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心なき恋

俺には今まで、好きな人ができたことが無かった。


多分それはこれからもずっと変わらなくて、最後まで一人ぼっちのまま誰も好きになれずに生きて、そして死んでいくんだろうって、ずっとそう思って過ごしてきたんだ。


でも―――。

生まれてこのかた26年、俺は自分が恋をすることなんて、無いと思って過ごしてきた。


恋人がいたことは何度かあって、紛いなりに同棲や婚約をしたこともあるのだが、どうにも長続きはしなくて。


俺は一生このまま、誰とも結ばれることもなく、一人で死んでいくのだろう、と。


そればかり考えて、毎日を過ごしていた――。






『心なき恋』






伊藤真希、26歳、フリーター。


真希と書いてマサキと読むが、大概の人はマキと読む。そんな女みたいな自分の名前を、俺は昔から好かない。


26歳でフリーターだなんて…我ながらどうかとも思うのだが、これでもつい一年ほど前までは、小さな町工場で若き工場長として勤めていた。


勤続7年目にして社長の娘と婚約、能力的にもなんの不足も無いということで、前工場長の退職を機に工場長に任命。


しかしその娘となんとなくを理由に離婚し、なんとなくな居辛さを感じた事で、誰にも止められることなくスムーズに退職。


フリーターというフリーな職業に行き着き、なんとなく一年が経っている。



「お疲れ様です」



バイト先の休憩室でボーッと考え事をしていると、背後から感情の無い声でそう聞こえてきた。


黙って振り向き、俺の胸ほどの高さにあるその冷たい双眸をジッと見つめると、その下にある肉の少ない頬がやんわりと赤らんだ。



「な、なんですか伊藤さん」

「いや、今日も可愛いなって」

「んーーー………っ」



苛立ちか恥ずかしさかわからないが、小柄で無表情だった彼女は眉間にシワを寄せ、声にならない声を出しながら下を向く。


セミロングの髪がサラサラと下に落ちて、顔を出したこれまた小さな耳は、軟骨まで真っ赤に染まっていた。それを、なんとなく指先でつまむ。



「ひゃうっ!? ななな、なにするんですか伊藤さん!?セクハラですか!?」

「いや、小さくて赤いなーって思って」

「赤くないですよッ!!」

「君の目は横についているのかい?」

「は、はい…?」

「見えてないくせになに言ってんだってこと。 赤いよちゃんと。写真撮る?」

「や、やめてください!訴えますよ!?」



ついさっきまでまったくの無表情だった少女は、別人のように感情豊かになって、真っ赤な顔で俺に怒鳴りかかってきている。


郡湊、18歳、女子高生。


驚くなかれ、たった2文字の名前だが、コオリにミナトと、読み仮名をふれば6文字もある。


突然だが、最初に彼女に出会った時…約一年ほど前から今日に至るまでの話を、かいつまんでさせていただこう。


あれは、そう、約一年ほど前の冬…俺の最初の出勤日だった。



「初めまして、伊藤マサキです」

「コオリさん、彼、新しく入った伊藤さん。色々教えてあげてね」

「…はい」



気の無い声で返事をする、ボーイッシュで活発そうな髪型なのに、無表情でまったく陰気さを隠そうともしない、なんとも愛想の無い少女。


初見の印象は、“めんどくさそう”と“なんか怖い”だった。



「伊藤さん。ん」

「ん? ん、って、なんですか?」

「考えればわかりません?」

「あー…」



ん、と言って何かを指差したり、差し出したりしてくるのが、コオリさんの教育スタイルだった。


俺はわりかし要領が良いと言われる側の人間だから大丈夫だろうが、これ、そこらへんの不器用で意欲的じゃない現代っ子相手にやったりしたら、普通に逃げられるんじゃないか?


