8セーブ目(4)
双六のゲームバランスが酷いのでかなり時間を無駄にしたと思っていたが、一回目のジョーカークリアのおかげか、二ゲームしてから更にアルバムを一通り見終わったのに、まだ正午を少し過ぎた程度の時刻だった。
月照よりも早く昼時だと気付いた双子が昼食の献立を尋ねてきたので、インスタントラーメンだと答えると、栄養がどうとかと言って軽くキレられた。
月照も栄養バランスの優れた食事を心掛けようと決めたばかりなので双子と同じ気持ちが無い訳ではないのだが、母親が出掛けているので不本意でもそういった食事で空腹を紛らわせるしかない。園香が壊したピーラーをまだ買い換えていないので、自分ではジャガイモの皮を剥く事さえ不可能なのだ。
しかしそれは双子も同じはずだ。偉そうな事を言っていても、彼女達は園香の様に家庭的な訳ではない。
その証拠に、自分達で作るとは一言も言わない。
月照の母親が今出掛けている事にも既に気付いているだろうし、この家ではまともな料理に在り付けない事は分かっているはずだ。
その双子が、一体どうやって「栄養価の高い昼食」を用意するのかと少し楽しみにしていたのだが……。
「おばさんのご飯食べるの凄い久しぶりよね~? 遠慮せず一杯食べてってねぇ~」
答えは「夜野家で食べる」だった。
双子の母親はかなり上機嫌に台所で料理をしていた。
何がそんなに嬉しいのか月照にはよく分からないが、鼻歌を歌いながら底の深いフライパンに油を張って何かを揚げている。香ばしい香りがこちらまで届いて来て、一気に空腹感が促進してくる。
「あ、いえ、そんな……適当で本当に良いですよ。突然押しかけてほんと済みません」
相手がフライパンしか見ていないのが分かっていても月照は頭を下げた。
常日頃からずっと世話になりっぱなしなのに、更にこんな風に迷惑を掛ける事になるなんて全く予想もしていなかった。
(……どうしてこうなった……)
双子が「お母さんに作って貰おう!」と言い出した時、「じゃあお前等一旦家に帰れ」と追い返した。
小学生の頃の昼時は、大体いつもそんな感じでお互いの家で昼食を摂り、終わったら先に食べ終わった方が相手の家に遊びに行って、相手が食べ終わるのを待ってからまた遊ぶ、という流れだった。
今回も無意識にそんな流れになると思っての発言だったのだが、双子は冷たく追い返されたと思ったのか、月照の両腕に抱き付いて無理矢理自宅に連れて行こうとした。
しかしいくら二人がかりでも、体育会系男子の月照に運動不足のオカルトマニア女子高生がそう簡単に勝てる訳もない。
これは長丁場になるか、と月照が覚悟を決めてしばらく踏ん張っていたら、双子はなぜかすぐに手を離して家に帰って行った。
の、だが――。
月照が勝利の余韻に浸りながら薬缶に水を入れてガスコンロの火に掛け、インスタントラーメンを棚から出して封を開けようとした時、インターホンが鳴った。
宅配でも来たのかと火を止めて表に出たら――。
双子の母親が立っていた。
強キャラ感漂う、腰に手を当て踏ん反り返った仁王立ちだった。
一瞬訳が分からずに怯んでしまったが、別に双子を苛めた訳でも無いし何もやましい事は無い。
だから普通に挨拶をしようとした。
「あ、こん――」
「みっちゃん、あんた今お母さんいないんでしょ? 今日はおばさんの家で食べていきなさい」
「へ? あ、でも――」
「ほらほら、早く。あ、火使ったりしてた?」
「あ、いえ、それは――」
「ああ、良かった。それじゃ、鍵掛けて、ほら」
「あ、いや、でも――」
「あら、水でも出しっぱなし? それとも何か冷蔵庫から出したまま?」
「いえ、そうじゃ――」
「大丈夫だったらいらっしゃい。お腹減ってるでしょ」
「…………はい」
向かいのおばさんは、一人で双子の連携トークを優に超える攻撃力を持っていた。
(そりゃこうなるよな……)
月照はテーブルの向かい側でにこにこしている双子を交互に見た。
