8セーブ目(7)
双子はもう一度最初から、今度は蛍をメインにそのゲームをやり直したが、またも派手な死に方をしてしまった。
その結果、二人共拗ねてもうこのゲームは止めると言い出した。
今でも一度もセーブせずにクリアする自信がある月照は、このまま終わるのは負けっ放しの様な気がしてかなり不満だった。
しかし自分一人だけ上手くプレイできても、それが順調であればある程双子の方に不満が溜まるのは間違い無い。恐らくクリア直前になると二人で様々な妨害工作を仕掛けてくるだろう。
そうなればもっと不満になる。
だからそんな事をされるよりも、と素直に我慢して、双子がやりたいゲームに変える事にした。
――の、だが……。
「いっぱいあるけど、今やりたい気分のは無いね」
「むしゃくしゃしてるから、後悔しないのをしたいね」
(いや、なんでそんな犯罪動機みたいな表現してんだよ……)
ただのゲーム選びに、なぜか双子は真剣に悩み始めた。
普段は言葉をあまり介さずに会話が成立するこの双子が、こうもあからさまに全部声に出して会話する時は、大体何らかの理由がある。
「(はぁ……)」
月照は溜息混じりに一つのソフトを手に取った。
「……これにするか?」
「「じゃあそれ!」」
パッケージも見ずの即決だった。
要するに、自分達では決められないので月照に決めて欲しかったのだ。
自分達で文句を言って別のソフトを始める事になったので、「やっぱり月照が決めろ」とは言い出し辛かったのだろう。
(……ったく、素直に言えば良いだろうが)
月照は内心呆れながらも何も言わずにそのソフトをゲーム機に入れ、起動した。
この程度なら、いつも双子の相手をしている身にとっては我が儘には入らない。むしろ時間短縮の為に最初からそう言って欲しい、とまで思う。
(みっちゃん、狙い通りしびれを切らしてくれたね)
(危うくまた怒鳴られるところだったね)
しかし双子は双子で、いつも通り素直に我が儘を伝えればいつも通り怒られると思い込んでの対応だった。
その作戦会議には相変わらず超能力的な無言の会話を使っていたのだが、口で別の事を会話しながらそれをやってのけたのだから、もう超能力の一言だけで片付ける事すら難しいかも知れない。
「そう言えば、意地悪先輩とはあのゲームでだけ遊んだの?」
「午前中からだったし、結構長い時間遊んだんだよね?」
ゲームの起動までの僅かな時間に、灯と蛍がその話をまた蒸し返してきた。
(……ったく、折角その話題終わってたのに)
嫌な予感を感じながらも、月照は素直に答える事にした。
「いや、それは最後にちょっとやっただけで、大体は『山田』してた」
「「『山田』? ……ああ、なるほど~」」
あの三国志を題材にした痛快アクションゲームで月照が「山田」使いなのを良く知っている双子は、それだけでどのゲームの何作目なのかまで、直ぐに理解した。
「「じゃあ、やっぱり問題無さそうだね」」
双子は何やらにこにこ嬉しそうに、月照を挟んで互いの顔を見つめ合った。
「は? 何が?」
唐突に意味ありげな事を両側から言われたので、月照はスルーできずについ聞き返した。状況的には自分が話しかけられていると勘違いしても仕方がない。
「ううん」
「何でもないよ」
はぐらかした二人の様子に、月照は彼女等がまた何やら無言の会話をしていたらしい事に気付いた。この調子だときっと追及しても答えないだろうと、それ以上は何も問わない。
「それよりみっちゃん、小学校の頃からゲーム増えてないよね」
「おじさんはあんまり家にいないんだし、みっちゃんが自分で買えばいいのに」
しかし月照が黙っていても、双子は遠慮せずに好き勝手言ってくる。
「だから金が無いんだって」
結局この双子はどこまで行ってもいつも通りなのだと半分安堵し半分呆れながら、月照は単刀直入に一番の理由を伝えた。
アルバイト禁止の高校に通っているので小遣い以外に金銭を入手する方法が無い。だからゲームも漫画もそれ以外の趣味の物全般まで、余程の事が無い限り買わない事にしている。
