第14話 蟻地獄
「 斑咲 」
「 あっ 部局長 」
平成ノ宮を後にして渋谷特区のゲートをくぐると御国が待っていた。
「 いらしてたのですか 」
「 ああ 左宜様に呼ばれて一緒に野犬駆除をしてたんだ 保健所じゃないんだからいい加減にしてもらいたいよ 」
「 そうなんですか それで やはり外道の印のある山犬だったのですか 」
「 なんだ 知っているのか 」
「 はい 右禰様とお星様と呼ばれる方に話を伺いました 」
「 おまえ龍の巫女に会ったのか 」
「 やはり あの方が龍の巫女様なのですか 」
「 お星様と呼んでいたのなら間違い無いだろう 俺でも2〜3回しか会ったこと無いからな ラッキーだぞ 15歳くらいの愛らしい少女だったろう 」
「 はい 突然現れた山犬を指を弾くだけで一瞬に丸焼きにしました 」
「 見たのか それは彼女のパイロキネシスだ まあ超能力と呼ばれるものだ 戦時中はB29も堕としたらしいぞ 」
「 それは本当の話なのですか 」
「 さあな ファイヤースターターゼロとしての数ある都市伝説の一つだよ そのへんは三刀小夜の専門分野だな 」
「 それで山犬は 」
「 ああ あったぞ 左脇腹に外道の印らしき刻印がな 本格的に厄介な話になって来たな もう警察で事件として対処出来るものじゃ無い 上に特別対策チームの設立を申請するしか無いだろう まあ話は車でしよう 国神から何か聞けたんだろう それより何を持ってるんだ 」
「 あっ これは龍の巫女に鳥追店長に渡すように頼まれました しかし 日本刀のようなのですが 銃刀法とかいいのでしょうか 」
「 また厄介な 仕方ない ヤツらに法律なんてなんの意味も無いからな 日本刀では無く単なる棒という事にしておけ 」
「 はい わかりました 」
それから車に乗り込み運転しながら国神から聞いた話を御国に報告した。もちろん辻斬り事件に関する事だけで兄の事は話せない、これまでの御国の話から兄とは大学時代からある程度親しかった事がうかがえるのだが御国は兄が生きていると知ったらどう思うのだろうか、しかも脳死状態で六礼参事官に利用されようとしていると知ったら、この件は やはり御国に打ち明けるのが最適解のように思える。だがしかし、それではおそらく兄は目覚め無いままだ、僕は兄をどうしたいんだろうか。
「 いらっしゃいませ 」
「 …… 」
「 …… 」
「 総理 何をされてるんですか 」
「 おっ 御国君じゃないか 」
「 じゃないかじゃないですよ 」
「 いやね たまにはお嬢様の顔でもと思って寄ったんだが手伝わされちゃって 」
「 一国の総理がコンビニでバイトしてる場合ですか 」
「 国民の最低賃金の仕事を知るのも重要な仕事だぞ 」
「 だからと言って 斑咲 お代わりしろ 」
「 あっ はい 総理 後は私がやりますんで 」
「 君が斑咲君か 防衛長官時代にはお父様にはお世話になったものだ 事変は大変残念な出来事だった 立場的に葬儀にも参列出来ずに心苦しい限りだよ 」
「 そんな もったいないお言葉を 」
御国と渋谷特区からそのまま西東京の鳥追月夜が店長を務めるセブンスマートへ届け物を届けに向かったのだが、レジに立つ50代の男性店員を前に2人で固まってしまった。その男性はこの国の総理大臣であったのだ。
御国に言われて慌てて総理から制服である黄色いエプロンを付け変える。
「 総理は若い時 トリオイ製薬の前会長の鳥迫秀一氏の秘書をやられてたのですよねえ 」
「 そうだよ御国君 今の私があるのもすべて会長のおかげだ 」
ようやく理解が追いついた。鳥追月夜は間宮総理の恩人である前会長とやらの孫娘なのだ。それでお嬢様なのか。
「 なんだ 御国 来てたのか 」
「 ちぃぃス 」
つなぎ姿の三刀小夜が海乃と共に店内に入って来た。
「 間宮 もういいぞ さっさと帰れ 」
間宮もういいぞさっさと帰れ。三刀小夜はこの国の総理大臣に向かって何を言っているんだろうか。
「 三刀ちゃん 相変わらずクールなんだから 」
間宮総理が笑顔で三刀小夜に答える、クールの使い方を総理は間違えているように思えるのだが。
