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 その娘はひっそりと人目を避けるようにして、ランス隊長に導かれ、王宮内の一室へと入ってきた。

 部屋の扉の前には見張りを置き、間違っても無関係な人間が近寄って来ないよう、厳重な警戒態勢が敷かれてある。

 その中にいるのは、俺を含めた近衛隊の数名と、王女付きの侍女たち数名のみだ。どちらも、口が堅いこと、を最優先基準としてランス隊長が厳選したと聞いている。

 緊張でぴんと糸を張ったような室内で、隊員も侍女も、固い顔つきで唇を引き結んだまま、黙りこくっていた。どの目も、見ているものはひとつ。穴が開くほどそこに視線を据えつけたまま、動かない。

 その注視を浴びている対象が、もぞりと身動きしたため、一同がはっと息を呑んだ。


「……ねえ、もう、これ取ってもいい?」

 と、涼やかな声がした。


 ランス隊長の傍らに立つ娘は、フードつきのマントを頭からすっぽりと被っているため、まったく顔が見えない。

 彼女はフードの部分を鬱陶しそうに手で摘んで、それを外すことの許可を求めている。

 マントの下から出ている手はすらりと細く、陽に焼けて健康そうだった。指先は赤くなって皮が剥けているが、それは外の寒さのせいばかりではあるまい。たとえ氷のように冷たくとも水仕事をしなければならない境遇にいると、どれだけ気をつけようがこんな風に手が荒れてくるものだ。

 それだけでも、ここにいる娘が、朝から晩まで労働をし、地に足の着いた生活を営んでいる人間であるということが判る。

 王都でも、下町のほうにならいくらでもいるだろう。だが、この王宮にはいない。いるとしても、俺たちの目に届くような場所にはいない。それほどに立場が異なる存在。


 ──やれやれ、と俺は内心でため息をついた。

 一体、どこから引っ張ってきたんだか。

 まさかこの真面目一本槍の隊長が、本気でこの馬鹿げた茶番に乗るとは思いもしなかった。


「ああ」

 娘の問いかけに、普段から厳つい顔をしていることの多いランス隊長が、無表情で了承の返事をした。いろんな感情を押さえつけているのか、声音も平板だ。いつもこの隊長にしごかれている新人隊員たちがこの様子を見たら、きっと震えあがってしまうだろう。

「ふー、息苦しかった」

 隊長とは正反対に、軽い声が飛び出して、細い手が迷うことなくフードをばさっと勢いよく取り払う。

 そこから現れた顔立ちに、侍女頭のネリーが稲妻でも落とされたかのようにビクッと反応した。

 それだけではなく、その場にいた人間が全員、棒立ちになった。少し前まで呆れ果てて声も出なかった俺でさえ、別の意味で言葉を失った。それほどまでに、娘の顔かたちは衝撃をもたらした。


 ……似ている、確かに。


 背中までかかる、波打つような豊かなダークブロンドの髪。ぱっちりとした大きな瞳は灰色がかった青。

 繊細でどこか儚げな面差しは、まるで一輪の美しい花のようだと絵師にまで絶賛された、クリスティーナ王女そのままだ。

 日焼けした肌や、きゅっと勝気そうに上がった唇や、意志の強さを感じる目許などを除けば、瓜二つだと言ってもいい。

「まあ……なんてこと。ここまで似ているとは。まあ……!」

 興奮しているのか混乱しているのか、ネリーが「まあ」を連発して、手で眦を押さえた。そこに浮かんでいる涙は、決して感動や喜びから出されているものではない、ということくらいは俺も判る。

