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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
8セーブ目
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8セーブ目(6)

 物心ついて以来の付き合いは伊達ではない。

 当初の気不味い空気は無かった事の様に、しばらくすると三人でテレビゲームを楽しんでいた。

 ゲーム内のキャラクターが予想外に妙なモーションで動いた事をみんなで笑ったり、ゲームのホラー演出ではなく自らの操作ミスに対して(おお)()()な悲鳴を上げる灯をからかったり、その灯の記憶違いによって起こった攻略時間のロスを蛍と月照が二人掛かりで文句を言ったり、他愛のない事が楽しかった。

 客観的に見れば、きっと「今のそんなに面白いか?」と真顔で問い掛けてしまう様な事だと思う。

 しかしそんな聞かれても答えられない、理由の無い楽しさと言うものは確かに存在する。

 だから今、三人揃って大声ではしゃいでいるのだ。

 決して、先程の園香やその前の加美華の話題を忘れようと無理に騒いでいる訳ではない。ただ当たり前に、三人共いつも通りに遊んだ結果だった。

(そうか……。変わってたんだな、いつの間にか)

 しかし楽しいと感じれば感じる程、その当たり前が実は当たり前ではなく、いつも通りがいつもでは無くなっていたのだと思い知らされてしまう。

 時が過ぎれば環境は変わり、人は肉体の成長と共に心にも変化が現れてくる。

 その心の変化も世間では成長と呼ぶのだろう。殆どの人はその言葉通り、ちゃんと心が大人へと近付いているのだろう。

 しかし月照は、自分もそうであると言い切る自信がなかった。

 月照の変化は、自分を()(たん)()する周囲の目が気になりだした事による、単なる周囲への(げい)(ごう)だったからだ。

 信念も何も無く、ただの周囲の真似事をして全てをやり過ごそうとした。

 そんな薄っぺらい「成長」だったせいで、今まで通りで変わりたくないという自分が居座り続けたのだろう。

 結果として、中途半端に変な意地を張る事になってしまった。

 周りに合わせているはずなのに一人でいる事を望み、何か揉め事が起これば退()かず()びず(かえり)みずに自分が正しいと決めつけた。

 しかも言葉による説明もせずにただ相手を拒む態度だけを見せ付け、それなのに相手に自分を認めさせようとしていた。

 その結果、月照と周囲の心は(かく)(ぜつ)してしまった。

 当たり前だ。

 迎合して相手に近付いた癖に「周囲に良く見られたいから取る行動」とは逆の行動を取ったのだ。相手からすればわざわざ近付いて来て悪態を()く、さぞ不愉快な人間だっただろう。

 月照が何かしら行動すればする程周囲から(かい)()して行ったのは、自然の(せつ)()と言っても過言ではない。

(なんか……何にも難しくなかったって事か……?)

 高校生になって、双子を拒絶する事を諦めてデートと(めい)()ち昔の様に遊んでみて、ようやく今、そんな簡単な答えに辿り着いた。

 あの中学のどうしようもなく辛い日々は、双子のせいでは無かった。

 自分が上辺だけ中学生のフリをしていた事による、自業自得だったのだ。

 最初に周囲のせいにせず、きちんと自分を見詰め直していれば良かった。

 全てにおいて意地を張っていては物事の本質なんて見えてくる訳がない。本当に譲れないものをきちんと見定める目を持つべきだった。

 そして相手を理解する事にもっと意識を傾けていれば、周囲にちゃんと迎合できたのだろう。

(まあ周りの奴等が俺の事を理解しようとしなかったのがほったんなんだけどな……)

 それでもまだ素直になりきれないというか、納得できない部分も多い。

 自分を理解しようともしない相手をどうして(おもんぱか)る事ができるのか、というのは人間なら当たり前の感情だろう。

(でも……こいつらはちゃんと俺の事理解してたのに……)

 しかし双子は違う。

 この二人は、誰よりも月照の事を理解していた。月照に歩み寄っていた。

 それなのに、月照はこの二人に歩み寄ろうとしなかった。

(あの頃に、こんな風に普通に遊んでたら良かったのか……?)

