第12話 謁見
「 よう来たな トワちゃん そんなかしこまらんでもええきに楽にしいや 」
「 私などを御指名との事で恐縮です 」
旧渋谷特区 平成龍ノ宮神社の社務所内の奥の院と呼ばれる場所で国神に謁見することとなった。
「 まあ御国がおったら出来る話も出けへんさかいな 」
「 私に何かお話しがあるのですか 」
「 とぼけなや トカゲ男が行ったやろ 」
国神の言うトカゲ男でピンと来る人物は1人しかいない、六礼だ。
「 言うとくが ウチは無関係やからな 」
「 ……そう なのですか 」
「 そや 彼奴らウチを担ぎ出そうとしちょるだけや ほんま迷惑行為やで 」
「 国神様 」
「 なんや 」
「 国神様は神様なのですか 」
「 知らんがな そう思うちょるヤツらもおるっちゆうだけや ウチ自身知らへんがな もとは山犬や 」
「 山犬 」
「 そや 星堕としの地に住う山犬や 」
耳に覚えがある言葉だ、確か三刀小夜が諳んじた一節で聞いた言葉だ。星堕としの地に住う山犬。
「 神とは人が創り上げるもんなんや この国が産まれた時に国と言う概念も産まれた そしてその象徴を具現化する必要があった その一つが朝廷であり もう一つがウチや 国と言うまとまりである為には統一した概念が必要やさかいな そうして ウチは創られたんや 」
「 創られたのですか 」
「 そや おまんら日本人にな やが もうお役ご免や 今の日本人には必要やない概念やからな やから殺された 神を創るんも人なら神を殺すんも人や まあ実際ウチを殺したんは鳥殺しやけどな 月夜ちゃんにはもうおうたんやろ 」
「 彼女も国神様と同じなのですか 」
「 ちゃうちゃう あん娘は人間やで 人でありながら鳥殺しっち言う恐ろしい禍神を飲み込んだんや そして混沌世界の主人になった 」
「 この世界は彼女の見る夢だとか 」
「 そや 所詮世界なんち誰かの見ちょる夢に過ぎんのや 」
「 わかりません 」
「 存在しとらんっちこっちゃ 北米大陸を襲った巨大津波の日 意識不明になった鳥追月夜が見ちょる夢なんや 本来 あん娘はあれで終わりのはずやった そして彼女の属した世界は失われ無になる 始めから無かったことになるんや やが彼女はほんの刹那の夢を見た それがこの世界や 」
「 それではこの世界は現実ではないのですか 」
「 現実とは何ぞや ちゅう話しや 世界が在る以上これは現実やぞ 」
「 しかし これが彼女の夢なら意識不明の彼女は違う世界にいるのでしょう 」
「 あんなあ トワちゃん 宇宙の外側には何があるか知っちょるか 何もあらへんのや 無や ゼロや 無の中に存在する世界 そんなもんハナっから存在してはらへんのと同じなんや 空なんや そして世界とはそんな無が幾重にも重なり合って出来ちょるんや 街ですれ違うだけの自分とは全く関係の無い人間が自分と同じ世界に属しちょるなんて保証は何も無い トワちゃんは今はウチや月夜ちゃんと出会い存在を知ったが もし知らんままやったらそれはハナっから存在しとらんのと一緒や そんなゼロの積み重ねが世界なんや やがいくらゼロを重ねた所で所詮ゼロ 世界なんてもんは最初から存在してへん やからこれが現実の無なる世界なんや 」
「 さっぱりわかりません 」
「 真理っちゆうやつやな 真理なんち求めたら袋小路に入るだけやぞ 何も難しゅう考える必要あらへん 今 目の前に在るもんが現実の世界なんやからな 」
頭がパニック状態で思考が拡散する。が、なんとなくではあるが言っていることはわかる気がする。
「 それで 私に何を 」
「 御国からはどう聞いた 」