あ、コオリさんも現代っ子か、全然キャピキャピしてないから女子高生だってこと忘れてた。


度々そんな風に思いつつ、大人しく仕事を教わっていると、一ヶ月もする頃には俺の能力は彼女に追いつき、忙しい時間も二人が揃っていれば安心できると、職場の誰もが言うほどになっていた。


彼女は女子高生だが、フリーターの俺に次いで勤務時間が長く、二人の休憩時間はよく被る。


それでも俺と彼女の間にはまったくと言っていいほど共通の話題が見当たらないので、一時間以上与えられる休憩時間を当然のように無言で過ごしたりもしていたのだが、いつ頃だったか?


休憩中、机の向かいに座ってスマホをいじっている彼女の顔をジッと見ていると、わりと顔が整っていると思ったので、それを指摘したんだ。



「コオリさんって睫毛長いよね。目もぱっちりしてて、鼻とか口とかも程よい感じで、なんというか…綺麗な顔してる」

「 は い ? 」



返ってきたのはドスの効いた低い声と、親の仇を睨むかのような険しい表情で。


なんとなく言ったことだったけど、すぐに後悔と危機感を感じて、当時25だった俺は、10こ近く歳の離れた女子高生に、即座かつ素直に頭を下げていた。



「ごめんなさいですコオリ先輩」

「え、え? な、なんで謝るんですか」



そう言う彼女の声が少し笑っていたので、俺は頭を上げながら、少し唖然とする。



「な、なんですか、こっち見ないでくださいよ。 …わ、たし、か、顔になんか…つ、ついてますか?」

「あ、いや、コオリさん感情あるんだって」



よく見れば耳が赤くなっていて、目も忙しなく動き回り、どこか落ち着かない様子でいる。


今まで一生を生きてきて、それから何ヵ月かを一緒に働いてきて、彼女の顔をまともに見たのは今が初めてだったが。



「コオリさん……可愛いね」

「は?」



思わず口をついた言葉に、彼女は心底怪訝そうな表情を浮かべた。



「いや、すいません、やっぱ怖かったです」

「え、え、な、なにがです?」

「二十代半ばの冴えないおじさんを苛めないでください」

「え、え、えぇ……?」



…という具合で、ようやく始まった俺とコオリさんのコミュニケーション。


そこから二人の距離が縮まるのにさして時間はかからなかったが、プライベートで会ったりするようなことは決して無く、俺達はあくまで、“職場の知人”という関係を越えはしなかった。