 昔から王女第一を自分の信条として生きてきたこの年配の侍女頭の心と頭の中は、片時も逸れることなく、今も行方不明のクリスティーナ王女のことのみで占められている。

 娘はそんなネリーにも、無言で立っているランス隊長にも、そして俺たちにもまったく構わずに、きょろきょろと頭を動かして室内を見回した。


「うわー、それにしても王宮ってあったかいのねえ。ここだけ春が来たみたいじゃない? 外は雪がびゅうびゅう舞ってるっていうのに、まるで別世界よね! やっぱり王さまの住むところは違うわー。村の子供たちを呼んでやったらきっと大はしゃぎで走り回るわね。ていうか、あたしもちょっと走ってみたいくらいだもんね! なにしろここ広いし大きいし、そのわりに人はあんまり多くないし。この時期、外はどこもかしこも雪で埋まってるからさ、運動不足で身体がなまっちゃってるのよ。そうそう、そういえばランスさん、知ってた? あたしの村では氷の張った池にちっちゃい穴を開けてね、そこに糸を垂らして……」


 ぺらぺらと途切れることなく喋り続ける娘に、ネリーの涙がぴたりと引っ込んだ。他の近衛隊員と侍女連中も、さっきとは違う理由でぽかっと口を開けて茫然としている。

「…………」

 俺は口を噤んだまま、パタパタとフードを扇にして煽ぎながらまだ口を動かしている娘を見て、それから、その傍らのランス隊長を見た。

 こちらの物言いたげな視線に気づいた隊長は、はあーっと深いため息をついてうな垂れ、静かに首を横に振った。今は何も言ってくれるな、ということらしい。

 俺も今度は遠慮なく、息を吐き出した。

 ……この、いかにもズボラでガサツそうなお喋り娘が、「クリスティーナ王女の代役」だって?


 冗談きついぜ。



          ***



 もちろん、冗談事で済まされる事態じゃないのは、俺だってよく判っている。

 やって来た娘は、クリスティーナ王女の私室に閉じ込められ、立ち居振る舞いから言葉遣い、礼儀作法や笑い方に至るまで、みっちりと「教育」されることになった。

 王女はずっと体調の悪い状態が続いており、すぐに立ちくらみを起こして倒れてしまうため、ほぼ一日中ベッドに臥せたっきり……という表向きの理由を掲げ、身の回りの世話をするのは、事の次第を知っている少数の侍女だけに任されている。

 同様に、王女の護衛も、少数の近衛隊員たちだけで受け持つことになった。本来の数の三分の一くらいか。今でも何が起きたかを知らない下っ端や、一部の近衛隊などからは、不審の声が上がっているらしい。

 ひょっとして王女は感染性の病気に罹っていて、被害を最小限に防ぐための措置なのではないか、という噂も聞こえてくる。まったく呑気なもんだよ。そんな病人の部屋から、あんなに賑やかな喋り声が聞こえてくるかっての。

 事情を知っていたら、誰もそんなことは言えないに違いない。この歴史ある北の小国、「冬の国」と呼ばれるキルヒリアでも、きっと前代未聞のスキャンダルだ。否が応でも関わらずにいられなかった俺たちは、いつ首が飛ぶのか、それこそ薄氷の上を歩いているような毎日を強いられている。

 だって信じられるか?

 ──王女が、近衛隊員の男と駆け落ちした、なんて。



          ***



「あーあ、まったく肩が凝る。毎日毎日アレしろコレしろって。ただお茶を飲むのだけでもうるさく言われるんだもん、イヤになっちゃう。たかが飲み物でしょ? 喉の渇きを潤すためだけのもんでしょ? 小指が立っていようが曲がっていようが、それってそんなに問題なのかしら。それとも王宮のお茶は指の角度によって味でも変わるわけ?」

 ぶうたらと不満ばかり零す娘に、俺のこめかみはさっきから引き攣りっぱなしだ。

「いいから、とにかく……」

「特にあのネリーさんって人、怖くない? わたくしのクリスティーナさまはそんな下品な動作はしないって青筋立てて怒るのよ。そりゃーだってあたし、あなたのクリスティーナさまではありませんから、って言い返したらさらに怒るしさ」

「とにかく……」

「怖いと言えば、あのランスさんって人も怖い顔してるわよねー。あの人ってさ、笑うこともあるの? あたし一度も見たことないんだけど。あの顔で笑われてもそれはそれで怖いかもしれないけどそれにしたってさ」

