいいが一歩間違えば集中攻撃の的だぞ 」

「 悪かったよ呉 」

「 もういい 後はこっちで上手くやっとく おまえらのボスが来てる さっさと帰れ 」

 扉の外には御国が腕を組んで待っていた。


「 斑咲 おまえもか 」

「 えっ 」

「 おまえは少しは自制が効くと思ったんだが どうしてウチにはこんなのしか来ないんだ 絶対俺への嫌がらせにポンコツばかり送り込んで来てやがる 」

「 まあまあ 部局長 今日のは予行練習ってことで 初めての連携にしては上出来だぞ斑咲 」

「 予行演習ごときで頭下げて回らないかん俺の事も少しは考えてくれ 」


 車は僕が運転する事となる。曳井は御国にここまでの経緯を丁重に報告する。

「 朝廷を追放された烙印者の一族か やはり宮内庁絡みの事件っぽいな しかし平安時代って1000年前だよなあ 根に持つにも程があるぞ 」

「 でも20年で代が変わったとしたら50代目ですよ 」

「 そう言われると大した事ないようにも思えるな 300年前にもあったならそれから15代目か どの道目的がわからんと意味ないな 教授の追加報告に期待するしかないだろう 300年前の辻斬りの供述調書でも残ってればいいんだがな 」

「 三刀小夜はどうします 」

「 魔境か 厄介なヤツが絡んで来たな 一度赴くしかあるまい 」

 曳井も三刀小夜なる人物を魔境の人間だとか言っていた、魔境とはいったい何を指しているのだろう。

「 やっぱりそうなりますよね それより部局長の方は進展は 」

「 あったぞ やはり隠していた 犯人は女の可能性が高い 」

 ……夕星深雪

 ぞくりと悪寒が駆け上がる。

 がこん。と車が急停車した。

「 どうした斑咲 タイミング悪いぞ ビビっちまっただろう 」

「 人が倒れてます 」

 20mほど前方の路上に男性らしき人物が仰向けに倒れている、胸は紅く染まっていた。そして、その奥の薄闇の中に亡霊のように立ち竦む人影がある、顔には包帯を巻きその右手にはギラついた長い刃物が血を垂らしていた。

「 マジかよ 」

「 斑咲 シートの右下にリボルバーがある イチミン 捜査本部に緊急連絡を 」

 御国に言われた通りにシートの右下を探るとポケットがありその中に硬い固まりがあった。リボルバー式の拳銃だ。

「 ありました 」

「 イチミンも準備はいいか 」

「 OKです 」

「 膝を砕いて構わん 確実に動きを止めろ 最悪射殺してでもだ 決して逃すな 」

「 了解しました 」

「 これも使え 」

 曳井から特殊警棒も渡された。

 車を降りて3方向に分かれる。

 リボルバーが手にしっくりくる、軍部ではオートマチック式のハンドガンが主流だが自分で整備して使い慣れた銃じゃ無いとやはりいざという時に弾が出るかの不安がある。その点、リボルバー式は機構が単純な分不具合も少ない、不発の場合も撃鉄を起こせば次の弾倉が瞬時に使える利点がある。警棒は邪魔にならないように腰のベルトに突っ込んだ。

 相手は飛び道具は持ってないと仮定するなら3人で囲んでしまいさえすれば確保はほぼ確実のはずである。御国からの発砲許可は出てある。


 3人が5mほど間を開けてほぼ所定の位置と思われる場所に着く、両手でリボルバーを構え膝に狙いを定めた。

 刀を手にしたその者はまったく動じる様子がない、ただその場に亡霊のように佇んでいる。何を見ているのか、何を考えているのか、まったくわからない。

 黒のスリムな上下に身を包みスニーカーを履いている、身長は155㎝といったところか、体型からスリムな女性であることが伺える。

 ……夕星深雪。

 包帯の間から見える目は虚ろだ。


「 決して逃がさん 大人しく武器を捨て投降しろ 」

 御国が彼女に向け声を出す。

 ゆらりと女の首が御国の方へ傾いだ。

「 ……違う ……貴方じゃない…… 」

 微かに女の口から言葉が漏れる。と同時にストンと女の身体が地面に落ちた。いや違う、低い姿勢で左足を軸に御国へと右足を踏み出したのだ。ヒュンと切っ先が斜めに振り上げられる。5mほどの間合いが一瞬で意味をなさなくなり御国に切っ先が襲いかかる。予測不能なコンマのこの挙動に思考が追いつかない。御国は後ろへ尻餅をつく形でなんとかこの斬撃を回避する、対処出来たのは曳井だった。パンパンパン。3発続けて発砲する、その内の1発が女を捉えたはずだった。が、カン。と刀で弾丸を弾くと曳井に向かってぬらりと倒れ込む、いや違う、まただ、一瞬に曳井との間合いが詰められる、尻餅をついた御国では態勢を立て直し発砲する暇はない、僕からの角度では曳井と重なり発砲は無理だ、なら警棒で。

 曳井が正面の女の顔に向け2発発砲する、女は首をほんの少し傾けてこれを躱し伸ばした片手で刀を上から振り下ろそうとしている、これに真横から突っ込み警棒で殴りかかる、が、その刹那、こちらを向いた女と目が合った。すると、あらぬ角度から女の歪曲した斬撃が伸びてくる。

