第 5話 外道
曳井一見と共に千代田区にある宮内庁の書陵部図書課に向かう。移動はタクシーで行った。
「 斑咲 おまえ大丈夫か 昨日あのまま寮で首吊っちまうんじゃないかと心配してたんだぞ 」
「 そんなことしませんよ すみません よく誤解されるんです あまりにも覇気が無いように見えるみたいで 自分でももっとちゃんと活発に振る舞えればと思うんですが どう振る舞えばいいのかわからなくなってしまって 」
「 完全な事変シンドロームだな 結構多いみたいだからな おまえの場合家族を亡くしてるししょうがないよ 死にたいなんて思っちゃないのか 」
「 それはないです ただ生きたいとも思えない わからないんです 」
「 生きたいなんて思って生きてるヤツなんていないさ 考え過ぎだ 答えの無い問題を考えたって解らないのが当たり前だ それで特殊部隊を志望したのか 」
「 はい そうした生死がかかった状況に置かれたら生きたいって思えるのかなって 」
「 バカだな 」
「 曳井さんは事変の時は 」
「 あのなあ 空気読めよ 俺自身嫌だがみんなイチミンって呼んでるだろ ルイのバカが呼び出したんだがな イチミンでいいぞ 俺は元警官だ 事変の時は都民の安全と治安を守るのが仕事だったが実際は検問と交通整理ばっかやってたよ 他にやる事あんだろうと思ったがこればかりは仕方ない こんなこと言ったら戦死したヤツらには申し訳ないが俺も何かの為に戦いたかったよ でも交通整理も誰かがやんなくちゃならんからな みんながみんな好き勝手にヒーローになれるわけじゃ無いんだ 交通整理をするヤツも必要なんだよ 自分にそう言い聞かせてた 」
「 僕なんて学生やってましたよ 軍に志願しようとしたら父に止められました 学生の分際で自惚れるなって 」
「 それでいいんだよ 何一つ間違っちゃいない 東京みたいに戦場になった場所の人間は色々抱え込んじまったが地方のまったく影響が無かった場所のヤツらなんかドラマか映画観てるみたいに普通に楽しんでたヤツらもいたらしいからな でも それでいいんだよ 交通整理をするヤツ 学生をするヤツ 農業をするヤツ 物を売るヤツ 他人事として楽しむヤツ みんな誰かがやらなきゃなんないんだ 前回はその役割りをこなしただけだ 自分に割り当てられた役割りをな そして今は俺もおまえも新しい役割りを貰ったろう それをキッチリこなせばいいんだ それが必要な事だからな 」
「 僕は必要なのでしょうか 」
「 当たり前だ おまえが斑咲トワの役をやらないで誰がやるんだよ 」
「 曳……イチミンさんって意外に優しいんですね 」
「 意外に言うな なんでそうなんだよバカなのか 」
タクシーを降りて東京メトロの連絡通路へと入って行く。
「 斑咲 おまえ記憶力と方向感覚はどうだ 」
「 悪くわ無いと思います 」
「 俺らは正面から堂々と宮内庁に参拝するわけにはいかんからな 特別ルートを使用する 頭で覚えておけ メモ等はNGだ GPSも不通だ そして絶対に人に漏らすな 」
「 わかりました 」
「 まあ 簡単には覚えられんよ 俺なんて未だに時々迷うからな その時は部局長に連絡しろ 」
関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉をカードキーで開き白い冷んやりとした廊下を進んで行く、地下だからだろうか、空気が湿り気を帯び重くのしかかる。いくつかの分かれ道を選択したり非常階段を使用したりする、確かに複雑で流石に簡単には覚えられそうにはない。途中、いくつかの部屋の前を通過する、室内から人の声が聞こえた、廊下でも数人の作業服姿の人間と俯き加減にすれ違う。
「 ここの人達は何をしているのですか 」
「 さあな 世の中 知らない方がいいこともあるんだよ 逆に向こうも俺らが何をしてるかなんて知らんしな 知らない者同士がすれ違うだけだよ こういう特異な場所だからグロテスクに感じるが街中だってすれ違う人間が何をしてるかなんて知らないだろ その中に宇宙人や幽霊が混じってても何の不思議もない 目を合わせないのは暗黙の了解だ それより遭難したかもだ 斑咲 階段は何回使ったっけ 」
「 経路に入って3回だと思います 」
「 まずいな 救難信号だ おまえまだスマホは支給されて無いよな ここじゃ一般回線は使えんからな 前にスマホ忘れて遭難して一日中地下を彷徨ったことがあるからな 気を付けろよ 」
そう言いながらスマホで部局長に助けを求める、会話の雰囲気からどうやら怒られているみたいだ。それからしばらくしてどうにかして宮内庁の地下に辿り着く。
「 覚えたか 」
「 いえ無理です 途中迷いましたし 」
「 だよな 次はルイに教えてもらえ 俺は元が方向音痴だから無理だ 」
宮内庁内は沢山の人が忙しそうにわさわさしておりなんだかホッとする。中に入ってしまえば人目は気にする必要はないようだ。僕達はそのままエレベーターで図書課分室に向かった。
「 やっと来た 遅いわよ 」
書物に埋め尽くされた室内のデスクに1人の女性がいた。
「 すんません 途中遭難しちゃって 」
「 別にやましい用件でもあるまいし 正面から来ればいいじゃない で そっちが新人君 」
「 斑咲です よろしくお願いします 」
