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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
7セーブ目
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7セーブ目(8)

 その四――以降も、ずっとそんな調子が続いた。

 浮かれては失敗して(へこ)んで、挑戦しては自爆する。

 それを繰り返す内に、加美華は精神を()り減らし過ぎて、遂には()()へと辿(たど)り着いていた。

 そのせいで全アトラクションコンプリートを狙っている月照に促されるまま次々と乗り物を乗り継いで、その度に更なる失態を積み重ねていった。

 メリーゴーランドでは、幼稚園児と(おぼ)しきちびっ子達に割り込まれて(はな)(ばな)れで乗り場に入って、彼を捜さずに空いていた馬に座った結果、カボチャの馬車に男一人で座って待っていた月照を(さら)し者にした。

 コーヒーカップでも、月照が常識的な速さで優しく回していたにも関わらず、なぜか加美華は終わった後に目を回してふらつき、支えようとしてくれた彼のあごに痛烈な頭突きを喰らわせた。

 急流滑りでは、ゴンドラに乗り込む時に水で滑って、彼を巻き込んで転んでしまった。危うく水流の中に二人で転落する所だった。

 それ以外でも殆ど失敗だらけで、何かに呪われているのではないかと思う位――いやむしろ、いっそ呪われていればと思う位酷い有様だった。

 そして気が付けば、最後の締めとばかりに二人で観覧車に乗っていた。

 言葉もなく目も合わさずに、ただじっと風景を眺めていた。

 それでも無我のまま残りを過ごせればまだ良かっただろうに、なぜか七分目程度の高さまで来た時、加美華は突然「観覧車には乗るな」的な助言を瑠璃からされていた事を思い出してしまった。

 しかしもうどうしようもない。まさか飛び降りる訳にもいかず、ただじっと身を固くしているしかない。

 しかし何もしていないと、今日一日の失敗の数々がフラッシュバックして次々に蘇ってくる。

 もう、「悪意が有るんじゃないか」と言う位月照に迷惑を掛け続け、気を使わせ続けていた。

 「やっぱり飛び降りようか」なんて危険な思考が浮かぶ位には()()っていた。

 ――その時だった。

 彼が口を開いたのは。



「ぷはぁっ!?」

 ざばあっ!

 月照の言葉を思い出そうとした瞬間、加美華は我に返って顔を上げた。

「あ……」

 どうやら回想に集中し過ぎて湯船で溺れかけていた様だ。

 自己嫌悪のあまり死にたくなって(うつむ)いていたが、いつの間にか顔が湯に浸かっていたらしい。本当に死んでしまうところだった。

「う、あう……」

 急に動かした頭が割れそうに痛み、脈拍に合わせて(うず)いた。キーンと耳鳴りがして、下腹がよじれた様に吐き気が込み上げ、座ったままなのに立ち(くら)みの様に視界が暗くぐるぐる回って身体に力が入らない。

(やば……のぼせちゃった……)

 かなり酷い症状で、このままでは本当に危ない気がする。早くここから出ないと命に関わりそうだ。

 十代の若さで、ただの日常的な入浴中に死にたくない。

(今日の番台さん、男の人だし……)

 ここで意識を失ったら確実に裸を見られてしまう。

 ぼーっとしているはずの頭は、そんな変な事に対してだけ(めい)(りょう)に働いていた。

「(ここで死んでも、月照君は来てくれない、から……)」

 呟きながら、根性で湯船から()い出した。

 何とか立ち上がろうとするが、頭を上げるのがきつい。それどころか目を開けているのも辛い。

 四つん這いで下を向く以外、しばらく何もできなさそうだ。

 しかしこの状態で止まっていても、それは苦しみを長引かせるだけだ。

 なんとか薄目を開けてシャワーを見付け、赤ん坊の這い這いの様にぎこちない動きで移動する。

 床のタイルが冷たいのがせめてもの救いだが、逆にそこで大の字になって寝そべりたい誘惑と格闘する羽目になった。

 苦闘の末に何とかシャワーまで辿り着き、椅子に座りもせずに冷や水を出した。

 といってもいきなり身体に掛けると今度は心臓に負担が掛かるので、まずは手、次に足、といった感じでプールに入る時の様に徐々に身体を冷やしていく。

 頭に掛けてしばらく経ち、ようやく頭痛が引いてきた。

 まだ吐き気は残っているが、大分楽になった。

「はあ……死ぬかと思った……」

 椅子に腰掛け、水を止めた。

 ようやく周囲を見回す余裕ができたので確認してみると、今は完全に貸し切り状態だ。おかげでさっきのたいは誰にも見られずに済んだ。

 まあ誰かいれば、ここまでなる前に声を掛けてくれたかも知れないが……。

(……冷えちゃったから、少しだけ浸かって出よう)