「おい……」

「そういえば、ねえねえ知ってる? あたしの村では年に一回お祭りがあって、その時みんなで地面に大きな絵を描くのよ。それがあのね、雪の精霊の絵なんだけどね、村の中でだーれも絵心のあるやつがいないもんだから、なんだかバケモノみたいな仕上がりになって子供が泣くわ叫ぶわで大騒ぎして、そのバケモノがランスさんに……」

「ひ・と・の・は・な・し・を・き・け」

「きゃー、なにすんの、いたいいたい!」

 唇の横の肉を摘んで引っ張ってやると、娘が悲鳴を上げて、やっと静かになった。

 少し気を落ち着かせるために、ふー、と息を吐く。


「……とにかく、こういうことになったからには仕方ない。気は進まないが、当面はあんたをクリスティーナ王女として、やっていくしかないようだ。俺は近衛隊のロイド。あんたの護衛は俺が中心になって引き受ける。数が少ないから、どうしても手薄となることもあるが……」


「あれ? あのランスさんって人は?」

 娘が唇の端を手でさすりながら問いかける。その雑な仕草といい、くだけた口調と言い、本物のクリスティーナ王女を見慣れた身には、違和感だらけで背中がぞわぞわする。

「隊長は隊長で、他の仕事もあって忙しくてな」

「ふうん。そうなんだ」

 俺の言葉をあっさり呑み込み、娘は納得したように頷いた。どう納得したのかは知らないが、どちらにしろそれはおそらく、本当のところからは離れている。

 ……実際のところ、俺はランス隊長に、この仕事を押しつけられたのである。

 王家にひたすら忠誠を貫いてきたあの隊長にとって、可憐で優雅なクリスティーナ王女はまさに尊敬と崇拝の象徴のようなものだ。その美しい王女と同じ顔をした娘が、こんな風にソファでだらだら寝そべって菓子をボリボリ食べていたら、そりゃいろいろと絶望的な気分にもなるだろう。

 お前のように冷静で客観的な男ならこの任務も務まるはずだ、と隊長に言われ、俺は相当イヤだったが引き受けるしかなかった。ただでさえこの大失態に近衛隊長の面目丸潰れで、責任は痛感しているが辞職も出来ず、日々憔悴していくあの人に、これ以上の負担は与えられない。それこそ自ら雪の中に埋まって死んでしまいそうだ。

「あんたは大体の説明は受けているのか?」

 そう訊ねると、娘はうんと頷いて身を起こし、ようやくきちんとソファに座った。ぽんぽんと服をはたいて菓子くずを大雑把に床に落とすものだから、ネリーが顔をしかめている。せっかく高価なドレスを着ていても、これじゃ台無しだ。

 娘は立ったままの俺を見て、向かいのソファを手で示した。

「あのさ、話しにくいから、座ってよ」

「近衛隊員は王女の前では立っているか跪くことしか許されていない」

「あたしのこと、王女だなんて思ってないんでしょ? あたしも自分でそんなこと思ってないよ。あたしはただ、王女さまが見つかるまで、人の目をごまかすための置き物であればいいんでしょ。氷に映る影みたいなものに、忠義もへったくれもないじゃない」

「…………」


 ──俺は正直、へえ、と感心した。


 言葉遣いは乱暴だし、表現はいささか拙いが、娘の認識はきちんと的を射ている。いきなり王宮にやって来て、何もかも放念して浮かれるほどの愚かさはないようだ。

「……じゃあ、今のところは対等の立場で話そう」

 そう言って、向かいのソファに腰を下ろす。部屋の扉近くに控えているネリーが苦々しい顔をしているのは、たかが近衛隊員が王女のソファに、と思っているからだろう。主人が不在となったこの私室を、あの侍女頭が毎日神経質なほどに磨き立てているという話は知っている。