双子が帰ってから殆どタイムラグが無かった。だから二人共、当然まだ何も食べていないし何の準備もされていない。そもそも最初に献立を聞いてきたという事は、二人とも咜魔寺家で昼食を食べる予定だったはずだ。夜野家に食事が用意されている訳がない。
ならばあの時素直に帰ったのは諦めたからではなく、親を使って月照を連れてくる作戦を思い付いたからだったのだろう。でなければこんなにすぐに母親が押しかけてくるなんて有り得ない。
(……親子め)
双子の強引さは遺伝なのか、家庭環境なのか、夜野家の教育方針なのか……。
いずれにしても、双子にさえ勝てない月照が、それ以上のパワーを誇る彼女等の母親に勝てるはずもない。
大人しく双子と共にテーブルに着くしかなかった。
「なんか凄く久しぶりな気がするね」
「こうやってみっちゃんと一緒にお昼食べるの」
双子はまだ何一つ皿が並ぶ前なのにそんな事を言ってきた。
「……いや、毎日意地でも一緒に食べようとしてるだろ」
彼女達の母親に、いつも娘と一緒に居るなんて聞かれたくなかったので、月照は少しだけ小さめの声だ。
まあどうせ双子経由で毎日月照の様子は伝わっているだろうから、今更聞かれて困る様な事なんて何も無い気もするが……。
「家でのご飯って意味だよ」
「中学の頃は一度もなかったし、多分もっと小っちゃい頃だよね」
「小学校の三年生とか、四年生位かな?」
「大体毎回カレーだったよね」
「「(多分、今日もそうだよ)」」
いつもの連携トークの最後を、二人で身を乗り出し月照にだけ聞こえる様に言った。
「いや、それで充分だけどな」
カレーが苦手な人間は少ないと思う。月照も勿論大好物だ。
辛さ次第、という条件は勿論付くのだが、双子は激辛が苦手なので月照が食べられない程辛い物は出てこないはずだ。甘口だとちょっと刺激が足りない様に感じるだろうが、別にそれでも問題無い。
「……いや待て、じゃあ一体何を揚げてんだ?」
過去にこの家で御馳走になったカレーの味と匂いを思い出していた月照が、今現在鼻腔を刺激している香しい揚げ物の匂いで我に返った。
そんな当然の疑問に、双子は「ふっふっふ」と意味ありげに笑った。
「ズバリ、カツカレーだね!」
定番料理の名前をドヤ顔で言ったのは蛍だ。前振りの割には平凡過ぎて、月照は何も言わずにただ納得した。
すると灯が、対抗しているのかドヤ顔にVサインをプラスして続けた。
「或いはカレールーのフライだね!」
「独創的過ぎるわ!」
それをご飯に載せて、衣をほぐして食べればいいのだろうか……。
普通のコロッケならそんな食べ方でも美味しいが、中身がカレールーでは結局具のないカレーができあがるだけの気がする。いや、無意味に衣が混ざったドライカレーか……。
そもそもとして上手くご飯に絡むのかという問題もあるが、それを差し置いても肉どころかジャガイモや人参さえ無いのは悲し過ぎる。そんな奇抜な料理よりも普通のカレーの方が絶対に満足度が高いし、油の後始末や衣作りの手間を考えれば作る側もカレーを作りたくなると思う。
仮にそんな料理を出されたとして、灯は果たして最後までこの笑みを浮かべたまま食べられるのだろうか。
未知の食べ物過ぎて、月照でさえ双子の反応が想像もつかない。
(それにカレールーって、ブロックのままだとメッチャ不味いだろ……)
少なくとも幼少期にチョコレートと間違えて食べたカレールーの味は、ただただ「残念な刺激物」としか表現できない物だった。それこそ「二度と親に内緒でおやつをつまみ食いしない」と誓いたくなる程だ。後にあれがあの美味しいカレーの原材料だと聞かされて、驚いたというよりも担がれていると思った位だ。
「じゃあ普通に、ご飯のフライかな?」
灯が月照の反応を見て少し不満そうに言った。
「お前んちの『普通』は、どうやら俺んちの『普通』とは全然違う物だったらしい」
薄々気付いていたが……、と心の中で付け足しておく。
「もう、あーちゃんってば……そんな事言ってて、本当にそんな感じにされたらどうするつもりなの?」
「その時はやっぱり、お母さんも誘って一緒に食べるしか……」
「食べないってお母さん、そんなの」
