5セーブ目(8)
料理ができないとはいえ、月照だって電子ジャーで米を炊く位は勿論できる。
そして冷凍食品を電子レンジで温めて食べたり、魚や肉料理の缶詰を開けて食べるのも問題無い。
ただ、それではどうしても野菜不足になってしまう。
だから炊飯器のスイッチを入れた後は冷蔵庫の野菜室から大根と人参とキャベツを引っ張り出してきて、まな板の上に置いて睨み付けていた。
(どうやって皮を剥くか……)
大根と人参は皮だけ剥いて生でバリボリ食べてやろう、などと中途半端に野性的な事を考えてもみたが、それを実行しようにもピーラーは刃を固定してるプラスチック部分が壊れていて使えなかった。劣化したのだろうが、なんてタイミングで壊れてくれたのか……。
次に買う時はオールステンレス製のにする様、母親に伝えよう。
それより問題は今だ。大根と人参は皮ごと食べられるのだろうか。
大根は葉っぱも含めて全部食べられると聞いた事はあるが、皮を生で食べる話は聞いた事がない。人参に至っては皮を食べる話すら聞いた事がない。
ジャガイモの芽の様な毒はないだろうが、心理的な抵抗はある。
腕を組んで悩み出した月照は、ふと昼間の事を思い出した。
そういえば、園香はこんな状況でも野菜をラーメンに入れていた。という事は、包丁で皮を剥く事ができるのかもしれない。
月照は手助けを求めようと園香の所まで移動し、しかしゲームに没頭している彼女の姿にすぐには声を掛けず様子を見守った。
園香は怪しげな洋館の中で弾薬などのアイテムを探し、部屋のあちこちを探し回っているところだった。
洋館の見取り図を発見し、ステータス画面で色々と情報を確認している。
「うう……なんかこれ、一人でするの怖いよぉ……」
園香が独り言を呟いた。
そう言えばさっきから結構色々呟いていた気がする。
台所まではっきり聞こえたのは、おそらく最初の一匹目のゾンビとの遭遇だろう。「え? 何なに? 何すればいいの!? きゃあ! か、噛まれた!?」とはっきり聞き取れた。
霊でもゾンビは怖いらしい。
しかし地図を手に入れ、しばらくの間ゾンビも出てこなくて安心したのか、小さく曲がっていた背中が普通に戻って来た。
おどろおどろしい特殊効果付きでドアを開け、静かな廊下へと出た。すぐに突き当たって左に曲がっていて、ゾンビの姿はない。
「………………」
父親の助言があったとはいえ、月照はこのゲームでロケットランチャーを無制限に打ちまくったり、爽やかな音楽に乗せてデッドエンドシーンを見せるという特殊エンディングを見たり、相当にやり込んでいる。
その月照でも、後ろで見ているだけなのに少し緊張していた。
「えっと、この廊下の突き当たりに別の部屋があるから……」
園香はよく分からない品々が置かれたショーケースの横を抜け、小走りに角を曲がろうとして――。
『ガシャーン!!』
突然窓が割れて、犬が廊下へと飛び込んできた。
「んきゃああっ!?」
びっくりして悲鳴を上げ、思わずコントローラーを放り投げてしまった。
(そうだよなぁ……。やっぱこのシーンだよなぁ)
月照は腕を組んでうんうんと感慨深く頷いた。
随分前に制作され何作も続編が出ているゲームだが、一作目のこのシーンだけは特に今でも伝説として語り継がれている。
『がうっ! がううっ!』
月照が感慨深く見つめていると、画面の中では主人公が犬に好き放題噛みつかれていた。
「ひゃあうああ~~……」
園香がか細い変な声を出しながら、何とかコントローラーを拾って反撃し始める。
素早い動きの犬にはなかなか銃弾が当たらなかったが、それでも何とか倒しきったので、今なら邪魔にならないと思って後ろから声を掛けた。
「先輩、ちょっと良いですか?」
「うにゃあああぁぁぁっ!?」
再びコントローラーが宙を舞った。
「うわ、びっくりした」
「たたた、たまたま君!? びっくりしたのはこっちだよ! なんで急に後ろから声かけるんだよ! いつの間にいたんだよ! どうしてこっそりいるんだよ!」
涙目で本気の抗議をされた。
「ふええ~ん……怖かったよぉ……」
というか、本当に泣き出した。
「もうやだ、このゲーム怖い……」
園香は拗ねた様に言って、立ち上がって月照の胸に顔を埋めてきた。
「うわっ!? って、いや……あの……」
さっきの今でもう引っ付いてくるとは思ってなかったので抵抗できなかった。
泣かれているので、さすがにこれは振りほどけない。
「ああ~……。とりあえずそこは安全地帯なんで、俺が戻るまでそのまま置いてても大丈夫ですよ」
「……うん。助けて、待ってる。でも早く戻って来て」
「はいはい」
