5セーブ目(9)
妙に余所余所しくなった園香の変わり身にちょっと恐怖しながらも、月照は彼女の作った味噌汁をおかわりして堪能した。
いつも母親が作ってくれる物と違って味が少し淡泊な感じがしたが、充分美味い。多分園香が言っていた出汁の差だろうが、あまり気にならない。
「結構時間掛かっちゃったから、もう今日は帰らないと駄目かな?」
今度は園香の分は無かった。だから月照が食べるところをずっと嬉しそうに凝視していた。
双子によくそうされて慣れている月照は、気にせず動かし続けていた箸をやっと休めて答えた。
「そうですね。これ食べ終わってからゲームするのはちょっと無理ですね。クリアする前に確実に母さんが帰ってきますから」
園香が自分で言い出したのが少し意外だったが、追い返す形にならずに済みそうなので正直ホッとした。
そんな月照をしばらく見つめていた園香が、上目遣いで聞いてきた。
「変身解いて居座るのは……?」
やっぱり追い返さないと駄目かも知れない。
とはいえ「離れたくないアピール」とも取れるこの態度をこれだけの美少女にされては、無下に追い返すのも心苦しい。
しかし居座られると厄介な相手なのは間違い無い。
ゲームで気を引ける間は問題無いが、入浴中や就寝前にはただの鬱陶しい悪霊に戻るだろう。
「……ちょっとならいいですけど、あのゲームやった後で真夜中に一人で学校まで帰れます?」
「絶対無理!」
即答だった。
どうやらこれで大丈夫な様だ。
「てか先輩、まだ実体化――変身したままだったんですね」
「え? あ、うん……」
園香はなぜか照れ臭そうに頷いた。
(やっぱり本当に、たまたま君は変身したかどうか見分けが付かないんだ……)
なにやらにやけているが、その理由がさっぱり分からない月照はちょっと心配になった。
「前、なんか疲れる様な事言ってませんでした? 無理しないで下さいね」
「う、うん。疲れるのはそうだけど、普段だって授業全部受ける間は変身したままだし、ゲームとかお料理するならこっちの方が楽だから」
「なるほど」
そういえばポルターガイストで操作するのも疲れる様な事を言っていた。
しかし待ち合わせ時から実体化していたなら、平日に部活参加するよりも既に数時間長く実体化している事になる。
「先輩、今日はもうこれ以上ゲームする時間もないですから、無理せず霊体に戻って下さい」
「ええ~……。まだ大丈夫だし、今日は最後までこのままで居たいよ。おばさんが帰ってきたら別だけど」
「……本当に無理しないで下さいよ?」
「……うん」
園香はなにやらちょっと難しい顔をした。
本当に無理していないのか、かなり心配だ。
(た、たまたま君、やっぱり優しいよぉ……。どうしよ、気を抜いたら成仏しそうだよ)
本人は実体化ではなく、別の事でかなり無理をしていた。
食後の後片付けは、昼同様にまた園香がやってくれた。
といっても後で母親が不審に思わない様に、月照の無精な片付け方を教えてその通りにさせただけなのだが。
作業中色々話をしたが、園香は料理以外にも家事全般結構得意で裁縫まで熟すそうだ。
家庭の事情だけでなく生きていた時代の影響で、女性は家事をするものだと思っていた事が理由だった。男の月照にはちょっと羨ましい時代だ。
片付けが終わると、点けっ放しだったゲーム機の前で二人で並んで座り、このゾンビゲームをどうするか話し合った。
結果、取り敢えず月照がセーブポイントまで進める事になった。
「へえ……そうやって他人が淡々と遊んでるのを見てると、そんなに怖くないね」
園香はちょっとつまらなさそうだ。
「まあ自分でやってても、即死判定喰らわない限りなかなか死なないゲームって分かってたらそこまでじゃないですよ」
「で、でも! 犬ガシャーンは怖いよね!?」
「ああ、あれはまあ……俺も初見はやられました。世界中が驚いたシーンですね」
「やっぱり!」
余所余所しさは消えたが、元のハイテンションが戻って来たので嫌な予感がする。
とっととゲームを終わらせてしまおう。
「……よし、っと。これでセーブ完了です」