「でも、実の娘を人質に取れば大丈夫だよ!」
「むしろ大丈夫な要素が減ってるよね!? 主に私の!」
「そうでもないよ? ほーちゃんを捕まえて、『とっととその料理を食べないとお前の娘に食べさせるぞ!』って脅すだけだから、大丈夫だよ」
「それ大丈夫なのあーちゃんだけだよ! 私捕まった上に実の母親にも見捨てられて、絶対一人で食べさせられるし!」
「姉想いの妹でお姉ちゃん嬉しいよ」
「実の妹を売る様な姉で私は悲しいよ!」
「……さらりとおばさんが見捨てる前提なのはどうなんだよ……」
双子の本気なのか冗談なのか分からない言い合いに月照がボソリと突っ込みを入れると、
「はいはい。今日はカレーじゃないから、馬鹿な事言ってないでお皿出すの位手伝いなさい」
母親が呆れた様子で大皿に山盛り載った揚げ物を持ってきた。何を揚げたものかは分からないが、コロッケやメンチカツの様な大きさと形状だ。
まあ大きさと形状と言ってもプロが店で出す様な整った物ではなく、一つ一つ歪に異なっているし、中には焦げている物も何個かあるのだが。
「「ええ~……」」
双子はその整った顔の眉間に皺を寄せて不満を示した。カレーじゃなかった事に対してか、それとも手伝えと言われた事に対してかは分からないが……。
「待っててねぇ。後はカレールーとご飯のお揚げを作ったら終わりだから」
そんな我が子達を無視して、母親は月照に戦慄の発言をした。
「……今から自宅でインスタントラーメン食ってきて良いですか?」
「あっはっは、冗談だから座って待っててね」
「……はい」
どうやらさっきまでの会話は、小声で話していたつもりだったが一部始終聞かれていた様だ。
「だけど灯、蛍。手伝わなかったらあんた達のは本当にそれにするからね」
「「はい! 今まさに手伝おうとしてました!」」
軍隊で鬼教官に命令されたかの様に、双子は勢いよく立ち上がって気を付けをしてから、母親と一緒に台所へと向かって行った。
「…………」
それを見ていた月照の脳裏には、住職の名を出した時の園香の姿が思い浮かんでいた。
色んな種類の揚げ物とレタスやトマトを中心としたサラダの昼食を食べ終わると、双子は一秒を惜しむ様に月照の家へと駆けだした。月照さえ置いてけぼりだ。
「おい、取り敢えず落ち着け」
咜魔寺家の玄関前で月照を待つ双子にそう声を掛けながら、月照は家の鍵をポケットから取り出した。
「「落ち着いてるよ。だからみっちゃん、早く早く!」」
駆け足の足踏みをしながら急かしてきた。
「なるほど、それでも落ち着いてる方なんだな……」
諦観した様に言うと、双子はそれが気に入らなかったらしい。ムッとなって、バタバタしていた足を止めて文句を言って来た。
「「まるで普段はもっと落ち着いてるみたいな言い方止めて!」」
「逆だぁっ!」
というか、普段から落ち着きが無い自覚があるなら改めて欲しい。
「……いや待て、そもそもなんで普段から落ち着きが無い様に言われたいんだ?」
「「そんな風に言われたい人間がいるか!」」
「お前等ちょっとは発言に責任を持て!」
もう会話が目茶苦茶だった。
呆れながらも月照が自宅の鍵を開けると、やはり双子の方が先に家に飛び込んで行った。行き先は恐らく月照の部屋だろう。
「だからお前等、落ち着きと遠慮を身に着けろって……」
「「みっちゃんは落ち着いてないで早く来い!」」
「そんなに慌てなくても、明日もあるだろうが」
「「いつも通りの明日がいつもやってくるとは限らないから、今日を大切に生きなきゃ駄目なんだよ!」」
「…………」
なにやら名言っぽい事を言われてしまった。
『『いいから早く!』』
どうやら二人共、もう既に目的地に到達してしまったらしい。また勝手に押し入れを漁られては後片付けが大変だ。
「勝手に部屋のもん触んなよ!」
少し強めに声を掛けてから、月照は双子の後を追って自室へと急いだ。
早足でそこに着くと、双子が机を漁っていた。
「おっ――……」
月照はいつもの調子でまず叱ろうとして、しかしそこに入れていた重要機密を思い出して言葉を失った。
(御神体!)