「 暇つぶしのオモチャか手駒に引き込むつもりかと 」
「 ほんまウチを全く信用せんやっちゃなあ やが まあ遠からずや さっきも言うたがウチはトカゲ男に利用される側や ウチはここに押し込まれちょる以上どうしょうもないきにな 」
「 六礼参事官は何をするつもりなんです 」
「 おまえにはどう言うた 」
「 組織を再編すると 」
「 そのまんまや 軍国主義に舵切りをするんや 間宮は民主主義に主眼を置くあまり外側に向けては遅れをきたしちょる ようやく手に入れた独立国家や 手遅れになる前に軍国主義化を図りたいんや その為の組織再編なんや 」
「 それでは やはり間宮降ろしを 」
「 間宮降ろしっち言うより内閣府の廃止や 組織構造自体を造り変えるんや 朝廷を一とするな 」
「 王政復古ですか 」
「 なんや 難しい言葉知っちょるな 」
王政復古とは民主政治などから君主政治へと政治権を戻す時に使われる言葉である。つまり王様による政治体制を復活させることである。
「 しかし それは先の新帝国事変により失敗したじゃないですか 」
「 あれは政権とかの話やないやんけ 表向きはウチを中心にした軍部のクーデターやろ 結果的にあれ以降 国民の国民たる自意識は跳ね上がった 自分らで国を守らなあかんっち言うな その為には強いリーダーが必要なんや それを国民が求めちょる ホーネットの岬七星がいい例や 強いリーダーである岬七星がおったから反乱軍組織は勝利した ウチらは計画遂行だけをを目的にしちょったから組織としてはチグハグやった やから敗北した まさかあんなリーダーが出てくるなんち思わへんやったわ やからその反省も踏まえて確固たる組織を造るんや 」
「 しかし その強いリーダーがいないじゃないですか 現段階では間宮総理が最も適任に思えるのですが それとも国神様がやられるのですか 」
「 アホぬかせ ウチは事変首謀者の重犯罪者やぞ 適任言うたら岬七星やろ やが彼女はあれ以降科学者として隠匿生活やし革命家はあくまで革命家であって政治家やあらへんしな 国の傀儡には収まらんやろ やから傀儡を造るんや 」
「 誰なのですか 」
「 斑咲久遠 」
この男は何を言っているのだろう。
「 何故 兄の名が 兄は戦死しました 」
「 死体を見たんか 」
「 兄は職務を全うして鼠仔猫島で戦死したのです ふざけないでください 」
「 死体を見たんか 斑咲トワ それに久遠は職務を全うしてはあらへんで ウチは鼠仔猫での作業を完了して総員に撤退命令を出した ウチの警護隊隊長であった久遠は部下を連れ自発的に鼠仔猫に残った 命令違反や まあ久遠の部下等自身久遠が残る言うたから自発的に残ったんやろうがな やが 久遠が命令通り隊を連れて撤退しとったらヤツの部下達は死なずに済んだはずや 」
兄が命令違反を。
「 兄は……生きているのですか 」
「 脳死状態や 」
脳死状態、それは本当の事なのか、死んだと思っていた兄が実は脳死状態で生きている。そんな事が……
「 ……何故 それを3年も隠す必要があるのです 戦死した事にしてまで 」
「 ウチも知ったのは最近なんや すべて六礼の計画や 鼠仔猫島での政府軍の英雄である斑咲久遠を 軍国主義の象徴として若きリーダーの座に着かせる 久遠は国の為 そして警護隊隊長と言う責任感から命令違反まで犯し戦った これ程の適任者はおらんやろ 」
「 しかし脳死状態なのでしょう 」
「 そや 現代医学ではもうどうにもならん 」
「 ならば 何故 」
「 現代医学ではどうにもならへん が 旧き呪術でならどうにでもなる 宮内庁ちゅうんは近代政府の機関なだけちゃうで 何千年も脈々と続く集団や その深部には闇を抱えちょる 六礼はそっち側の人間や 」