命の危険を感じた食堂のお姉さん対策アイテムだって、購入に何時間も悩んでいる内にすっかり夜更かししてしまったのだ。しかも結局何も買っていない。
そもそも月照がそんな簡単に物を買う人間なら、今頃自室の押し入れの中は双子の記憶と全く異なる状態だっただろう。
「でもネットで五百円もあれば買えるよね?」
「古いゲーム機だからどうせ新品ソフトなんて出てないし」
「「なんか面白いのやってみたい」」
(……こいつら)
本当に好き勝手言ってくれる。
確かに中古なら商品よりも送料の方が高い様なソフトはたくさんあるが、それでもタダじゃない。それに置き場所だって気にしないといけない。
「金が無いって言ってんだろ」
だが全部説明するのは面倒なので、結局月照は一言それだけを伝えた。
さっき電車賃もない現状を伝えたので、きっとこれだけでも伝わるだろう。
「…………」
「…………」
すると双子は互いに見つめ合って、また何かテレパシー的な会話を交わし始めた。
このまま待っていても疎外感に包まれるだけなので、月照はその聞こえない会話に割り込む事にした。
「おい、そんな事よりゲーム始めるぞ。対戦とストーリー、どっち――」
「「ねえ、みっちゃん」」
しかしその月照に双子の方が割り込んできた。
「かみかみ先輩とのデートの最後って」
「かみかみ先輩だけ電車に乗って」
「みっちゃんは遊園地から走って帰ってきたんだよね?」
「かみかみ先輩は何も言わなかったの?」
「「それともノリノリでみっちゃんを見送ったの?」」
どうやらちゃんと月照の財布事情を思い出してくれていたらしい。
しかし面倒な事に、今朝話した余計なエピソードまで一緒に思い出した様だ。
「んな訳あるか。てかゲーム……」
またまた面倒な話に戻りそうなので無理にでもゲームを始めるつもりだったが、双子は画面には一瞥さえしない。
これは先に話を終わらせないと、もっと面倒な事になりそうだ。
「はあ……。遊園地出る前に、観覧車で正直に切り出したんだよ」
仕方がないので、月照は双子に説明を始めた。
「観覧車……?」
「……二人で乗ったの?」
灯も蛍も、眉を寄せて気持ち悪い虫を見る様な表情になった。
「そりゃ、一緒に行ったんだからわざわざ一人ずつバラバラに乗る様な真似する訳ないだろ」
どうしてこんな顔をされないといけないのか分からないが、全く気分の良い事ではない。
月照も双子以上に不快感を顔に表し、ついでに声の調子を少し強くして続けた。
「乗り物コンプしたとかそういう話題を振ってたんだけど、なんか先輩窓の外もあんま見ずに下ばっか見てて反応薄かったし、やっと窓の外を見たと思ったらこの町の方向をじっと見始めたから、疲れてそろそろ帰りたいんだろうと思って帰りの話を振る事にしたんだよ」
「「はえ? 狭い空間で二人っきりだったのに、あの先輩がじっとしてたの?」」
「……いや、狭い空間だったら普通じっとしてるだろ。バク転とか始めたらビビるわ」
「「観覧車でそんな事して暴れてたら危ないよ!」」
「だからそう言ってんだろうが!」
会話が成立しない……。
自分達から振ってきた話でもバキバキに腰を折ってくる。もうこの話は半身不随級のダメージを負ってしまったので、これ以上本筋を続けるのは困難になった。
「で、そん時に正直に金が無いとか言えないから、『今日の分のトレーニングがてら俺は走って帰りますから、先輩の分の電車賃今渡しますね』って言って、帰りの電車賃渡したんだよ」
まあいつも通りそれでも話すのだが。
月照としてはとっととゲームを始めたいし、デート関連の話をこれ以上続けるのは億劫なだけだ。だから横道にそれようがどうしようが、最短距離になる様に進路を修正しながら話を進めるのみだ。
「それから向こうの駅まで送って、そこで別れて帰ってきたんだ。一時間位走ったかな? もう陸上部にもそう簡単には負けないかもな」
「「……」」