あまりにしおらしくてつい頭を撫でてしまった。
「――て、違った! 俺が助けて貰いに来たんです」
「うえ?」
「ええと、先輩。野菜の皮、包丁で剥けますか?」
「え? あ、うん。勿論」
良かった。どうやら本当に助けて貰えそうだ。
「じゃあ、こっち来てちょっと手伝って下さい」
「……良かった、離れなくていいんだよね?」
園香は左手で月照の服を掴んだまま、右手で涙を拭った。
「え、ええ、まあ」
何というか、しおらしいと言うよりも子供っぽい気がしてきた。
そういえば今日一日、ずっと子供っぽい行動が多かった気がする。ベタベタ引っ付いてきたのもまさにそれだ。
(なんか怨念とかの毒気が抜けて、純粋に願望が出てきてる感じなのか?)
彼女は生前ずっと親に迷惑を掛けていると思っていたらしいので、あまり甘えずに遠慮していたのかも知れない。だから反動で、誰かに甘えたいという願望というか欲求が、人一倍強くなった可能性は充分に考えられる。
おそらく実体化を覚えてからもずっと、自分が霊である事に引け目を感じて誰にも甘えられなかったのだろう。それが余計に彼女の欲求を強めた。
住職は彼女と同じで霊なのだが、おそらく甘える前に恐怖を植え付けられ甘えられなかったのだろう。
そこに来て恨んでいた相手に復讐したいという欲求を綺麗さっぱり忘れたのなら、残された強い欲求は誰かに甘えたいという子供じみた物だけになる。
(……で、丁度良い対象が目の前に現れたから思う存分甘えたって訳か)
月照はちょっと残念な気分になった。
園香はもしかしたら、自分に好意があるのではないかと少し期待していた。
だから月照をデートに誘い、勉を振ったのだと心のどこかで思っていた。
霊に好意を持たれても本来なら迷惑でしかないが、ここまで飛び抜けて可愛い美少女の霊になら取り憑かれても……。
(――って、それじゃ本当に秘蔵の悪霊扱いじゃねえか!)
霊体化していれば人に見られる事なく常にイチャイチャできる、とか考えてしまいそうになった。
自分が都合のいい人扱いされているとはいえ、相手を都合のいい女扱いするのもどうだろう。それは男として器が小さいというか、情けないただの甲斐性無しな気がする。
やはり男なら男らしく女を守るべきで、都合良く使うなんて以ての外だ。
「先輩、そろそろ泣き止んで、野菜の皮剥きお願いします」
まあそれはそれとして、今は都合良く使うのだが。
「うん……」
そんな月照の葛藤と思惑を知る由もない園香は、素直に頷いて月照と一緒に台所へと移動したのだった。
「たまたま君は野菜切ったこと無いの?」
すっかり泣き止んだ園香が、人参の皮を剥きながら不思議そうに聞いてきた。
「いえ、それ位はありますけど……でも皮剥くのはいつもピーラー使ってたんです」
「ぴぃらぁ? アマゾンの肉食魚?」
「それはピラニアだ!」
どこかで似た様な遣り取りをした気がするが、なんだか今回の方がすっきりした感じがする。
「――って、知らないんですか?」
「うん」
「あれ? 昭和には無かったのかな――……って待って! それは仕方ない事ですから! 先輩は悪くないんで、包丁持ったまま近付いてこないで!」
ブラック化怖い……。
「もう、そんなに怖がらなくても別に包丁振り回したりしないよ?」
「………………」
言いたい事は色々あるが、とりあえず黙っておく事にした。
月照はさっきの壊れたピーラーを引き出しから取り出した。
「これです。皮を剥く金属の刃を支えてたプラスチックが折れてて……」
「あ、それお昼に何に使うのか分からないから弄ってたら壊れた奴だ。ごめん、謝ろうと思って忘れてた」
「………………へぇぇ」
ブラック化したい気分だった。
まあ経年劣化して脆くなっていたのは間違い無いので、本人も反省しているみたいだし我慢しておこう。
「ええと、本来ならここがこうなってて――」
とりあえず園香に使い方を説明する。
「そんなので本当に皮が剥けるの?」
「む!? なら新しいの買ったら言いますから、絶対に見に来て下さい! その時になって吠え面かかないで下さいよ?」
「ふぇ?」
園香は間の抜けた声を出してただ驚いている。
「先輩?」
声を掛けると物凄く嬉しそうな笑顔になった。キラキラと眩しい位で、月照は面食らって言葉を失った。
「うん! 絶対に、又呼んでね!」
目尻に微かに涙を浮かべ、園香は力強く応じた。
月照にはその涙の意味も笑顔の意味も分からない。
ただ、当の園香は――。
(はわぁぁぁ!? また成仏しそうになっちゃった! 駄目、彼と一緒に居ると幸せ過ぎてもう駄目ぇ……。また家に呼んでくれるとか、もう、もうっ……!)
