8セーブ目(1)
ぴん……ぽーん。
月照が少し長めにインターホンを押すと、中から「はーい」と聞き慣れた声で返事が返ってきた。
そして玄関のドアが開いた途端――。
「「みみ、みっちゃん!? お、おおは、おはは、お、は……」」
中から姿を見せた寝間着姿の双子が、月照を見るなり石化の呪いを食らったかの如く徐々に動きを止めて固まった。
自動で閉まろうとするドアが蛍の肩にガッと響くちょっと痛そうな当たり方をしたが、双子は揃って何のリアクションもなく、ドアを引っかけたまま止まっている。
「おう……」
恐らく「おはよう」の挨拶途中で固まったのだろう双子に、月照はいつもの様にぶっきらぼうに挨拶を返した。
しかし双子の反応は無い。
いや、厳密には反応はしている。最初は驚きだけだった二人の表情は、それに更に焦りと歓喜と困惑を綯い交ぜにした様な複雑なものに変わっている。
だがそんな変化がありながらも身体は「達磨さんが転んだ」でもしている様に全く動かないので、彼女達が今一体どういう心境なのか全く読めない。
(今まで寝てたのか?)
月照は双子の格好からそう推察したが、それにしてはインターホンの後に返事が返ってくるのが異様に早かった。
そもそもいつも朝に月照を起こしに来る位、双子は朝に強いはずだ。それがデートの約束をした今日に限って寝坊なんて考え難い。
まあ特に待ち合わせ時間を決めていた訳でもないので寝坊とは言えないのだが……。
しかし今までなら遊ぶ約束をした休日は、午前九時前には双子の方から家に押しかけてきていた。
だから今日もそうだと思い込み、たまたま八時半頃に目覚めたにも関わらず二度寝せずに着替えも食事も終えて部屋で待っていた。
そんな準備万端な時に限って、いつまで経っても二人共全然来なかったのだ。待ちきれなくなっても仕方が無いだろう。
(いや別に待ち遠しかった訳じゃねえけどな……断じて!)
来ると分かっている厄介事がいつまでも来ないのは生殺しだからだ、と月照はなぜか自分の心の中で言い訳していた。
少し前に母親がパートに出掛けてしまったので一人で手持ち無沙汰で居間にいたが、相手が何時来るか分からないと落ち着かない。
気を紛らわせる為に、昨日の礼と謝罪を加美華にメールで送ったりもした。
暇に飽かせて長文を何度も推敲してからの送信だったが、定型文の様な社交辞令が返ってきたので、それ以上話を広げられそうもないと諦めてメールソフトを閉じた。
ちなみに人間は脳内で文脈をある程度予測しながら文章を読んでいるので、少々の誤字なら気付かずに読み飛ばしてしまう。この時の月照の様に集中できていないなら尚の事だ。
だがそれが後に一人の女子高生の命を救う事を、この時の彼は知る由もなかった。
それはともかく、やる事がいよいよ漫画を読むかゲームをするかネットでさほど興味のない情報を漁るかのどれかになってしまい、しかも昼食にはまだまだ早い時間だったので、午後まで待たされる可能性を感じた時、月照は我慢できずに家を出ていた。
そして向かいの家まで来てみれば、双子が揃っておかしな反応で出迎えたという訳だ。
一体何分間経ったのだろうか。
長い長い不自然な間があった後、双子は急に勢いよく頭を下げた。
「「よーござんすね!」」
「……壺振りかお前等は」
時代劇の賭場で、丁半博打の時にサイコロを振っている人が、壺を開ける前に丁度そんな言葉使いだった。
ちなみに月照の中では、壺振りはみんなイカサマをしているイメージになっている。
大体が劇中で、サイコロを噛み割って中に仕込まれた鉛を発見したり凄腕で思い通りの目をだしていたりと、イカサマのない賭場のシーンは殆ど出てこないからだ。
それ以外のシーンなんて月照は殆ど見た事が無い。精々がイカサマする間もなく役人に「御用だ」と押し入られて「やべえ、逃げろ!」となる捕り物シーン位だ。
「で、何してんだ? イカサマ賭博か?」
「「してな――それ何すればいいの!?」」
流石双子、こんな時でも完全にハモっていた。
「てか、来ないって事は今日は無しでいいのか?」
双子がちゃんと稼働した事を確認できたので、月照は本題を切り出した。
「「有りだよ!」」
しかし軽く問う月照とは対照的に、双子は必死の形相で即答して門まで一気に詰め寄ってきた。
その後ろで、邪魔者のいなくなったドアがゆっくりと閉まっていく。
「じゃあ何時からだ? まだまだ来ないなら、もうちょい寝るけど」
ちょっと気圧されそうになりながらも平静を装い、月照はデート当日に本人達を呼び出した上での発言とは思えない事を言い出した。
「「ほええっ!?」」
さすがの双子もかなり面食らい、慌てて続けた。
「「ま、待って! 今! 今から行くから!」」
「寝間着でかよ……」
呆れながら呟いて、月照はふと気になった。
(今まで寝間着だったって事は、もしかして体調悪くて寝てたのか? 明日もあるし、今日はマジで休ませるか?)