 馬鹿げた話さ。そうして「いつもの状態」を保ってさえいれば、王女が姿を消した現実をなかったものに出来るとでも思っているのかね。


 ネリーが思っているほど、現実は脆くも甘くもない。


「えっと、ロイドさん、だっけ」

「ロイドでいい。……あんたの名は?」

 そういえば、それさえもまだ聞いていなかった、とようやく気がついた。侍女たちも誰も彼女の名を呼んでいない。ランス隊長からも聞いていない。ひょっとしてあの人も知らないんじゃないだろうな。

「ティナ」

「あんたの名前だよ」

「ティナだってば」

「だから──」

 言いかけて、口を噤む。なんだか会話が根本的なところですれ違ってやしないだろうか。

「……つまり、あんたの言うティナっていうのは、クリスティーナ王女の愛称じゃなくて」

「正真正銘、あたしの名前だよ。王女さまのように立派な名前じゃなくて、ただの『ティナ』。田舎のちっちゃな村の娘には、それが分相応ってところよね」

 そう言って、ティナはけらけらと陽気に笑った。



 ティナは自分で言うとおり、キルヒリア王国の片隅、王都から遠く離れた小さな村に住んでいたらしい。

 なるほどな、と納得する。そりゃあ、そんな田舎なら、この容姿でもさほど騒ぎにはならなかっただろう。王女の顔を知っている人間が、そもそもいるとは思えない。

 同じ顔をした人間が、一方は王宮の中で大事に育てられ、一方は寒さに凍えながら毎日必死に働いていたわけだ。

「ある日いきなり王都の遣いって人が来てさ、極秘の話があるって真剣な顔をされた時にはビックリしたもんよ」

 あはは、とティナは笑い声を立てた。俺たちにとって、それはまったく笑い話ではないのだが。

「その時、詳しい話を?」

「ううん。なにしろ、とにかく『一緒に王都に来い』の一点張りでさあ。そんなの、誰だってウサンくさいと思うじゃない? あんまり強引だったから、あたしも腹が立って、包丁振り回して『帰れ! 二度と来るな!』って怒鳴っちゃった」

 それはそうだ。ティナを見つけたのは王から極秘の命を受けた誰かだったのだろうが、そんなやり方ですんなりついて来ると思うほうがどうかしている。そいつが「攫う」というもっと強引な手段でティナを連れて来ようとしなかったのは、まだしも幸いだった。

「そうしたらしばらくして、ランスさんが来たの」

 説得要員として駆り出された、ってことだな。そうかなるほど、そいつがティナを見つけてしまったから、ランス隊長は王宮に彼女を連れて来ざるを得なかったのだ。そういう命令が下されれば、隊長に拒否権なんてあるわけない。あの人も口が廻るほうではないから、きっと苦労をしただろう。

 最初は隊長のことも疑いの目で見ていたティナだったが、決して要領はよくないが丁寧で真面目な説明をしようとする姿を見て、少し考えを改めるようになった、のだという。


「大変だよね、王女さまがいきなり家出しちゃうなんて」


 あっけらかんと王宮の極秘事項を口にしたティナを、ネリーが悔しそうにぎっと睨みつけた。

「近衛隊の人と一緒に出て行っちゃったんだってね」

「……そうだ」

 同じ近衛隊員として恥ずかしいが、事実は事実なので、認めるしかない。

「恋人同士だったのかな」

「さあ……な」

 俺は曖昧に首を傾げた。

 眉を上げたままのネリーが何かを言いたそうに口をもぐもぐさせているのは、「恋人同士であるはずがない」と叫びたいためだろう。

 世間知らずで疑うことを知らない純粋な王女を、一人の不届きな近衛隊員が口車に乗せて陥れた。ネリーはそう信じているし、彼女にとってはそれが真実だ。幼い頃から王女を溺愛していたネリーからすれば、お気の毒な王女は完全な被害者でしかない。

