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Seasons In The Abyss   作者: oga
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第10話 人生と云ふ名の地獄


 混乱して思考がまとまらない。テーブルの上には六礼皐月(むれいさつき)が残していった勅書と書かれた菊の紋の入った紙切れがあった。達筆なのと昔言葉なので書かれている内容は殆んど解らない、ただ、辞令のような物だとは理解できる。

 僕が配属された外部部局はいわば宮内庁の秘密裏の工作員のようなモノだとこの数日で理解している、しかし、実は僕は別の組織に勅命で所属しているらしい、言ってしまえば工作員の工作員、つまり二重スパイのようなものだ。そんな話 聞いていない、そもそも 僕は軍をお払い箱になったのではないのか、本当に六礼参事官なるあの男は信用できるのか、ただ それを言うなら現在の上司である御国の事も判断しかねる。僕は何も知らないのだから。

 自分自身を持たない僕は ただ父と兄の遺した軌跡を辿り軍に入隊した、あとは命令に従ってさえいれば何も無い僕でもこの価値の無い人生を消費することが出来ると思っていた。

 しかし、考えが甘かった。

 これは、そんな僕に下された罰なのだろうか。

 配属初日に御国は僕にこう言った。

『 ようこそ 人生と言う名の地獄へ 』

 罪深き僕は生きながらにして地獄に落とされてしまったのだろうか。

 いったい僕は誰の命令に従い何をすればよいのだろう、いっそのこと御国にこのことを打ち明けてしまおうか、彼のことはまだよく知らないが優秀な人間であることはわかる、彼ならきっと上手く解決するだろう。だがそれでは僕は国家と言う組織の人間としては失格だ。失格者として処分されてしまう。僕自身それで構わないのだが、それでは父と兄に申し訳なさすぎる。六礼は父と兄がそうであったように僕にもそうしろと言った、父と兄は一体どうだったんだろう、そんなことすら解らない僕にはどだい無理な話しである。

 だが、時間ならまだあるはずだ。その間に見極めなければ、僕が何に従えばよいのか。何としても。


 翌日は午前中に瑠衣と共に宮内庁に赴く。前回、曳井にちゃんと教えてもらえなかった地下ルートも瑠衣の判り易い説明でしっかり頭に叩き込む。

 前回同様 我々は真っ直ぐ図書課分室へと向かった。

「 入って 」

 白衣姿の鍵谷教授は前回に比べ若干やつれて見える、目の下にクマが出来髪はボサボサだ。

「 今日は瑠衣ちゃんと斑咲君か 」

「 教授 何か解りましたか 」

「 瑠衣ちゃんまで 外Qはみんなせっかちねえ 今朝京都から帰って来たのよ 向こうでは関連のありそうな文献を片っ端から掻き集めただけよ 今から吟味しなくちゃ でもよく三刀小夜さんの協力を取り付けてくれたわね 学者脳の私だけじゃ絶対無理よ 心強いわ とりあえず三刀さんに渡す分を手分けしてコピーするわよ 」

 それから僕達は3時間掛けて鍵谷教授が京都から持ち帰った資料をコピーしてホッチキスで綴じていく。

「 お疲れさま じゃあこれを三刀さんに届けて 別に機密扱いの資料じゃないから好きに処理してもらって構わないって言っといて あと私の携帯番号も 資料に目を通したら連絡下さいって伝えて 」

