第16話 公安特事班
「 どうしたルイ 酷いツラして 」
「 スンマソン部局長 二日酔いッす 薬飲んだから昼までには復活します 」
「 斑咲 資料整理を手伝ってやれ 午後は公安と合同会議だぞ 」
「 はい 」
御国に言われぐったりした瑠衣のデスクを手伝うことになる。
「 ねぇねぇ トワ君 あんだけ飲んでよく平気だねえ 私 昨日の後半の記憶があんまし無いんだけど 」
「 ……僕も所々抜け落ちてて……なんとなくぼんやりとしか覚えて無いんだ ルイをマンションまで送って行ったような気はするんだけど……
「 そっか トワ君も覚えてないんだ ならよかった 」
何が良かったのだろうか、手を繋いでキスをした事を覚えて無い事だろうか、いや 感の鋭い瑠衣なら今の僕の曖昧でしどろもどろな受け答えから僕が薄っすらとではあるが覚えている事は勘付いたはずである、おそらく瑠衣も同じなんだろう、ハッキリとではないがおぼろげな記憶、確定はしたくはないが無かった事にもしたくはない記憶、それは2人の内側にだけに身を潜めた大切な記憶、その感覚を共有している事を確認したかったんだろう、そして僕も。
午後から霞ヶ関のオフィスビルの会議室で公安警察の人間と極秘の会議が設けられた。
「 まず 自己紹介しておく 我々は警視庁警備局公安部所属特殊事例対策班 公安特事班と覚えてくれ 公的には君ら外Qと同じようなものだ まあFBIのXファイル課みたいなもんだな 普段はやる事なくて雑用ばかり回される公安の厄介者の掃き溜めだ 今回の連続通り魔事件の犯人が人で無い可能性があるとの君らの報告から我々が特務招集されたわけだ 」
そう早口に説明する30代くらいの男性はヨレヨレのスーツに寝グセ頭というウチに負けず劣らずの曲者感がハンパない、他のメンバーは男性2名と女性1名でウチと同じ構成である、外Q同様少数精鋭なのが伺える、やはり極秘裏の組織は人数を増やすとどうしても管理が不十分になり情報が漏洩する危険性が高まる故であろう。
「 資料は読ませてもらった だいたい予想はしていたが余裕で上回ってきたから正直降ろさせてもらいたいよ 外Qだけでやってくんないかなあ 」
「 それはこっちのセリフだ 殺人犯を捕まえるのは本来警察の仕事だろ 宮内庁の仕事じゃないぞ 」
「 神様絡みはオバQの仕事だろ 」
「 事件は事件だ 相手が誰だろうと警察の管轄だ その為の貴様らハムソーセージだろ 」
「 あぁぁ 何だと 」
「 たんまたんま 部局長 何喧嘩売ってるんですか ハムソーセージはまずいですよ せめて魚肉ソーセージくらいにしとかないと 」
「 ちょっと待て 貴様元公安のヒイだよな 何が魚肉ソーセージだよ ハムの字無くなってるじゃにゃいか 」
「 隊長 何大事なとこで噛んでんですか にゃいかじゃにゃいですよ 隊長がそんなだからいつも舐められるんですよ だいたい隊長がオバQなんて馬鹿にするから怒らせたんでしょ 」
これは何かの儀式なんだろうか、これから協力して事件にあたる初顔合わせの席でいきなりトップ同士が喧嘩を始めるなんて、まあ独立組織同士お互い初顔合わせの席で牽制しあう事はよくある事なのだろうがいささかレベルが低過ぎるように思える。オバQと魚肉ソーセージって、ちなみに公安の公の字を縦読みするとカタカナでハムになる。
今、隊長と呼ばれる人物を叱っているのは いかにも怖い婦警さんと言った感じの銀縁メガネをかけ髪を一まとめにした20代後半のキャリア感プンプンの女性である。他の面子は50代くらいの叩き上げの刑事っぽいよれっとしたオッさんと僕と同じくらいの精悍な顔付きの若者だ。
「 それより自己紹介するんじゃなかったんです 」
「 そうか 忘れてた 俺は隊長の真桑長次だ こっちはクリスとゲンさんと五月雨だ 」
「 もぉう ちゃんとしてください 私は前園クリステンです 」
「 矢白弦白です 」
「 あっ五月雨雫です 」
「 私は部局長の御国鷹虎だ 」
「 川上瑠衣です 」
「 曳井一見だ 」
「 斑咲トワです 」
「 まあ悪かった 一旦落ち着いてから話しをしよう ルイ みんなのコーヒーを淹れてくれ 」
「 うわっ セクハラだ トワ君手伝いなさい 」
「 はいはい 」
それからテーブルを移動させて公安特事班 通称ハム特と向かい合わせに席に着いた。