 今度は考え事をせず、自分の体調にだけ注意して湯船に浸かる加美華だった。



 銭湯からの帰り道、加美華はさっきまでのぼせていたのが嘘の様に背筋を凍らせて歩いていた。

 折角お湯に浸かり直したのに、着替え中に昼食の時の事をまた思い出してしまい、この有様だ。

「う゛ああぁぁぁぁ…………」

 (ため)(いき)()くと幸せが逃げると言うが、先に全ての幸せに逃げられたら溜息の代わりにこんな声しか出なくなるらしい。多分うら若き乙女が漏らしてはいけない類のものだ。

 デート内容については、もうそれ以上思い出さない様に事にした。

 どうせ既にゲームオーバーだ。

 よくもまあ、あそこまで失敗ができるものだと自分に感心する。

 それに最後まで付き合ってくれた月照は、あの見た目ながらもしかしたら聖人なのかも知れない。

(……って、あれ? 最後までって、本当に最後まで付き合ってくれたのかな?)

 観覧車でお互いに無言だった辺りまでは思い出したが、その先は闇の中だ。

 しかしこれ以上はもう思い出したくない。

 帰宅したのがまだ夕日が沈む前だったので、多分電車で帰ってきたはずだ。歩いてではない。

 となると駅で帰りの切符を買うまでは、月照が付き合ってくれていた事になるのだが……。

 その先は、果たして一緒だったのだろうか……。

 アパートの階段を上る時、後ろを振り返った記憶はない。

 だからきっと、月照はアパート前には来ていない。

(うああああ……)

 どんどん怖い考えになってしまう。

 というよりももうほぼ確定的に、途中で別れて別々に帰ってきたんだと思う。

 理由は勿論、彼の(かん)(にん)(ぶくろ)()が切れたからだろう。

(そう、だよね……目茶苦茶だったもんね……)

 ジェットコースターでは痴女の様な事を口走り、お化け屋敷では月照の服を台無しにした。もしかしたら洗濯で元通りに縮むかもしれないが、デート中から帰り道まで、彼はずっと伸びて()れた服を着る羽目になってしまった。

 そして今思い起こしても、たこ焼きの件は完全無欠に変質者そのものの行為だ。彼に知られてはいないが、行為自体はどこにも(よう)()できる要素が無い。

「……まあ、どうせ私は最初から変質者なんだけどね」


 ――ファーストキスが性犯罪(加害者)。


 うん、恋愛プロフィールの一行目がいきなり変質者だ。

 いや変質者どころか立派に犯罪者だ。

(あ、でも! ファーストキスよりも前に彼を好きになってたはずだから、一行目って事は――)

 そう、恋愛とは人を好きになる事から始まる。

 だからキスする前に彼を好きだったなら、その切っ掛けになった時が真の一行目のはず。

 その状況を思い出す。


 ――月照の布団に入って、彼の匂いに包まれて(もん)(もん)とした夜を過ごした。


 うん、(れっき)とした変質者でした。

(い、いやいやいや! その前! その前から、きっと私は――!)

 更に彼を意識し始めた時の事を思い返す。

(うん、多分最初の夜に……)

 瑠璃に「吊り橋効果」と断言されたので自信は無いが、しかしそれだって彼を意識する切っ掛けにはなっていたはずだ。

 桐子の霊障に恐怖し、絶望しそうだったあの晩。

 唯一の希望だった月照が、それを解決してくれた。


 ――幼女を精神的に追い込んで。


 うん、そんな相手をその瞬間に好きになったなら、やっぱり変質者と言われても仕方がない。

「……私は駄目な人間でした」

 言い逃れができない事を悟った加美華は、諦めてトボトボとした足取りでアパートへと帰っていった。

 ただ、諦めた事で気が楽になったのか、その顔色は健康的なものに戻っていた。


     ◇◆◇◆◇


 翌朝。

 加美華はスマートフォンの着信音で目を覚ました。

(……ん、メール?)

