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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
7セーブ目
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7セーブ目(2)

 翌朝。

 加美華は二度寝すべきか悩むほど早い時間に目を覚ました。

 昨夜は結構遅い時間まで起きてデートの準備をしていたので、睡眠時間を考えれば二度寝した方が良さそうだ。

 だがびっくりする位眠気が無い。

 普段ならこんな短時間しか眠れなかったら、目が覚めても「起きた」と言うより「(ゆめ)(うつつ)」だ。一応時刻だけ確認して、これだけ時間があれば間違い無く「後何分~」とか独り言を呟きながら二度寝するところだ。

 だが今日は眼を瞑っていてもこれ以上は全く眠れる気がしない。

 自覚はあまりないが、やはりデートが気になって軽い興奮状態なのだろう。

 仕方がないので、加美華は起き上がってデートの準備を始める事にした。

 と言ってもやる事なんてほとんど無い。化粧は時間が掛かるが、今からしてもデート中に崩れないか心配で落ち着かなくなるだけだろう。

 他にできそうな準備と言えば持ち物位だが、そんなもの昨日の内に()うに終えて既に十数回見直した。後は出掛けにもう一回見れば充分だ。

 漫画のヒロインの様に手作り弁当を持参、というのも無理だ。

 一人暮らしなのである程度の自炊はしているが、人に食べさせられる腕前かどうかは自分では分からないので自信が無い。冷凍食品の詰め合わせで誤魔化して手作りを(うた)う、というのも誠実さに欠ける気がする。

 そもそもそれ以前に弁当箱が無い。普段は学食だ。

 早起きは苦手では無いので気合いを入れれば毎日弁当を持参できるかもしれないが、学食で安く栄養バランスの良い食事ができるので、睡眠時間を削ってまでチャレンジする必要性を感じていなかったせいだ。

(こんな事ならもっと頑張っていれば……)

 と、思わなくもないが、そもそも一人暮らし開始とほぼ同時に桐子に寝不足にされたので、優先順位が弁当より睡眠に傾くのは当然の結果だった。

(こういうのは、やっぱり最初が肝心なんだね……)

 別に桐子を恨んだりはしていないが、今更頑張ろうという気は湧いてこない。

(……あのお風呂屋さんは朝はやってないし、他に準備するのってなんだろう?)

 デート直前に風呂に入って一体なんの準備をするつもりだったのかは、本人も無自覚なので触れないでおこう。

「…………」

 しばらく悩んだ末に、スマートフォンを手に取った。

 予定の起床時間になっても()()()くない様に、取り敢えずアラームは切っておく。

「(……ごめんなさい)」

 それから小さく謝罪の言葉を述べ、SNSのアプリケーションソフトを起動する。

 メッセージを送る相手は瑠璃だ。昨日は計画が完璧だと浮かれ過ぎて、あの後相談し忘れていたのだ。

 休日の朝、しかも早朝と言っても過言ではない時間帯なので心苦しいが、一応「いつでも相談に乗る」と言って貰っている。少々非常識だとは思うが、瑠璃の言葉に甘えさせて貰おう。

「あ……」

 しかし画面をよく見ると、昨夜の内に結構な数のメッセージが瑠璃から送られていた事に気付いた。

 電車の乗り換えや最寄り駅からの道順、遊園地内のアトラクションの位置を確認するのに夢中になっていたので気が付かなかった。

 いや、そう言えば確かにそれらをこのスマートフォンで調べている時にメッセージが届いていた様な気がするが、気にも留めずにどのアトラクションをどんな順番で回るか考えていた。