「 兄を……どうするつもりなのですか 」
「 月夜ちゃんと同じや まあ同じや無いんやけどな 夢を見させるんや そんで久遠の夢でこん世界を上書きするんや 」
意味がわからない、だが、しかし……
「 そうすれば 兄は鳥追月夜のように生き返るのですか 」
「 そない興奮すな この世界では月夜ちゃんは自分の意思で目覚めただけや やが久遠は違う 旧い呪術によって目覚めたと錯覚させるだけや ほんまはずっと脳死のままやで 脳死状態の久遠に無理矢理呪術で作られた夢を見させて その夢を現実世界に上書きするんや 」
「 そんなことが可能なのですか それでも 兄は目覚めるんですよね それならば……兄さんは……
「 言うたやろ ほんまの久遠は脳死なんや 目覚める久遠は呪術で作られた斑咲久遠の単なる夢や 」
「 何が違うのですか 鳥追月夜と何が 」
「 夢はいつか覚めるんや 月夜ちゃんの場合その時は彼女の見た夢はすべて無へと還る この世界そのものが無へと還る 存在すらして無かったこととなる 斑咲久遠の場合はずっと脳死状態やから周わりが斑咲久遠が目覚めた夢を見をみせられちょるだけや 夢から覚めたらずっと脳死状態の斑咲久遠が横たわっちょるだけや 実際の斑咲久遠はずっとずっと変わる事なく脳死状態のまんまなんや 」
「 意味がわかりません 」
「 トワちゃんが勝手に脳死の久遠が目覚めた夢を見ただけなんと同じなんや 夢ん中で逢いたいだけならいいカウンセラー紹介するで 催眠療法でいつでも逢わしてくれるはずや 」
「 兄は 兄は今どこにいるのですか 」
「 ウチは知らん 」
「 六礼参事官が知ってるのですね 」
「 はやまるな こんことはまだ極秘やねん ウチが喋った事がトカゲにバレるやんけ 」
「 なら何故 私に 私にどうしろと 」
「 それはトワちゃんに任せるわ 好きにしたらええ やけどまだ内緒やで 」
「 国神様はどうしたいのですか 」
「 ウチはここにおる以上トカゲに利用されるだけや ほんまならウチの部下の魂を穢すような真似は許さへんのやが こればかりは仕方ない 」
「 国神様はどのような役割りなのです 」
「 久遠の夢を現実に重ねるにはかつての上官で最高司令であるウチは必要不可欠なんや 斑咲トワ 貴様もな そしてこの世界は斑咲久遠の見る夢で上書きされる 」
「 なんとなく解ってきました 兄の見る夢で世界を都合よく上書きして世界自体をコントロールするつもりなのですね 」
「 そんな簡単な話でも無いんやけどな まあそんなとこや 違う視点で見るなら国民全体に斑咲久遠と言う強いリーダーが出現した夢を見させて軍国化を推進して強い日本を作り上げる 」
「 それが この国の意思なのですか 」
「 それは 何を国とするかで違ってくるやろう 間宮は民主主義国家としてあくまでも民意を主体としちょる トカゲどもは指導者が率いるものを国家と言う組織と考えちょる ウチは日本と言う場所に住まう日本民族を国と考えちょる 正解は人それぞれや 」
それで言うなら、僕は六礼参事官のグループになってしまう、組織に所属することしか出来ない人間なのだから。それなのに、僕は何を悩んでいるのだろう、答えなど最初から判っているはずだ。命令に従えばいい、それしか出来ないのだから。
兄は命令違反を犯したと国神は言った、その所為で部下を死なせたと。何故、兄は命令に背いたのだろうか、部下の命の危険は承知していたはずだ。なのに、どうして。
守るべきものが何なのか、それを探せと鳥追月夜は言った。
僕の守るべきものとは一体何なのだろう。