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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
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 翌朝。

「お、おはようございます……あの、ご飯、というか、パンですが用意してますから……」

 目覚めた月照に掛けられたのは、制服姿の加美華の少し緊張した声だった。月照が寝ている間にこっそり着替えたのだろう。

 今日は昨日よりは(ずい)(ぶん)と寝覚めが良い。桐子が来る前に熟睡していたおかげだろうか。

「おはようございます、先輩」

 加美華の寝ていた布団──すなわち月照の布団が敷いてあった所にちゃぶ台が出されていた。布団は()(れい)に畳まれて部屋の隅に置かれている。

 月照はググッと強く伸びをして、大きなあくびをしてからちゃぶ台の前に座った。

「頂きます」

「は、はい……どうぞ……」

 心なしか、加美華の顔がまた赤くなっている気がする。

 まあ寝ている月照の隣で着替えたのだから、変に意識してしまうのは仕方ない。

 というか、相変わらずよく分からない()(きよう)がある。途中で月照が目覚めたらどうするつもりだったのだろうか……。

 それにしても、今の加美華はそわそわと少し落ち着きが無さ過ぎる気がする。決して目を合わそうとはしないで、視線を泳がせながら月照の口元辺りをちらちらと盗み見ている。

(あ、いや。もしかして布団の件か……)

 思い出したら月照も顔が熱くなってきた。

 昨夜桐子が消えた後、二人してどちらの布団で寝直すべきかアイコンタクトで語り合った結果、どちらからとも無く元々寝ていた布団に入ったのだ。

 普段使っていて自分の体臭が染み込んでいる布団と、さっきまで寝ていて自分の体温が残っている(気がする)布団、どちらを異性に使われる方が恥ずかしいのか……その究極の選択だ。

 答えはどっちも恥ずかしい、だったのだが……。

 正直、今夜からお互いに相手の寝た布団をまた使わなければならないのが目茶苦茶気まずいのだが、(あん)(もく)の了解としてその話題は封印された。

 だから朝一番の会話は、当たり前の様に桐子の話題だった。

「あ、そ、そう言えば桐子ちゃんって、現在の言葉とかかなり知ってましたね。あれはやっぱり、今を生きる幽霊だからですか?」

 生きていたら幽霊じゃないのだが、(きん)(ちよう)気味の加美華にそれを()(てき)したらきっとまた派手に言葉と舌を噛むだろう。

「ええと、俺もそれ程昔の霊に会った事は無いんですが、あんな風に自我がしっかりしている場合は、新しい事をちゃんと学習するみたいです。一昨日の約束を覚えていたのだって、学習能力があるって事で、だからテレビとか新聞とかで学んだんだと思います」

「あ、そういう事なんですね……でもそれなら百年以上も生きているのに、どうして子供の心のままだったんでしょう? それも怪奇現象ですか?」

(だから死んでるんだっての……)

 心で突っ込みながらも、月照はきちんと加美華の問いを考える。

「……難しいですけど、単に霊だからとか子供の外見だから、ってだけではないと思います」

 過去の自分と現在の自分、そして自分と同じ境遇ながらちゃんと家庭を持ち、自分を育ててくれている父親。

 その違いを思い浮かべる。

 正解は分からないが、幼い頃から霊とはいえ大人と話す機会が多かった月照は、なんとなくその答えに近いものを感じている気がした。

「人間が精神的に大人になるってのは、社会的な責任が年齢と共に向こうからやってくるからだと思うんです。その……何というか、社会に混じらず何の責任も感じずに生活していたら、生きてる人間だってきっと大人の精神は持てないんじゃないかと……」

 違う。いや違わないが、上手く言葉に出来ない。

 そもそも大人の精神がどういうものかなんて、自分自身まだまだ子供のくせに分かる訳も無い。それなのに人に()くなど随分(えら)そうだと、月照は段々と気恥ずかしくなった。

 誤魔化す為にパンをがっつくと、寝起きすぐだったので口の中の水分が足りずちょっと苦しくなった。

「あ、ごめんなさい。ジュースまだでしたね。はい、どうぞ」

 月照の口元ばかり見ていた加美華はすぐに気付き、オレンジジュースをコップに注いでくれた。

「んぐ──ありがとうございます」

 受け取って口の中の物を喉に流し込んでから、月照は礼を言った。

 が、加美華は相変わらず視線を月照の口元辺りの高さにずらしたまま、「いえいえ」と小さく返事を返して自分のパンにかぶりついた。

 この(てつ)(てい)(てき)に視線を合わさない態度から察するに、どうやら加美華にとって昨夜からの出来事は月照以上に照れ臭い様だ。

 しかしあまり気にし過ぎると、周囲から()らぬ誤解を受けかねない。特に一夜を共にした事を知る双子、彼女達は危険だ。

 何とかしないといけないが、月照は自分ではもうそれなりに落ち着いているつもりだし、加美華には余計な事を言ってもプレッシャーになって逆効果な気がする。

 そうこう考える内に会話が全く無くなり、間が持たなくなって二人で黙々と朝食を食べ出した。トースト二枚とジュースだけなので、月照はあっと言う間に食べ終わった。

 そのままじっと加美華が食べ終わるのを待っていると、「あ、あの……」と小さな声で話しかけてきた。

「ね、寝てる時に、その…………──や、やっぱりいいです!」

 赤かった顔を更に真っ赤に染め直して何やら一人で慌てだしたが、寝ている時と言うと昨夜の枕の件だろうか?