「ありがと! ……でも、もうちょっと時間あるよね?」
やはり続きをやりたがり始めた。
「ゲームはもう終わりです。本当にもうすぐ親が帰ってくると思いますんで、諦めて下さい」
「ぶぅ~……わかったよ」
不満丸出しだが一応ちゃんと帰る気にはなったらしい。立ち上がって軽く伸びをしている。
「保存、かぁ……。良いよね、それ」
「そりゃ、セーブできないと一気に最終面までクリアしないと駄目になりますからね。まあ昔はパスワードで途中再開できる様にしてたゲームもあったようですけど」
「あ、うん。復活の呪文のゲームは少しだけした事があるよ。お姫様にずっと『そんな、ひどい!』って詰られるゲーム。それで会心の一撃が出やすくなるんだって」
「なんですか、その子供の教育に悪そうなゲーム……」
月照も名前を知っている、ロールプレイングゲームの代名詞と言える作品の一作目なのだが、内容を知らないのでそこだけ聞いたら「特殊な趣味の主人公が出てくる危ないゲーム」と勘違いしてしまっても仕方がない。
ちなみにそのゲーム、死んでしまうと王様にも詰られる。
「あ、酷いと言えば、凄いゲームの噂聞いた事あるよ。攻略に物凄い時間が掛かるし電源切ったらコンティニューできないから、何日かずっとゲーム機の電源を切らずにいたって」
「いやそのゲーム、作った方もする方も頭おかしくないですか!? 一体どんなゲームなんですか?」
「ええと、私もよく知らないんだけど、迷宮になってる塔を登っていくゲームって聞いたよ。攻略本で攻略法を調べないと絶対にクリアできない様になってて、塔の階数も多いから、今何階にいてここでは何をしないといけないかって一々確認しないと駄目って……」
「酷え……攻略本セット商法じゃないんですか?」
「あ、なるほど、そういう売り方だったのかもね。まあ本があっても子供には絶対クリアできない難易度だったみたいだけどね」
「難易度まで……」
ちなみに当時は長く楽しんで貰う為に、アクションゲームなどはエンディングを用意していても、クリアさせない事に主眼を置いて開発されたゲームが多かった。特にアーケードゲームとして開発された物はその傾向が強い。
このゲームもその類の物で、決して非常識だったりあくどい商売だった訳ではなく、むしろ名作としてファンの間では今でも愛されている。
「――って、そんな事じゃないよ! 私が『良い』って言ったのは!」
園香が急に声を荒げた。
「へ? じゃあなんです?」
「それは、その……」
今度は口籠もった。少し頬が赤い気がする。
「わ、私も、そんな簡単に記憶に刻めたらいいな、って……」
「いや、何を?」
「えっ!? え、えと……た、例えば今日の――……」
園香はそこで言い淀んで少し考えてから、ポンと手を打って続けた。
「ううん、例えば君の名前とか!」
「まだ覚えてないんですか!?」
大きな声を出して驚く月照にまずいと思ったらしく、園香は慌てて首を振った。
「そ、そんな事無い、よ? 月照君って、ちゃんと覚えてるよ」
「……名字は?」
問い掛けると、園香は視線を逸らして小声になった。
「………………たまたま君」
「よーし、分かりました。今から先輩の脳にきっちりきっかり俺の名前刻み込みます。ちょっと待ってて下さい。彫刻刀が確か俺の机の奥に――……」
「怖いよ! 物理的に刻まないで!」
園香は両手で頭を押さえて部屋の隅まで逃げていった。本当にやりかねないと思われているらしい。
「……はあ。まあ真面目な話、そんな事は気にしなくていいんですよ」
ちょっとショックを受けながら、月照は手招きした。
「ええと……脳を削られるのは誰でも凄く気になると思うよ?」
素直に戻って来ながらも、園香の両手は頭の上のままだ。
「いやそっちじゃなくて……人の名前を覚えられない事です」
「へ……? あ、ああ、うん!」
園香は一瞬何の事か分からない、といった表情になったが、すぐに慌てて頷いた。
(ん? 人の名前覚えられないから記録媒体のセーブ機能が羨ましいって話じゃ無いのか?)