「 そうだ 間宮 おまえ近々暗殺されるらしいぞ 」
ゾクリと悪寒が全身を駆け上がる。どうしてその決して口にしてはいけないワードが当たり前のように出て来るんだ。それとも政府の人間は途轍も無いマヌケ揃いで秘密という言葉の意味が理解出来ていないのだろうか、秘密だと思っているのは自分達だけで国民の大半には既に周知の事実なのでは無いのか。
「 さすが三刀ちゃん 情報が早いな まあ暗殺されるのも仕事の内だよ それでこの国がより良くなるのならばな 」
「 どうした間宮 クジラが降るぞ まあいい 組織に属してない人間による護衛が必要だろう 手遅れになる前に車田に言って鳥頭切の2人を回しておいたぞ もう行っているだろ 使ってくれ 」
「 ああ恩にきるよ三刀ちゃん それじゃあ私はお嬢様に挨拶して帰るとするか 御国君 辻斬り事件早く解決してくれよ 国民の生活を守るのが我々の仕事なんだからな 」
「 かしこまりました 早急に対処出来るように頑張ります 」
「 まかせたよ 」
「 はい 」
間宮総理が店を出ると何処からともなくスーツ姿の警護の者2名が現れる。これが三刀小夜の用意したと言う護衛の鳥頭切の2人なのだろう 警戒してなかったとはいえ店に入る時にはまったく気付かなかったのは不覚だ。
総理はそのまま鳥追月夜のいるビルの上階へ向かったようだ。
「 ところで御国は 何しに来た 」
「 それが斑咲が龍の巫女から月夜さんに届け物を頼まれたんで それより三刀さん 相手は一応総理なんだからもう少し口の利き方を 」
「 知らんな 間宮は間宮だ 失脚させるネタなんて山ほど知ってるぞ 見逃してやってるんだ 感謝してもらいたいな 」
どうやら三刀小夜は間宮総理とは旧知の仲のようである。ここを魔境と呼びたくなる理由がだんだん判ってきた。
「 星宿のゼロか ツクは後で降りてくるから編集部で待っていてくれ 海乃 頼む 」
「 了解っス 」
レジには三刀小夜が立ったのでエプロンを外して御国と共に海乃に伴われ編集部へと降りて行く。
「 トワ君 ゼロ様に会ったんス 」
「 あっ はい 」
編集室でコーヒーを淹れながら海乃が軽い感じに話し掛けて来た。
「 いいな 俺ももう一回会いたいっスよ 」
「 海乃さんは会われた事があるんですか 」
「 俺も初耳だぞ海乃君 」
「 そうでしたっけ御国さん 渋谷特区戦の時 ここの前の店長と龍の社を襲撃したんっスよ 右禰さん左宜さんとの店長の死闘は俺の中ではベストバウトっスよ 俺は見てただけっスけどね 」
「 あの右禰様と左宜様と闘ったのか 気になってたんだがここの前の店長とは何者なんだ 」
「 それは秘密っス 」
海乃がコーヒーの紙コップを渡してくれてウインクしてそう言った。そのまま室内を後にする。
御国と2人きりになり緊張が高まる、御国はさっきの三刀小夜の言葉を聞き逃すはずが無い、間宮総理が暗殺される話を。なのに御国はあの時、顔色一つ変えること無く平静だった、三刀小夜の冗談だと思ったのだろうか、それとも既に御国には任務として伝えられているのか。
「 あのぉ 」
「 なんだ斑咲 」
「 先程の総理と三刀小夜のやりとりに暗殺というワードが…… 」
「 聞かなかったことにしろ 」
「 えっ 」
「 ここの連中がどのような情報網を持っているのか知らんが我々の関与するべきことでは無い 」
「 ……そうなのですか 」
「 我々は実動部隊だ 政治的な部分には不干渉だ 」
「 もし 上から 間宮降ろし あるいは暗殺の命令が下った場合は 」
「 最初に言っただろう 俺らがやる事は必要か必要じゃないかなんて関係無いんだ 出来るか出来ないかだけだ 出来なければ不必要な人間として自分が処分されるだけだ 出来るか出来ないかの判断は自身で下せ 所詮人生なんて行くも地獄 戻るも地獄のアリ地獄なんだよ」
「 アリ地獄 なのですか 蜘蛛の巣に絡まった羽虫だと思ってました 」