――なのに。



「伊藤さん、今日体調悪いんじゃないですか?」

「え?まさか」

「熱測りましょう。私体温計持ち歩いてるんで」





「やっぱ熱ありますね、今日は帰ったほうがいいんじゃないですか?」

「いや、まだやれる」

「いや、帰ってください。私から店長に頼んでくるんで」

「いや、大丈……」



言いかけた俺は、その場で急に倒れかけて、小さな彼女にもたれかかってしまった。


幸いすぐ後ろに壁があったので、壁ドンならぬ壁ベッタリをしただけで済んだのだが、俺の身体はそこから動かすことができず。



「い、い、いい、トォー、サン、お、オ、おも、モィディース…!!」

「うぅー…、ごめん、なんか……力、入らなくて…」

「ダダダ、ダイジョブ、デスカ…」

「だいじょ…ばん……かも……」

「はぅぅ…、み、耳に息が…!」



その場に通りがかった店長の判断で、俺は即帰宅することに。


バイト先から俺の自宅までは徒歩5分ほどなのだが、コオリさんは休憩に入る形で、俺に肩を貸しながら家まで送ってくれた。


べったりくっついて過ごした訳だが、体調が悪かったせいもあり、その時の記憶はほとんど無い。



「はぁ、はぁ……うぅ」

「だ、大丈夫ですか伊藤さん」

「うーん…。俺、あんまり体調悪いの顔に出ない筈なんだけど…なんでわかったの…?」

「そ、そりゃ、わかりますよ」

「なんで…?」

「ま、毎日一緒にいるから…?」

「はは、たしかに」

「えーっと…家つきますよ?たしかこの辺ですよね?」

「そこー…」

「うわぁ、完全に死んでる。こんな駄目な伊藤さん初めて見ましたよ」

「ふへぇ……ごめん……」

「いや、責めてる訳じゃ…。…あ、ほら、もうつきましたよ」

「看病してぇ…」

「え?」

「は!?」



そこですぐに我に帰った。


25歳の中年予備軍が、17歳の女子高生相手に何を言っているんだ!?…と。


しかし、返ってきたのは意外なリアクションで。



「い、いいんですか?あ、上がっても……」

「あ、えっと……、あ、その、まぁ、コオリさんが……いいなら」



コオリさんは返事をせず、黙々と歩みを進める。



「あ、そこ」



彼女はそのまま黙々と俺を部屋まで連れていき、言葉少なに布団に寝かせ、そこで俺の身体は限界を迎えたのか、意識がプツリと途絶えた。



――pipipipi。



携帯の着信音で目を覚ますと、記憶がある間たしかに明るかった俺の部屋は、陽の光という照明を失ってすっかり暗くなっている。


しかし、身体が重い。しかも汗だくで気持ち悪い。


そう思いながら携帯に手を伸ばし、電話に出るなり、店長の慌てた声がする。



「コオリさん知らない!!!????」

「え……? いや、知りま―」

「……ん…」

「―した。僕の部屋で寝てます」

「起こしてくれる!? ごめん、お店忙しいから!!!よろしくっ!!」



電話はすぐに切れた。


寝起きの俺の頭ではいまいち状況が理解できないのだが、俺に寄り添う…とまでは行かないが、頭だけ俺の身体にぴったりくっつけて、コオリさんが俺の部屋で寝ている。


これは、確かな現実で。



「コオリさん?コオリさん?」

「んにゃ…」

「コオリさん、起きてくださーい。お店忙しいってー。とっくの昔に休憩終わってますよー?」

「は!?」



慌てて飛び起きた彼女は、そのまま慌てた様子でワタワタと何かを弁明し、そのまま慌てた足取りで俺の部屋から去っていった。


俺はなんとなく、毛布のコオリさんが乗っかっていたところを手にして、そのまま顔に近づける。



「ん……コオリさんの匂いがする。…あ、駄目だ……ねむい」



パタリ、と倒れるように眠り、そこからまた、俺の記憶は無かった。


そこからバイトは2日休んで、体調はようやく元通り。約三日ぶりに再会したコオリさんも、いつもと変わらない様子でいた。


――のに。



「コオリさん、結婚しよ」

「お疲れ様です」



気づくと俺は、それが口癖になっていたのである。


我ながら自分で自分がわからなかった。ただなんとなく、気づいたらそんなことを口走るようになっていて。



「おはようコオリさん、今日も可愛いね」

「んん……」


「コオリさん元気無い?」

「え…なんでわかったんですか?」

「え? んー…、よく見てるから?」

「ふっ、なんですかそれ、くくっ…」


「コオリさん、結婚しよう」

「邪魔です退いてください」

「ごめんなさい」


「今日はコオリさんの好きなとこ50個考えてきました」

「お疲れ様です」

「ありがとうございます」


「コオリさん」

