第15話 甘く微かな記憶
「 夕星深雪はやはり処刑されて無いのか 」
三刀小夜の言葉を受けて御国が言った。
やはりと付け加えたのはもはや同一犯と認めているからなのだろう。
「 確定は出来ないがな 公開処刑が延期になり非公開で行われたとなっているがそれ以外の記録が無いんだ 墓らしきものも存在して無い あれだけ世間を騒がせたんだ 何も残ってないと言うのは異様だよ 」
「 国神もその時は都から雲隠れしていて知らないらしいからな 」
「 その頃 宮でかなり大掛かりな神事が執り行われている これはあくまで推測だが深雪の祟りを怖れて陰陽道の者らによる祟り封じの儀を行なったのではないかと思われるのだ この時 平安時代に流刑になったとされる瀬戸内の鼠仔猫島の陰陽道玖津和一門の玖津和道悊まで呼び寄せられている 」
「 それで深雪は 」
「 わからん わからんが国神の話から二重人格の深雪の人である夕星深雪の人格さえ封じれば災厄が治るのならそうした可能性は高いんじゃないのか そして残った深雪は神だ 触らぬ神に祟りなし 怖れているなら殺したりはしないだろう 人と神との間で交わされるのは契約だけらしいから何かしらの契約を交わしたのかも知れんな 」
「 うぅぅん 推測の域を越える事実は出て来ませんか やはり300年前の事件からの解決策は無理そうだな 」
「 あのぅ いいですか 」
「 なんだツク 」
「 得体の知れないとこばかりに気を取られて一番肝心な部分が抜けてますよ 」
「 一番肝心な部分 それは何だ 」
「 どうやって辻斬り犯を捕まえたかですよ 犯人が神様だろうが亡霊だろうが捕まえればいいんでしょ そして奉行所は実際捕まえてるじゃないですか 」
「 そうか ツク 賢いな 犯人の異様性に気を取られ過ぎて根本を見逃すとこだったな それなら奉行所の資料も残っているかもしれんしな 」
「 サヤさんが教授と公文書の調査を寝ずにやってる間にウミさんと民間に残る資料は調べてみましたよ ね ウミさん 」
「 まかせるっスよ 」
「 そうなのか なんかズルいぞ 」
「 ズルくないです 」
「 それで月夜さん 海乃君 何か判ったのか 」
「 えへん ウミさん どうぞ 」
「 では 捕まえたのは京都東町奉行所与力 山岡慈水とされています この時 京の町では東西奉行所総動員で厳戒体制が敷かれておりました この日も山岡は町の小料理屋で一杯ひっかけていたところ……
「 ちょっと待て海乃君 話がおかしくないか 厳戒体制下で何で奉行所の与力が一杯ひっかけてるんだ 」
「 この山岡慈水なる人物 勤務態度の方はあまりよろしくなかったようで まあ常習のサボりですよ しかし腕は滅法立つらしく奉行所随一と有名だったらしいです この日も隙を見てサボってたんでしょう すると外から呼子の音がする 慌てて出て見ると抜き身の刀を手にした女性と鉢合わせですよ 山岡は咄嗟にこの女が辻斬りの下手人だと確信したらしいです そこで 勝負を挑んだ 」
「 勝負を挑んだのか 」
「 そうです御国さん 捕まえようとしたんじゃなくて勝負を挑んだんです そして女はこれに応えた 」
「 辻斬り魔は勝負を挑めばおそらく逃げずにこれに応えるんですよ 正々堂々とね 」
海乃の言葉に鳥追月夜が補足する。
あの夜の光景が目に蘇った、突然現れた謎の女性と辻斬り魔が向かい合った緊張したあの時間。
「 そして剣を構えた2人は睨み合う その間に他の与力同心達も駆け付けこれを包囲する 」
それじゃダメだ、それではあの夜の僕達と同じじゃないか。
「 しかし 山岡はこれを制止します 勝負故手出し無用とね 」
「 制止したのか 」
「 はい この頃は武士道を重んじてましたからね 」
「 そしてどうなったんだ 」
「 山岡が勝利します しかしこの時山岡は右手を肩から失いました が 同時に懐に入り左の脇差しを首に突き付けた まさに捨て身です 女はあっさり剣を捨てお縄に付いたらしいです 」
「 つまり 」
「 剣で勝負に勝てば抵抗しないんです 」
百目奇譚の面々と情報交換を済ませた後、御国は公安に用があるとの事なので送り届け、その後 新宿の事務所に戻り国神と百目奇譚で収集した情報を川上瑠衣に手伝ってもらいタブレットでファイルに纏める。一通り職務を終えて川上瑠衣に誘われ居酒屋に寄って帰る事となった。
「 何 トワ君 お酒飲めるんだ 」
