第11話 指名
新宿にある宮内庁外部部局雑務処理係 通称外Qの事務所で朝のミーティングが行われている。
「 斑咲 魔境でなんか拾って来れなかったのか ただお店手伝いましただけじゃ能がなさすぎるぞ 」
「 すみません部局長 三刀小夜は取材に出てましたので接触出来ませんでした ただ 辻斬り事件とは無関係なんですが 」
「 なんだ 何でもいいぞ 言ってみろ 」
これは御国に報告するべきか悩んだが外Qの職務中に知り得た情報だ、六礼参事官は当面は御国の指示に従い部局員として職務にあたれと言っていた。ならば部局員として報告するのは当然の義務である。……はずだ。
「 セブンスマートの鳥追月夜の知人である鳥頭切砂叉丸が近い内に政府内で何か起こると 」
「 何かとは何だ 」
「 間宮降ろし 」
「 ほう それで 」
「 そうなれば平成ノ宮も魔境も外Qも巻き込まれるだろうと 」
「 鳥頭切って鳥追月夜の側近だよな スナ丸とまひると あと2人いたよな 」
「 ちぎり と きりか よイチミン この2人は殆ど表には出て来ないわ おそらく裏側担当ね 」
曳井の言葉に瑠衣が答える。
「 ヤツらの情報力は侮れんからな で 部局長 どうなんです 」
「 以前からそういう動きがあるのは事実だ 時期的にそろそろのタイミングなのかもしれんな 」
「 事変後 ようやく落ち着いてきたと思えばまた内輪揉めかよ これだから政治家や官僚どもは あの時 全員処刑にしてればよかったんだよ 」
「 そういう訳にもいかんのだよイチミン 国としてシステムを機能させないといけないからな 一旦組み上がったシステムは簡単には変えられんのだ 1から組み直そうなんて思ったら それこそ手ぐすねを引いた諸外国の恰好の餌食だ 旧政府のシステムを再利用するしかなかった それでも間宮総理は頑張った方だぞ 」
「 ですよね 事変後に国連により解体される可能性が高かったのを力技で新政府を樹立させて国連介入を突っぱねたんですもんね 」
「 ああ 事変をこの国のプラスに転化させた手腕には舌を巻かざる得なかったからな 」
新帝国事変。
北米大陸西岸部巨大津波を引き金に訪れた世界大恐慌。そのドサクサに紛れて この国は日本国政府を解体して新しい国 新大日本帝国政府を樹立させたのだ。敗戦国家旧日本政府として取り交わしてきた不利な条約等を総て無効とする究極の荒技である。もちろん国際社会からの非難の的となる。しかし、日本のこの行動が更なる混乱を招きかろうじて保たれていた国際バランスが一気に崩壊する。第1期混沌世界の幕開けだ。使用される核兵器、溢れ出す難民、紛争、戦争、テロ行為、宗教対立、飢餓、疫病、まさに人類は混沌の世界に沈んでいく。そんな中、アジアのちっぽけな島国の乱心など後回しにされたのだ、いざとなれば国連軍で叩き潰せばよいだけだ。実際に事変終結間際 国連軍と太平洋艦隊が四国沖に進軍していたと聞く。しかしこの騒乱も国内の反乱軍勝利という形で幕を引く、自国のみで収めた事により国内クーデターとして処理出来たのだ。そして間宮緊急内閣の発足、国連介入のいとまを与えぬまさに秒刻みのタイムラインだったという。そして、新政府は外側にも強固な姿勢を貫く、国民により造られた新しい国家として、新大日本帝国が反故にした条約等の再締結は行なわず新たに取り交わすと強気の姿勢に出たのだ。これには流石に各国からの不満の声も大きかったが第1期混沌世界から抜け切れぬ現状にどの国もトーンダウンせざる得ない状況のようだ、今以上の混沌は願い下げなのだろう。こうしてこの国は戦後100年近くにも及ぶ敗戦国としての歴史を終わらせ再び独立国家としての一歩を踏み出したのだ。まだまだ先行きは不透明であるのだが。
「 部局長 」
「 何だ斑咲 」
「 もし間宮降ろしが行なわれる場合 私たちの立ち位置はどうなるのです 」
「 宮内庁は内閣府の下の組織だ 我々の最高指揮権は現在間宮総理にある だが宮内庁内にはやはりそれを良しとせん一派があるのも事実だ 自分等は勅使として内閣府より上の本丸だと主張する連中だ 」
「 その場合 私たちは誰に従うのですか 」
「 それは各自で判断するしかないだろう 俺は単にここのトップと言うだけでおまえらは別に俺に仕えている訳じゃないんだからな 自分が何に仕えているかくらい自分で考えろ 」
それがわからないから困っているのだが。
「 そんなのわかんないですよ 部局長なんだからちゃんと命令してくださいよ 職務放棄で訴えますよ 」
瑠衣が代弁してくれた。
「 無茶言わないでくれ 組織である以上 上から命令がくれば従うか造反するかの二択だぞ おまえら俺と心中するほどの忠誠心は抱いてないだろう 俺も一生おまえらの面倒見るほど酔狂じゃないぞ 自分の事は自分で決めろ 」
「 うわっ 私の部局長に一生付いて行こうという純真無垢な気持ちを踏みにじる発言だ 」
「 嘘つけ ルイ おまえ 何かあったら絶対一目散にホーネットに逃げ帰るだろう 」
「 ドキリ 」
御国が言うように組織に属している以上従うしかない、それが嫌なら造反するしか、そしてそれが今、僕に突き付けられている現実なのだ。
「 この件は探りを入れておく 今は辻斬り魔事件に集中しろ 」
「 はぁぁぁい 」
瑠衣が不服気に気の無い返事をする。
