第 4話 観測点
配属二日目、この日は朝イチでミーティングが行われた。
「 斑咲 資料は目を通したか 」
「 はい 」
昨日、川上瑠衣から手渡された機密資料、これに自室で何度も目を通した。資料は平成龍ノ宮神社についてのものと新帝国事変についての二つであった。
「 質問があるだろう 何でもいいぞ 」
御国鷹虎に促される。
「 では 国神とは何者なのですか 資料からは判断しかねます 」
「 そのままなんだよ 判断しかねる人物となる 」
「 しかし部局長は昨日 国の神だと 」
「 そもそも神の定義が無いのだから判断しかねるんだよ 明確な神の定義があればヤツが神かどうか断じる事も出来るが それが無いから厄介なんだ 」
「 まあキリスト教なんかの神とは明らかに違うわよね 」
「 この国の神様は複雑だからな 八百万なんて言って無限に湧いてくるし 貧乏の神様までいるんだぜ 」
川上瑠衣と曳井一見も話しに加わる、そんなに堅っ苦しいミーティングでは無いようだ。
「 ただ わかっている事は この国の歴史において度々名前が出てくる人物という事だ しかも歴史の変わり目にな ヤツが現われると必ず歴史が動く だがそれが同一人物なのかは定かでは無い 確認のしようが無いからな 戦後の近代日本に移行して初めて観測されたのは渋谷大火炎直後だ それ以前は先の世界大戦時になる 幕末明治維新から敗戦まではかなり積極的に国の中心となり活動していたようだ ただ その国神と大火炎後に現われた国神が同一人物かはわからんのが事実だ 」
「 普通に考えたら同一人物のわけないわよね 」
「 特定の一族の者という可能性は無いのですか 」
「 それは多いにあり得るのだが だがそれなら資料が何一つ無いのが不自然なのだ 建国以来の国の重要な一族となるのだからな それから結論から言っておくがヤツは人間では無い これは現代医学で証明されている ただ我々ヒトの遺伝子とは違うと言うだけで 別の種の人間なのかもしれん 神である証明にはならんのだ 」
「 奇跡的な事でもやってくれたらわかりやすいんだがな 」
「 そうなんだよね イチミンの言う奇跡がなんなのかわかり難いけど でもヤツは至って普通の人間なんだよね 」
「 話が少しそれたな 大火炎後の焼け野原に現われた国神はそこに平成龍ノ宮神社を建立させた 」
「 その辺がわかりません 昔ならいざ知らず宗教観の希薄な現代社会で何故 」
「 だよねトワ君 そんな胡散臭いヤツを国がどうして手放しで受け入れるのよ 」
「 それは終戦後 ずっと捜していたからだよ 終戦後 ある計画だけを残して消えた国の神を捜し続けていた 敗戦国となったこの国にとってそれは唯一の希望なのだからな 」
「 その計画が新帝国事変だよな 」
「 そうだイチミン しかし国神はまた消える まだ時では無いと言い残してな そして北米大陸西岸部巨大津波の少し前に再び観測される そして時間が動き出した かつての計画通りに 」
「 その計画というものが今一つわかりません 国内クーデターではなかったのですか 」
「 違うぞ斑咲 世界の約8割の人間を殺して世界を始めからやり直す計画だ 」
「 ……そんなことして何になるんです 」
「 日本という国の日本人という民族を存続させる為にはそれしか手は無いという結論だ 」
「 滅茶苦茶なんだけど言ってることはわかるのが癪に触るのよね あのまま時代が進んでたら日本と日本人はそう遠く無い未来に淘汰されていた それは確実でしょうね 」
「 本来ならこの計画は世界大戦時に行われるはずだった だが2発の原爆投下に阻止される 」
「 それで終わったのでは無かったのですか 何故3年前に再始動するのです 」
「 終わっては無かった 時間が止まっただけなんだ 発動は4年前なんだがな 巨大津波だよ あの津波をトリガーに第1期混沌世界が訪れる すべて国神の計画通りだ 」