「 それで 情報の信憑性は 」
「 30パーと言ったところかな 」
真桑の言葉に御国が答える。
「 30パーって あのなあ 」
「 たんま隊長 こんなわけのわからない話で信憑性が30オーバーなんて異常なんですよ 多分低く見積もってるだろうから本当のとこ70以上ですよね 御国部局長 」
「 まあ私らにも資料に書けない事があるからな その辺は察して欲しい そこを差し引いての30パーだ 」
どうやらハム特のブレインは真桑を黙らせた前園クリステンのようだ、しかしこの女性、まるっきり見た目日本人なのだが名前からハーフかクォーターなのだろうか。
「 で 情報の出所は 」
「 平成ノ宮と宮内庁の蔵書と百目奇譚だ 」
再び真桑と御国が仕切り直して会話を始める。
「 ありゃりゃ 百目が絡んでんのか まあこの手の話の専門だわな 」
「 おたくらも仕事がら百目とは面識があるんだろう 」
「 ああ 訳の分からん事件の時は協力してもらうことはある ウチのゲンさんは三刀小夜とは古い馴染みだからな 」
「 おう 小夜ちゃんとはあの娘が10代で旧渋谷でデンジャークイーンと呼ばれてた頃からの付き合いだよ お互い腐れ縁ってやつだな 」
「 なんだよデンジャークイーンって 」
どうやら曳井は三刀小夜にかなりのアレルギーがあるみたいだ、またぶっ飛ばされたいか とか言われてたから実際にデンジャークイーンにぶっ飛ばされたんだろう。
「 もしかして公安の情報を三刀に流してるの矢白さんじゃないですよね 」
「 ギクリ 御国さん 何を言っているのやら 」
「 オイオイ ゲンさん そうにゃのか 」
「 隊長 いい加減にしなさい これから毎日 な行の復唱1000回やらせますよ 」
またクリステンに怒られた。
「 ……話しを進めよう それで 犯人遭遇の時 厄病女神の介入をなんで警察に隠してた 」
「 あの状況下で言えるわけないだろ そもそもウチは厄病女神なる存在を知らなかったんだからな あれ以上警察を混乱させる訳にはいかんかったんだ 」
「 まあ そうなるか 」
「 彼女はハム特の担当らしいじゃないか 」
「 別にウチの担当じゃねぇよ あれは五月雨の担当だ 」
「 はぁ 何 僕に押し付けてんですか 」
「 おまえが接触が1番多いだろうが 」
「 そうですけど だからと言って勝手に僕の担当にしないでください 」
「 別に誰の担当でもいいから 彼女について説明してくれないか 我々は彼女の情報が欲しいんだ 」
「 ……彼女は俗に言う超能力者だと思われます 瞬間移動を使用します 突然現れ突然消える とにかく厄介な事件に首を突っ込んで来て引っ掻き回すトラブルメーカーです 彼女が絡むとろくな事はありません それでも事件の解決に一役かっているのも事実ではあります 解決不可能と思われる事件も彼女の介入で最悪の形で解決することがしばしばです 基本 武器を持たない者を傷付けることはありません 刀でぶん殴る程度です しかし武器を持ち刃向かう者には容赦はありません 好んで命を取ることはしませんが必要ならば躊躇しないでしょう 少女を拉致監禁し散々レイプした後海外に売り飛ばしていたグループはその場にいた少女にどうして欲しいと聞き 少女の全員殺して欲しいと言う一言で躊躇なく皆殺しにしています 彼女に法と言うものは存在しません 自身のルールにのみ従って行動するものと思われます 」
五月雨の話に昨日の瑠衣の話が脳裏をよぎる、複数の男性にレイプされた話。もし その場に厄病女神が現れたら瑠衣は全員殺してくれと頼むのだろうか、もし 僕が頼まれたら僕はどうするのだろうか、瑠衣の為にそいつらを皆殺しにすることが出来るんだろうか。
「 それで御国さん 本題だ 作戦とやらをそろそろ説明してくれんか 」
「 いいだろう 辻斬り魔に厄病女神をぶつける 辻斬り魔は必ず厄病女神と勝負する 前回の現場と300年前の事件でそれは確認済みだ 目には目を刃には刃を 毒をもって毒を制すってやつだ 」
「 そんなに都合よくいかんだろう 前回はたまたま都合よく2人とも現れただけじゃないか 特に辻斬り魔が何処に現れるか分からん以上計画の立てようがないぞ 」
「 そこは警察の人海戦術に頼るしかない 辻斬りの犠牲者が出るのはもはや想定内だ 目的はあくまで辻斬り魔の捕捉と足止めだ それを最小限のウチとハム特でやる 」
