転生編
転生直前までの話です。
第1話
主人公
その晩、男は走った。
人1人いない静かな路地裏を。
伝えるため。
知らせるため。
他の誰でもない誰かのために。
そう心に言い聞かせながら、男は走った。
その拳に一袋の封筒を握りしめながら。
男は16歳くらいの年齢で、顔を隠すように深くフードを被っていた。
身体つきはよく、身体能力が良いのか、瓦礫も走る速度を緩めることなく飛び越える。
男はとある暗い建物の前に来た。
救わなければ。
知らせなければ。
成し遂げなければ。
そう心に言い聞かせると、男は手に握る封筒をいっそう強く握りしめ、暗い漆黒の建物に足を踏み入れた。
---------------2017年11月4日----------------
「リッ」
「リリリリリリリリリリリリ!!!!」
「バンッ!」
清らかな朝、雲一つない朝、快晴の朝、俺、永谷崇史16歳は同じく清らかな時計の音のリクエストに応え、目を覚ました。
まだ若干、視界がぼやけているがいつもよりはマシだ。布団には弱い俺は、いつも一度起きると2度寝してしまう。
そんな俺が、今意識を保っていられるのは、ひとえにこの心地良い太陽のおかげだろう。それに…
「よし、始まるまで5時間!メシ良し!ドリンク良し
!現金よーし!レイナちゃん!待っててくれぇ!」
そうなのである。今日は大人気アニメ、「レコードキューブ47」の一大イベント。今年一番の人気作と呼ばれるアニメであり、声優陣も超豪華。かく言う俺も大ファンで、俺はこのイベントに行くために産まれて来たのだと思えるほどに。
「えーと、電車は8時30分か…朝メシは…トーストで
。そんじゃ、身支度済ませて行くか。」
ご存知の通り、俺は生粋のオタクではあるが、社会的身分は高校1年生なのである。クラスでは平々凡々、成績は中の上、コミュニケーション能力は…だが、普通の高校生だ。
でも、そんな俺にも弱点がある。その弱点とは…オタクであることをクラスの皆に隠している事だ。バレた場合のことは…考えたく無い。
だが、しかし世の中には避けては通れない門が存在する。特に滅多に駅なんか行かない俺が午前8時30分、通勤ラッシュの時間帯に駅を通るとどうなるか…というと…………
「ん……お、アレ崇史じゃね?」
「あ、ホントだ。てかお前この人混みで良く見つけた
な。あいつ影薄いのに。」
「まぁな。おーい、崇史ー!どこ行くんだー?」
こうなる。
普段影薄いのに何故こういうときだけ見つかるのだろう…と若干ツッコミを入れたくなるが、俺は適当に理由を付けて追い返す事にした。
「予備校だよー。お前ら、部活だろー。頑張れよー
。」
これぞ俺が開発した会話逸らしの術。自分のことは最低限にし、変わりに相手の目標を応援することでごく自然に話の内容を逸らすワザっ。
しばらくすると予想通り、「おーう!」と「うぃーす!」という返事が返って来た。どうやら効果はバツグンのようだ。流石俺!と自賛していると、丁度電車がきた。見ると時計は8時30分を指していた。これからレイナちゃんに会えると思うと胸が爆発しそうだ。
高鳴る胸の鼓動を押さえつけ、俺はその一歩を踏み出した。
…それが現実になるとも知らずに…
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それは突然だった。
電車に揺られている事20分。
最初に世界が揺れた。
次に光が消えた。
最後に小さな子の泣く声が聞こえてきた。
たったこれだけだった。
でもたったこれだけで床が赤い海になっている。
人間というものはこんなにも弱い生き物なのだろうかと俺はこのとき始めて知った。
動かなければ…本能というやつだろうか。身体の中に声が響いた。
だが、無理だった。胸の中央から鉄の塊が生えている。
なら、助けを呼ばなければ…また身体の中に声が響いた。
携帯は…粉々だった。声を出そうにも大きな声は出そうになかった。絶対絶命。最大のピンチ。どうしようもなかった。
この状況を打開する策が思いつかない。
自分では何も出来ない。
そんな雑念ばかりが積もっていく。
だが、そんな雑念の1つが俺を救った。
主人公ならこんな時、どうしただろう。
恐怖に怯えて力尽きるのか。
いっそ開き直り、綺麗に死ぬのか。
否だ。断じて否である。
主人公なら、主人公ならば、どんなピンチでも決して諦めず、全員が助かる方法をゼロから探したはずだ。
なら、俺は、俺は諦めて良いのか。
ここで諦めて全員死ぬか、全員救うか。
俺は自分に問いかけた。
答えは直ぐに返ってきた。
俺がなりたかったものは何か、と
俺が成りたくて成りたくて、なれなかったもの、何不自由しない裕福な生活…否。クラスで人気ナンバーワンの誰からも好かれるやつ…否。…………………
様々な可能性が浮かんだところで、俺は一つのイメージが頭に浮かんだ。薄紫色の髪、同色の瞳、煌めいた向日葵のような笑顔。
紛れもないあの子だった。毎日、疲れはて生きる理由が見つからなく死にそうになったときも、悔しくて悔しくて、泣いていた時も。いつも、どんな時でも、その笑顔で俺に未来をくれた女の子。
そうだった…。俺が本当になりたくて、欲しくて、どんな事をしてでも手に入れようとしていたのはー
もう迷わなかった。俺は持てる力を全て振り絞り、自力で胸から生えた鉄の塊を引き抜いた。火事場の馬鹿力というのだろうか。案外簡単に抜くことが出来た。
近くで小さな女の子が泣いている。母親らしき人物の足がありえない方向に曲がっていた。
思考より先に足が動いた。ただ、その家族の側に行かなければならない。ただそれだけだった。でも、確かに誰かが背中を押してくれた。
俺はその不思議な温もりに感謝しつつ、母親の元に辿り着いた。
「どう………か…娘………だ…けは……。」
母親は瀕死だった。しかし、その瞳は輝いていた。
「嫌だ。俺はあなたも、この女の子も皆、助けたい。
だから、力を貸してください。」
俺はそう答えると母親が握っていた携帯電話を取り上げ、最後の力で消防署へ繋いだ。
「もしもし、すみません。電車が横転して負傷者が…
…」
その先はもう覚えていない。多分、身体がやってくれたんだと思う。
ただ唯一覚えているのは…救急隊が到着したのを確認した後、薄れ行く意識の中であの子に会いたいと願ったことぐらいだろうか。
2017年 11月4日に起きた原因不明の電車横転事故は、負傷者を多数出したものの、通報が早かったため、死者1名という前代未聞の結果で幕を閉じた。
どうも始めまして^_^これから「レコードキューブ47」を書いていこうと思いますTKCパート2です^_^連投はあまり出来ませんが応援して下さると幸いです^_^では、初回はこの辺で(^ ^)