「 なら あの津波は 」
「 ああ 我が国が大戦時に使用するはずだった兵器なのだよ 」
「 そして資料にある鼠仔猫島大洞穴の大結晶体の引き上げ作業ですか その結晶体に本当に人類の8割も死滅させる毒性があったのですか 」
「 その辺の資料は遺すと流石にまずいからな すべて新政府により焼却されて闇の中だよ 計画はほぼ完遂目前だったんだが まさかの民間の反乱軍に敗北を期する事となる 」
「 もし計画が完遂されていたらどうなっていたのでしょう 」
「 人類史はニ千年以上後戻りしていただろうな そして生き残った2割の純血種で新たな世界を創生する それがヤツの計画だ そうすることにより日本民族を守る ある意味神の計画だ 」
「 しかし失敗した 」
「 そうだ 民間組織を中心とした反乱軍に敗れた 国神は鼠仔猫で1度死んでいる 平成龍ノ宮神社に運び2人の宮司に蘇生してもらったのだ 」
「 どうして 」
「 もし本当に国の神なら居なくなったらまずいんじゃ無いのか という判断からだ その代わり平成ノ宮からは一歩も出られんように2人に結界を張ってもらった 」
「 あの宮司らは何者なのです 」
「 あれも国神同様わからんのだ そもそも国神が連れて来たからな ただ彼らは宮さえ守られれば問題無いらしく我らには協力的だ 問題はその奥だ 」
「 この国最大級の祟り神 堕ち星の姫巫女様ね 」
「 祟り神 」
「 そうよトワ君 渋谷大火炎の張本人 星宿零その人よ 」
「 おまえの説明だと意味わかんねぇよルイ 星宿零 は先の大戦で国神の配下として戦った龍の巫女と呼ばれる炎を操る少女だ 今風に言えば超能力少女だな 」
「 イチミン それ今風なのか まあいいが で 戦後彼女はガーディアンズなる組織を形成する この組織は戦後の日本復興の裏側の重要な組織となった この組織にはイチミンの言ったような超能力者と呼ばれる者らも複数存在するらしい そしてある事件をきっかけに内部分裂 システム化され巨大化した組織の末路を辿る その終止符を打ったのが彼女が引き起こした渋谷大火炎だ そして彼女はこの国最大級の祟り神となった 現れた国神の指揮のもと平成龍ノ宮神社を建立しその結界に封じ込める それが渋谷特区だ 」
「 じゃあ渋谷大火炎はたった一人の超能力少女が引き起こしたのですか 」
「 その時はもうおばあちゃんだったぞ 」
「 そして何故か新帝国事変の折に目覚めてかつての司令官である国神に反旗をひるがえすの ホーネットに味方して瀬戸内大火炎で編成艦隊を焼き払ったのよ 」
「 旧渋谷特区の重要性が少しは理解出来たか 彼女の炎はこの国をも焼き尽くす そして国神だ ヤツらを管理し監視し観測するのが我々の任務だ もちろん国家の味方になってもらうのが一番好ましいのだが 一筋縄ではいかん連中だ 重々に注意しろ 」
「 お〜い トワ君 聞いてる 生きてる 」
「 無茶言うなルイ 普通 脳の回路が焼き切れるぞ 俺なんか最初理解出来ずに吐いたからな 」
「 イチミン意外とデリケートだもんね 」
「 意外に言うな 」
「 大丈夫です なんとか話についていけてます 」
「 よし ただ昨日も言ったが日常的な管理は内部部局の対策室が行なっている ただ接する機会が多ければヤツらに取り込まれる危険性が極めて高い 実際に何人かは国神に心酔してしまった者もいる ウチはその時の保険も兼ねているんだ 昨日のおまえは実際ヤバかったろう 久遠もそうだった 」
「 兄が ですか 」
「 ああ 一緒に離反するよう説得したんだが逆に撃たれた 実際国神はカリスマ的な魅力を持っている ヤツの前では常に心に防壁を張れ おまえには興味を示していたからな 」
「 わかりました 」
「 特区の話は今日はここまでにしよう で 今 ウチが抱えているのは昨日国神にも話した辻斬り魔事件だ 公安から協力要請があった 得体の知れない事件はウチに押し付けてくるのが困りものだ 別に専門家でもなんでもないんだがな 」