「なんですか?」

「呼んだだけです。そしたらコオリさん、こっち向いてくれるじゃないですか」

「なな、なんですかそれ…? べ、別に呼ばれなくても、伊藤さんが気づいてないだけで見てますよ?」

「え……?」

「―あ、いらっしゃいませー。」

「ッラッシャァーセーッ!!!」


「伊藤さん」

「はいな」

「結婚しよなんて、簡単に言っちゃダメですよ」

「簡単には言ってないですよ。コオリさんにだけ、毎日ドキドキしながら伝えてます」

「それ…冗談ですか?」

「最初はたぶん、そうだったんですけどね。なんか気づいたら、頭の中からコオリさんが消えなくなってて」

「んん……。 は、犯罪ですよ」

「ですね。待ちます」

「それも、冗談ですか…?」

「冗談半分ですねぇ」

「んん…」



それでも、二人の仲は特に進展するようなこともなく。


端から見たら完全に付き合ってる、なんて同僚達には言われながらも、プライベートでは一秒も会ったことはなくて、連絡を取り合ったこともほとんど無い。


そもそも、俺は自分の気持ちを理解してもいなくて。



「伊藤さん…元気無くないですか?」

「おや、わかりますかコオリ様」

「なんとなく」

「実は昨日告白されまして。2年くらい付き合いのある女性なのですが、僕は初めて女性を振ったのですよ」

「え、なんでですか?」

「いや、それが、自分でもなんでかわからなくて…。ただ、振られた側の気持ちを考えたら、胸が痛くて、苦しいんです。 …なんで、なんですかね?」

「それは…。 ……私にはわかりませんよ。伊藤さんの心の問題ですし」

「さすがコオリ様つめたい」

「それやめてくれません?」

「結婚したら伊藤様になるので解決ですよ!」

「はぁ…」



今思えば、そのやり取りの中に、もう答えはあったんだ。


なのに俺は、その事実に気づかず、理解できず、ただなんとなくでコオリさんと一緒の時間を浪費し続けて。


それが当たり前だとばかり、勘違いしていて。



「……ぐすっ」

「どうしました?」

「え?」



その女性は、バイト帰りの公園で見つけた人だった。


誰もいない夜の公園で、一人で泣いているその姿を、俺は柄にもなく、放っておけないだなんて思ってしまって。



「あ、えーっと、その」

「えっと、ごめんなさい、邪魔?ですよね? も、もう帰りますから」

「あ、ちょっと待ってください!」



立ち去ろうとするその人の腕を、俺は掴んでいた。



「わ、笑ってください」

「え……?」

「せ、せっかくの美人が、もったいないです」

「あ、えっと……?」

「話聞きますから…一人で泣かないで……」

「あ…、はぁ…。えーっと…じゃあ」



困惑する彼女と、我ながら困惑する俺は、二人で近くのファミレスに行った。


そこで聞いた話は、彼女が最近冷たくなった恋人に別れ話を切り出したところ、スムーズに破局が成立してしまい、よくわからない涙が止まらなくなった、というもので。


失恋の悲しみは……失恋したことも、恋したことすら無かった筈なのに、なんでかよくわかって。


また泣き出す名も知らぬ彼女に、俺はまた、衝動的に言葉をぶつけていた。



「じ、実は一目惚れしてました。俺じゃ代わりにはならないだろうけど、それでもそのぶん、たくさんたくさん大切にします。 だから、泣かないでくれませんか…?」

「え…?」

「次が見つかるまでで良いんです。俺と…付き合ってください」



――こうして、離婚後初めて、俺に恋人ができた。



「マッキー、こっちこっち!」

「はいはい」



週末は学校が休みだから、コオリさんも一日中バイトができる。


だから一日中コオリさんと一緒に居れる訳で、俺は忙しくて疲れる筈なのに、毎週末をむしろ楽しみに思っていた。


なのに今、コオリさんの顔を頭の中に浮かべながら、俺は楽しみな筈の週末を恋人と共に過ごしている。



「マッキー?どうしたの?」

「うん?いや、考え事。 ユナちゃんとの将来を考えたら、やっぱ就職しなきゃなぁって」

「マッキー…! ふふ、嬉しい…!」

「でも、ユナちゃん。別で付き合いたい人ができたら、遠慮はしなくていいからね」

「あ…うん。でも私、マッキーが一番好きだよ? だからもう、それ、言わないで欲しいかな…」

「なんで?」

「え?あ、その…な、なんでだろうね?はは…」

「それは俺は、ユナちゃんを幸せにする為だけに頑張るけど…。 でも、ユナちゃんが俺で妥協する理由にはならないでしょ? ユナちゃんの幸せが俺の幸せだから、何度でも言うよ。 俺より良い人ができたら、遠慮なくその人を選んでね。俺は、君が笑ってるのが一番いい」

