第17話 明けぬ夜
「 今日はイケますかねえ 」
「 こればかりは でももう3日目だからこれでスカしたら全体のモチベが落ちちゃうよね 今日が山場といったとこかも 」
「 ですよね ところでシズクさんはどうして公安に 」
僕と五月雨雫は警察官の運転するパトカーで都内のルートを巡回中であった。辻斬りが再開されてすでに3日が過ぎていた、やはり そうそう都合よくはいかずに後手を踏むばかりだ、先日は巡回警備中の警察官2名により一時的に捕捉はしたのだが僕らの到着が間に合わずに一番乗りした御国が目にしたのは被害者と2名の警察官の死体であった。僕たちは御国矢白 真桑クリステン 曳井瑠衣 僕と五月雨の4班に分かれ犯行が行われたら即座に現場に急行出来るように都内巡回ルートをパトカーで高速移動する毎日である。
五月雨は僕より一つ年上であった。
「 本当はさあ交番のお巡りさんに子供の頃から憧れてたんだけどさ うまくいかないもんだね 適性検査に引っかかっちゃって まさか自分がエスパーだなんて夢にも思わなかったよ それで対エスパー要員として2年前ハム特に送り込まれたってわけさ トワ君は 」
「 僕は最近陸軍から配属になったばかりです 」
「 そっか でも外Qはいいよね 」
「 そうですか 」
「 だってルイちゃん優しいし可愛いじゃん ウチのクリスさんなんて前世は鬼の生まれ変わりだよ絶対 ゲンさんと隊長はあんなだし 同年代の話し相手がいるだけで羨ましいよ しかも可愛い女の子なんだもん 」
ハム特と合同捜査が決まってから歳が近いこともあってか僕と瑠衣と五月雨は何かと共に行動する機会が多くなっていた。
「 気になってたんですけどどうして班長じゃなくて隊長なんです 」
「 元特別機動隊隊長らしいよ その辺は話したがらないからあんまし知らないんだけどね 」
ツジギリジケンハッセイ バショハ メトロヨツヤサンチョウメ イチバンデグチ
車内に濁った警察無線が鳴り響く。
「 キタか 」
「 近いです お願いします 」
運転している制服警官に告げる。けたたましいサイレンを鳴らし猛スピードで現場に向かいながら他の班の位置をタブレットで確認するがやはり僕達が1番近いようだ、間に合うか。
5分程で現場付近に到着した。
「 シズクさん ナビ頼みます 」
「 了解 」
僕は対辻斬り犯用に御国があつらえた1m程の特殊警棒を手にパトカーから踊り出る、どこだ。
「 トワ君 右だ 50m先だ 」
インカムを装着した五月雨が後方より指示を出す。右へ折れ即座にダッシュする、見えた、拳銃を構えた警察官が2名、その先20m程にそれはいた。
「 対策班です 下がってください 」
警察官に叫びながらスピードに乗ったまま三段跳びの要領で警棒を振りかざし虚ろに佇む抜き身の刀を手にした辻斬り魔に突っ込んだ。
「 トワ君 無茶するな 」
五月雨が叫ぶ、分かっている、だがダメだ、ここで捕り逃がせば次は無い、死んでも足止めにしなければ、それが僕の任務なのだから。
目の前で青い火花が散った瞬間 バランスを崩しつんのめる。包帯巻きの辻斬り魔は斜めに振り上げた刀で僕の振り下ろした警棒を弾いたのだ。包帯の間から覗くギラついた眼だけが僕を不思議そうに凝視する。
なんとか膝をつくのを堪え体制を立て直そうとするがそんなの待ってくれはしない、振り上がった刀を瞬時に振り下ろす。
カン。乾いた金属音と共に赤い閃光が周囲を包み込む、五月雨の撃った閃光弾だ。辻斬り魔目掛けて撃たれた閃光弾は僕に振り下ろしかけた刀にいとも容易く弾かれるがその場で光が放たれた。続けて五月雨は空に向け3発の信号弾を撃ち上げる。辺り一帯がパッと白昼のように白けた色に染まる。眩しさに目のくらんだ僕は背後から抱えられ後退する。
「 トワ君 無茶し過ぎだ 目 大丈夫 他に手を思いつかなくてごめん 」
視界は白と黒でチカチカしているがそんな事言ってられない。