「 判りました 教授 ちゃんと寝てくださいよ 私たちのセクシー担当が台無しじゃないですか 」

「 あら 私そんな担当だったの 初耳よ 年齢的にもうそろそろ限界だからその担当は瑠衣ちゃんに譲るわよ 」

「 ムリムリ 私なんて外Qに来てからスポーツブラしか着けてないんですよ そもそもあんなヤツらの前で女性らしくなんて絶対無理 」

「 あら 斑咲君が来たじゃない 少しはオシャレしたら せっかく可愛いんだから 」

「 はぁぁ 何言ってんです 」


 宮内庁を後にして前回同様半蔵門へと出た。

「 んじゃ これよろしく どういう仕組みか知らないけどあそこは政府警察関連の回線は完全シャットアウトだからアポ無しで行ってね お店の方に誰かいるはずよ 」

「 えっ ルイは来ないの 」

「 私 これからちょっと病院に行かなきゃなの 」

「 どこか悪いの 」

「 うわっ 女の子が病院に行く時はあんまし詮索しないの トワ君って彼女とかいたの 」

「 か 彼女くらいいたことあるよ 長く続いたことは無いけど 前にルイに女性が苦手ってだろうって言われたけど当たってるよ ウチは男だけの家族だったから女性ってだけで総てが未知の領域だからね 」

「 未知の領域って宇宙人かよ でもまあわかる気はするわ 私はオヤジはいたけど一人っ子だったから 男の兄弟がいる娘はやっぱり男性耐性があるのよね 性的な事でも上手くあしらえるって言うか って何の話してるのよ トワ君と話してるとペース狂うわよ じゃあ行くね また後で 」

 小さく胸の前で手を振り人混みに消えて行く瑠衣に思わずドキッとする、そして瑠衣の消えた方をいつまでも見つめてる自分に戸惑う。六礼は3人の処分を僕がやると言った、もしその処分の方法が最悪のものだったら、僕はあの娘を処分するのだろうか。思わず吐き気が込み上げてきてメトロ構内のトイレに引き返し苦い胃液を胃が痙攣するまで吐き出した。

 何とか気分を持ち直して電車を乗り継ぎ西東京へ向かう、まさか2二日続けて魔境と呼ばれる場所に足を運ぶこととなるなんて、しかも今回は1人である。とは言っても資料を届けるだけの子供でも出来る簡単なお遣いである。もし、これさえまともにやり遂げれないようなら本気で自身の今後を考え直した方がよさそうだ。


「 いらっしゃいませ お弁当温めますか 」

 僕は何をやっているんだろう。


 地階にある百目奇譚の扉のインターホンを押したが反応が無いのでセブンスマートに行ってみると鳥追月夜が忙しそうにレジ業務をこなしていた。先日訪れた時にはお客さんの姿は見受けられなかったが今日はそこそこ忙しいようだ。

 お客さんが途切れるのを待って。

「 あっ カラムーチョのうしろの百太郎さん 」

「 ……斑咲です 」

「 言っておきますけど 今日は紫じゃないですからね それよりちょうどよかった 」


「 いやぁ 助かりましたよ 誰もいない時に限って忙しくなるんだから なんか近くでイベントやってるらしいんですよ 」

「 バイトさんはいなかったんですか 」

「 今は知人たちに手伝ってもらってるんでバイトは雇ってないんですよ 今日はたまたまみんな忙しくって 暇な人がちょうど来てラッキーでしたよ 」

 この状況で暇な人とは僕のことを指しているのだろうか。

 開口一番 御国に電話してくれと言われ、そのまま電話を取り上げられ返された時には御国から「 今日はセブンスマートを手伝って行け 」と言われた。訳が判らないまま制服であるらしい黄色のエプロンを渡されレジに立たされる。僕自身、高校の時に友達に誘われ少しだけコンビニでバイトをした事はあったのでレジ操作くらいなら使い方さえ教わればすぐに出来るのだが。僕はこんな事をしていていいのだろうか。

 結局、4時間ほどコンビニ業務に勤しむ。鳥追月夜店長代行は発注やら何やらにせかせかとたち働いていた。お客さんのいない時はどうしても彼女の姿を目で追っている自身が気恥ずかしい。