 だから余計に申し訳ない気持ちになって、メッセージを一つ一つ確認していく。

 どれもこれも、()()にも気配りの行き届いた瑠璃らしい内容だった。

 主に加美華の暴走を気にしたもので、「無理に弁当を作ったり気取った店で食事を()ろうとすると(かえ)ってボロが出るから、行き慣れたチェーン店等で済ます様に」とか、「完全に二人きりになる場所は、余計な事を考えて緊張してしまうから止めた方が良い」とか、「高校生らしく節度を(わきま)えた行動を取り、夕刻には帰宅するべきだ」とか、「初デートだから進展なんて求めないで、ただ楽しんで笑顔でいれば大丈夫だ」などといった、むしろ「ブレーキ強めで(のぞ)め」的なものばかりだ。

 ここまでブレーキばかり要求されると、月照との仲が進展しない様に願っているのではないかと勘ぐってしまう程だ。

 加美華としてはもっと月照に意識して欲しいので、ちょっと大胆にいってみようと思っていたのだが……。

 しかし、今までずっと親身になってくれた相手の意見なので軽視なんてできない。それに読んでいる内に、焦りは禁物だという瑠璃の考えの方が正しい気がしてきた。

(最後は観覧車って思ってたけど、()めた方がいいのかな……?)

 狭い密室になるゴンドラの中から、夕焼けに染まる町並みを二人で一緒に見下ろせば、かなり良い雰囲気になる事間違い無しだと狙っていたのだが……。

(夜の街に出るつもりは元々無かったから帰宅時間とかは問題無いけど、観覧車に乗れないのはちょっと寂しいな……)

 未練はあるが、瑠璃の忠告を素直に受け入れ諦める事にした。

(他には……『寝不足は大敵だから、早過ぎる時間に目が覚めたら素直に二度寝する事を勧める』って、もうこれ手遅れ……)

 完全に目が覚めてしまって、今からでは眠れそうにない。

 ついでに、先にこのメッセージを送られてしまったせいで、今から瑠璃に相談なんてできなくなってしまった。

(……無理してでも、もう少し寝てみよう)

 行動に困った加美華は、とりあえず瑠璃を信じてもう一度布団に入ったのだった。



 昨夜遅くまで防犯グッズを調べていた月照は、今日も寝不足になっていた。

 加美華相手に遅刻する訳にはいかないので少し余裕を持った時間にスマートフォンのアラームをセットしておいたが、気が付けばスヌーズ設定のアラームが鳴っていた。一回目を寝ぼけたまま止めたのか完全に気が付かずに寝ていたのか、それすらも分からない。

(……そういや、二日連続の寝不足か。今日は帰ったら早く寝るか)

 一晩経って少し冷静になったのか、学食のお姉さんへの恐怖は落ち着いていた。

(よくよく考えりゃ、そんな簡単に人を殺そうなんてしないよな……言い回しが過激なだけで)


 ギンッ!!


お姉さんの眼光を思い出す。

(…………しない、よな?)

 あまり油断しない様にしておこう。

 しかし今は加美華とのデートの約束の方が大切だ。遅れない様すぐに準備しなければならない。

 のそのそと布団から起き出して着替えをし、母親が朝食を作ってくれているだろう食卓へと向かった。

「あら、おはよう。なんだか酷い顔ね」

 母親の美月は、月照の顔を見るなり苦笑いをした。

 誰でも一目で分かる程酷いのか、母親だから一目で分かっただけなのか、どうにも判断が難しい。朝食はまだ準備中だったので、先に鏡で確認して顔を洗う事にした。

「……ちょっと調べモンしてた」

 部屋から出る前に、一応そう伝えておく。

「どれ位大切な事を調べていたか知らないけど、スポーツマンなら睡眠と食事は大切にしなさい」

「――っ!? …………ん」

 美月の言葉に、月照は自分のいい加減さを思い知らされた。

 高校ともなれば、例え部活であっても全国区の選手はその程度の体調管理、やっていて当たり前だ。自主トレーニングを殆ど毎日続けていてもそんな基本的な事ができていなければ、ただのごっこ遊びと同じ様なものだ。

 ましてや部活に入っていない今の自分では、きちんと目的を持って計画的にトレーニングを行わないと、ただの筋トレマニアの自己満足になってしまう。

 月照は本気で真面目に反省しながら、洗面所まで移動して鏡を見た。

 なるほど、はっきりとした(くま)にはなっていないが目の周りが少し()けた感じがする。この顔でデートなんて、相手をする加美華がちょっと気の毒だ。

 少し乱暴に顔を洗い、目の周りをグニグニと強く押してマッサージし、もう一度鏡を見てみた。

 予想はしていたが、こんな数十秒程度の場当たり的な対処法では全然変わらなかった。

(飯食ったら血行良くなって治ったりしないか?)

