第18話 サクリファイス
「 うりゃぁぁぁッ 」
突然現れた白黒のタイガーストライプのジャンパーに黒のミニのフレアスカート姿のショートボブの女性が辻斬り魔に強烈な剣を一気呵成に撃ち込んでいく、彼女こそが厄病女神その人だ。通常より長く見える日本刀での疾風のような乱れ撃ちにたまらず辻斬り魔は防戦一方に後退る。2人の合わさる剣は白銀の蝶がひらひらと舞い乱れているようにも見えた。
「 犬どもを2人に近づけるな 」
御国の声に僕たちの外周に弧の陣形に展開した野犬の群れに向き直る。形成逆転である、辻斬り魔は厄病女神に任せて我々は野犬にだけ集中すればいい。
特殊警棒をベルトに挿しリボルバーに持ち替える、野犬の眉間に狙いを定め引き鉄を弾く、ドサリと野犬はスモークの立ち込めた地面に転がるが間髪入れずに起き上がり活動を再開する。五月雨の言葉通り本当に死なないのか、そんなバカな。国神は深雪は人である以上殺せると言ったではないか、ならば山犬も犬である以上殺せるはずなのだ。しかしなぜ、これでは弾が持たない。
「 おい 女神 この犬死なないんだけど 」
五月雨がたまらず大声を上げる。
「 首よ 首を落としなさい雫 てか邪魔しないでよね こっちも忙しいのよ バカ 」
振り向きもせずに彼女が答えた。
「 だそうです 」
「 だそうですっつぅたって銃と警棒じゃ首は切れねぇよ 斑咲 ナイフ持ってたよな 」
「 無理ですよイチミンさん ナイフじゃ押さえ付けないと そんな余裕ありませんよ 」
飛びかかってくる野犬を相手にしながら大声で答える。辻斬り魔にもそうだが現代で銃がこれほどの無力だとは思わなかった。時折視界に入る辻斬り魔と厄病女神は先程の激しい打ち合いから今は剣を構え睨み合いへと移行していた。厄病女神の構えは僕の知る剣道の構えに近いように思える。
「 くっそぉ こんなことしてる場合じゃないのに 」
五月雨がイラついている。
辻斬り事件再開前に瑠衣と3人で事前準備している時のことだ。
「 ねえねえルイちゃん 僕 トワ君とペアなんだけど何か注意点ある トワ君イマイチ分かんないだよね 」
「 キュートな見た目と影の薄い無気力背後霊感に騙されちゃダメよシズク君 イチミンと部局長の話じゃスイッチが入ると相当無茶するらしいわ 暴走マシーンと思っといた方がいいわよ 」
「 やっぱそうなんだ 何か危険な香りはしてたんだよね 」
「 あのぉ そういう話は僕のいないとこでしてもらえませんか 」
「 あら いたのトワ君 」
「 いたのじゃなくって 無気力背後霊って何だよ 」
「 ところでシズク君は厄病女神の事好きなんでしょ 」
「 なッ なッ な 突然何言ってんのかなルイちゃんは 」
「 うわっ わっかりやす 」
「 ち 違うよ ただ彼女には命を助けられたんだ 僕がヘマやって殆ど死ぬ瞬間にね しかし彼女は僕の能力の所為で瞬間移動が出来ずに逆に重傷を負っちゃって 抱き上げた彼女はとっても軽くて柔らかくて温かい普通の女の子だった 僕には借りがあるんだ 命という借りがね だから彼女はなんとしても僕が止める そう誓ったんだよ なのに……
「 若いっていいなぁ トワ君も少しは見習いなさいよ 」
「 いやいや ルイが1番若いでしょ でもシズクさん 僕もあの時彼女が現れなければ死んでました 今回の上の判断には何か違和感を感じます 公安は彼女を始末しないといけない理由が何かあるんですか 」
「 あっ そこ首突っ込んじゃダメって部局長に言われたでしょトワ君 部局長がそう言うんだから何かあるに決まってるじゃない 」
「 やっぱりそうだよね 」
「 公安には闇の部分が多いからね どうもそっちにも彼女は関わってしまったらしいんだ クリスさんに調べてもらったんだけどね ただ僕たちにも詳しいことは何一つわからないんだ もしかしたら隊長は何か知ってるかもだけど 教えてくれるわけないし 知ったところでどうすることも出来ないしね 」
「 それでシズク君はどうしたいの 」
「 どうするもこうするも何も出来ないよ 僕なんか単なる組織の末端の兵隊に過ぎない いくら僕が逆らったってどうにかなる問題じゃない それは例え隊長だって同じだろう 」
ケースはかなり違うが僕の置かれた現状とつい重ねて考えてしまう、自身ではどうする事も出来ない歯痒さに身を焼かれる感覚。
「 でも シズクさんの超能力だと瞬間移動が使えないんでしょ それなら厄病女神は現れないんじゃないんですか 」
「 僕の前では発動出来ないってだけで僕の前以外で発動してれば現れることは出来るんだ 僕自身仕組みがよくわからないんだけどね もし僕がコントロールすることが出来ればいいんだけど 本当役立たずな能力だよ 」
「 そっか シズク君がコントロール出来たら彼女を逃すことが出来るもんね どうにかなんないのトワ君 」
「 えぇぇっ 僕? さすがに超能力のことは分からないよ 超能力者の知り合いもいないしね あっ 」
「 何よ あっ て 」
「 いや 魔境の人たちならそんなことにも詳しいんじゃないのかなって 」
「 そっか その手があったか トワ君ナイス 」