最後まで話して双子の反応を確認すると、二人共無言で互いの顔を見つめ合っていた。
どうやらまたテレパシーを使っている様だ。
「じゃ、話済んだからゲーム始めるぞ。対戦は後回しにしてストーリーを三人で協力して順番にプレイするからな」
仲間外れ扱いになんて付き合ってはいられないので、月照はとっととストーリーモードを選んでゲームをスタートさせた。双子の反応を待たずに最初のステージを自分でしようと、コントローラーをしっかりと持ち直す。
「こらー!」
「みっちゃん、独り占めは駄目だよ!」
「まずはお客さんの私達にさせろー!」
「みっちゃんは最後、最後だから!」
「「そう、これでお前は最期だぁ!」」
二人で突然意味不明な事を喚きながらコントローラーを強奪しに来た。
「悪の組織かなんかかお前等は!? 大体さっきまでずっとお前等だけやってただろうが! 俺にだってちょっと位やらせろ!」
「「我が儘言うな!」」
「お前等だぁ!」
結局、双子はどこまで行っても双子なのだった。
それからはさっきのゾンビゲーム同様互いに文句を言ったり罵り合ったり、とにかく揉めながらストーリーモードを進めていく事になった。
三人が三人共、誰かを褒めるなんて事は一切しない。
むしろ自分がプレイしたいので、普通なら褒められる様なファインプレイをされると腹が立つ。
結果、互いに相手の悪い所を一際強調して指摘し集中力を奪って失敗を引き出すという、姑息というか不毛な足の引っ張り合いが発生していた。
勿論ストーリーは全く進まず、ちょっと強い敵が出てくる面でずっとコンティニューを続けている。
「ほら、さっきもお前そのパターンで失敗してやられてただろうが。何年ブランク有るのか自覚無いのか? もう今のお前じゃそのやり方でやっても実力が追いついてこないんだよ。諦めろ、過去の栄光に縋るな」
開始前に「協力して――」とか言っていた月照本人が、一番辛辣な事を言って右側に座る灯にプレッシャーを与えていた。
大人気も容赦もないが、しかし相手は月照がプレイしている時は二人掛かりなのだ。ついさっきなんて、月照がこの敵を倒しそうになった瞬間二人で左右から「んにゃあぁぁっ!」とか耳元で大声を出してきた位だ。もう音波による物理攻撃と見なしても良い声量で、「うるせえ!」と反撃している間に逆転負けしたのは言うまでもないだろう。
とはいえ、双子同士も中々に足を引っ張り合っている。
「ほーちゃん、そう言えば昨日の夜に変な寝言言ってたよね?」
蛍がプレイ開始すると同時に、灯が攻撃に出た。
「ほえっ!? な、何言い出すの、あーちゃん――って、ああっ!?」
蛍は早速操作ミスをした。
「そう言えば昨日横になった後すぐ位からニヤニヤしてたけど、何か幸せな夢見てたんだよねぇ?」
「ゆ、夢なんて見てないけど!?」
更に追加でミスをした。
「ええ~? ほーちゃんが忘れてるだけだよ。あ、何言ってたか教えたら思い出すかも?」
「ま、待って! みっちゃんの前で何言い出す気!?」
「さあ~、何かなぁ~? ん? みっちゃんに聞かれたら不味い事って、なんでそう思ったの~?」
「寝言の話なんて人に話す事じゃないってだけだよ!」
「でも、面白かったら話題になるよ? 例えば~……」
「止めろ~!」
更にミス、と言うか、蛍はコントローラーを放り出して灯に飛び掛かって口を塞ごうとした。
二人の真ん中には月照が座っているのだが、胡座をかいた月照の膝の上に遠慮無く膝を乗り上げて、ツインテールを顔面にわさわさと押し当てる形になった。
「だああ、鬱陶しい!」
胡座の上に膝を立てられるとかなり痛い。
髪の毛も鬱陶しくて目を開けられないが、それよりも足の痛みが我慢できず、足をどけて欲しくて蛍の身体を両手で力尽くで押し退けた。
「ひょわっ!?」
蛍が変な声を上げた。
どこを触ったのかは両目を瞑っていたので分からないが、右手に柔らかい凄く魅惑的な感触が伝わってきたのだけは間違い無い。