 そう言えば結局うやむやにして、ちゃんと謝ってなかった。

「あ、あの枕の件ですけど……本当に済みませんでした。腹に飛び乗ってきた桐子に向かってつい枕を投げつけてしまって、それが先輩に……霊に当たる訳無いのに、ほんと済みません」

「──…………え?」

 月照が深く頭を下げると、加美華が唖然と声を漏らした。

「え?」

 その様子に、月照も声を漏らす。

 しばらくそのままお互いに動きを止めていたが、やがて加美華が唇を震えさせながら聞いてきた。

「あ……の……もしか、して──あの枕は……それだけ、だったとか?」

 何やら加美華の様子が(じん)(じよう)ではない気がする。赤かった顔が青ざめている。

「ええと……はい」

 しかし嘘を()く理由が思いつかないので正直に答えると、加美華は一瞬の硬直の後、バンと派手な音を立ててちゃぶ台に突っ伏した。いや頭突きをしたと言うべき勢いだ。衝撃でコップが二つとも倒れたが、幸い中身は既に空だった。

「(ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!? じゃあ私……え? なんで!? きゃああああ! やっちゃったぁぁぁ!)」

 加美華はそのまま何やらブツブツ呟きながら、両手で顔を隠して()(もだ)え始めた。

 突然の奇行にどう対処して良いのか分からず、月照はとりあえずコッソリと立ち上がって学校に行く準備を始めた。

 加美華がちゃぶ台と会話している(すき)にとっとと着替えも済まし、私服は鞄に詰め込んだ。布団と寝袋は今日の放課後取りに来るつもりだ。

 これでもう準備万端だ。

 昨日は着替えの為に男女交代で外に出て待機した為、余計に時間が(ひつ)(ぱく)したが、今日はちゃんと余裕がある。

 とはいえ、このまま様子のおかしい加美華を放置して出かけるわけにもいかず……。

「先輩、学校の準備は……?」

「はっ!? そ、そうでした! まずはそちらを優先しましょう!」

 まずもなにも、学生なんだから学校優先は当たり前なのだが……。

 桐子に変な霊障を受けている訳でもないのに、今日の加美華は一体どうしたのか、かなり心配になってくる。

(枕の事怒ってるわけでもなさそうだし、やっぱ布団の件そんなにショックだったのか?)

 しかしいくら考えても分かりそうもないので、月照は諦めて玄関に移動し、先に靴を()いて加美華を待つ事にした。

「あ、ま、待って下さい! いいしょに行きましょう!」

 置いて行かれると勘違いした加美華が慌てたので「待ちますよ」と返し、そのままボーッと待つ。学校はすぐそこなので、時間はまだまだかなり余裕がある。

 しかし加美華にとっては遅刻云々(うんぬん)とは別問題らしく、食器を割りそうな勢いで流し台に放り込み、鞄を抱えて慌てて玄関に向かってきた。

 狭いので邪魔になると思い、月照は外に出て待とうとドアを開けた。

「お待たせし──きゃあ!?」

「うおっ!?」

 その背中に、加美華が凄い勢いで飛びついてきた。

 ガン、と強い金属音を立てながら通路に一歩踏み出して、目の前にあった通路の手摺りを左手で掴んで何とか体勢を保ち転倒を(まぬが)れる。

 月照の鞄は右肩に掛けてあったので無事だが、加美華の鞄は月照の頭を(かす)めて階下の地面へと飛んでいった。

「だ、大丈夫ですか? 先輩」

 月照の背中に顔をぶつけ、胸に手を回して抱きついている加美華を、首だけ動かして何とか確認しようとする。

 しかし加美華は微動だにせず、全く反応を返さない。

「先輩?」

「(…………ふぅぅぅ……)」

 もう一度呼びかけると、制服越しの背中に熱い息が吹きかけられた。

「……せ、先輩?」

「(……こ、ち……見ないで、くだ……い……)」

 加美華の、かろうじて聞き取れる小さな声が聞こえてきた。

 どうやら物理ダメージよりも精神ダメージの方が大きいらしい。

 玄関で(つまず)いて(ごう)(かい)にぶつかったのが恥ずかし過ぎて、顔を見られたくないのだろう。

 しかし月照にとってはこの密着状態の方がもっとずっと恥ずかしい。

「あ~……はい。でも、そろそろ離れ──」

 月照は視線を飛んでいった加美華の鞄に向けながら、加美華に離れるように言いかけて、そこで言葉を失った。

 熱かった背中が一気に(こお)り付いた。

 今の物音に驚いて表に出てきたのか、見たことのある女性──一昨日ろくでもない勘違いをされたであろうあの一階住人が、加美華の鞄の横に立ってこちらを見上げていたのだ。

 月照は石化したように動けず、じっとその女性と見つめ合う格好になった。

 女性は不自然なくらい無表情なままで、しばらく月照と加美華の事をじっと眺めていた。

 そんな事態を全く知らない加美華が、ゆっくりと月照から離れる。

 女性は月照から視線を少しずらして、真っ赤で泣きそうな表情の加美華の顔をしっかりと確認すると──。

 まるで何事もなかったかのように、真下の部屋へと消えていった。


 さて、一昨日「見捨てないで」と言って美少女二人の前で男にしがみついていた女の子が、今朝早くにその男と一緒に部屋から出てきて、玄関前で背中に強く抱きついて顔を埋め泣いていたこの状況──……。


 いや、()(はや)何も語るまい……。

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