「 こちらは図書課の司書さんで鍵谷教授 調べものがある時は彼女に頼む ウチの心強いサポートメンバーだ ウチの諸事情も心得てる 」
「 そういうこと 何でも相談して 私事でも構わないわよ お姉さん色んなこと知ってるから 」
「 あっ はい 」
鍵谷教授は見た目30代後半の白衣姿の女性でどちらかというと妖艶な保健室の先生といった感じだ。
「 それよりどうです なんかわかりましたか 」
「 せっかちねぇイチミン君は わかったわよ 一般には開示していない部類の書物にあったわ 外道の印 平安時代に都から追放された一族に押された烙印ね そして今から300年ほど前 江戸時代に京都でこの印に似た傷を残した辻斬りが発生しているわ この時の犠牲者は42名 」
「 まじかよ 同じだな で その時はどうなったんです 」
「 犯人 いや下手人か は捕まって張り付けになってるわよ 」
「 誰だったんです 」
「 夕星深雪」
「 なんか辻斬り犯のイメージじゃないですねえ 語感がキレイっていうか 」
「 斑咲君はなかなかロマンチストね でもいいよ その通り 女性なの しかもすこぶる美人だったらしいわ あまりにも意外な結末に京の都は大騒ぎでファンクラブみたいなも出来て死罪にしないで欲しいと嘆願書も出されたそうよ 公開処刑の際は見物人の多さに延期になり非公開で行われたらしいわ 」
「 42人殺しといてファンクラブかよ どんだけミーハーなんだよ 」
「 大人の女性は毒があればあるほど美しく見えるものなのよ イチミン君はそのへん意外にお子様なのよね 」
「 意外に言うな で教授 外道の印がどう関係するんですか 」
「 平安時代に追放になった一族が夕星一族 その娘の名が深雪 山犬とまぐわい子を孕んだらしいの 」
「 八犬伝 」
「 あら詳しいのね斑咲君 そうね馬琴の南総里見八犬伝の伏姫も神犬八房との子を懐妊してるわね もしかしたら馬琴は深雪の話をどこからか聞いてモデルにしたのかも知れないわね 」
「 てか その話 本当の話なんですか 山犬と子供って 八犬伝同様作り話なんじゃあ 」
「 それは解らないわよイチミン君 ただウチに保管されてるんだからまったくの作り話ってわけじゃないと思うわよ 似たようなことがあって実際に夕星一族は追放されたんじゃないのかしら それが山犬って話は些か信じがたいけど夕星一族は実在した朝廷内の一族よ そして同じ名の女性が江戸時代に現われて自ら烙印された外道の印を用いた犯行を行う そして今また始まった 」
「 なんか薄気味悪い話になって来たな その外道の印ってのは誰も知らないはずなんですよねぇ教授 」
「 それがね イチミン君 実は君たちより前に気付いた人間がいるの 外道の印についてウチに問い合わせがあったわ 関連書物が無いか調べて欲しいって 」
「 誰です それは 」
「 オカルト雑誌よ 」
「 オカルト雑誌 」
「 そうよ 百目奇譚 都市伝説ハンター三枚刃の三刀小夜 その筋では超有名人よ 」
「 げっ 魔境の人間じゃねぇかよ 」
「 あら イチミン君 知ってるの 」
「 まあ ちょっとばかし でも一般には公開してないもんなんでしょ なんで知ってるんです もしかしたら 事件の関係者ってことは 」
「 それは早計よ ウチに所蔵してある書物を公開して無いってだけで実際にあった史実なら他にも伝えられてる可能性はあって当たり前よ 書物とは限らないわ 民話 言い伝え 童謡 と伝承していく方法はいくらでもあるわ 三刀小夜はその辺はプロ中のプロよ 僅かな糸口からでも紐解いてくる 」
「 でも 警察は被害者の共通した傷についても非公開なんでしょう 」
「 斑咲君 三刀小夜あたりなら警察の情報なんて筒抜けよ 」
「 オカルト誌の記者なんですよねえ 」
「 彼女は一流のジャーナリストよ 甘く見ない方がいいわよ 」
「 どの道 オカルト誌に犯人持ってかれたら警察のメンツ丸潰れだな 」
「 この手の分野は彼女は専門家なんだから協力要請すればいいじゃない イチミン君 」
「 そんな生易しい相手じゃ無いんですよ まあ部局長に伝えときます それで 他に分かったことは 」
「 今のところ無いわ 京都御所に何か残されてないか問い合わせ中よ もう少し待って 」
「 わかりました 引き続きお願いします 」
「 あら もう行くの 」
「 まだ 今日の被害者出てないですからね 出来れば現場に一番乗りしたいんで 」
「 被害者が出るのが確定してるのが怖いわね 頑張ってね イチミン君 そして新人の斑咲君 期待してるわよ 」
「 はい 頑張ります 」
「 行くぞ斑咲 」
「 はい 」
それから僕らは宮内庁を後にする。帰りは来た時とは違い一本道のルートだ。
「 来た道とは違うんですね 」
「 一方通行だからな 行きはヨイヨイ帰りは怖いの逆バージョンだ 出て行くのまで複雑にする必要無いしな 」
そしてメトロ半蔵門へと出た。
メトロから地上に出るとなんだか異様な空気を察知する。
きゃぁぁぁっ。
悲鳴だ。
一瞬でその場がパニックに陥った。
逃げ惑う群衆の中に何かがギラリと光る。
「 斑咲 出たぞ ヤツだ 」
50mほど先の歩道に包帯でマスクをした人間を捉える、手には 日本刀があった。
「 行くぞ 」
「 はい 」