 そうすればきっと違った人生になっていただろう。三年という長い期間を犠牲にして、「可哀相な人」の称号を得る生活なんてしないで済んだかもしれない。

(こんな……楽しいんだな……)

 無理矢理双子を遠ざけようとしていた時にはただひたすらに(うっ)(とう)しいとしか感じなかったはずなのに。

 もしこの二人と、もっと「いつも通り」で「当たり前」な接し方を続けていたら、彼女達がムキになって(しつ)(よう)に家に押しかけてくる事は無かっただろう。

 ならば彼女達が級友に呼びかけて月照救済運動をする事も無く、学年中で可哀相な人扱いされる事も無かったはずだ。

(……――って、そもそもこいつらがクラスの連中巻き込んでなかったら、『可哀相な人』扱いなんてされずに済んだんだよ!)

 ……双子のは歩み寄りと言うよりも相撲の寄り切りに近かった。

 近付いて来たと思ったらこっちが逃げられない様にしっかり(まわ)しを取って、平凡な学生生活という土俵から追い出されたのだ。

 ぼっちになった事はともかく、あの地獄の日々はやはり双子のせいだった……。

(でもまあこんな事に気付けたのは、俺も成長できたって事なのかもな……)

 月照は自らの両サイドに座る双子を交互に見た。

「ひゃああ!? 弾が! 弾薬が足りない~!」

「あーちゃん、慌てて連打したらキャラがリロードモーションに入って動き止まるから、アイテム画面自分で開かないと!」

「待って! えっ、どのボタンだっけ!?」

「え!? リ、リセットボタン……?」

 ……この二人よりは成長できていると思いたい。

「リロードの意味が違うわっ!!」

 本気でリセットボタンに手を伸ばそうとした灯を力尽くで押さえ付け、ゲームのデータを最初から読み込み直す事態だけは回避した。

「「離せみっちゃん! このままやられる位なら、私達はこの世界諸共――」」

「ゾンビウイルスより酷い事態を巻き起こすんじゃねえ!」

 パン! パン! パン!

 どうやらゲームのキャラクターが無事リロードを終えたらしい。現実での揉み合いに合わせて散発的に、ゾンビとは無関係な方向に銃弾を放っていく。

「ほら、普通に戦え!」

「ふわわ!? 早速無駄弾使っちゃったよ!」

 灯は慌てて元の位置に戻ってコントローラーを構え直した。

「でも銃さえ使えれば、ここからは――……あれ?」

「どうした?」

「銃って、どのボタンで構えるんだっけ?」

「…………」

 言葉を失った自分の代わりに蛍が色々基本操作を教えている姿を眺めながら、月照は確信した。

(変に感傷に浸るのは駄目だな。こいつらと比較しちまうなんて……)