「 魔境ってもしかしてセブンスマート 確かに三刀さんなら詳しいかもね でも あそこには許可なく近づけないからなあ ゲンさんのルートからならなんとかなるかもな ありがとうルイちゃんトワ君 なんかやる気が出て来たよ 」
それっきり、人目があるのでその話はされる事は無かった、五月雨は魔境の人間と連絡を取ることは出来たのだろうか、何らかの打開策を得る事が出来たのだろうか、それともただ時間だけが経過してしまったのか。
とにかく早くこの野犬の群れを片付けないと、狙撃の準備が整ってしまう、あと5分といったところか。
と、突然バイクの音が近づいて来た、非常線はどうなっている、僕たちと狙撃班以外半径100m圏内に人は入れないはずだ。
「 トワ これを使え 」
20m程手前で停車したバイクに跨がる黒のフルフェイスの男がこちらに何かを投げた。
「 砂叉丸か 」
聞き覚えのある特徴的な声と言い回しに思わずその名を口にする。バイクの黒い男は即座にUターンしその場を後にした。投げられたモノは僕の足下に突き刺さっている、それは3mくらいの黒い棒の先に鎌状の穂先の付いた槍のようなモノだった。
「 斑咲 何だそれは 」
「 判りません 部局長 でもこれなら 」
槍を地面から抜き そのままの遠心力で野犬に振り下ろす。キャン。ザクリという手ごたえと共に野犬の首がスッパリと切断された、なんという斬れ味だ。分断された胴と首はさすがに動かない。
「 いけます 離れてください 」
そう言って 槍を両手で握りしめ振り回した。高校の部活時代、倉庫に薙刀の練習刀があったので部員同士でふざけて遊んでいた記憶があるのでこの様な長い棒状のモノを振り回すのは初めてという訳ではない、そして少し前にコンビニ店内でモップを自在に振り回していたまひるの姿を思い出し参考にする。
「 よし 斑咲の援護をしろ 頭を撃ち抜けば動きは数秒は止められる 」
御国の声に全員が陣形を作る、目的がはっきりとわかれば瞬時に最適解を導き出せるメンバーである、チームとして機能すれば心強い。
瑠衣と真桑が中距離から野犬の群れの自由な動きを封じる、御国と曳井と五月雨が近距離で野犬の連携を崩し一匹を孤立させ動きを止める、そして僕が首を刈る。上からよりも下から刈り上げる方が上手くいくことに3匹目で気付いた。
十数匹いた野犬の最後の首がゴロリと転がった。
「 女神 急げ 狙撃が始まる 」
五月雨が叫ぶ。
「 狙撃 そういうこと それで五月雨雫がいるのね いいわ 終わらせましょう 」
厄病女神がタンと前へ踏み込む、辻斬り魔がぬらりと前へ倒れ込む。辻斬り魔は地面スレスレに加速して剣が斜め上へとギラリと振り上げられた、その瞬間女神の体は中空でスピンして体に巻き付く竜巻のような斬撃を振り下ろす。剣が交わる瞬間、疾風がスモークを巻き込み弾け散る、金属音と共に青いイナズマが走る、振り上げられた剣と振り下ろされた剣が同時にカチャリと切り返された、着地した女神と起き上がった深雪の体が殆ど重なった瞬間、血しぶきが吹き上がる。ぐにゃりと膝を着いたのは深雪であった。
「 狙撃が来るぞ 飛べ 厄病女神 」
そう叫ぶと五月雨雫は電子ガンの銃身を自身のコメカミに当て撃ち抜いた。
( この時五月雨雫は刹那の夢を見た、静止した青白い時間の中厄病女神がキラキラと凍りついた時間を砕きながら凍結した雫の前までやって来た。返り血を浴びた女神の顔は可愛らしくも美しくも見えた。「 バカなひと こんなことして死刑になるわよ でもこれでチャラにしてあげる 本当は貸しは身体でたっぷり返してもらうつもりだったんだけど残念だわ じゃあまたね雫 」凍結した雫の唇に彼女の柔らかい唇と舌先が触れた、それは血の味のするキスだった。)
「 伏せろ 被弾するぞ 」
御国の声に全員地面に身を出来るだけ低くする、ヒュンヒュンと風を裂く音が空気を震わせる、配置された狙撃手による狙撃だ。五月雨はどうなった、銃で自分の頭を撃ったように見えたが、しかし形状と発砲音から通常の銃では無いように思える、厄病女神に瞬間移動させる為の何らかの手段を講じたものと思いたい。
数秒後に狙撃音が鳴り止んだ。
「 もう大丈夫だ 辻斬り犯を至急確保するぞ まだ油断するな 」
顔を上げると銃を構えた御国と曳井が地面に横たわる辻斬り魔に駆け寄り用心深く状況を確認していた。
「 頭部に三発食らってるな その前に厄病女神に頸動脈を斬られてる 傷は頸椎にまで達している 本来ならこの時点で絶命だ だが山犬の件もある平成ノ宮で準備してもらった手錠脚錠首錠を掛けるぞ ルイ 持って来てくれ 斑咲 何呆けている 」
御国に言われても意識が集中しない、厄病女神の身体はどこにも見当たらないようだ、五月雨を見ると地面に突っ伏しており真桑が動かない五月雨に手錠を掛けていた。
「 真桑さん 何してるんですか 」
「 見りゃわかんだろ 逮捕してんだよ 死んじゃいねぇよ おそらく仮死状態だ 何をしやがった このバカは 」
「 何も手錠をしなくても 」
「 黙れ これは俺ら公安の問題だ 口出しするな 」
「 斑咲 ほっとけ 俺らには無関係だ それより深雪と山犬の死体は俺らの管轄だ さっさと回収するぞ 」
曳井に言われ集中出来ないまま山犬の死体の回収作業に当たる、警察車両も続々と集まり始め辺りが喧騒としてきた。まるで事件現場のように。