「 つまり辻斬り事件が発生したら辻斬り魔を捕捉して俺らで足止めするってことか 」
「 ああ しかも出来るだけ派手にな 確保が目的でなければ出来るはずだ まあ2、3人死ぬかもだが これは仕方ないだろう そして厄病女神を誘い出す 」
「 滅茶苦茶な作戦だな だが 上手くいったとしてもどっちが勝つかわからんぞ そりゃ女神は強いが辻斬り魔も相当強いんだろ 」
「 辻斬り魔と厄病女神がやり合ってる間に狙撃部隊を配備して遠隔多方面より生き残った方を狙い撃つ 万が一に備え軍に要請して弾薬も準備しておく 最悪クラスター爆弾の使用も念頭に置いてな 」
「 爆弾って戦争かよ 」
「 戦争だよ 相手はもはや単なる犯罪者じゃないんだからな 」
「 ちッ これだから軍属上がりはよう 」
「 待ってください 気になる部分があります 生き残った方をって 厄病女神が勝てば問題ないじゃないですか なんで加勢してもらう厄病女神まで駆逐対象なんですか 」
「 五月雨君 我々外部部局の目的はあくまで辻斬り魔だ 厄病女神の方は貴様ら公安上層部の判断だぞ 勘違いしないでくれ 」
「 五月雨 どうあれヤツは重犯罪者だ 確保が不可能であるのなら射殺が鉄則だろう 上の判断ならそれは仕方ない 」
「 隊長までそんな 納得出来ません 辻斬り犯の処理に都合よく利用しておいて役目が終われば殺処分だなんて僕には納得出来ません それなら初めから利用なんかしないでください 彼女は必ず僕が捕まえます 」
「 五月雨君 外Qの人達の前で聞き分けの無い恥ずかしい真似はよしなさい これは私達公安の問題でしょ 後でいくらでも聞いてあげるから今は口を慎みなさい 」
クリステンが興奮気味の五月雨をこの場はいさめようとする。
「 …… 」
「 ちょっちいいっすか 」
「 なんだルイ 」
「 厄病女神って瞬間移動のエスパーなんですよねえ なら狙撃しても爆撃しても逃げられるじゃないですか 」
「 彼女の能力はある条件下では発動しません 」
「 その条件下とはなんぞやシズク君 」
「 ……僕が近くにいる時 」
「 ありゃま その理由は 」
「 僕もエスパーなんです エスパー封じのエスパーなんです 」
「 んで その事を公安上層部も知っているってわけね なんでハム特が出て来たのか疑問だったけど納得出来たわ 作戦自体はウチと特殊部隊でも問題無いはずだからね 公安はウチの作戦に便乗しての厄病女神の排除が目的か 」
「 おいルイ あまり詮索するな ウチとは関わり無い事だ 俺達は辻斬り事件を1日でも早く解決する ただそれだけだ 」
「 はぁぁい 」
話が複雑になってきた、御国が立てた計画は次以降の辻斬り魔の犯行を阻止する事はあきらめ都内各所に単独の警察官を配置して警戒網を密にし犯行後に迅速に犯人を捕捉するというものである、もし犯人を捕捉出来たら犯人との僅かながらでも戦闘経験のある僕達外Qが現場に急行して捕獲では無く足止めに徹する、しかも催涙弾や信号弾や閃光弾を用い出来るだけ派手に目立つように行う、そして前回同様彼女が現れることに期待する、その名は厄病女神。こちらが邪魔さえしなければ辻斬り魔と厄病女神は勝負すると賭けたのだ。もし厄病女神が勝てばそれでよし、辻斬り事件は解決だ。もし辻斬り魔が勝った場合その間に配置した狙撃手により狙撃する、狙撃手は30名以上用意するとのことだ、いくら人間ばなれした動きをする辻斬り魔でも30人から狙い撃たれたら防ぎようは無いだろう、最悪の場合は軍事兵器も投入するつもりらしい。問題は足止めする我々が3人しかいない事である。瑠衣もそれなりに戦闘経験はこなしてるらしいが初対面で辻斬り魔の動きには対処出来ないだろう、サポートに徹してもらうしかない、前回の経験から大人数で囲むと逆に切り崩されてしまう危険性から10人以下というのが条件だ、しかしいくらなんでも3人は少な過ぎる、最低でも前線5人プラスサポート数人は必要だろう、そこで手を上げたのが警察公安部の特殊部隊であるハム特なのだ。しかし公安はこの機会に厄病女神も一緒に始末してしまいたいらしいのだ。最初御国は目的が二分してしまう危険性から反対したらしいのだが大量の人員を投入する警察側に力負けしたらしい。
二兎を追う者は一兎をも得ずにならなければ良いのだが。
そして、犯行は再開された。