「「着替える! 今すぐここで着替えるから!」」
「あほ姉妹ぃっ! ちゃんと部屋で着替えろ!」
しかし脊髄反射で生きているところが多いこの二人が、こんな「楽しみにしてました」感満載な時に「調子悪いのか?」と聞いても、素直に返事が返ってくる訳もない。熱があっても遠足に行きたがる小学生レベルだ。
「てか準備できてねえんなら慌てなくても良いだろ」
月照はそれとなく聞き出す事にした。
「「だって、一分一秒が惜しいんだもん!」」
「……じゃあなんで今まで来なかったんだよ。いつもならうぜえ位早く来るくせに」
しかし上手く聞き出すつもりでも、ボッチ生活の長い月照にそんな話術が有るはずもない。むしろ自分の気持ちの方を晒してしまっている事に気付いていない。
しかし双子は双子で、人の話をあまり聞かない癖が付いている。行間を読むとか相手の気持ちの機微を知るとかは苦手なので、純粋に声のトーンから非難されているとだけ感じ取った様だ。
だから姉妹で顔を見合わせ、口籠もった。
「え、えと……」
「だって……」
「「(いざデートって考えたら、どんな服着たらいいか分からなくなったんだもん……)」」
「は? 何だ? もにょもにょ言ってないでもっとはっきり言え」
「「もにょみょの!」」
「はっきり『もにょもにょ』言ってどうする――ってか言えてねえ!」
何を言っていたのかは聞き取れなかったが、双子はいつも通り元気な様だ。
頭痛や腹痛ならこんな切れの良い返しは無いだろうし、熱でテンションが上がっているなら小声になったりせず訳の分からない屁理屈や脅迫で遊ぼうとしただろう。
なかなか来なかった理由は分からないし反応もいつもとどこか異なっているが、体調が悪いと言う事は無さそうだ。
(まあ、こいつらの事だからまたとんちんかんな事を考えておかしな事してんだろ)
月照はそう結論付け安堵した。
対して、双子はまだまだ慌てたままだ。
「「と、とにかくすぐ準備するから、どこに行くのかだけ教えて!」」
いや、月照も安堵している場合ではなかった。
この期待には絶対に応えられない。
「いや、どこったって……昨日有り金全部使ったから、遠出なんてできないぞ」
さすがに月照もちょっと申し訳なく思って声の調子が弱くなった。
「「……へ?」」
そのせいで聞き取れなかった訳ではないだろうが、双子は聞き返してきた。
「いやだから、昨日遊園地行ったら金が無くなったんだよ」
視線を逸らして言うと、双子は呆然となった。
「「今日の私達とのデート、ご近所でのお買い物もできないの?」」
「……まあ、そうなるな」
「「デパート行って、ウインドウショッピング位は……」」
「いや、本当に残金ほぼゼロだから自転車か歩きで行く事になる。昨日は帰りの電車賃も無くなって、先輩だけ電車で帰って貰って俺は走って帰ってきた」
駅への入場料にも足りない、神社の賽銭に使う程度の額なら財布の中にまだ何とか残っている。
まあこの近所にはその神社すら残っていないのだが……。
「「遊園地から!?」」
どの遊園地かは伝えていないはずだが驚いている。
まあ最寄りのあの遊園地でも、電車か車で行く距離だ。双子も幼い頃に月照と家族ぐるみで何度も一緒に行っているので、大凡の距離感は掴めているのだろう。
「ああ。でも走り込みの成果がちゃんと出てんのかな。俺もまさか完走できるとは思ってなかった」
月照はちょっと自慢げだ。
「……みっちゃんはあほなの?」
「……それともばかなの?」
「お前等にだけは言われたくない!」
呆れ顔だった双子は、少し首を傾げて続ける。
「大体何で、かみかみ先輩はお金貸してくれなかったの?」
「他の人に見られたらカツアゲと思われるから?」
「違う! てか、そもそも先輩も金持ってなかったんだよ」
「「……ほへ?」」
言葉通りなのだが、双子には理解できなかったらしい。