 本当のところはどうだったかなんて、俺にだって判らない。確かに近衛隊員の中には、年々美しさに磨きがかかっていく王女に憧れているやつも多かった。

 ──けど、さ。

 王女と共に姿を消した近衛隊員は、俺の後輩でもあったんだ。仕事や王宮内のことをあれこれと教えてやったし、一緒に飲みに行ったこともよくあった。俺の五歳下、まだ二十になったばかりの、確かに甘ちゃんなところも大いにある男ではあったけど。


 ……だけど、律儀で勤勉で、ものすごく心の優しい、いいやつだったんだ。


 ランス隊長と同じで、近衛隊としての仕事に誇りを持っていて、俺と違って、仕事に対していつも生真面目すぎるくらい誠実だった。

 目をキラキラさせながら未来の展望を語るような、俺にはない良いものを、身体の中に溢れるほどにたくさん持っている、眩しいくらいのやつだった。

 それがどうして、こんな暴挙に出たのか、俺には判らない。ランス隊長にも、判らないだろう。だからこそ、あの人も苦悩している。

「……えっと、それで、ランスさんが」

 俺の表情に暗い影が差したことに気づいたのか、ティナは少しうろたえるように慌てて話を変えようとした。ズボラなわりに、意外と目敏いところも、賢いところもあるようだ。

 なにより大事な、人を思いやる心を持っている。

「で、隊長の説得により、あんたは王女の代役を務めるべく、この王宮にまでやって来た、と」

 俺が台詞の先を続けると、ティナはちょっとホッとしたように顔を綻ばせた。

 そうか、と思う。


 ──良くも悪くも、素直な娘なんだな。


「うん、そうなの。ここまでは馬に乗せてもらってきたんだけどさ、あれって慣れないと大変だね! お尻が痛いし、それでなくても雪が顔に当たって冷たいし。馬のほうは平気そうだったけど、寒さに強いのかな? 羨ましいよねえ、あたしもさ、もうちょっと自分に肉がついてたらこんな寒い思いもしないでいいんじゃないかって何度も──」

「あんた、家族は?」

 放っておくと延々と続きそうなお喋りをぶった切って質問をする。ティナは話を遮られても特に気分を害する様子もなく、「あ、家族はね」とすぐさま切り替えた。少しだけ、こいつの扱い方のコツが掴めてきたぞ。

「弟がいるの。十歳になる」

「あんたは……」

「十八」

 そんなところまで王女と一緒なのか。まさかとは思うが、「訳あって捨てられた王女の双子の片割れ」などという、物語のように都合のいい話じゃあるまいな。

「……その弟が、昔からちょっと身体が弱くって」

 ここではじめて、ティナの口調のトーンが下がった。青い瞳がふわりと彷徨うように宙に投げ出される。

「あたしたち、親もいないしね。一生懸命働いても、あたしが稼ぐお金なんて、たかが知れてる。だからこの話は、あたしにとっても有難かったよ。なにしろ、王宮でじっとしていれば、あたしたちには縁のなかったくらいの金額のお金がもらえるんだもん。それだけあったら、弟にちゃんとした薬もあげられる。そうすれば、きっと良くなると思うんだ」

「──そうか。その弟は、今は?」

「近所の人に世話を頼んであるよ。その分にかかるお金は、ランスさんが前払いだって言って出してくれた。あの人、いい人だね」

「どうかね」

 俺はわずかに目を逸らした。ティナに正面切って「いい人だね、ありがとう」などと言われたら、ランス隊長もきっと目を逸らしたに違いない。

 さては、俺にこの仕事を丸投げしたのも、そのあたりに理由があるな。

「早く王女さま、見つかるといいね」

 王女が見つかりさえすれば、自分の役目は終わり、大金を持って弟のところに戻れる──と考えているのだろう。ティナはうっとりと夢見るように言った。

「そうだな……」

 もちろん、王女が行方知れずになったその日から現在に至るまで、必死の捜索は続いている。だが、今のところそれらしい情報は入って来ていない。

 俺は再び、長い息を吐き出した。






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