8セーブ目(19)
園香はいつもの様に制服姿で、余程良い事があったのかいつもよりも嬉しそうに、にっこにこの最上級な笑顔を満面に浮かべていた。
月照は小声で話しかけて対応すべきか一瞬悩んだが、取り敢えず無視を決め込んだ。
いやまあもう充分に反応してしまったのだが、それ故に無視するしかない。他の三人が園香には全く無反応なので、どう考えても彼女は実体化していないはずだ。下手に会話をしては確実にボロが出る。
なぜなら双子が月照の異変を見逃さないからだ。
「どうしたの、みっちゃん!?」
「もしかして何かいたの!?」
「――って、なんか全然動かないけど」
「もしかして金縛り!?」
「「まさか、本当に旧校舎の幽霊がでたの!?」」
双子は舞美の事なんて一瞬で忘れ、凄い勢いで月照の視線を追った。
もし園香に話しかけていたら、彼女達は今頃旧校舎ではなく月照の周囲を隈無く探していただろう。
『え……? 金縛りなんてできないよ!?』
園香はちょっと慌てた様子で双子へと顔を向け、しかし声が届かない事に気付いたのか少し照れ臭そうに月照へと向き直った。
(本当に出やがったんだよ! ……んである意味金縛りだよ!)
月照は苛立ちを口に出せないもどかしさに更なる苛立ちを募らせた。結構頭に血が上ってきているが、最悪の事態を免れた自分の判断力を内心で自画自賛して冷静さを保ち、ここからどうやって双子を騙すか脳をフル回転させ始めた。
『大丈夫、だよね?』
無意識にしかめっ面になった月照を見て園香が少しだけ心配そうに問い掛けてきたが、勿論答える訳にはいかない。
(てか心配する位なら話しかけてくんな!)
双子が向こうを向いている隙に、園香にはジト目で応えておいた。
そもそもあんな悪戯じみた登場の仕方をしたらこうなる事は目に見えていただろうに、なぜこの先輩はこうも厄介な事をしてくれるのか……。
(本当に、一体誰の為にこんなに気を使ってると思ってんだ……)
チョップを出したい衝動を抑える月照に何を感じたのか、園香は再び嬉しそうな笑顔を向けてきた。
『金縛りかぁ……。覚えたら面白そうだし、今度たまたま君に練習台になって貰おうかな?』
何故か照れ臭そうに言ってくるが、可愛いその表情も今の月照には腹立たしい。
(だから現在進行形で金縛ってんだよ! 金縛リングなんだよ! てかこれ以上面倒な霊になろうとすんな!)
心中どれだけ強く突っ込んでいても、怨念を込めて睨む以外何もできなかった。
(てかこの人、本気で練習始めかねねぇな……)
もし園香が霊力や霊障といった特殊能力的な、本当の意味での金縛りを覚えようものなら、きっと彼女の視界に入る度に遊び半分で金縛りを喰らう事になるだろう……。
会得できない事を祈りたいが、ポルターガイストだけでなく実体化なんて大技をやってのける園香なら、その気になれば本当に金縛り位すぐに習得できそうな気がする。
(絶対に阻止しねえと……)
練習そのものを阻止する決意をした月照だった。
ちなみにテレビ等で「金縛りは寝ぼけているだけ」的な解釈が広められそれが科学的にも正しいとされているが、実は月照も世の殆どの金縛りはこれだと考えている。
ただ極一部は霊が原因だという確信も持っている。なぜなら自分が体験した事があるからだ。
まあそれも別に霊障で動けなくされた訳では無く、単に朝目が覚めたらストーカー幽霊に抱き付かれていて身動きが取れなかっただけなのだが……。
この抱き付き方式は通常なら月照かそれと同等以上の霊感を持つ者以外には無意味だ。
しかし園香の実体化やポルターガイスト能力があれば、寝起きで力の入らない人間を押さえ付ける程度なら充分可能だろう。
(じゃあ既に手遅れじゃねえか!)
絶望的な事実に気付いた月照だった。
(……いや、取り敢えず今それは置いておこう)
悩みの種ではあるが、寝起きでなければ多分筋力で対抗できるので後回しにした。
それより今は、旧校舎の幽霊の存在を如何に双子から隠し通すかだ。
(てかこの人、最初から俺達に気付いてて驚かす為だけに背後に回って待ってたって事か?)