「 ツク様 申し訳ありません お屋敷の件で手間取りました ……って誰だおまえ 」

 息を切らしながら若い男が店内に飛び込んでくるなり僕を睨みつける。

「 あっ スナ丸君 やっと来た そちらはカラムーチョのうしろのムラサキトワ君よ 期待の新人さんなんだから あれ まひるちゃんは 」

「 まひるは少し遅れて来ます 」

「 それじゃあ私 サボってくるからよろしくね 」

「 かしこまりました 」

 彼女がバックルームに姿を消す、僕はどうすればいいんだろう、代わりの人が来たなら僕は帰ってもよさそうなものだがタイミングが判らない。

「 おい 何とか何とかの何とか おまえ誰だ 」

 男が黄色いエプロンをつけ僕の横に立つ。見た感じ僕より2〜3才若く思える、短く刈り込んだ髪が若々しさを強調している。

「 斑咲トワです 今日はただ届け物を持って来ただけなんだけどなんか成り行きで……

「 そうなのか なら何故銃とナイフを携帯している 」

 頭の中で警戒音が鳴り響く、どうして知っている。いや、知っているはずない、見ただけで気づいたのだ、只者なわけ無い。

「 俺は鳥頭切(ちょうずきり)砂叉丸(さしゃまる) ツクさまの爪の1人だ 返答次第ではその首切り落とす 」

「 若 それは外Qの新人です 先日御国と来ました ツク様が受け入れたのなら害は無いのでしょう 」

 ちょうどいいタイミングで昨日のまひると言う漆黒のロングヘアの女性が店内に入って来た。

「 外Qか いつ敵になるかもわからん連中を 」

「 ツク様は敵など作りませんよ若 」

「 そりゃそうだけど 」

 昨日も思ったのだがモップを振り回している時のまひるの動きは洗練されていた、やはりそれなりの戦闘訓練を受けた者なのだろう。2人の話の内容から鳥追月夜の護衛兵と言った所なのかも知れない。

 そうだ、ここは魔境なのだ、何が潜んでいても不思議では無いのだ。

「 それより若 せっかく男手があるんだから表の看板掃除やりなさいよ 」

「えぇぇぇぇぇぇッ 」

「 ぇぇぇッ じゃない さっさと取り掛かる 」

 僕の意思は完全に無視され話だけが変な方向に進んで行く、このまま僕は看板掃除を手伝わないといけないんだろうか。そろそろ帰りたいんだけど。


 それから結局看板掃除を手伝わされるハメになる、脚立に登りホースとデッキブラシで洗っていく、男同士一緒に作業をしていると意外に普通に話せてしまうのが不思議だ、ただ年下のはずの砂叉丸が圧倒的なタメ口なのは気になる所ではあるが。

「 トワは何で外Qなんかに入ったんだよ 」

「 軍に所属した時点で自分の意思なんて関係無くなるからね 上に従うだけだよ 」

「 なんだそりゃ そんなんで人生楽しいのかよ 」

「 そう言う砂叉丸は何でここにいるの 」

「 俺ら鳥頭切は鳥殺し様の神守りの一族だからな ツク様をお守りするのが役目だ 」

「 人のこと言えないじゃないか 鳥殺し様って何だよ それで楽しいの 」

「 何がだよ あんなに可愛い神様をお守りするのに何の不満があるんだよ 」

「 店長代行って神様なの 」

「 おまえ本当になんも知らないんだな 」

「 しょうがないじゃないか 配属されてから神様だの辻斬りだので頭パニック状態なんだから 」

「 まあ今まで一般人ならそうなるよな わからん事があったら俺がいつでも教えてやるぜ 新人君 」

「 はいはい じゃあその時はお頼みします 」

「 んじゃあそんな何にも知らない新人のトワ君にヒントをあげよう 」

「 何それ 」

「 ウチの調査では近々政府に動きがある 間宮降ろしだ 」

「 間宮総理が 」

「 ああ 事変後の1番大変な時だけ間宮にやらせて軌道に乗ったら自分らが手綱を引こうと画策する輩だ 昔からこの国をダメにしてきたヤツらだよ もし そうなれば ウチも 渋谷も そしておまえら外Qも巻き込まれるぞ 配属そうそう職を失わんように注意することだな 」