 これ以上はどうしようもないと判断し、しかし往生際悪くマッサージを続けながら食卓に戻った。

「どう? ちょっとは目が覚めた?」

「……ん」

 返事と言うには雑な、ただ(のど)を鳴らしただけではあるが、親子の間ならこれで充分だ。

「そう、じゃあしっかり食べてね」

 美月は満足そうな笑顔になって、皿に載った朝食を示した。

(そうだな……本当に寝ぼけてた)

 思えば、我が家の食事は大体毎日朝から和食で、ちゃんと栄養バランスが考えられていた気がする。

 まあ洋食というか、ただの食パンにマーガリンとジャムな日もあるが、それが続く事はない。

(俺の為に、母さんはずっと本気だったって事だよな……)

 毎朝味噌汁や焼き魚を用意するなんて大変な事だ。手抜きでできることではない。

(本気、出さないとな……)

 母の愛の偉大さを改めて痛感し、月照は決心する。

 今までの自分にはまだまだ頑張る余地があった。スポーツも勉強も、決して全力とは言えなかった。

 勿論無理をするつもりはない。身体を壊したら元も子もないし、母親に余計な心配をかけるだけだ。

 だが今しているのはただのランニングと学校の宿題だけで、中学の頃と比べて頭と心肺と足以外には何も負荷を与えていない。

 頭――つまり勉強はともかく、運動に関してはこのままではトレーニングというよりもただの健康維持にしかならない。

 自分の限界を見極めながら、もう少し踏み込んだ事をすべきだ。

 バスケットボールで作った筋肉がどれくらい野球に役立つのかは知らないが、ろくな筋トレもしていないままではその筋肉すら無くなってしまう。

(今度から中学の時の練習メニュー、一応やっとくか)

 細かい内容は連休が明けてから野球部の顧問に相談してみるのがいいかもしれない。

(せめて母さんと同じ位には本気で頑張らないと……)

 学生生活なんて、テレビゲーム同様ムキにならず程々に手を抜いた方が楽で楽しい事も多い。将来の事を全く考えずに手を抜けるだけ抜いて、今だけの楽しみをとことん追及する者もいる位だ。

 だけど月照は知っている。

 部活――特に対戦のあるスポーツは、本気で打ち込んだ方が絶対に面白い。

 勿論負けたら悔しい。努力すればする程敗北は悔しい。

 勝負は時の運と言うが、運の入る余地が全く無い圧倒的な力の差での完敗なんて味わったら、努力をするのが馬鹿らしくなる事もある。

 それ位感情が激しく動く。

 勝利したとなれば(ひと)(しお)だ。努力の過程で積み重ねられた苦痛が、すべて喜びへと変換されて溢れてくる。

 ならば逆に、努力せずに勝利した時はどうだろう。

 勝負は時の運という言葉通りに、練習不足も(はなは)だしいのに本当に運だけで勝利した試合が何度かある。

 勝ったら勿論部員達は喜び、嬉しそうにその試合内容を話し合う。

 だがその中身は、いつも決まって(くう)(きょ)だった。

 なぜなら彼等の話には、相手のミスや自分達のまぐれというハプニングしか出てこないからだ。競技における技術、駆け引きなんてまるで話題に上がらなかった。

 そんな楽しみ方で満足できるなら、インターネットで犬が棒に当たる動画を探した方が手っ取り早いだろうに。

 そんな緩い部活動をしていた先輩連中に負けたくなくて、中学時代、月照は人一倍真面目に練習に取り組んでいた。

 結局月照本人は公式戦で一度もレギュラーになれなかったのだが、その実力と不遇を知っている同学年や後輩のレギュラー陣は月照に感化され、結果として部はそこそこ強くなった。