 寝ていても聞き慣れた音なのですぐに分かった。

 だがそれが分かっても、肝心のスマートフォンの場所が分からない。

 昨日の夜にどこか変な所に置いたのかと身体を起こして周囲を見回すが、この狭い部屋のどこにも見当たらない。

「……あ、そっか」

 そう言えば、この寝間着の左ポケットに入れたままだった。

 昨夜銭湯から帰ってから桐子と少し会話して、ダルいからと晩ご飯をインスタントラーメンで済ました。

 満腹になると一日の疲労が出て、起きていられない程眠くなったのでそのまま布団を敷いて寝た。

「着替えた時に気付かないとか、私はもう本当に駄目かも知れない……」

 一晩経っても昨日のネガティブを引き()ったままだったが、メールの差出人を見て急に元気になった。

「つ、月照君!」

 だが直後、バタリと布団に倒れ込んだ。

「――からの絶縁メール、だよね?」

 昨日あれだけやらかしたのだ。嬉しいメールのはずがない。

「…………」

 加美華は悩んだ。

 見るべきか見ざるべきか。

 まあ結論から言えば見るしかないと分かってはいるのだが、それでも見たくないので(かっ)(とう)する。

「ああ、もう……やだな……」

 きちんと付き合ってもいないのにもう振られるのだと思うと、どうしようもなく情けない気持ちで一杯になる。

 (おお)()()ではなく、本当に死にたいと思える程だ。

 だが死んでしまうのも情けない。いや、申し訳ない。

 彼に金銭的な負担を押し付けて遊ぶだけ遊んで、その内容が気に入らないから命を絶ちましたなんて、彼に対するこの上ない嫌がらせだ。

 そんな死に方なら成仏なんてできるはずもないので、きっとそのまま幽霊になってしまうだろう。

 そして街中を(さま)()っている時に、彼にばったり出会ってしまうのだ。

 その時、自分はどうなるのだろうか……。

 既に死んでいるのでもうそれ以上は死ねないから、もしかしたら赤面し過ぎて顔から発火し、数秒後には全身()(だる)()になって彼を驚かせるかも知れない。

 その炎で彼は火傷して、自分を更に恨むかも知れない。

 そこで彼にこう言うのだ。

 『恨めしや~』

 ……いや、自分の方が恨まれているのにそんな事を言ったら火に油だ。

(……既に火達磨なのに、油の無駄遣いだよね。あれ? この場合、彼が火で私が油を注ぐ方だから、油を準備中に一人で大炎上するだけか。月照君、更に驚くだろうな……)

 自虐的になり過ぎてもう何を考えていたのか分からなくなってきた。

 ただそんな最低な状況を想像している内に、今死んでも更なる恥の上塗りしかできないのだと思えてきた。だから死ねない。

「……せめて()(めい)(ばん)(かい)してからじゃないと、ね」

 ……どうやら(めい)()を返上するつもりらしい。

 よくある誤用を口にした加美華は、しばらく悩んではいたが、それでも決心して月照からのメールを開いた。

『昨日はありがとうございました』

 表題は社交辞令か軽い嫌味か……。

 いずれにしても、(しょ)(ぱな)にいきなり「きもい」とか「うざい」とか「金返せ」とか、怒りをぶつけられる事は避けられた。

 恐らく彼からの最後のメールになるので、()(れん)がましいが大切に保管したい。

 その時、表題が心を(えぐ)るものかどうかはやはり重要だ。酷い表題では消さない限り受信メール一覧を見る度に彼の怒りが目に入り、深く落ち込む事になっていただろう。

(まあ、こんな早朝にわざわざメールを入れてくる位には怒ってるんだろうな……。一晩経っても怒りが収まらなかったんだろうけど……)

 既に(てい)(かん)してしまったのか、不思議と何の感情も湧いてこなかった。

(そう言えば、今何時――って、えっ!? もう十時過ぎ!?)