登場の仕方からして、多分月照が舞美に見付かった時を再現したのだろう。その悪戯のせいで悪霊がここに居る事を双子に勘付かれてしまった。
果たして無視を決め込むだけで逃れられるかというと、残念だが答えはノーだろう。双子は納得しないと動こうとしない。
だが無視以外の対策もない。
その悪霊の正体が園香だとバレる訳にはいかない以上、双子と舞美の三人が自分に注目しているこの状況では、悪霊そのものが存在しないものとしてガン無視を決め込むか、又は悪霊はいるが知らない人物だったという設定で扱わないといけない。
しかし完全無視なら園香も事情を察してくれる可能性が高いが、打ち合わせも無しに中途半端に相手をして知らない人扱いなんて真似をしては、最悪彼女のブラック化を招きかねない。そうなればもう収拾が付かなくなる。
まあしつこくて五月蠅い双子の追及も、どれだけ園香を無視してもいようとも本人達の気分次第では近所迷惑レベルの騒ぎになるのだが……。
今現在も既にちょっと騒がしい。
このまま本格的に騒ぎ出されては野次馬が集まりかねないので、如何に上手く双子を御してこの場を収めるかが月照の腕の見せ所だ。
(……そうだな、あほ姉妹を直接誤魔化そうとしても途中でごちゃごちゃ聞いてきて鬱陶しいだろうから、秋口と会話して話題を逸らせば――……)
双子と相性が悪いのならそれを利用させて貰おう、そう画策した月照に。
「「どこにいたの?」」「また何か……出たの?」
園香以外の女子三人が心配そうに話しかけてきた。
(――いやなんで秋口まで混ざってんだよ……)
まあ突然こんな風に脈絡無く固まっては誰だって気になるのは仕方ない。このまま固まっていても状況は悪化するだけだろう。
(しゃあねえ……どうせもう何かあった事は気付かれてんだ)
月照は意を決し、真実を話す――。
「いや……見間違いだったみたいだ」
……ような真似は絶対にできないので、どれだけ追及されても白を切り通す事にした。
「はぁ……怖いから余計な事しないで欲しい」
舞美は安堵の溜息を吐いた。そう言えば、彼女はつい先日トラウマ級の恐怖体験をしたばかりだった。ここは彼女の為にも「何もいない」を無理矢理押し進めるしかない。
(……ん? いや待て、これ使えるかもしれねえな)
双子にも舞美の精神衛生の為に霊の話は禁止だと伝え、黙らせてはどうだろう。
「「誤魔化されないよ!」」
ふと浮かんだ名案に浮かれそうになった月照に、双子は容赦無く詰め寄ってきた。
「絶対に嘘だよね!?」
「旧校舎の方を見て固まったし」
「私達に何も見えないって事は」
「絶対に出たよね、幽霊!」
「「面倒臭いから隠そうとしてるんでしょ!」」
双子は連携トークの勢いに任せて詰め寄ってきて、どさくさに月照の手を掴もうとした。
月照は反射的にそれをさっと避け、しかし直ぐに彼女達の手首を掴んで「ちょっと来い」と言いながら引っ張って歩き始めた。
双子は「ほぇやはゃやあ!?」と奇声を上げていたが、抵抗はされなかった。
なぜか付いて来ようとした舞美を制して十メートル程距離を置き、ちゃっかり付いて来た園香を無視しながら双子に話しかける。
「あのな……。秋口はこの前音楽室でとんでもない心霊体験をしたばっかなんだ。だからもう少し精神的に安定するまで、あいつの前では霊の話は禁止だ」
よくよく考えれば人をダシに使う卑怯なやり方な気もするが、多分これが一番効果的だろう。双子は月照以外には故意に迷惑を掛けようとはしない。
「「ほえ……?」」
双子は全然聞いていなかった。
何やら真っ赤な顔をして呆けていたのでもう一度舞美の前で霊の話は禁止だと伝えると、今度はちゃんと話を聞いていたらしくしぶしぶだが頷いた。流石に知人に精神疾患を与えてまで自身の知的好奇心を満たそうとは思わないのだろう、諦めてくれてよかった。