「マッキー…。…ふふ、ありがと!大好き!」

「ん、ミートゥーミートゥー」



大好き、という言葉を、なんとなく返す気にはならなくて。


俺はいつもミートゥーで誤魔化したり、キスで誤魔化したりした。


セックスは、音が無いと寂しいからと言って、テレビを点けさせてもらって。


テレビを見ながら腰を振る。多分彼女は気づいていない。


そのあとシャワーで身体をよく洗う。何度も絡まっていた舌は、どれだけ洗っても、謎の不快感が取れなかった。



「…って感じなんだけど、これが初めての経験で。今までそんなことなかったのに」

「あーそれは最低ですねー」



バイト先の休憩室。俺はコオリ様に全てを話していた。



「最低ですかね?」

「最低だと思いますよ。要するに好きじゃないってことじゃないですか」

「好きじゃない?好きじゃないと付き合っちゃダメなんですかね? 俺、今まで誰も好きになったことないですけど、多分20人近く交際経験あるし、結婚もしてましたよ。 それにユナちゃんは、なんかなんとなく、ちゃんと大事にしなきゃって思ってて」

「じゃあ大事にすればいいんじゃないですか?」

「む、さすがコオリ様つめたい」

「…はあ」

「そういえばコオリ様、最近シフト減りましたね。土日も入ってない」

「ああ、まあ、掛け持ち始めましたから」

「え…?……そ、そう、なんですか…?」

「…はい。ちなみに向こうのバイト先に、好きな人もいます」

「……ほう?」



胸の辺りが、チクリと痛んだ。でも、不思議と顔は笑ってて。



「おめでとうございます!コオリさんにも好きな人ができるんですね!応援しますよー!!!」

「…はぁ…」

「うーんでもなんでだ…、なんか、胸が……苦しい」

「…はぁ。……私、もう戻りますね」

「あ、じゃあ俺も!」

「胸痛いんでしょ?休んでてください、また体調崩されても迷惑ですから」

「え…、あれ?」



いつもなら、笑いながら、“ふふ、お好きにどうぞ?”なんて言ってくれてたのに。


なんでだろう…。なんか、壁…みたいなのを、感じる…。



「マッキーどうしたの?」

「ん?あ、いや、なかなか仕事決まらなくてさ」

「焦らなくていいよ?私だって働いてるんだから」


「邪魔です伊藤さん」

「ん?あ、ごめん!」

「仕事中にボーッとしないでくれません?」

「ごめん…」


「いいよマッキー、甘えて?」

「うん……」

「よしよし」


「伊藤さん…なんか疲れてますね」

「え…、そう…かな…」

「別れたほうがいいんじゃないですか?好きじゃないのに付き合うって、辛くありません?」

「ん…はは、どう…なんだろうね」


「マッキー、浮気とか…してないよね?」

「え、してないけど、なんで?」

「あ、ううん!いやほら、マッキーかっこいいし、優しいから、モテるでしょ? ちょ、ちょっと心配だなーって、それだけ!あはは…!」

「いや…かっこよくも優しくもないよ、別に……俺なんか……」

「マッキー…?」

「…やー!一緒に寝かせろー!」

「わ!ふふ、あはは!」


「コオリさん」

「はい?」

「あ、えっと、なんでもなかった」

「ふーん…。…そういえば最近、あれ無くなりましたよね」

「あれ?」

「わからないならいいです。まぁ、彼女いるのに言ってたらいよいよクズですしね」

「あ、ああ…。……うん、そう…だよね」


「マッキー」

「はぁ…」

「マッキー?」

「ん?」

「マッキー、最近休めてる? 週末会うの、ちょっとやめとく?」

「あ、うん、それありがたいかも…」

「……そっ、か。 うん、うん!わかったよ、ゆっくり休んでね!」

「ありがとー」


「あれ、伊藤さん週末入ってるんですか?」

「うん、コオリさんと働きたくて」

「デートは?」

「ちょっとお休みしたいって頼んだ」

「大事にするって言ってませんでしたっけ?」

