第 3話 平成ノ宮
曳井一見の運転する車は旧竹下口資材搬入ゲートに到着した。ここはホーネット対政府軍の日本の歴史にも刻まれるであろう旧渋谷特区戦の舞台である。壁にはまだ3年前の戦闘の傷痕が生々しく刻まれている。ゲートで幾重にも検問を受けようやく壁内への進入許可がおりた。検問している警備員はその挙動から軍の人間なのが見て取れる、僕もこの配属を受けなければこのような仕事に回されたのだろう。
壁内は資材や重機が所狭しと場を占めており車はその間をカクカクと徐行しながら縫っていく、少し進むと資材の山を抜け見通しのよい場所に出た。
そこは立派な鳥居を構えた広く長い石畳の参道であった。そして参道の奥には絢爛豪華な朱色の社が構えてある。
「 平成龍ノ宮神社だ 一般公開されるのはまだ100年ほど先になる 」
御国鷹虎が神社を見ながらそう言った。
何かが頸を駆け上がる、この国はいったい何を隠しているのだろうか。
我々は車を参道脇の駐車区間に停めて鳥居の下に立つ。
「 トワ君 参拝の仕方知ってる 」
川上瑠衣が隣から話し掛けて来た。相変わらず化粧っ気はないがボサついていた髪はキレイに整えられ後ろで一つにまとめられており 事務所でのラフな印象はそこにはなくちゃんと化粧をすればかなりの美人なことが伺える。
「 いえ 自信無いです 」
「 まず鳥居の柱側に寄って一礼して潜る 参道の正中は神さまの通る道だから端に寄らないとダメなんて言うけど正しくは神職の人の邪魔をしないように一般の人は脇に寄るのが正解よ だって参道は神さまの通り道じゃなくってお参りする人の通り道なんだからね 神さまはずっと社の中よ 社の結界からは出て来れないわ 私達は一般だから基本脇を通り謙虚な気持ちを表すの 手水舎で柄杓を右に持ち左手右手口の順に浄める 口はちゃんと左手に水を受けて口に含むのよ 終わったら柄杓も持った所は浄める これは単なるマナーね この辺は礼儀作法の問題だから礼儀正しく振る舞えれば特に問題ないわ そして拝礼よ 要はここからが本番だからね まずここは一般に公開してないから賽銭箱は無いわ その代わりにお供え物を奉納するの そもそもお賽銭がお供え物の代わりなんですからね お供え物は社務所に用意してあるわ そして神前の祭壇に納めてから鈴を鳴らす これは来た事を伝える呼び鈴みたいなものよ そして二拝二拍手一拝 これはわかるわよね 二回深くお辞儀をして二回手を打つ そして頭を下げる 別に何かをお願いに来たわけじゃないから神聖な気持ちで頭を下げるだけよ お願い事があるなら近所の神社でやってね 理解出来た 」
「 はい なんとなく 」
「 まあ私達は部局長の後ろで真似してればいいのよ 私達は一般なんだからそんなに鯱張らなくても大丈夫よ ただ雑念は取り払ってね どうもあなた余計なこと考え込むタイプでしょう 」
今日出会ったばかりの初対面の女性にこうも易々と見抜かれている自分は一体何なのだろうか。
「 ほら また余計な事考えてる 」
「 あっ すみません 」
「 レクチャーは済んだか そろそろ行くぞ 」
御国の言葉に頷き後に続き一礼して鳥居を潜る。
手水舎で浄めてから曳井と共に社務所に寄る、社務所は社の少し離れた脇にあった。そこで神職姿の者からお供え物を受け取る。お供え物は三方と呼ばれる鏡餅なんかの下の台の大きな物でその上には新鮮な野菜や果物や魚が豪華に盛られていた。二人掛かりで慎重に運び神前に奉納する。部局長が鈴を鳴らし拝礼する、その後ろで僕ら3人も二拝二拍手一拝する。
「 なんや 御国か 」
二人の狐目の神職姿の男が社の奥から現われた。
「 なんか用か 」
「 本日は新しい局員が入りましたのでご挨拶に参りました 」
「 お星様への御目通りは叶わへんで 新人ごときわざわざ連れて来んな 」
「 それよりアイツいつ迄ここに置いとく気や邪魔臭そうてしゃあないやんけ お星様に悪影響やでほんま 間宮に言うとけ 」
「 あのお方はどちらに 」
「 さっきまでお星様とスマホゲームしちょったさかい追い出したったわ 社務所の奥の院にでもおるんちゃうか なんや ヤツに用か御国 」
「 一応 我々の特別顧問となっておりますので 」
「 何が顧問じゃ ヤツもウチらも監視対象やろ 」
「 滅相もございません 」
「 もうええ はよいね おまんら血なまぐそうてしゃあないわ 用がある時はこっちから呼ぶさかい 」