 強くなって相手に勝つと、ハプニングの話題よりもプレイの話題が圧倒的に増えた。試合に負けた時も、帰りの電車の中では皆お互いに弱点の克服方法を相談し、次の試合を楽しみにしていた。

(あの先輩達みたいに、手抜き練習で下手なまま試合をして、ボロ負けしたら『真面目に練習をしていないから』なんて、俺は恥ずかしくて言えない……)

 そもそもそれは相手に対してもかなり――いや、最上級に失礼だと思う。

()(せい)で続けてるアプリとかすっぱり止めて、ボーッとしてる時間を有効に使うべきだな)

 月照は一度始めたゲームはつまらなくても最後までやりたくなるタイプだが、オンラインゲームの場合はサービス停止にでもならない限りその「最後」が来ない。

 だが、ついに自分から止める覚悟を持った。

(テレビゲームの方は、まあ……花押先輩との約束があるからまだいいか)

 ただし、ゲームを完全に禁止する覚悟はまだ無いらしい。

 しかし今までとは違って、これからは本気を出す。

 無言で味噌汁を(すす)りながら、強く決意した。

(母さんは昨日も遅くまで仕事だったのに、今朝もこれ作ってくれて――……。ん? なんかいつもとちょっと味が違う?)

 その味噌汁に多少の違和感を感じながら。


(うーん……何かまた変な事で悩んだり考え過ぎてるみたいだけど……)

 その月照の様子を見ていた美月は、少し呆れながら洗い物に戻った。

(いつも極端だからこっちが気を付けないと……。まあお向かいの娘さんも見ててくれるから身体を壊したりはしないでしょうけど、もうちょっと手を抜く事を覚えて欲しいわね……)

 友人の相談を受けて相手の家に布団まで持って行って泊まり込んで対応したり、急に誘われた無関係な部活の合宿に連休を潰して予定を合わせて、それがキャンセルになったらその部員と順番に会う約束をして結局連休を全部潰したり……。

 休日は昼前まで寝てる事もあるのに、この連休は平日と一時間も変わらない時間に起きている。

 ちょっと身体と心を休めた方がいいと思う。

(うーん……誰に似たのかしら?)

 昨夜の残り物の味噌汁――園香が作った物が丁度今月照が啜っている分で空になったので、鍋を洗いながらもう一度月照を見た。

 ちゃらんぽらんな父親とは全く違う性格だ。目付きの悪さはそっくりだが……。

(今度、主婦流の手の抜き方を教えてみようかしら?)

 今朝も、昨夜月照が味噌汁を用意してくれていたので大分楽ができた。いつもこんな風に、翌朝の事を考えて前日に下準備を済ませて手を抜いている。

(楽するところは楽をして、頑張るところだけ頑張らないと)

 勿論愛する息子の役に立つ為ならどんな苦労も惜しまないつもりだ。

 だからこそ、手を抜けるところは全部手を抜いている。美月の全力は月照の為だけにある。

 ……息子が生まれた後の夫の扱いは、こうやって手抜き側に回されていった。

(もう少し私を見て育ってくれたら、悩み事も減るのに……)

 皿に付いた洗剤を(すす)ぎ落としながら、美月は小さく溜息を吐いた。


 現在進行形で「見て育っているから」、とは気が付かないらしい。

 彼女はきっと、自分が「他でどれだけ手を抜いていても、月照の前では常に全力」だと気付く事は一生無いだろう。

 親の心子知らずなんて悩んでいる美月のそんな鈍いところを含めて、月照は間違いなく母親似だった。

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