「いやしんどくて、ちょっとコオリさんで充電」



その瞬間から、何故かコオリさんは、俺と口を聞いてくれなくなった。


週末のバイトも他の子に代わってもらってて、シフトも入れ替わるだけのものが増えて。


俺としてはそのぶん恋人を見る時間が増えた筈なのに、なんでか、何もする気になれなくて。



【マッキー、今週も会えない?】17:12/既読

【ちょっとしんどいです】23:20/既読

【わかった、私も用事あるから

 もう来月まで会えなくなるね】23:21/既読

【ごめん】8:14/既読

【ううん、こっちこそごめんね】8:18/既読

【マッキー、無理はしないでね】12:40/既読

【大好きマッキー、愛してる】19:15/既読




【ミートゥー】8:00/既読




…それから、たまに会うたび、恋人はよく泣くようになった。


たくさん抱き締めて、たくさんキスして、たくさん優しい言葉をかけているのに、恋人はよく泣いた。


それが疲れるから、もっと会わないようになって。


それがもっと恋人を泣かせることになるとわかっているのに、心のどこかで、そのまま嫌われでもすればいいや、とまで思うようになっていた。



「……はぁ」



誰もいない自室に一人、溜め息をついて布団に入る。


なんでか、この布団にコオリさんの頭が乗っていたことを思い出して、そこの匂いを嗅いだ。



「うぇっ」



したのは恋人の匂い。


思い出したのはテレビを見ながらのセックス、目を開けたままのキス。


俺は布団を蹴っ飛ばして、蹴っ飛ばして蹴っ飛ばして蹴っ飛ばして、頭をかきむしって、固い床の上で丸くなる。



自分で、自分のことが、まったくわからない。



「コオリさん……」



コオリさんに、会いたい。


もっとずっと、コオリさんと一緒に居たい。


コオリさんと、ただ楽しかっただけの、あの頃、あの時間に、帰りたい。



「俺は……ッ! 俺は、いつ、何を間違えたんだ……!? くそッ………!!」



爪を立てて、身体を抱き締める。


丸くなって、頭を抱える。


歯軋りして、声にならない声を絞り出す。



「……ッ、あ、がぁぁあああ………!! あぁぁああああああああああああああ…!!!」



爪で抱いた肩がジクジク痛む。


抱えた頭骸骨がミシミシ痛む。


声を絞り出す喉は渇れて苦しくて、それでも。



「…………あぁ」



それでも俺は、そうやって朝を迎えるのが、いつの間にか当たり前のようになっていた。



「朝か………」



ずっとずっと、夜が続けばいい。


でも苦しい自責が続くから、朝日にも早く昇ってほしい。


そんなワガママな思いを、俺はいつも引きずっている。



「マッキー?」

「別れよう」

「え?」



気づいたら、そんなことを口走っていた。


恋人がずっと見に行きたいと言っていた、大きな花畑のイルミネーション。


その中に立って、俺は気づくと、それだけ言っていた。



………

………………

………………………



「俺は、マキって書く自分の名前が嫌いなんだ」

「良い名前じゃないですか。私なんてミナトですよ?今でもたまに男子に間違われますね」

「良い名前だよ。きれいな名前」

「ふふ、ありがとうございます」

「こちらこそ。いつもありがとう」

「ふふ、急にどうしたんですか?」

「さぁ、どうしたんだろうねぇ?」

「…なんか」

「ん?」

「帰りたくないなー、って」

「はぁ? んなこと言ってたら、おじさんが持って帰っちゃうぞー?」

「ふふ、どうぞ」

「ぅえ?」

「あはは、冗談ですよ!」

「な…、おじさんからかうなよ!」

「ふふ、おつかれさまでーす!」

「なんだよそれ、くくっ」



………………………

………………

………



「…頭の中から離れない人がいて」