「 はい 失礼いたしまします 」
背を向けた狐目の男らにお辞儀をする。
「 今のがこの宮の宮司の右禰様と左宜様だ 口は悪いが困った時は力になってくれる 右と左と覚えておけ 」
「 はい 」
「 問題は次だ 」
我々は先程お供え物を受け取った社務所に向かいそのまま奥の院と呼ばれる社務所から渡り廊下で繋がった木造家屋に通される。障子を開けると肩にかかるほどの髪のトレーナー姿の男性が寝っ転がってスマホをいじっていた。
「 なんやホークタイガーやんけ 」
「 変な呼び方はしないでください 」
御国に倣って一同畳の上に正座して手をついて恭しくお辞儀をする。
「 それからイチミンにルイちゃんやったなぁ それから……誰やったかなぁ 」
「 これは本日付けで配属になりました斑咲トワです 」
「 マジですか そらかわいそうに 」
「 斑咲 こちらは我々の特別顧問でもある国神様だ かつての新帝国事変の際は最高司令として新帝国軍の指揮を執った クーデターの首謀者でもある 」
……新帝国事変の首謀者
「 なんや 死人っち思うたら激しく心が脈打ったなぁ 」
「 申し訳ありません この者 家族を政府軍として3年前に瀬戸内で失っております故 」
「 ほかほか すまなんだな それはウチのせいやな 」
「 そして国神様はこの日本国の建国の主でもあらせられる 」
「 建国の主……
「 そうだ 我が国の国ノ神だ このお方無くしてこの国は在りい得ない 」
「 よう言うわ御国ちゃん ここに閉じ込めといて 単なる籠の鳥やんけ 」
「 それは敗れたのですから仕方ありません 」
「 言うとくがおまんらの言う新帝国事変は永きに渡りおまんら日本人と幾重にも交わしてきた契約を果たしただけやぞ まあ邪魔されて果たせへんやったがな 」
「 故に間宮総理はこの国の為 新たな契約を取り交わしたいと 」
「 アホ抜かせ ようやく契約が破棄され自由の身になれたんやで なんでまた契約するねん 」
「 籠の鳥が自由の身なのですか 」
「 いけずやなあ やが籠の鳥でもスマホがあれば退屈せえへんで 」
「 ならスマホを取り上げれば契約してくださるのですね 」
「 あっ 御国ちゃんそらズルやろ 」
「 それに籠の鳥のままだとまずいのでは 鳥を殺す者がおります故に 」
「 ギクリ 」
「 次こそ殺されますよ 」
「 あん娘 どないしとる 」
「 あまり協力的とは言えませんね どう対処したらいいものやら 国神様 今一度お会いになられては 」
「 いやいや ウチのトラウマやねんぞ ほんまに死んでまうわ で 本題はなんや 新人の挨拶だけやあらへんやろ 」
「 はい 最近都内にて辻斬り事件が発生しております 」
「 知っとるで ネットで話題やんけ やが辻斬りっち どえらい時代錯誤やなあ そんなもん警察に任せときいや 」
「 そうなのですが 犯行に使用される凶器が日本刀というのが 」
「 そんなん簡単やろ 人を殺すんに最も適した武器やからや 本来 人を殺す為だけに特化された人殺しの道具や 銃なんかはもともとが力の無いモンが獲物の動きを簡単に止めるために造られたもんや 急造の兵士で闘わなあかん戦争なんかには適した武器やが殺し合いには向いてないんや それなりの力と術を身に付ければ刀こそ究極の人殺しの武器なんや 」
「 その力と術を身に付けた者が今の世にはそうそう見当たりません 」
「 そんで ウチら絡みの事件やないかっちいうわけなんか 」
「 いえ ここ平成ノ宮が関与してないことはわかっています ただ 国神様なら何かご存知なのではと 」
「 知らへんがな 辻斬りっちいうからには無差別殺人なんやろ 」
「 はい 被害者に成人男性という以外の共通点は 」
「 何人やられたんや 」
「 14名 」
「 期間は 」
「 二週間 」
「 1日1人か 快楽殺人にしては間隔が短すぎやなあ ああいうのは余韻も愉しむもんや 成人男性っちいうのも引っかかるなあ 斬り心地なら男より女 女より子供やさかいな なんか目的があるんやろ 」
「 その目的とは 」
「 やから知らへん言うちょるやろう やが 特定の人物に向けて発せられたメッセージかも知れへんな わかるヤツにはわかるんやないんか そしてそん者を引きずり出す 本当の目的はそれやろ もしかしたらおまんらを引きずり出す罠かも知れへんで 」
「 私らなど引きずり出してもしょうがないでしょう ハナっから政府の捨て駒ですよ 」