「 いやいや お酒くらい飲めるよ 」
「 自分はアルコールはちょっと とか言うかと思ってた 」
「 僕 どんなイメージなの 」
「 そういやトワ君来てから辻斬り魔でバタバタで歓迎会もやってないじゃん 部局長は忙しいから無理だろうけどイチミン誘えばよかったね 」
「 イチミンさん今日は見なかったけど 」
「 あの人警察上がりだから足で捜査する人なのよ 辻斬り魔の情報を探して夜の街を彷徨ってるはずよ 効率いいのか悪いのかわかんないけどね ネット上のテキストデータより直に聞いた生の声を信じるオールドタイプね それでトワ君は何をそんなに悩んでるのかな 」
「 ……えっ べつに…… 」
「 わかりやす 」
「 そんなに判りやすいのかなあ 」
「 国神に何か言われた 」
「 まあ そんなとこかな ただ個人的なことだから 人に相談出来るような内容じゃないんだ 」
「 お兄さんのことでしょ トワ君も色々大変だね 」
「 もし 死んだ人が生き返るとしたらルイはどうする 」
「 小学校の頃さあ お父さんがクラッシックなホラー映画借りて来てさあ それがスティーブンキングのペットセメタリーって映画で ペットを原住民の秘密のお墓に埋蔵すると生き返って帰って来るの そしたら主人公の息子が交通事故で死んじゃって 主人公は息子をペットセメタリーに埋蔵するの でも帰って来た息子は息子の姿をした違う何かだった そしてそれが原因で奥さんも死んじゃって そしたら主人公は奥さんの死体をペットセメタリーに埋蔵するの 今度こそ成功するってね 」
「 成功したの 」
「 どうだったかなあ 多分そこで終わったんだと思うわ てか成功するわけないじゃん 人間死んだら終わりよ もし以前となんら変わりないお父さんとお母さんが普通に帰ってきたらその場で射殺するわよ 今なら銃もあるしね 死んだ人が帰って来たらめっちゃ怖いわよ それは絶対に違う何かよ 違わなくても構わないわ 射殺よ 射殺 私は平和な人生が送りたいの 」
「 強いんだね ルイは親戚とかの身寄りは居ないの 」
「 居ないことはないけど特に親しくはしてないかな 顔を知ってる程度の人達よ 」
「 寂しくはないの 」
「 寂しいって言ったら朝まで慰めてくれるのかな トワ君 」
「 なっ 何を 」
「 うわっ そんなにうろたえなくてもいいじゃない 傷付くわよ 」
「 別にうろたえてなんか……それよりルイは彼氏とかは 僕は部局長から初日に恋人はNGって言われたけどルイは外部だし そこまで強制されないんでしょ 」
「 恋人NGなんて建て前に決まってるでしょ 問題起こさないように上手くやりなさいって忠告なのよ いや警告か 問題起こしたら外部の私でも関係なくヤバいでしょうね あああ ヤダヤダ でも残念ながら彼氏なんて居ないのよね 」
「 ルイはモテるんじゃないの 可愛いし 話しも上手だし 」
「 もしかして口説いてる 」
「 いやいや 口説いてないし 」
「 なぁぁんだ ちッ こんな貧乏学生崩れみたいな格好してたら変なのしか寄って来ないわよ 」
「 プライベートでも化粧とかオシャレとかしないの 」
「 私ね これでも中学生の頃は結構イケてたのよ 」
「 中学生って 」
「 それでね チヤホヤされて調子に乗っちゃって背伸びして大人の格好して遊びまくってたの 男なんてそれっぽくもったいぶって振る舞えば容易いって勘違いしちゃった ほんとガキよね そしたら怒らせちゃったみたいでさあ 姦されちゃった 最初は3人だったけど途中から仲間呼ばれちゃって全部で10人以上居たわ もう痛くて怖くて 単なる残虐で容赦無い拷問よ それが数時間続いたわ この前病院に行ったでしょ その時からずっと通ってるの 子供は多分産めないわ それでね 女の子らしい格好するのが怖くなったの あんな拷問もう2度と受けたくないから だから男の子とも付き合ったこと無いの 」
「 ……ごめん 」
「 何であやまるの 」
「 余計な事 話させちゃって 」
「 やめてよね 私がトワ君に聞いて欲しかったから話したんでしょ 」
それから2人でヘロヘロに酔っ払ってから彼女を送って帰った。あまり覚えてないが帰り道、くだらない事で馬鹿みたいに2人で笑った記憶がある、楽しくて笑ったのはいつ以来だろう、手を繋いだ記憶がある、小さくて温かい彼女の手、マンションの前で別れ際にキスをした記憶がある、彼女の柔らかく湿った唇の記憶。