「 似たようなものだろう まあ そうは言っても間宮降ろしの件は探りは入れている 暗殺云々もその流れの話なんだろう 宮内庁が関与しているならウチがとばっちりを食う可能性は大きいな まあその時に考えればいい 今 現実に解決しなければいけない問題は辻斬り事件だ 総理もそう言っただろう 」
どうして間宮総理も御国部局長も自身に降りかかろうとしている問題なのに大した事無い的に振る舞えるのだろうか、それとも、こんな事でグジグジしている僕だけが馬鹿で間抜けな臆病者なのだろうか。
それからしばらくして百目奇譚編集部の3人が入って来た。
「 龍の巫女様から預かり物があるとか 」
鳥追月夜が僕の顔を見る。彼女と向き合うとどうしても顔が熱くなってしまう。
「 あっ はい これです 」
僕は預かっていた棒状の物をぎこちなく手渡した。
「 懐かしい 堕ち星の太刀ですね でもどうしてこれを 」
「 持ち主に返して欲しいと 」
「 うぅぅぅん 持ち主は今は居ないんだけど まっいっか わかりました 預からせて頂きます 」
「 月夜さん 我々は一応政府の人間なので あくまでもただの棒という事で 」
「 御国 おまえら政府の人間じゃないだろ 」
「 三刀さん いじわる言わないでくださいよ 」
「 それで辻斬り事件の成果はあったのか 国神に聞きに行ったんだろう 鍵谷教授から聞いたぞ 」
そう言われ 御国が僕が聞いて来た話の概要を三刀に伝える。
「 やはり朝廷内の権力争いか 鍵谷教授との調査でその頃ある一族が記録ごと抹消されていることがわかった おそらくそれだな しかし神と呼ばれる者を人に貶め自分の子を産ませるなど怖いもの知らずにも程があるな 国神が処置しなければその時点でこの国は終わってたかもしれんぞ 」
「 三刀さんは神の存在を信じるのですか 」
「 トワ君だったな 君は信じるか 」
「 信じる信じないは別にして 別の世界の存在だと思ってました 」
「 まあ それが普通だろうな 君は道ノ端教授を知っているか 」
「 亡くなられたロボット工学の権威のですか 」
「 そうだ 彼の考えではこの星の命と呼ばれるものは外宇宙から送り込まれた高度な進化する自律型惑星探査ユニットらしい 」
「 惑星探査ユニット 」
「 そうだ 我々自身 惑星探査ロボットなんだよ 」
「 三刀さん なんの話をしてるんだ SF話なら誌面でやってくれ 」
「 いいから聞け御国 」
「 まあいい なら 惑星探査ロボットである我々の目的は何なのです 」
「 新たな惑星探査ユニットを創り外宇宙に送り出す 自らが創造主になることだ そうやって宇宙に命と言うものが広がって行く それが宇宙における命の定義らしい 」
「 つまり神になるという事なのか 」
「 そうだ そして 私らにも当然創造主がいる 私達を送り出し何億年も前に滅んだな それがさっきトワ君の言った別世界の神 我々の遺伝子に保管された創造主の記憶だ それとは別に我々生命と言うユニットを現実的に管理する別ユニットが必要になる 惑星の環境を整えて生命と言うユニットを最適な状態に管理し続ける自律型管理ユニットがな 増え過ぎた個体の調整 バグを起こしたユニットの排除 進化の導き それらはあらゆる場面で干渉してくる それが現実世界における神と呼ばれる存在だ 国神もその一つに過ぎない 日本民族と言うユニット群を管理する管理ユニットだ それは我々生命とは違う定義を持ったユニットなんだよ 」
「 斑咲 理解出来たか 」
「 はぁあ なんとなくぼんやりとは 」
「 そうなのか 俺にはさっぱり分からんぞ 」
「 つまりだ 我々生命を連なった一つの定義を持つユニットと考えるなら それとは異なった定義を持つ別ユニットが存在していてもおかしくないと言う話だ それが日本で神などと呼ばれるのモノの正体だ 西洋などでは悪魔などと呼ばれる場合もある これはあくまでも道ノ端教授の生命惑星探査ユニット説を正しいと仮定した場合の話だがな 」
さすがと言うかやはりと言うかオカルト誌百目奇譚編集部の本領発揮である、三刀小夜が話すと妙に説得力があるのが更に恐ろしい。
「 そうだ 江戸時代の京都の辻斬り犯の夕星深雪は処刑されてない可能性が高いぞ 」
三刀小夜が唐突に話題を変えた。