「 でも国神から情報を引き出せたのはラッキーでしたね 部局長 」
「 ああ 聞いてみるもんだな いま図書課に調べてもらっている 斑咲 事件の概要は知っているか 」
「 報道されている部分でしか知りません 都内で起こっている日本刀を用いた連続通り魔事件としか 」
「 それで正しいんだ それ意外は警察もよくわかってない 犠牲者は昨日も出て15人となった 規則性が無く動機も不明だ 公開されてない情報は昨日国神に見せた写真だけだ 犠牲者の体に特定の傷が残される 」
この事件は2週間ほど前から東京都内を恐怖に陥れている。1人目の犠牲者が出た時は反社会的組織絡みの抗争事件ではと臆測されたが 翌日、2人目の犠牲者が出て連続無差別通り魔事件と認定される。犯行手口は肩口から腰の辺りまで袈裟がけに日本刀のような刃物を振り下ろすというものでその殺害方法から辻斬り魔などと呼ばれている。傷は助骨を切断して心臓まで達するもので相当鋭い刃物を用いていることが伺えるのだが、ただ力任せではそうそうこんな風には斬れないらしく、かなりの技術も必要だと言われている。手で防御した被害者などは腕もろとも切断されている。
「 実はな 日本刀などの刃物の武器を凶器とした事件は公表されない事が多いが稀にあるんだ その大半が裏社会絡みのやつでな 公表すると厄介なんで秘密裏に処理される 要はそういう武器を使用する殺し屋的なやつは複数存在するんだ 国神が言ったように殺人の凶器としては銃器より使い勝手がいいらしい 公表されたものだと記憶に新しいので5年ほど前のマリリオン製薬社長御霊由良惨殺事件だな 薬事法違反で指名手配中の御霊とヤツの護衛私兵の計7名が山中でバラバラ死体で発見されている これは明らかに裏社会絡みの事件だ その少し前にマリリオン本社襲撃事件で日本刀を持った男女2人が確認されている あと国神や平成ノ宮の2人も日本刀を用いるらしい 鼠仔猫島の最終決戦では複数の日本刀を使う者が観測されている 」
「 それではこの事件も 」
「 ただな それが一般人に及ぶことはまず無いんだ 裏社会の殺し屋が通り魔をやっても何の得も無い 」
「 なら 国神が言ったように何らかのメッセージと捉えるべきかしら 」
「 その線は強いな 或いはそういった裏社会の人間が精神に異常をきたし暴走しているのか 」
「 ネットで見たのですが 街頭カメラに映像はあるんですよね 足取りは掴めないのですか 」
「 犯行が大胆すぎて逆に追えないんだ 人に見られることを何とも思ってないからな ここまでの犯行の内7件は公衆の面前で行なわれている そしてそのままパニックになった中に紛れる 」
「 顔は包帯でぐるぐる巻きなんだよな 」
「 包帯巻きのマスクよイチミン じゃなきゃ簡単に外して紛れられないでしょ 上着はリバーシブルね 」
「 でもルイ 傷は心臓まで達してるんなら相当の返り血だぞ 全身ビショ濡れでもおかしくないはずだ 」
「 完全防水素材なんでしょ 最近の化繊技術を舐めないで もしかしたらその線から追えるかもね 警察は何してるのよ 部局長 警察の指揮権はウチには無いわけ 」
「 あるわけないだろうルイ 俺らは存在すらしてないことになってるんだぞ 」
「 じゃあどうすんです 犯行の規則性も無いし この人数じゃ地道な捜査も出来ないし そもそも地道に捜査なんてしてたら毎日1人犠牲者が増えちゃいますよ 」
「 今のとこ我々に出来る事は国神の言った外道の印とやらから辿るしかないな イチミン 斑咲を連れて本局の図書課で進展を聞いて来てくれ ルイは過去のファイルを漁ってみてくれ 閲覧許可は取ってある 俺は公安に行って来る ヤツらウチを駒として利用出来れば儲け物程度にしか考えてないからな なんか隠してる事があるかもだ 探りを入れてみる 」
「 了解 んじゃ斑咲行くぞ 」
「 はい 」