「 イチミンの方はどうだ 」
「 バッチリです 例の乱入女 あれマリリオン襲撃犯と合致しました 」
「 あの時の男女二人組か 」
「 はい 二人組の特徴は通常より長い日本刀を使用することです 女の方は以前は常にセーラー服でした 事変以降はセーラー服は着用してはいませんが度々目撃情報は公安の方に上がっています この二人は津波の際に北米大陸をアラスカに縦断する形で暴れ回って国際指名手配もされていました 」
「 いましたってどうゆうことなの 」
「 今はされて無いってことだよルイ 3年前に取り下げられてる 」
「 何でまた 」
「 知るかよ で 男の方は目撃情報はありません おそらく女は今は単独で行動しています 」
「 で 何者なんだ 」
「 わかりません ただ 厄介な事件の時に何処からともなく現れて引っ掻き回すだけ引っ掻き回すトラブルメーカーだと公安からは厄病女神扱いされてます 」
「 厄病女神って何よ 」
「 見た目は相当可愛いんだよ ルイは見てないんだったな それになんだかんだ言ってもこの女がやっつけるのは犯人の方だからな 」
「 じゃあ正義の女神様ってことなの 」
「 正義の味方じゃないだろ トラブルメーカーの厄病女神だぞ 」
「 わけわかんないわよ 」
「 そうだ わけのわからん頭のおかしい女らしい 」
「 それじゃあ あの時も 野次馬的に勝手に乱入してきたってことですか 」
「 その可能性が高いな斑咲 」
「 事件との関連性は無しと見た方がよさそうだな わかった この女の事は一旦忘れて辻斬り女一本に絞ろう 」
「 国神の方はどうなんです 」
「 謁見許可は下りた 許可は下りたんだが最悪なんだ 国神が斑咲を指名して来た 」
「 僕を ……ですか 」
六礼の言葉を思い出す。あの男は僕の上司は自分と国神だと言ったのだ。これは蜘蛛の糸に絡めとられる羽虫になった気分だ。僕はこのままぐるぐる巻きの繭にされ毒の牙で噛み付かれて繭の中でドロドロの体液に溶かされ僕の外殻だけを残し ちゅるちゅると吸い出されてしまうのだろうか。そして残された外殻には別のモノが流し込まれる。それはドブからすくい上げた泥水でも構わないのだろう、もしかしたら今よりマトモな僕が出来上がるのかもしれない。
「 いかせるんですか部局長 」
「 イチミン こればかりは仕方ない 我々にはどうにも出来ん問題だ 指名するからには何らかの手土産をくれるのだろう ヤツが自ら協力的な態度を示すことなど滅多にないからな 何らかの思惑があるのも確定的だが人命に関わることだ 行ってくれるか斑咲 」
「 はい わかりました 」
「 国神という男について俺なりの見識を伝えておくから参考にしてくれ 」
「 はい 」
「 まず ヤツは悪者でも何でも無い むしろこの国と日本民族の事を誰よりもしっかり考えている だが 我々と時間認識が違うのだ ヤツが本当に神として建国から在り続けているのなら我々が属する時間などほんの一瞬にすぎん スパンが違うんだよ 一つの時代なんて単なる通過点に過ぎんのだ 常にその先を見据えている もし新帝国事変の計画が成功して人類史をやり直していたならば何千年後かの日本民族は理想的な形になっていたのかもしれん 今在る個では無く先に在る種を見据えているんだ そしてその為には手段は選ばん 非常に合理的な考え方の出来る人間だ 例えば 日本という10人組のチームが砂漠で遭難したとする 救援隊が到着するのは7日後だ しかし水と食料は不足している 7日間生きる為には3人分が限界だ ルイ おまえならどうする 」
「 どうするって言われても 頑張るしか 水と食料は最低限に分け合って 水を探したりトカゲを捕まえたり 励まし合いながら頑張るしか無いっしょ 」
「 頑張ってどうにか出来ればいいんだがな 一歩間違えば全滅だ その時 国神なら当たり前のように最も有要な3人を選別して他は切り捨てる ヤツはそれが当然だと考えれる人間だ まあ人間では無いのだがな 」
「 でもそれって組織としてはある程度必要な事ですよねえ 」
「 珍しいなイチミンがそっち側の発言をするのは だがその通りだ 組織としては時と場合によりその判断をしなければならない 俺自身 ここではその判断を下す側だからな そしておまえらはただ命令としてそれを実行すればいいだけだ 」
「 馬鹿にしないでください部局長 私だってちゃんと判断してますよ 判断を下す部局長が従う価値のある人間かどうかのね 今のところギリ合格ってとこかな 」
「 キビしいぞルイ まあ褒め言葉と受け取っておくよ ただ 国神の場合 スパンが長期的過ぎて今いる人達の大半が切り捨てられてしまうんだ 今いる人が誰も報われない 民族という種の為だと言ってしまえばそれまでなんだが それは民主主義とは言わん 民族主義だ そのやり方に反発したのが今の結果だよ 日本人は民主主義を選択した 戦後初めて自ら下した選択だと俺は思っている そして国神はその選択を敗北という形で受け入れている 俺は今の国神に危険性はあまり無いと見ている だが楽観視も出来ん 斑咲には個人的に暇つぶしのオモチャとして興味を覚えているのだと思うが もしかしたら駒として取り込むつもりなのかもしれん 重々注意しろ 」
「 了解しました 」
「 オモチャか駒ってトワ君も大変だねえ 」