髪の毛から解放されたので両目を開けて蛍を見ると、何やら目を見開いて胸元を押さえたまま固まっていた。
反対側の灯もなぜか静かになっていて、同じ顔をして蛍の方を見ている。
「……ごめん、ほーちゃん」
「……ううん、大丈夫」
数秒の間を置いてから、なぜか灯が謝った。
「……いや、俺には?」
「「みっちゃんが悪い!!!」」
そして月照は二人から怒られたのだった。
何が何やら分からないまま、自分の番だからと月照がゲームを続行すると、双子はどちらも意気消沈した様に俯いたままで妨害してこなくなった。
おかげでゲームはスムーズに進行したが、二人が何もしないせいで月照も妨害し辛くなり、結局最後はなんの盛り上がりもないまま作業の様に蛍がボスを倒してエンディングになった。
黙々と三人でゲーム進行する姿は、傍から見ればかなり不自然だっただろう。
やっていた本人の月照にとってはもっと不自然だった。
この二人と一緒に遊んでいて、喧嘩も罵倒も歓声も無くただただゲームをするだけ、という事は確かに何度もあったが、それは大抵三人の中の誰かが不機嫌になって空気が悪くなった時だった。
だが双子は気不味そうに俯いてはいるが、別に機嫌が悪い訳では無い。二人共苛立つとゲームのプレイスタイルが乱暴になるのですぐに分かるのだが、今回は集中できてないだけで大体いつも通りだった。
だからこんな事は初めてかもしれない。
何が原因で、こんな豹変とも言える程テンションが変わってしまったのか。
「なあ、どうしたんだ?」
「「……何でもないよ」」
どうしても気になるので直接理由を聞いたが、どうやら全く答える気は無いらしい。
「はあ……で、どうする? 対戦するか? 別のゲームでもするか?」
月照は諦めて、この空気を変えるべく別の話題を振ってみた。
「「……」」
しかし双子の反応はない。
いや、一応反応はしていてお互いに月照越しに見つめ合ったのだが、そのまま動きを止めてしまったのだ。
「おい、大丈夫か?」
流石に心配になってきて二人を交互に見ていると――。
「「とう!」」
唐突に、双子が左右から同時に抱き付いて来た。
「うお!? な、なんだ!?」
脈絡がないので月照が驚くと、双子は少し赤くなりながらいつもの連携トークを始めた。
「別に」
「何でもない」
「こうすればちょっと位は」
「感触が薄まると思っただけだから」
「「みっちゃんは気にせず、自分の行いを悔いるがいい!」」
「だからなんなんだよ!?」
唐突な密着も意味が分からないが、「気にせず悔いる」とは一体……。
(まあ、こいつらの言動を一々論理的に理解しようとする方が馬鹿だよな)
月照は矛盾染みたミッションを即座に放棄した。
とはいえそれを放棄しても、双子の物理的な接触を自分の意志だけで放棄するのは難しい。
なぜなら今回はいつもと違って、ふにふにと柔らかい出っ張り部分を腕に擦りつける様な不自然な動きが加わっている気がするからだ。
これでは放置も放棄もできそうにない。
(……というかこの感触、ついさっき右手で――)
月照はもしかしたら双子の豹変の原因を悟ってしまったかもしれない。
「だっしゃあ!」
それを意識した瞬間顔が熱くなるのを感じて、急に気合いの入った声を出しながら双子を引き剥がす為に強引に立ち上がった。
「「わひゃあっ!?」」
双子は二人揃って仰向けにひっくり返った。
(そういや身体に擦りつけられた事は何度もあるけど、掌でってのは――いや、忘れろ! 何でもないし、何にもなかったんだ!)
月照は両サイドで転がっている双子を見下ろしながら、雑念を振り払う為に首を激しく左右に振った。遠心力を使って自分の記憶を耳の穴から外にはじき出そうと言わんばかりの勢いだ。
「「ど、どうしたの?」」
そのあまりの勢いに、双子は寝転んだまま手足を竦めて身を守る様に月照を見上げていた。
「…………トイレ」
自らの奇行を誤魔化す為にそう言って、少し頭を冷やそうと本当にトイレに移動したのだった。