 双子のあまりのポンコツ振りに、「一番下を見てそれよりマシ」と考えようとしていた自分を恥じたのだった。



 しばらく経つと、月照もあれこれ考えるのを止めて双子と一緒に心からはしゃいでいた。

 まるで無邪気な小学生の様だと自覚しながら。

 そう、些細な事で喧嘩になって、その数分後には楽しい事で一緒に声を上げて笑って、また直ぐに揉め始めては笑い合う。

 そんな姿は小さな子供の頃そのままだ。

 今三人でこうしている事が楽しくて、楽しむ事に精一杯で、他の事は何も考えない。ついさっき感傷的になっていた事など、月照ももう忘れてしまった。

 遊びの内容だけが、子供の頃と異なっている。

 あの頃は双子も月照と一緒に外を走り回っていた。

 勿論屋内でゲームもしていたが、屋外で遊ぶ方が圧倒的に頻度が高かった。

 それが今では家の中で全員座り込んでいて、代わりにゲームのキャラクターを走り回らせている。

 まあそのキャラクターは当時の月照達と違って命懸けでゾンビから逃げ回っているのだが……。

 しかも操作しているのが灯では、その命も風前の(ともし)()かも知れない。

 案の定、キャラクターは無意味に真っ向からゾンビに突っ込み、捕まってガジガジ(かじ)られ始めた。

 この無駄な自殺行為は一体何回繰り返されたのか、もう数えるもの面倒だ。

 最初の内は灯のコントローラーを操作する手もぎこちなかったので、失敗は仕方ないという雰囲気があった。

 しかし今はもう操作をかなり思い出してきたからか、滑らかに吸い込まれる様にゾンビの胸に飛び込んで、流れ作業の一工程として囓られている。

「おい、いい加減俺に寄こせ! 下手過ぎる!」

 悪い方向にしか成長しない灯の操作を見かねた月照が、ついに口を挟んでコントローラーを横取りしようとした。

「やだ! まだ全然進んでないもん!」

 灯は当然の如く反発して、意地でも渡すまいと自分の胸の下にそれを抱き締めて隠し、背中を向けて防御した。

 月照はそれでも奪い取ろうとするがガードは鉄壁だ。隠し場所が場所だけに力業に頼れないこの状況、打破する(すべ)を月照は持たない。

 その間もキャラクターはゾンビにシャクシャクと新鮮な(せい)()みたいに囓られ、確実に死に近付いている。

「おい、早くしないと死ぬだろ!」

 ほんの数分前までの楽しくはしゃいでいた空気が、今度はまた喧嘩になりそうな物に変わってきた。

「死んでも離さないもん!」

 灯は操作も忘れてムキになってコントローラーを死守している。

「死んだらゲームオーバーだろ!」

 月照もムキになって、声がちょっと喧嘩腰になった。

 二人共、やはり完全に小学生レベルだった……。

「ゲームオーバーは負けじゃないけど離したら負けだから!」

「いや、何言ってんだお前!?」

 コントローラー争奪戦は(こう)(ちゃく)状態だ。

 そんな現実の出来事なんて全く関係無いゲームの中では、今この瞬間も事態が動き続けている。近場にいた別のゾンビが、のそのそとした足取りで手の届く所までやってきたのだ。

 ちなみに操作キャラクターは「うっ!? あぅっ!」と苦しそうな悲鳴をずっと上げているが、襲っているゾンビさん達は空腹が満たされているのか「う゛ぇぁぁぁ……」と満足げだ。

「いいから! なんでこんな中盤まで来てそんなあほな死に方しようとしてんだよ!」

 月照が、これ以上ゾンビの栄養になってやるものかと後ろから灯に覆い被さって今度こそコントローラーを奪い取ろうと試みるが、やはり手に触れそうになる柔らかそうな鉄壁に(さまた)げられて思う様にいかない。彼女の両脇をくすぐって防御を切り崩す作戦も考えたが、のたうち回られるとゲーム機本体を蹴り飛ばされかねない。

「ああ! みっちゃんがあほって言った!」

 当の灯は卑劣な防御姿勢を自覚していないのか触られても良いと思っているのか、変な事で怒っている。

「いや、死に方があほって言っただけで、お前をあほって言った訳じゃねえよ。あほだけど」

「なんだ、じゃあ許す」

(許すのか……)

 などと月照と灯が間の抜けたコントをしている間に、遂にキャラクターがゾンビ達に――。

 パン! パン! パン! パン!

 銃を乱射していた。

「は?」「ほえ?」

 月照と灯が間の抜けた声を上げながら画面を見ると、(きゅう)()を脱出したキャラクターが回復アイテムを使っているところだった。

「え? なんで、どうして?」

 灯が自分の握り締めるコントローラーと画面を交互に見るが、どのボタンにも触れていないのにキャラクターは勝手に的確な動作で部屋を駆け抜け次の扉を開いた。

「うわ、怪奇現象!?」

 灯が驚いて立ち上がり、画面を食い入る様に見詰めた。手にはコントローラーを持ったままだ。

「……いや、違うぞ」

 最初は一緒に驚いていた月照が、灯の様子を見ている内に気付いた。

 彼女の握るコントローラーのコネクター部分が本体から取り外されている事と、それまで2P側に繋がっていたコントローラーのコネクターが1P側に刺さっている事に。

 その元2P用コントローラーを握っているのは、この騒ぎの中で沈黙を守っていた蛍だった。

「でも勝手に動いてるよ!?」

「そりゃ、お前の妹が勝手に動かしてるからな」

「なんですと!?」

 灯は結構本気で驚いている様だ。

 普段は()(しん)(でん)(しん)で気持ち悪い位お互いの事を理解し合っている双子だが、こうやって目的が異なった時には、その精度はそこらの友人相手と同程度か、むしろそれ以下にまで落ちる。