 ダメだ殺される。おそらく斬撃は僕の警棒を翳した肘の下を通過して胸部を切り裂くだろう、わかっていても反応しきれない。切っ先が鋭すぎるんだ。


 キン。青い火花が散り女が突然目の前から消し飛んだ。


「 見ィィィィつけた 辻斬り魔さん 遊びましょ 」


 そこには赤のライダースジャケットに紺のプリーツのミニスカートにパンプスに黒のハイソックスという死が充満するこの場には余りにも似つかわしくない出で立ちの明るいショートボブの女性が立っていた。しかし……

 彼女の右手には異様に長く見える凶悪な刃物が握られている。


 5mほど弾き飛ばされた女がゆらりと立ち上がり不思議そうに首を傾げて女性を見遣る。そして包帯に覆われた下の顔が嗤ったように見えた。


 うふふっ。


 対峙する2人の刀を持つ者の間に空気がビキビキに張り詰める、女は微かに揺らいでいる、ショートボブの女性は微動だにしない、御国は手を下に翳し待ての合図を僕と曳井に送ってきた。

 チリチリした緊張を破ったのは突然に近距離で鳴り響いた警察車両のウゥゥーというサイレンであった。完全に包囲が完了した合図なのだろう。

「 ちっ 」

 ショートボブの女性が舌打ちした。そして、その場から一瞬にしてかき消える。何が起こったかわけがわからない。が、我々の対象はあくまで通り魔の女だ、気持ちを入れ替える。女の方は相変わらずその場に揺らいでいる。

 包囲した十数台の警察車両からどっと銃を構えた捜査官達が出てくる。50名ほどいるだろうか。我々も再び女に銃を構える。

「 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ 」

 突然女が奇声を発した。


 ダメだ。


 女の身体が沈み込む、もう知っているはずなのにまったく動きが読めない、一瞬見失なった、その瞬間捜査官達の一角にギラリと薄気味悪い光を放ち刃物がぬらりと舞い上がる、血しぶきが吹き上がる、絶叫が鳴り響く、発砲音が聞こえる、捜査官達の顔が青ざめていく。

「 固まるな 間隔を開けろ 」

 御国が大声を上げる。

 見えない、どこだ。

 またギラリと刃物が光を放つ。

 ここは地獄だ。




「 何人やられた 」

「 28名 その場で絶命したのは12名だ 最悪だ クソっ 」

「 包囲したのが裏目に出たな あれは通り魔なんていう生易しいモノじゃなかった 殺人鬼だ 拳銃ごときじゃどうにも出来んぞ ライフルで狙い撃つかマシンガンで蜂の巣だ 生きたままの確保は諦めろ 佐倉(さくら)

「 ああ もう思い知ったよ 御国 おまえらはよく3人で凌げたなぁ 」

「 いや 全滅しなかったのは運が良かっただけだ 本当ならおまえらの到着まで持たなかっただろう 」

「 やはりそうなのか 」

「 発表はどうなる 」

「 さすがにムリだろう 警察の面子以前に都民をこれ以上恐怖に陥れるわけにはいかん 犯行現場に出くわしたがまんまと逃げられた的な感じになると思うぞ 68名で包囲して28名叩き斬られて逃げられたなんて流石に説明出来ん 説明以前に我々が理解出来ん状況だからな 」

 我々は結局犯人を捕り逃がしてしまう。パニックに陥った現場で28人の捜査官を斬り倒し悠々とその場から消え去ったのだ。あまりにもの惨状に誰もが戦意を喪失してしまい呻きを上げる犠牲者達の応急処置にあたるのが精一杯だった。

 軍に入隊した時に覚悟はしたはずだが、さすがに目の前で重症を負い苦しみながら死んでいく人間を見ると動揺して震えが止まらない、自身が抱えてる問題など幼稚で子供染みた我が儘なことが痛いほど思い知らされた。

 そのまま、警視庁の捜査本部まで同行してまたもや犯人との遭遇の調書を作成するハメになる。御国は公安の佐倉なる人物と話し込んでいた。先ほどの曳井の元同僚の呉もそうだったが非公式であるはずの宮内庁外部部局雑務処理係の事を警察内でもそれなりのポジションにある人物は知っているようだ、お互い秘密裏の協力関係にあるのだろう。


「 終わったぞ 今日は大変な一日だったな 」

「 部局長 もう一人の刀を持った女性の事はよいのですか 」

「 警察をこれ以上混乱させるわけにはいかんだろう そっちの方は我々だけででやるしかないな」

「 俺らに敵意は無いみたいだからな 俺と斑咲は実際ヤツが現れなきゃ死んでたし でも何者だと思います部局長 」

「 わからんよ ただ裏社会の人間なのは確実だろうな 辻斬り魔を捜してたみたいだし 」

「 何の為にですかねえ 」

「 確保する為か始末する為か どの道 正義の味方って訳ではあるまい 出来ればあのままやり合わせて漁夫の利といきたかったんだがな そう都合よくはいかないものだ 逆に最悪の結果になっちまった 」

「 斑咲 あの時おまえの正面だよな あの女 どうやって消えたんだ 」

「 それがわからないんです 舌打ちをしたと思ったら突然かき消えました 僕自身殺されかけて動転していたのでまともな判断は出来なかったのですが 」

「 部局長 俺の位置からも消えたように見えましたよ 」

「 考えても仕方ないさ そもそもどっから湧いて出て来たかもわからんしな とにかく今日はもうゆっくり休め 疲れたろう て もう朝じゃないか 何かあったら連絡する 夕方頃 適当に事務所に顔を出せ 解散だ 解散 」

 そうして、ようやく長い一日が終わりとなる。考えてみたらまだ配属2日目なのだが、初日であった一昨日がはるか昔のことのように思える。

 それから何も無い部屋に帰って死んだように眠った。


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