まあ確かに、電車に乗って金の掛かる所に遊びに行く計画を立てた本人が一円も持ってこなかったと知らされた時には、月照も何が起こっているのか理解できなかったが……。
しかし直ぐに気付いた。それは多分加美華が月照の男を立てようとしてくれた結果の、勇気ある行動だったのだ。
だから昨日一日、加美華にちょっとは良い格好ができたと思う。
勿論エスコート内容は酷いものだったので及第点にはまるで届かなかったという自己採点結果がでているが、しかしデート費用を文字通り全額自分が持ったという一点だけでも加点できた。
加美華のこの勇気ある行動のおかげで良いとこ無しにはならずに済み、自尊心は何とか守られたのだ。
「だから、先輩は財布持ってなかったんだ」
しかしそれを詳しく説明しても、多分双子には理解できないだろう。
「「スマホにチャージしてたとか?」」
やはりそんな深い気遣いなんて理解する気も無さそうだ。当てもの感覚で思いついた事を言い出した。
「……遊園地で使えんのか、それ?」
「「遊園地によってはいけるかも?」」
「てか、スマホも持ってなかった」
言うと、双子が揃ってジト目になった。
「……かみかみ先輩は、凄いあほなの?」
「……それともとんでもないばかなの?」
「お前等、仮にも先輩相手に……。それに先輩なりに、俺に気を使っての行動だぞ」
ムッとなってそう反論すると、双子は少しムキになって小馬鹿にした様な言い方になった。
「「……じゃあやっぱり、凄くあほかばかだよね?」」
「なんでそうなるんだよ!」
強く言い返すが、双子は怯まない。
「だって、電車に乗ったり乗り物に乗るのに」
「お金も何も持っていかないのって」
「タダ乗りする気満々って事だよ」
「デートで犯罪にチャレンジなんて」
「「頭がおかしいとしか思えないよ」」
いつもの連携トークでいつもよりも毒舌だった。
「酷え言い方すんな! 最初から俺が奢るつもりだったんだよ」
「「え? みっちゃんがそう伝えてたの?」」
「いや、何も言ってないけど……。でも察知してくれたんだろ」
「「絶対に違うよ!」」
強く突っ込んでから、双子は呆れた様にまた連携トークを始めた。
「あの先輩が人に集るなんて本当に思ってるの?」
「絶対に何か失敗したんだよ」
「例えば朝早く目が覚めたのに」
「どんな服着ていったらいいか分からないから」
「ギリギリまで悩んでる内に時間が無くなって」
「結局着替えに時間が掛からない服を選んで」
「「慌て過ぎて、他の物全部忘れただけだよ!」」
「いやお前等、いくら何でもそれは……」
この二人とのデートの約束は今日と明日なので、せめてその二日位は怒らない様にしようと思っていたが、さすがにここまで言われては加美華の名誉の為にも怒った方が良さそうだ。
「「本当に? 慌てて待ち合わせ場所に来た様な素振り無かった?」」
顔の筋肉に力を入れ始めると同時に双子にそう問われて、月照の脳裏に汗だくで呼吸もままならなかった加美華の姿が浮かぶ。
「…………」
やっぱり、デートの日に怒るのは良くない。今日は温厚に行こう。
加美華の名誉は、これ以上何も考えない方が多分守られるから……。
「そ、そんな事より、無くなったもんはどうしようもないから、今日は散歩か家で遊ぶ位で我慢しろ」
「「うう~……みっちゃんのばほ」」
「仕方ねえだろ。それともお前等が奢ってくれんのか? ……っていや待て、お前今『ばか』と『あほ』を合体させたか?」
「「知らない! こうなったらもうパジャマのままみっちゃん家に遊びに行って、明日の夜までパジャマパーティーだ!」」
「だから無理だっつってんだろ!」
パジャマパーティーも宿泊も却下済みなのだが、まだ諦めていなかったらしい。
「でも、もう結構時間無駄にしてるし」
「どうせみっちゃんにこの格好見られてるから」
「「今すぐ押しかけて遊びたい」」
「お前等が勝手にそんな格好で出てきたんだろうが……」