双子に見付かったら面倒臭い。月照は考えるよりも先に手が動いていた。
ごごすっ、と鈍い音を立てながら決まったチョップは、右手の怪我を無意識に庇って手加減してしまったらしく、左手で狙った蛍だけがゴロゴロとのたうち回る事になった。
これと言ってしたい事もなく、遊び道具の数も限られているので、午前中に引っ張り出していたオセロなどのアナログゲームを数種だけ遊んだ。
しかしやはりどんなゲームでもすぐに飽きてしまい、二時間もするとする事が無くなった。
まあそれでもノスタルジックというか何と言うか、懐かしさそのものを楽しむ遊び方ができたので、それ程不満や退屈は感じていない。
今し方までしていた将棋だけは、小学生の頃とは異なり普通のルールで遊んだが、それでもなんとなく懐かしい感じはしていた。
「さて、これもこれ以上やったらお前等が可哀相だし、そろそろ別の何かするか」
「「む~……」」
将棋で連戦連勝していた月照の勝ち誇った言い方に双子が何か言いたそうな顔をしているが、一々聞いてやる義理もない。
「じゃあそろそろ居間に行くか?」
駒をケースに仕舞いながら双子に声を掛けると、双子はすぐに機嫌良さそうに聞いてきた。
「あ、ゲームするの?」
「それとも何か見たい番組でもあるの?」
「……ゲームだな。まあ先に出したもん片付けてからだけど」
小学生の頃に遊んでいた時と同様、双子は興味がコロコロと変わる。本当に成長しているのだろうか、と一瞬疑問に思ったが、していない事は考えるまでもなかったので気にしない様にした。
「「じゃあ私達も手伝うね」」
双子は手近な所に置いてあった玩具類を手に取り、押し入れへと潜り込んだ。
「おい、勝手に変な所に入れんなよ? 後で分かんなくなるから」
「「大丈夫だよ。みっちゃんの押し入れ、以前とおんなじまんまだったから」」
「……いや、だからなんでお前等俺の部屋の押し入れん中知り尽くしてんだよ」
「「だから、みっちゃんが小学校の頃から成長してないからだよ」」
二人は押し入れから出てきて、月照を小馬鹿にする様にニヤリと笑った。
腹は立つが、この程度で一々攻撃していてはいつまで経っても手の怪我が治らない。
とはいえ、言われっぱなしは性に合わない。
月照は双子と入れ替わりに、将棋盤を持って押し入れに頭を突っ込みながら言い返した。
「お前等こそ、中身も身長も小学校の頃から全然成長してねえじゃねえか」
「「むうっ! みっちゃんが凄く背伸びただけで、ちょっとは伸びてるもん! 体重だって四捨五入したら十キロ増えてるし!」」
「はあ? そんなに太ったのか?」
ちょっと驚きながら、月照は頭を戻して振り返った。
運動不足なのに結構食べるのでそれくらい太っていてもおかしく無いとは思ったが、しかし今も制服の時も、そんなに腹回りが出ている様には見えなかった。
「「ふ、太ってないよ! 成長しただけだもん!」」
二人で合計四つの握り拳を作って抗議してきた。その反動で、二人で合計四つある胸部の出っ張りがゆっさと揺れた。
(…………え?)
まさか、「これ」なのだろうか……。
確かに「これ」は小学生の頃はまるで視界に入る事はなかった。つまり意識してしまうほどの自己主張は無かったはずだ。
(いやいやいや、十キロだぞ? いやでも、確かに見た目は『そこ』以外変わってないし……え? 一個五キロ? いや、まさか……な?)
月照が混乱して動きを止めると、「太った」と言われて体重を四捨五入で倍近く水増しした事を後悔していた双子は少し不思議そうな顔をした。
しかししばらくしても月照の反論が無い事で勝ったと思ったらしく、上機嫌で周囲に散らばる他の玩具も集めて、月照の両サイドをすり抜け次々と押し入れへと仕舞い込んでいった。
その度に一々揺れる「そこ」から、月照はしばらく目を離す事ができなかった。