「え?」

「それは…君じゃないんだ」

「ど、どういうこと、マッキー」

「君が泣いてるのが嫌で始めたことなのに」

「ま、待ってマッキー、なんで今なの…!?」

「こんなことになってて」

「い、いや、言わないで…っ」

「ごめん、さようなら」



その場で泣き崩れるその人を置いて、俺はキラキラと輝くイルミネーションの中を歩いていく。


こんなに眩しい世界なのに、俺の中には真っ暗なものしか無くて。


空に輝く筈の満天の星空も、人の灯りが眩しすぎて、全部霞んで見えなくなる。


そんなよくわからないことを、俺は考えていた。



「寒いなぁ……。もう、冬か……」



吐いた息は、もううっすらと白んでいた。


恋人だった人とはその後、会ってもいないし、電話してもいない。


メッセージは多少やり取りした。


でも俺に言えるのは、ただごめんなさいって、そればっかりだから。



「コオリさん」

「はい?」

「俺彼女と別れちゃった」

「へえー。私は彼氏できちゃいましたよ?」

「お!よかったねー、おめでとう!!!」



それから、コオリさんのシフトは元通りになった。


でも俺は、進めていた就活がトントン拍子に上手く行ってしまい、また小さな町工場で働き始めている。


でも工場長が優しい人で、相談したらアルバイト扱いで働いてもいいって言ってくれたから、工場は必ず定時で上げさせてもらって、そこからバイト先にも顔を出している。



「お疲れ様です」



バイト先の休憩室でボーッと考え事をしていると、背後から感情の無い声でそう聞こえてきた。


黙って振り向き、俺の胸ほどの高さにあるその冷たい双眸をジッと見つめると、その下にある肉の少ない頬がやんわりと赤らんだ。



「な、なんですか伊藤さん」

「いや、今日も可愛いなって」

「んーーー………っ」



苛立ちか恥ずかしさかわからないが、小柄で無表情だった彼女は眉間にシワを寄せ、声にならない声を出しながら下を向く。


セミロングの髪がサラサラと下に落ちて、顔を出したこれまた小さな耳は、軟骨まで真っ赤に染まっていた。それを、なんとなく指先でつまむ。



「ひゃうっ!? ななな、なにするんですか伊藤さん!?セクハラですか!?」

「いや、小さくて赤いなーって思って」

「赤くないですよッ!!」

「君の目は横についているのかい?」

「は、はい…?」

「見えてないくせになに言ってんだってこと。 赤いよちゃんと。写真撮る?」

「や、やめてください!訴えますよ!?」



ついさっきまでまったくの無表情だった少女は、別人のように感情豊かになって、真っ赤な顔で俺に怒鳴りかかってきている。



「ていうか私、彼氏いますから!」

「知ってるよ。ライソで毎日毎日、嫌ってほどノロケ話聞かされてるからね」

「む…やっぱ、嫌、ですか? でも私、その…伊藤さん以外、こういう風に話せる人、いなくて…」

「全然平気だけど?あ、また今度飯行く?おじさんがおごりますよ?」

「あ、じゃあ明日早速!彼氏のことで聞いてほしいことがあって!!」



興奮気味に話す彼女を見ていると、ふと笑みが浮かぶ。


この人の最初の印象は、一体どんなのだったかな?


あぁ、そうそう、“めんどくさそう”と“なんか怖い”だ。



「…伊藤さん、聞いてます?」

「うん、一言一句余さず」



今の印象は、なんだろう。


“かわいい”と――………。

ありがとうございました。


他にもしょうもないギャグとかファンタジーとか、思いついたもの、書きたくなったもの、なんでも書いてきます。


興味がわいたらブクマしてみてください。


これからあなたとのお付き合いが始まれば、幸いです。


次もよろしくお願いします!

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