 感覚的にはまだ午前七時前だったのだが、びっくりする位寝ていたらしい。

 昨夜何時に寝たのか正確にはよく分からないが、午後十時にはなっていなかった。つまり、少なくとも十二時間は寝ていた事になる。

(だ、大丈夫なのかな、私……?)

 ちょっと心配になってきたが、よく考えたら朝から全力疾走し、遊園地で半日心臓に負担を掛け続け、夜には精神的に追い込まれていたのだ。帰宅直後にちょっと気を失ってはいたが数十分程度なので、心身がちゃんと休まったなんてとても思えない。なるほど、銭湯から帰ってきた時に限界が来たのも頷ける話だ。

 気持ちはどう死のうか迷っていたのに、その間も身体はしっかりと生きる為に回復を(はか)っていた訳だ。

(はあ……。まあ、私の『死にたい』なんてそんな程度だよね)

 結局、心も本気で死にたいなんて思ってないという事だ。

(彼に知られたら、きっと本気で怒られるだろうな……)

 幼少期からずっと死んだ人達と顔を合わせてきている月照に、こんな軽い気持ちの「死にたい」なんて考えを持っていたと知られたら、今度こそ表題から()()(ぞう)(ごん)で固められたメールを送られかねない。

「(ま、それでも良いかな……)」

 いつもと異なりそれ以上妄想も膨らまず、感情が死んだ様な感覚に包まれ投げ遣りに呟きながら、彼のメールの本文を開いた。結構な長文だ。

(うわ、こんなに文句と悪口書かれたら読むの面倒だなぁ……。まあ読むけど)

 既にどん底まで落ちてしまっているので、もう何も怖くない。

 だから加美華は、特に内容を気にせず()(づら)だけを追って行った。


『先輩、昨日は本当にありがとうございました。

 目茶苦茶楽しかったです。

 中学生になった頃から遊園地なんてガキっぽいと思って全然興味無くしてたんですけど、久しぶりに行ったら()()を外してはしゃぎ過ぎてしまいました。

 だから色々と申し訳ありませんでした。

 俺ばっかり楽しんでしまって、先輩には何もしてあげられませんでした。

 本当なら男の俺がエスコートしないといけないのに、そこまで気が回らなかったと言うか、余裕が無かったというか……はしゃいでいるか無駄に緊張しているかのどっちかで、全然駄目な奴ですね、俺。

 折角先輩が、俺がエスコートし易い場所を選んで、エスコートし易い状況を作る為に財布やスマホを持ってこないなんて勇気の要る事をしてくれたのに、本当に済みませんでした。

 割とすぐにその意図に気付いてたんですけど、変にテンパったせいで全然期待に応えられませんでした。

 我ながら情けないです。

 俺から手を取るべきなのに、先輩の方から腕を組ませて恥ずかしい思いさせた事。

 男の俺が黙って金を出すべきなのに、気が付かなくて財布を持ってないなんて言わせた事。

 昼飯が足りないのに先輩に合わせて少なめで()(まん)しようとしたら、先輩の方が気を使って多めに食べたり追加の注文をしてくれた事。

 俺は余計な霊を見付けたり乗り物ではしゃいであまり集中できてなかったけど、先輩はデートに集中する為にスマホを置いてきてくれた事。

 本当に色々と、年上として気を使って頂いた事には凄く感謝しています。

 でも同時に、俺自身の()()()()さを思い知らされました。

 ああ、いや、(もち)(ろん)デートは本当に(もの)(すご)く楽しかったんですけど、自分が楽しむので精一杯で、先輩を楽しませられたのかって言うと全く自信がないんで、それが申し訳ないところです。

 だから今度、再挑戦させて下さい。

 うちの学校はバイト禁止なので()(づか)い貯まるまで時間掛かりますけど、次はもう少しマシにするつもりですんで、先輩が嫌じゃなければ、どうかまたよろしくお願いします』


(ああ、はいはい。やっぱり振られ――……た?)