少し疑問に思いながらも月照は続けた。
「先輩は部活でもちゃんと渾名を付けて、それできちんと相手を区別してるでしょう?」
「あ、うん」
「つまり、相手が誰なのかはちゃんと記憶できてるんです。ただ、相手の名前の字面に興味が無いってだけで」
この分析には園香自身も納得がいったのか、一度頷いた。
しかしすぐに首を傾げた。
「あ、ええと……でも君の名前には興味あるよ?」
「じゃあ覚えて下さい」
「…………はい」
有無を言わせぬ正論に、園香は項垂れる様に頷いた。
月照はこうやって相手が弱みを見せた時、ちょっと苛めたくなるという困った性格をしている。
「じゃあ、はい。俺の名字は?」
「えっ!? あ、うん、覚えた! 覚えたよ!」
「……彫刻刀取ってきますね」
「うわーん! ごめんなさい、もう一回だけ教えて!」
期待通りの展開に笑いながらもう一度だけ教えると、園香は今度こそ月照の氏名をきっちりと覚えたのだった。
それから少しだけ雑談をしたが、外が本格的に暗くなると園香が一人で帰れなくなってしまうのでお開きにして外に出た。
月照からみれば帰った後の旧校舎の方が雰囲気があって怖い気がするのだが、それを園香に意識させてしまっては帰らなくなる可能性があるので黙っておいた。
「帰らぬ人」が「帰らない人」として居座った時の鬱陶しさは身に染みている。
あの銅製のお札がどんな効果だったのかは園香から聞いているが、あれで深夜に追い返したら多分後でマジ泣きしながら説教されるだろう。途中で犬にでも吼えられたら、帰る事もできずに一晩中震えて過ごす事になるかもしれない。
しかし明日も朝からデートの約束があるので、家に泊まらせて一緒に徹夜、なんて真似も、ただでさえ寝不足気味なのにできるはずもない。
だから普通に帰って貰う以外の選択肢は無かった。
「じゃあたまたま君、また今度、本当に絶対に誘ってね」
門の内と外に別れての会話が、今日のデートの終わりを実感させた。
(あんだけ名字覚えられなかった癖に、ピーラーの件は覚えてんのかよ……)
月照は苦笑しながら頷いた。
しかしその硬い笑みは、すぐに自然な笑みへと変わった。
「楽しかったですよ」
昨夜はあれ程億劫に思っていたのに、今は別れが名残惜しい。
なんだかんだ、月照も今日一日充分に楽しんだ。
「今日のデートは、多分一生記憶に残ります」
素直にそう感想を伝えると、園香は目をまん丸にして驚いてから、キラキラと光り輝く満面の笑みになった。
「――そう……そっか、そっかぁ……」
それがあまりに美しく幻想的で、月照はつい見とれてしまった。
「(やば!?)」
園香がなにやら焦った様子で呟くと、不思議とキラキラが収まった様に感じた。
「そ、そこまで喜ばなくても……」
月照は、はっとなって照れ隠しにそう言ったが遅かった。この顔の熱さは絶対に頬の赤さになって、相手に伝わっている。
「う、うん……でもやっぱり嬉しいから。たまたま君、最初は全然乗り気じゃなかったみたいだし……」
園香も頬を染めて答えた。
「あ、まあ……済みません」
寝坊作戦まで立てて実行しようとしていたのに、我ながら現金なものだ。
しかし本当に楽しかったのだから仕方ない。
「あ、えと……」
「うん……?」
二人とも何か会話しようとしても、それ以上はもう言葉が出てこない。
「「…………」」
話題に詰まって二人無言で見つめ合うが、それも照れ臭くて互いにすぐ視線を逸らした。
「……じゃ、じゃあ、約束! 近い内に必ずまた誘ってね!」
園香が照れ隠しに大きめの声を出すと、少し離れた所で自転車を押して歩いていた通行人がこちらに視線を向けた。
結局園香は実体化したまま一日を終え、そのまま帰路に就くつもりの様だ。
「はい、分かってますよ。じゃあ先輩、気を付けて帰って下さいね」
「うん!」
未練を断ち切る様に力強く頷いて、園香は「じゃあね」と小さく手を振って歩き出した。
振り返らず、俯かず、園香は月照の家を後にした。
後ろ髪は物凄く引かれている。後頭部の髪が全部月照に絡まって彼を引き摺っているのかと錯覚するぐらい、足を進めるのが重く辛い。
(次。私にはまだ、次があるから――)
だが過ぎた時間にいつまでも未練たらしくしがみつくのは、もう終わりにしないといけない。
これは別に別れではない。
別れとは、あの日両親に会いに言った時に経験した、あの絶望の事をいうのだから。
(『次』がある今のこれは、ただの別行動だよね)
自分にそう言い聞かせると、不思議と足が軽くなった。
(『次』がある内は、私は『今』を諦めない。今しか一緒にいられないから、もう絶対に諦めない!)
いずれ必ず終わりが来るこの「今」を、少しでも長く濃く過ごしたい。
(そして、たまたま君――ううん、咜魔寺月照さん。彼にもっともっと記憶して貰うんだ。私っていう存在が、この町に在ったって事を)
あの時、「良い」と言ったゲームのデータ保存機能。
恥ずかしくて伝える事ができずに誤魔化したが、あれは勿論自分の記憶力が悪いと嘆いた発言なんかじゃない。
思い出をしっかりと残す事ができるのが「良い」と思ったのだ。
それが簡単に出来るゲームが、羨ましいとさえ思った。
だけど、月照は言ってくれた。
『今日のデートは、多分一生記憶に残ります』
生前には両親に悲しみと苦しみだけの記憶を残し、死後は何も残せないでいた。
自分は復讐に失敗したただの「バケモノ」で、不幸しか残せないのだと思っていた。
でも、彼はそんな思い込みを簡単に壊してくれた。楽しい思い出として、自分を記憶してくれた。
こんなに嬉しい事は無い。
これからも、「今」が続く限りこれを続けたい。きっと続く。
幸せが胸に満ち溢れ、世界が輝いて見えてくる。
「――って危ない! また成仏しそうになってたよ!」
園香はいつもの癖で独り言をだだ漏れさせながら、気を引き締めてキラキラし始めていた自分の身体を元に戻したのだった。