「「でもあの人が帰った後にちゃんと教えろ~!」」
いや諦めてなかった。単に舞美を追い払う方向にシフトしただけの様だ。
『よく分からないけど、私も何か手伝おうか?』
にこにこしながら参加してくる園香には後で地獄を見て貰おう。
双子にバレない程度に園香にジト目を送ってから、舞美の方へと歩き出した。
途中、明確な返事をしなかった月照に対して双子が左右から密着して糾弾していたが、月照は涼しい顔でやり過ごす。
「…………」
戻って来ると、舞美は無言のまま月照を睨む様に見つめて微動だにしなかった。
「ええと……いや、本当に霊なんていないぞ?」
「「舌の根も乾かない内に!?」」
月照が舞美にちょっと気圧されながら話しかけると、左右の双子が同時に大きな声を出した。
「…………」
いつもならこういう失敗は双子がして、月照は突っ込む側なのだが……。
肝心の舞美はちょっと驚いて双子を交互に見た後、再び目に力を込めて月照を見詰めてきた。どうやら「睨む様に」ではなく完全に睨んでいる様だ。
そして何故か、左右の双子が小さく唸りながら舞美を睨み返し始めた。
「おい、なんか言いたい事あったら言えって……」
月照が猫の縄張り争いに巻き込まれた気分になりながらそう言うと、舞美は睨んでいた目を困惑へと変え、真剣な表情で口を開いた。
「本当に私の事を覚えてない?」
ギクゥッ!?
(バ、バレてたぁっ!?)
月照は再び固まった。
金縛りには霊力なんていらない事を身を以て知った月照だった。
(てかなんで!? いつ気付いた!?)
いやまあ、「中学の同級生が高校でまた同じクラスになったのに他人行儀過ぎたら誰でも気付くだろ」という突っ込みは頭の片隅に浮かんているのだが、そんな都合の悪い事は当然無かった事にしている。
「「そ、その話は中学の時に終わったよね!」」
どう取り繕おうか慌てて考えている月照を庇う様に、双子が語気を強めて前に出た。
(お、おう……何か知らねえが助かっ――……って、中学の時? 何の事だ?)
双子を真っ向から睨み付ける舞美を見るに、どうやら彼女の事を「なんか中学でいたな」程度にしか覚えていない件ではなく、双子の言う「中学の時に終わった話」の事らしい。
ならば一体何の事を言っているのか、月照は取り敢えず大人しく成り行きを見守る事にした。
「大体あの時だって!」
「私達の説明無視したし!」
「みっちゃんの霊感信じない癖に」
「みっちゃんを特別とか言い出して――」
連携トークで何やら非難し始めた双子の言葉を遮り、
「でも、土曜日に私を助けてくれたから!」
舞美も負けじと一歩前に出て声を荒げた。どうやら音楽室での一件は彼女にとって特段トラウマではないらしく自分で引っ張り出してきた。さっき霊の話題を出してしまった月照の失言は問題無さそうで何よりだ。
(てか特別ってなんだ? クラスでの浮き方具合か?)
………………。
自分自身に酷く傷付けられた月照だった。
そんな人知れず勝手に落ち込んでいる月照に気付くはずもなく、舞美は興奮気味に続ける。
「記憶はなくても魂は覚えてるって事だから!」
(……ん? 魂……?)
月照はなにやら妙な胸騒ぎを覚えたが、事態も事情もまだ何も飲み込めていない。
「そんなの、私達なんてほぼ毎日助けて貰ってるもん!」
「それに私達だってみっちゃんの事色々助けてるし!」
「「私達とみっちゃんは切っても切れない金太郎飴だもん!」」
(それを言うなら『切っても切れない縁』と『切っても切っても金太郎飴』だ! てかなんだ!? 切れない金太郎飴って!)