 六礼の冷淡な顔が脳裏を過ぎる。砂叉丸の情報が正しいのならば、やはり僕の配属には裏があるようだ。僕はどうすればいい。


「 今日はおつかれさま はい時給よ 一応東京都の最低賃金は守ってるからありがたく受け取りなさい それからツク様は3階にいるから挨拶して帰るのよ 」

 まひるから最低時給と期限切れの廃棄商品の弁当などが入ったコンビニ袋を受け取った。言われるままに店の脇にあるビルのコンクリートの階段を上って行く、薄暗くジメっとした空気のなか古くひび割れが目立つ階段を上る、店の上の2階は居住スペースになっているようだ、鳥追月夜が暮らしているのだろうか。3階に着き 重い大きな鉄製の黒い扉をギィと押し開ける。

 そこには、柱など無いビルの底面と同じ広さの空間が広がっていた、ただ、その中に黒い鳥居を構える黒い社が圧倒的な存在感を放っている、これは何なんだろう、先程、砂叉丸から聞いた鳥殺しと言う言葉が脳裏をよぎる。

 鳥追月夜は社の前で祝詞を奉じていた。

 彼女の絵になる後ろ姿に見惚れていると、鳥居の上から キィィッ と黒い鳥が僕を見降ろしながら嘴を開いた。昨日見た九官鳥の店長( 仮 )だ。

「 今日はありがとうございます 助かりましたよ 斑咲さん 」

 エプロン姿の鳥追月夜が振り向きながらそう言った。

「 斑咲さんのご家族は政府軍として瀬戸内で亡くなったそうですね もしかしたら私か私の仲間が殺したのかもしれませんね 」

 ゾクリと鳥肌が立つ。

「 いえ 父と兄は誰からも殺されていません 職務に準じて戦死しただけです それよりどうして 」

「 ヤッホー 」

 場違いな声と共に川上瑠衣が社の裏から現れた。手には箒と塵取りを持っている。

「 ルイ どうして 」

「 どうしてじゃないわよ いつ迄経っても帰って来ないから部局長に見に行けって まあ部局長はあんたと月夜さんが2人だけでいるのにヤキモチ焼いてるだけだろうけど それより何してんのよ 」

「 だって部局長が手伝えって 」

「 人が来るまで手伝えって言われたんでしょ なんでスナ丸君と楽しそうに看板磨いてんのよ 私が下通っても気が付かないし 」

「 それは…… 」

「 ごめんね瑠衣ちゃん 忙しいのに 」

「 いえいえ まだ役立たずの新人なんで こき使ってやってください それでトワ君待ってる間暇だから月夜さんの手伝いしてたのよ そんであんたの事話したの ごめんね 話さない方がよかった 」

「 いや 別にかまわないけど それよりここは何なんですか 」

雨倭頭巳神社(うわずみじんじゃ)です 以前 関東近郊の農村で信仰され忘れ去られた神様 取り壊されるんである人がここに移したんです 」

「 ここの本当の店長さんで月夜さんのいい人なんでしょ その人の帰りを待ってお店と社を守り続ける ロマンチックだわ 」

「 やめてよ瑠衣ちゃん 単なる女ったらしのクズ野郎よ 生きてるか死んでるかもわからないし 」

「 そうなんですか 」

「 社の前に葛籠があるでしょ 」

 見ると社の前に豪華な装飾が施された大きな玉手箱のような物が置いてあった。

「 その人が鼠仔猫島(そこねじま)で落としていった左腕が入っているの いつか取りに帰って来るんじゃないかと思って 私は怖い女なのよ 」

「 ……あのぉぅ 聞いてもいいですか 」

「 いいですよ 斑咲さん 」

「 鳥追さんは神様なんですか 」

「 そんなわけないでしょ 私はただの亡霊よ 大切な人たちを守る為には死ななければ届かなかった そしてそれでも届かずに国神に殺された 2回死んでようやく国神を討つことが叶った 執念深いにも程があるわ ここにいる私は2回も死んだ単なる亡霊よ 」

「 亡霊……なのですか 」

「 そう 私は死せる生者 そして 斑咲さん あなたは生きる亡者 」

「 僕が亡者 」

「 そう 人生と云ふ名の地獄に囚われた生きる亡者 守るべきものが何なのか それを探しなさい 斑咲トワ 」


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