そもそもこのまま押しかけるもなにも、双子は着替えも何も用意していない。
それなのに泊まりがけで遊ぶなんて、風呂に入った後は一体どうするつもりなのだろうか。
(同じパジャマをまた着るつもりなのか?)。
丸一日着ていたパジャマにまた着替え直すのは気にならないのだろうか。
いや、パジャマはまだ良い。下着はどうするつもりだろう。
それとも風呂にも入らず遊び続けるつもりなのだろうか……。
いずれにしろ、そんな無駄に不衛生な事をされても困る。
(まあ、泊める気はないから関係ねーけど)
しかし風呂や着替えを言い訳に一旦追い返しても、この二人ならそれだけ済ませてすぐ又押しかけてきそうだ。
となると、もっとちゃんと本人達の納得がいく様に誤魔化しながら、宿泊を諦める様に上手く誘導しなければならない。
……まあそんな話術スキルは勿論ないので、単に双子を騙すしかないのだが。
「「みっちゃんだって、私達とすぐにでも遊びたいから自分から来たんでしょ?」」
どう騙すかを考えている途中でそんな事を言われて、「全然違う」と即答し損なった。
しかしおかげで閃いた。
「……いや、まあそれはそうかも知れないが――」
「「――っ!?」」
なぜか双子が息を呑んだ。
「でもどっちかって言うと、ちゃんとデートらしく待ち合わせとかした方がいいと思って、時間を決めに来たんだ」
「「にょっ!!??」」
双子が目を丸くして驚き、フラフラと後退った。
「まあ、こういう機会は滅多にないし、今日はグダグダになっちまったな。だけど明日はちゃんと待ち合わせてみようぜ」
「「ひゃ、ひゃうい!」」
返事なのか悲鳴なのか、変な声を出した双子は加速ながら玄関まで後退し、ドアを開いて二人で飛び込む様にその陰に隠れた。
ドアは一応開いたままだが、双子の姿は完全に見えない。
「……何してんだ?」
呆れて声を掛けると、何やら落ち着かない様子の声が返ってきた。
「え、ええと……」
「な、何と言うか……」
「「こんな格好でデートなんて、恥ずかしいよ」」
「ついさっき『明日の夜までパジャマパーティー』とか言ってただろうが!」
(――ってしまった! 反射的に突っ込んじまった!)
折角明日は時間を決めて待ち合わせる流れに持っていき、自動的に今夜の泊まりは無しにしようとしたのに、パジャマパーティーを思い出させては「やっぱりこのまま明日の夜まで」とか言い出しかねない。
「「……だって、みっちゃんが『デートらしく』なんて言うから」」
「だってって……」
良かった。どうやら嫌な流れにはならずに済みそうだ。
「今回は最初からずっとデートって言ってただろうが」
安堵を込めてそう言うと、ドアからガン、という音が聞こえてきた。双子がどこかぶつけた様だ。
「「ふゆぅぅぅ~~~~……」」
「今は春だ」
いつもおかしな言動で鬱陶しいが、今日はいつにも増して予測も付かない言動ばかりでもう色々と面倒になってきた。
「……それとも、待ち合わせは冬にするって事か?」
「「今すぐだよ!」」
双子はまた勢いよくドアから飛び出して近付いて来て――。
「「あっ……」」
と小さく声を漏らし、慌ててドアの陰へと戻って行った。
「何してんだよ……?」
「だ、だから!」
「後ちょっと!」
「十分だけ!」
「あ、やっぱり十五分!」
「「二十分後に迎えに来て!」」
「……いや、結局何分後なんだよ」
突っ込みを入れてはみたが、既に双子は家の中へと引き上げていった後らしく返事は無かった。
恐らく誘導作戦は成功したと思うのだが、双子の今の言動の意味が分からないので、当然次の行動も予測できない。
あの流れでもお泊まりセットを準備して突撃してくる可能性だってある。
「……面倒臭え」
月照は自分も一旦自宅に帰り、与えられた二十分間、余計に落ち着かない気分のまま過ごす事になったのだった。