「 おまんらの後ろには何があるんや 宮内庁がありここがある この現状を快く思えんヤツなど政府内にも仰山おるやろ もしウチが宮内庁とここを叩き潰すんやったら先ずおまんらから血祭りやで ほんでもって鳥籠からの解放や 」
「 自ら疑いを深めるような発言をされてどうするのですか 」
「 ほら やっぱ疑っちょるやないか 」
「 疑ってはいません ただ可能性の一つとしては当然考慮してます 」
「 ほんま食えんやっちゃなあ 」
「 国神様には言われたくは無いです しかし やはり宮内庁絡みの事件なのでしょうか 」
「 自分で言っといてなんやが そら考えすぎの自意識過剰やろ やけど誰かに向けたメッセージなんは可能性が高いやろな 」
「 国神様へのメッセージという可能性は 」
「 さて さっぱり思いつかへんで もしそうならもうちょいわかりやすうしてくれな困るわ 例えば死体に目印を残すとかな なあ御国ちゃん 」
「 かないませんねえ これです 」
御国が国神に1枚の写真を渡す。
「 なんや はよ見せんかい 外道の印やないかい 腹の探り合いして損したわ 」
「 外道の印とは 」
「 楽すなや 自分らで調べなはれ おまんらの図書課に資料は残っちょるはずやぞ 焚書にした記憶は無いきにな 」
「 わかりました やってみます 本日はありがとうございました 今後とも我等の顧問としてどうかお力添え下さいませ 」
「 よう言うわ なんが顧問や それからトワ君やったかな 斑咲久遠が今のおまん見たらさぞ無念やろな 」
「 ……兄を知ってるのですか……
「 守った者がこのザマやと逝った者も報われんわ 」
「 何故 兄を 教えてください 兄は……
「 やめんか斑咲 それでは国神様 失礼いたしまします 」
「 ほいな またな 」
鳥居を抜けた駐車区画で御国におもいっきり殴られた。
「 貴様 これしきの職務もこなせんのか ヤツには人の心を読み取り惑わせる事など朝飯前だ まんまと乗せられおって ほんの少しの綻びが全員の命取りになるんだぞ ヤツと対峙する際は常に喉元に切っ先を突き付けられているものと思え 」
「 わかりました 申し訳ありません 」
「 貴様には言ってなかったが斑咲久遠は大学時代からの俺の同期で同僚だった 父上もよく知っている 私は軍を離反したが久遠は残り国神最高司令の護衛の任に就いた そして鼠仔猫島で戦死した 憎ければ職務を放棄して久遠を残し逃げ出して敵として討った俺を憎め 」
「 …… 」
「 まあ部局長 配属初日なんすからそのへんで トワ君に逃げられたらまた私の新宿脱出計画に支障がでちゃうじゅないですか 男同志の殴り合いは私が居なくなった後で思う存分やってくださいよ 」
「 ……すまん 俺は対策室に寄っていく お前達は事務所に戻り斑咲にとりあえず必要な資料を用意してやってくれ 説明は明日やるから今日は適当にあがっていいぞ 斑咲は理解がまだ着いていけんだろうが資料には目を通しておけ 」
「 わかりました 」
それから曳井の運転する車で事務所に戻り川上瑠衣の用意してくれた資料を受け取りこの日は職務終了となった。
配属一日目にしてこのザマである。おそらく僕は世界には必要の無い人間のようだ。もう少し早く気付ければリッパだった父や兄と同じ道を歩もうなどという大それた想いなど抱かずに済んだのに。
寮として用意された高田馬場の古い建物の一室に帰る。荷物の大半はまだダンボールの中から出されていない、おそらく必要になったモノ以外はこのまま出すことはないのだろう。いくつかのダンボールの中の一つには家族のアルバムもあるはずだ、それは2度と取り出すことは無い僕にはもう必要の無いモノのような気がした。だってアルバムの中にあるモノは僕以外の誰も知ら無い事だから、父と兄と遊園地で撮った写真も、父が勲章を手にした写真も、入学式も運動会も卒業式も、兄にプロレスの技をかけられている写真も、母の墓の前で笑顔で写った3人のあの写真も、それらの記憶を共有する人はもういない。僕しか知ら無い記憶、それは僕以外誰も知ら無い記憶、誰も知ら無いのであれば そんなもの無かった事と同意である。誰も知ら無い所で花が咲き散って枯れても 誰も知ら無ければ事実である必要は無い、そんな花、咲かなかった事と同意だ。それは何の価値も無い事なのだろうか、僕は何の価値も無い人間なのだろうか、ならば存在していないのと同意だ。