「ふっふっふ。油断大敵だよ、あーちゃん! 私は目的の為には手段を選ばないのだ!」

 不敵な笑い声を上げながら拳銃に弾丸を込め直す蛍の「目的」とは、即ち――。

「ま、まさかほーちゃんは、私がコントローラーを絶対に渡さないと知ってずっと隙を(うかが)っていたと言うのか!?」

 灯ばかり操作していたが自分も遊びたかった、というものだ。

「ふふふ、あーっはっはっは! この私がコントローラーを握ったからには、もうさっきのあーちゃんの様な操作ミスは――……」

 がし! しゃく、しゃく。

「「「………………」」」

 う゛ぇぁぁぁぁぁ……。

「――って本当にびっくりする位そっくりだな、お前等!」

「ふええ!? みっちゃん、とりあえず何とかして!」

 しかし灯と違い、蛍は即座にコントローラーを月照に突き出してきた。

「おっと……。おう、とりあえず任しておけ!」

 その勢いにちょっと()(まど)ったが、月照はコントローラーを受け取りゾンビを振り解くべく各ボタンをがちゃがちゃと乱打する。

「……って、あれ? なんか動きが――」

 しかしキャラクターの反応は「うっ!? あぅっ!」の悲鳴だけだった。

「――ってこら灯! お前、またコントローラー差し替えたのかよ!」

 その原因は、灯が蛍の作戦を真似して操作を奪い返していたからだった。

「あはははは! 最後に笑うのは私だぁっ!」

 叫びながら月照同様コントローラーをガチャガチャと押してなんとかゾンビを振り解き、勢い余って目の前の扉を開けて次の画面へと移動してしまった。

「あ、あれ? これ追ってこなかったよね? 戻る時に気を付けたら良かったよね?」

 屋外の様な場所に出た所で灯はキャラクターの動きを止めて、月照を振り返って確認した。

「いやおい、そこは――」

 月照が声を掛けるよりも早く。

 その画面の端にいた敵が、一足飛びにキャラクターに向かってきた。

 直後、その敵はキャラクターの首をもぎ取った。

「ひゃあ!? 忘れてた!」

 首を失って倒れたキャラクターの上にでかでかとキャラクターの死を示す表示が現れ、ゲームオーバーとなって今までのプレイ時間が全て無駄になった。

「……即死攻撃持ってる奴がいるから、止まったら駄目だ」

「「もっと早く言え!」」

 なんでここで双子同時攻撃なのか……。

「いや俺が操作するなら言わなくても問題無いだろうが! 勝手に割り込んできた灯が悪いんだろ!」

「なにおー! そんな事を言うなら、真っ先にコントローラー奪おうとしたみっちゃんが元凶じゃないか!」

 さすがにこの反論は灯一人だった。流れ的には蛍は月照の味方のはずだ。

「見てられなかったからだろ! 蛍みたいに素直に俺に任せてたら簡単に進めてたんだよ!」

「「みっちゃん一人でしてるの見てるだけなんて面白くないよ!」」

 いや、やはり蛍は蛍だった。自分でコントローラーを渡しておきながら、ここで灯側に寝返って二人声を揃えて抗議してきた。

「全部させろなんて俺は言ってねえ!」

「「私達に全部させろ!」」

「お前等は言うんかいっ!?」

 口論の様に見えても、三人の口元には笑みが絶えなかった。


 ――そうだ、いつもこんな感じだった。

 まだ三人でよく遊んでいた頃。

 幼いが故に、小さな事ですぐお互いムキになった。

 声を荒げて怒り、互いに相手が悪いと言い張った。

 月照は双子のどちらかと言い合いをする時はいつも一歩も退かない覚悟なのだが、どうしてかいつの間にか残る片方が相手の味方に付いて、結局二対一になって何も言い返せなくなる。

 だから双子相手に勝った記憶がない。

 勿論双子同士だって、同じ様に言い合いを始める事があった。

 その時はもっと厄介だった。

 なんせ二人共引き際を知らないし同じ家に住んでいるので、互いに全く譲らず家にまで喧嘩を持ち帰ってしまうのだ。酷い時には何日もずっと続ける程だった。

 だからいつも、双子が喧嘩を始めたら程度を予測し、酷そうなら月照が仲裁しようと声を掛けていた。

 そしてなぜかいつも決まって、いつの間にか二人から非難されていて、最終的に月照の一人負け扱いになってしまうのだ。

 負けず嫌いな月照にとってどれ程屈辱の日々だったか……。


(だけど、まあ……)

 かつてと同じ情景の中。

 月照は、それも「楽しい」だったのだと気付いた。

 それは大人に近付いたからなのか、それともボッチだった中学三年間のせいで人恋しくなったからなのかは分からない。

 しかしそのどちらだったとしても構わないと思った。

 双子と一緒にいる事は、どれだけ鬱陶しい事が多くても、面倒事が増えるとしても――。

(俺も……これが良いって、思ってたんだな)

 失いたくない、大切なものだと知ったのだから。

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