金属刃物もはじき返すめっちゃ硬い棒状の飴……金太郎が武器に使ったのが起源なのだろうか。
というか、そもそもどうして縁と金太郎飴を間違えられるのかが謎だ。
「え? 飴……?」
(ホラ見ろ、秋口も困ってんじゃねえか)
しかし月照が思うより舞美はスルースキルが高いらしい。
「そ、それはともかく、あなた達が彼を助けるのはあなた達が彼の部下だっただけで、私は彼に守って貰う立場だったから――」
「「誰が部下だ~! むしろみっちゃんが私達の下僕だ!」」
「おいこら、誰が下僕だあほ姉妹!」
事情は分からないままだが事態が悪化している事は分かった。このまま様子見をしていては、「下僕を否定しなかった」という事実が残ってしまうので慌てて割り込んだ。
「いやそもそもお前等、一体何の話してんだよ……? 中学の時にそんな揉めてたか?」
流石に双子がすぐ側で誰かとこんな喧嘩紛いの衝突をしていたら、あの頃の月照でも気付きそうなものだ。
となるとこれはもう、忘れたのではなく本当に自分の知らないところで何らかの衝突があったとしか思えない。
「「また『あほ』って言った!」」
話の腰……。
勢い余って口走った月照の失態ではあるが、この状況でそこに噛みつく双子も大概だろう。
「あ、あの頃は私、勇気が無くて話しかけられなかったけど!」
そんな双子の文字通り頭越しに、舞美が月照に訴えかける様に話しかけた。
「あ、貴方は……」
「「あ!? だ、駄目!」」
言いにくそうに言葉を切った舞美を妨害する為なのか、双子は頭上で両手をブンブン振りながら何度も飛び跳ねた。
しかし努力虚しく、舞美は意を決して言葉を絞り出した。
「貴方は月光の騎士、ターマ・デラー! 前世はアトランティス第三の騎士で、月の巫女だった私の守護騎士にして……い、許嫁だったの!」
「「わ、わぁぁ~!! わーわーわー!!」」
それでも必死に妨害する双子の後ろで、月照は三度固まっていた。
「………………」
霊力や霊障が無くとも金縛り――(略)
『………………』
気付けば、にやにや面白そうに様子を見守っていた園香も隣で一緒に固まっている。
霊ですら金縛りにする舞美は、もしかしたら本当にアトランティスの月の巫女とやらの生まれ変わりなのかも知れない……。
(お、おやじぃぃぃ! いたよ、見付けたよアトランティスの転生者! 俺、俺! 俺だったよ! てか俺、第三の騎士だってよ! 前世の俺、あやとりでもメンコでも一番になれなかったらしいぞ!)
古代アトランティスに「突っ込みランキング」が無かった事が悔やまれる。
いや、もしかしたらその突っ込み部門で三位だった可能性も……。
月照は一芸に秀でる事の大切さを学んだ。
「ほ、ほらぁ!」
「みっちゃんがフリーズしちゃったじゃないか!」
「だから止めたのに!」
「みっちゃん、そういう話大好きだけど!」
「「そういう話が好きだって事は秘密にしてるんだよ!」」
(うるせぇ! なんで知ってんだよ!?)
流石双子、恐るべしだった。
というか今固まったのは、舞美がそんな事を言い出す人間とは思いも寄らなかったからだ。もっと生真面目で現実主義な委員長タイプだと思っていた。
「そ、そんな事言って、本当は私を彼に近付けたくないだけって分かってるから! あの時だって!」
「「――そ、それは……っ! だけど今のみっちゃんの反応、私達の助言が正しかったって証明だよね!?」」
「そんなの詭弁! 貴方達のせいで私は声も掛けられなかったんだから! 中学では記憶を取り戻さない彼にもやもやしながらずっと見てるだけだったし!」
「「ずっとそのままの方が良かったんだよ!」」
確かに、としか言い様が無かった。
「それは貴方達の都合の話だから! 私は彼に、一刻も早く守護騎士ターマ・デラーとしての記憶を取り戻して――」
「「待って! 中学の時は確か、タマデー=ラーって言ってたよ!」」
(よくそんな設定覚えてたな……)
どっちも突っ込みどころが多くて月照は声も出せない。
「そ、それは中学での話だし!」
「「だからそう言ってるんだよ!」」
(ここ最近になって前世の名前改名したのか、俺……)
混乱している様に思えて、その実極めて滑らかに舞美の話を理解できている月照だった。
常人なら他人の脳内設定に巻き込まれたら対応不能なのだが、いかんせん月照はボッチ時代が丁度中学生時代だった。多感なその時期を休み時間の度に暇を持て余して一人色々と考え事をしていたのだ。
まあ、「そう」なるのも仕方がない。色々とこう、転生とか必殺技とか……。特に霊感を持て余していたせいもあって、月照の場合色んな方向にちょっとずつお試しで手を出した、みたいな事になっている。
もしかしたら、スポーツはしたいがどんな競技をしたいのかは明確ではない、という現状もその延長なのかもしれない。
「彼は中学の時に前世の記憶の一部を取り戻しているはずで、だからそれ以前と現在では彼の世界線が少しずれていて、そのせいで名前が変わってしまっただけ!」
(いや世界が違って名前まで違ったらそれもう別の人じゃねえか……?)