「 ヤツは 」
「 ダメだ こっちを見てる 」
「 気を付けてください ヤツの射程は一歩踏み出すことで5m以上になります 10m以内は危険領域です 」
「 わかった 1番近くの曳井さんたちが5分ほどで到着だ 警官たちは地区封鎖に向かった 僕らの当面のミッションは5分間 こいつの足止めだ 」
「 了解です もう視界は大丈夫です 」
まだいくつかの黒い点とプリズムのように色が分離して見えているが問題無いだろう。
「 僕が勝負を挑みます サポートお願いします 」
「 また無茶な 」
「 これでも剣道有段者ですよ 負けない闘いに徹すれば5分くらいは なんとかします それじゃあ行って来ます 」
「 おいおい 」
五月雨の手をすり抜け再び前へ出る。
「 勝負 」
特殊警棒を剣道の竹刀のように構えて辻斬り魔と対峙する、距離は10m。
「 うふふ 」
彼女の見えない口もとがニタリと笑う。
女がユラリと揺らめいた。来る。
低い姿勢で鞭を振るうように女の斬撃が襲いかかる、10mの距離が一瞬で詰められた。女は一見バランス感覚と重力を無視したような動きに見えるが実は伸ばした左腕で上手くバランスをとっているようだ、必ず左腕が宙を掴むように動いている。この挙動を見極めればある程度の動きは……
ガシン。警棒に左の肘をあてどうにか斬撃を受け止める、が、次が来る。初撃こそ受け切れてもやはりその先が続かない。
パンパンパンパンパン。五月雨が少し離れた場所から拳銃で援護する。これには堪らず女はケモノのように後ろに飛び下がる。と同時に五月雨に向かおうとする女の動きに五月雨は大きく後退する。女は留まり僕を睨み付けた。勝負を挑んでおきながら1VS1ではないことに女を怒らせてしまったのだろうか、しかし僕らにはこれしか手は無いのだ。五月雨は常に周囲を走りながら移動を開始した。瞬時に五月雨の意図を理解する。僕は辻斬り魔に五月雨を攻撃させないようにすればいいんだ、そして五月雨は逆に僕を攻撃させないように拳銃での援護に徹する。それでも先程のように初撃はすべて僕1人でしのぎきることが条件になるのだが。
僕は再び警棒を中段に構えた。彼女は隙あらば必ず邪魔な五月雨を先に始末に出るはずだ、それは絶対にやらせてはならない。あと何回受け切れる。
女はゆっくり僕に首を傾けた。来るぞ。
ヴゥゥゥゥッ。
突然目の前に3匹の灰色の大きな野犬が割り込んで来た。
パンパンパン。背後で五月雨の銃声が響く。おそらく彼の前にも現れているのだろう。もっとも懸念していた事の一つが起きてしまった。最近都内で度々出現情報の上がっていた刻印の山犬の登場である、やはり夕星深雪と関わりがあることが確定してしまった、しかも最悪の状況下で。
野犬は今にも飛びかかって来るように唸りながら僕を睨みつけ距離をゆっくり詰めて来る、女はその奥で相変わらず揺らめいている。
どうする、これではこちらから踏み込むことが出来ない。
タタタタン タタタタタタタタン。
キャン。
1匹の野犬が吹き飛ぶ。
「 トワ君お待たせ 」
自動小銃を抱えた川上瑠衣が30m程離れた脇道に立っていた。更に野犬に向け掃射する。
パンパンパンパンパンパンパン。
女の後方から曳井一見が拳銃を撃ちながら近づいて来た。しかし女はこれを刀の刀身で全て弾いてみせる。
「 バケモノかよこいつは 斑咲 どんな具合だ 」
「 初撃に対処するだけで精一杯です まだ生きてるのはまぐれだと思います シズクさんがいなければ2回は死んでました 」
「 この犬ッコロどもはどこから湧いて出たんだ 」
「 わかりません しかし……
ヴゥゥゥゥゥゥゥッ。
更に10匹程の野犬が低く唸りながら現れた。
「 ちッ 何匹いやがんだ ルイ 少し待て おまえは五月雨と合流して 犬の動きに警戒注意だ 」
「 了解 」
「 斑咲 どう思う 」
曳井がぐるっと回り込んでこちらに来た。