 全文を投げ遣りに読みながら、枕を濡らそうか()(ぬぐ)いを濡らそうか、それとも流れるまま頬を濡らそうかと涙の処理方法を考えていた加美華だったが、思った様に泣けなかったので首を(ひね)った。

「あれ……?」

 不審に思ってもう一度、今度は正座をして、しっかりと意味を理解しながら最初から見直した。

「えっ!? 楽しんで!?」

 最初の二行で声を出して驚いていた。

「ええっ!? 緊張してたって、それってもしかして――え、本当に!?」

 さっきと異なり、全然読み進められない。

「うひゃあ! あんな自殺ものの大ポカをこんな良心的に解釈してくれるなんて、月照君って本当に聖人なのっ!?」

 一行一行に感想を述べている。

 しかも全部口に出して。

 それからしばらくは更に「ひゃあきゃあ」と声を上げ続け、やっと最後の一文を読み終えた時には敷いたままの布団にぽすんと顔から倒れ込んだ。一応、階下に響かない様に気を使って遠慮がちだ。

「い、生きてて良かったぁぁ……」

 布団に顔を埋めたまま心底(あん)()する。

「う、うぅぅ~~……」

 感極まって込み上げてきたものに(あらが)い、漏れそうになった()(えつ)を無理矢理(うめ)き声に変えて涙を止める。

 このまま嬉し泣きしたいのはやまやまだが、この素敵な思い人に早く返信しなければならない。泣いている暇は無い。

 もう一度身体を起こし、正座をして姿勢を正す。

(私、この人を好きになって本当に良かった)

『こちらこそ、本当にありがとうございました』

 加美華はさっきまでの自分の愚かさを反省しながら返信メールを書き始めた。

(結構本気で死にたいなんて考えてたのに、月照君が素敵すぎるから……)

『とてもとても素敵な一日でした』

 おかげで半分(うわ)の空だ。

(私、また()(なた)に救われたんだね。もう二度と死にたいなんて言わない)

『是非ともまた救って下さい』

 そして送信ボタンを――。

「――って違ぁう!」

 危うく押しそうになって、(すんで)の所で間違いに気付いた。

「何を返信しようとしてるのやら……危ないなぁ……」

 途中から思考が影響して、「誘って下さい」を「救って下さい」と書いてしまった。これでは本当に聖人扱いだ。送られた方もびっくりするだろう。

 慌てて文章を修正する。

『是非ともまたさすってください』

「あれ? 変換上手くできない……もう平仮名のままでもいいかな?」

 そう思って、今度こそ送ろうと送信ボタンに指を伸ばし――。

「――って、これもっと違う!」

 とんでもない誤字に気付いた。

 もう一度きちんと修正しようと慌てて指を動かしたその瞬間――。

「加美華ちゃん、おはよう! もう大丈夫?」

「ひゃあっ!?」

 後ろの至近距離から突然声を掛けられ、スマートフォンを布団の上に落としてしまった。

「わっ!? ど、どうしたの、加美華ちゃん?」

「な、なんだ、桐子ちゃんか……。メールに集中してたから、びっくりしちゃった」

 振り返ると、同じ位びっくりしている桐子がいた。

 加美華はスマートフォンを拾いながら、桐子に挨拶代わりに手を振った。

「あ、ごめん。大丈夫?」

 至近距離にいるのに手を振り返しながら、桐子は加美華の手元に視線を移した。

「ああ、うん。お布団の上に落ちたから、壊れたりは――……」

 スマートフォンは無事のはずだが、加美華はなぜか壊れたロボットの様に突然会話を含めた一切の動きを止めてしまった。

「……? 加美華ちゃん?」

 桐子が心配して声を掛けるが、返事どころか何の反応も無い。

「加美華ちゃん!?」

 慌てて桐子が大きな声を出すと、加美華はようやく小さな声を返した。

「(桐子ちゃん……『(また)(さす)って欲しい』って手紙来たら、相手の事どう思う?)」

「え? えと……わ、私子供だから分かんない」

 真っ赤になって俯いた桐子の姿に、加美華はバタリと倒れ込んだ。

「…………し、死にたい……」

「加美華ちゃーん!?」

 『送信しました』と表示されていたスマートフォンの画面が黒くなる頃には、加美華の枕はびしょびしょに濡れていた。

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