月照さえ突っ込みに疲れてくる程に設定を流し続ける舞美相手でも、双子はまるで退く気配が無い。
「前世の記憶取り戻すって言っても、元々無い物は取り戻せないよ!」
「もし手に入れちゃったんならどっかから盗ってきたんだよ?」
「「早く返さないと元の持ち主が可哀相だよ!」」
(いや、それは返した方が可哀相な気が……)
無くせるものなら無くしたい記憶だってある。ちなみにもし持ち主が返却を待ち望んでいたのなら、それはきっと元から可哀相な人だ。
「ひ、人違いとか間違いとかじゃないから!」
反撃が効いたのか舞美は少し取り乱し気味に続ける。
「私達は闇の破壊神ゾボルディグスの復活を食い止める為、二人で暗黒神官グヴォガドゥームとの一騎討ちに勝利した時からお互いを意識し始めて――」
(濁点多いなっ!?)
『濁点多いねっ!?』
内心の突っ込みが横から聞こえて来たので目だけを動かしてそちらを見ると、いつの間にか園香が復活していた。
(ちょっ!? このタイミングで復活とか、闇の破壊神よりも厄介だろうが! グヴォガドゥームさん、何とかしてくれ!)
ノータイムで闇落ちする月照だった。
(……――って、あれ?)
と、ここで月照は心の中に引っ掛かりを覚えた。
(なんか今おかしくなかったか……?)
園香復活はこれだけ時間があれば当然だ。というか月照もとっくの昔に金縛りなんて終わっていて、今は単に動いていないだけだ。
だからそこじゃない。
もやっとするが状況は待ってくれない。場面は双子達の反撃へと切り替わり、園香はにやにやとおもちゃを見付けた様な表情で三人を見守っている。
「闇の破壊神って、光の破壊神もいるの?」
「暗黒神官さんは、普通の神官さんとどう違うの?」
「どっちも凄い言いにくい名前だけど」
「親はどんな気持ちでその名前を付けたの?」
「「てか、二人でその人と戦ったなら一騎討ちじゃないよね?」」
言い返された舞美がむぐ、と口を噤んだ。
『あはは、双子ちゃん達見事な論破だね。というか、よくあんな設定思い付くし、本当によくすらすらと言えたよね。もう一回聞いたら名前変わってそうだけど』
(……いやまあ、確かに言いにくい名前だけどさ。でもゾボルディグスとかグヴォガドゥームとか聞いた事あるから、なんかどっかに元ネタがある、だ……け…………)
口に出せない園香への反論をそこまで考え、月照は何が気になったのか気付いた。
そう、この長くて言いにくい濁点まみれの名前を一度聞いただけですらすら言えてしまった事だ。
それを自覚すると、後は芋蔓式にどうしてその名に聞き覚えがあったのかまで滑らかに思い出せた。
(……これ、俺が中学の時にノートに書いてた奴じゃねえか!)
所謂黒歴史ノート、そこにほんの数ページだけ書いた物語に登場するキャラクターの名前だった。元ネタとか参考なんて無い、どちらもなんとなく思い付いて書き連ねた名だ。
だからどこかに同名キャラや実在の人物、邪神がいたとしても、それはノート内の破壊神や暗黒神官とは全く無関係な存在だ。
その、はずなのだが……。
(職業と名前が二人纏めてドンピシャ一致するなんて、凄い偶然だなあぁぁっ!! 偶然なんだよなあぁぁぁっ!?)
月照は心の中で叫んだ。
絶対に見られる訳にはいかない物を見られた現実から目を背ける為に。