「 女は今のとこ逃げる気配はありません そうなら野犬が現れた段階で逃げられたはずです 」
「 部局長の読み通りか こちらが少数なら逃げはしない 舐められたもんだな 狙撃手の配置にはまだ時間がかかる とにかくまだ足止めにせないかんのだが犬が邪魔すぎるぞ 」
「 僕がもう一度アタックを 」
「 ダメだ 犬がいる以上援護に集中出来ん 無駄死にするだけだ 」
カランカラン。
数本の金属の筒が野犬らの足下に転がった。
「 発煙筒か 」
筒から白煙がモクモクと湧き上がり低く垂れ込めていく。山犬達は戸惑いながら足下を気にしているようだ。
「 上出来だ この調子であと15分頑張るぞ 」
「 部局長 15分すか 」
御国の声が背後から聞こえた。警戒を解くわけにはいかずに振り向けないがどうやら真桑もいるようだ。矢白とクリステンはすでに地区封鎖の方に回ったのだろう。
「 で 御国さん どうすんよ 」
真桑の声が聞こえた。
「 五月雨君 照明弾をもう3発撃っといてくれ 」
「 はい 」
「 来るか来んかわからんヤツを当てにしても仕方ない 俺らで足止めするしかあるまい 真桑さんはルイと五月雨君を指揮して後方支援を イチミン 斑咲 辻斬り魔へのアタックを繰り返すぞ 1人は死ぬのは想定内だ倒れても気に留めるな 」
「 はい 」
「 了解 」
「 僕も行きます トワ君との戦闘を見てヤツの動きはだいたいわかりました 行かせてください 隊長 いいでしょう 」
「 好きにしろ 御国さん こいつも捨て駒に使ってくれ 」
「 了解した なら俺とイチミン 斑咲と五月雨君で交互にアタックを仕掛ける 空いた方は山犬に対処しろ 」
「 了解です 」
「 行くぞ 」
御国の声と共に一斉に踏み出す。同時に野犬たちが襲いかかる。
至近距離から御国と曳井が野犬に向け発砲し2匹がドサリと地面に落ちた、後方から瑠衣と真桑がライフルで野犬を狙い撃つ、その隙を縫って女目掛けてアタックを仕掛ける、五月雨は僕の後方で狙いを定める。女の身体がユラリと沈み込み垂れ込めたスモークを巻き上げながらグインとこちらに伸びて来た。五月雨が発砲する。僕は振り上げた警棒を力一杯振り下ろす、女は五月雨の銃弾を難なく躱し低い姿勢で剣を横に払って来た、このままでは膝から下が持っていかれる、構うものか このまま女の脳天目掛けて振り下ろしてやる。クルリと女の上半身が上向に反転した、なんでこんな動きが出来るんだ、横に払われたはずの刃が真上に突き上がる、
「 あはっ 」
女が笑った。
「 退がれ斑咲 」
曳井が横から僕をタックルで弾き飛ばし真上に剣を突き上げた女に乱射する、飛び込んできた野犬が曳井の拳銃を構えた右手にかぶりついた。
ドン。
後方からのライフルの銃弾が野犬を打ち抜く。
「 もっと間隔を開けて 支援できないわ 」
瑠衣の声が響く。
「 イチミン 大丈夫か 」
「 部局長問題ないっす それより斑咲 無茶するな 」
「 すみません 」
「 しかし 犬の数が減らんぞ 」
「 曳井さん この犬死んでませんよ 5、6頭はやったはずなのに死体がありません 」
五月雨の言う通りスモークが垂れ込め見えにくいが犬の死体らしきものが見当たらない。先程から後方から真桑と瑠衣も犬をライフルで狙い撃っているようだから既に10頭以上仕留めてないとおかしいはずだ。
女を中心に野犬たちは僕らの外側をグルグル回り始めた。
「 まずいな もしかしたらサークルの中に誘い込まれたのかもしれんな これじゃあアタックどころじゃないじゃないか 」
スモークが野犬の動きに流れ渦を巻き始める。
「 うふふ あはは 」
女が笑う。
その時。
キン。
鉄がぶつかる音と共に青白い火花が光る。
キンキンキンキン。
更に刃が重なり音と火花が舞い散る。
「 またあなた達 しかも五月雨雫まで 今度は邪魔しないでよね さあ 辻斬り魔さん 遊びましょ 」
「 ……厄病女神 」