包丁を振り回しながらハイテンションで小躍りし始めた。
「ちょっ!? 先輩、危ないですから!」
近付けないので止めようもなく、彼女が自分で落ち着くのを待つしかなかった。
(ふふ、やっぱり諦めなくて良いんだ! 幼馴染みちゃんには悪いけど、私は『霊』って理由では諦めないよ!)
その園香が自力で落ち着いたのは、それから数分経った後の事だった……。
二人で一緒に料理をした、というと聞こえが良いが、実際には月照は米を研いで炊飯器のスイッチを入れ、後は魚の缶詰を開けて皿に空けただけだ。
件の野菜はというと、園香が全部調理した。キャベツは千切りにして皿に盛り、人参と大根は今煮込んでいる。
「二人で料理なんて、なんか新婚さんみたいだね」
園香がまた変な事を言い出した。
「俺は料理って程の事してませんけど」
「だから良いんだよ。できる範囲でちょこっとだけ手伝って貰うの。全部できたら交代とか当番制とかになっちゃうから」
「いや、言ってる意味がよく分かりませんが、取り敢えず俺の中の新婚のイメージは――……」
月照はそこで言葉を切った。
(全然湧いてこねぇ……)
まあ厳密には、エプロン以外何も付けていない若奥さんの姿とか、味見中の新妻に後ろから突然抱き付く旦那さんの姿とかは湧いてきたのだが、そんなもの口に出せない。
今度から漫画サイトやイラスト投稿サイトを見る時はもう少し内容に気を付けるようにしよう。絵柄だけを優先して見るのは、教育上色々駄目な気がしてきた。
「うん? なに?」
「いえ、何でも……」
人に伝えられるイメージは結局湧かなかった。
若奥さんの姿を園香で妄想した事への罪悪感は湧いてきたが……。
「ふーん。私はこんな風に男の人の為にご飯作るの、ちょっと憧れてたんだよ」
園香が鍋の様子を確認しながら続ける。
「親が共働きだったから、学校がお休みの日は私が自分で作ったりしてたし、結構自信あるんだよ。あんまり手の込んだのは無理だけど」
「ああ、それで……」
園香が本当に料理できたのは正直意外だった。
「まあ、今日はその方が都合良いでしょ? あんまり手の込んだ物を作ったら、誰かが家に来てたのバレちゃうから」
「まあ……でも、俺は味噌汁も作れませんけど」
「あはは、お味噌汁は簡単だよ。とりあえず具を煮込んで、後はお味噌を入れるだけ。あ、量は絶対余るからね。おばさんには『勘で作った』って言っておけば良いと思うよ。その為にわざとお出汁を取らなかったんだし」
言いながら冷蔵庫を開けて豆腐を取り出し、掌にひっくり返してそこで包丁を入れる。手慣れたものだ。
「――……でも、相手が別の人だったらやっぱり作らなかったかも」
それを鍋に放り込みながら、園香がボソリと言った。
「え?」
「ふふ、『いい人』を見付けたって話だよ」
「あ~、はいはい」
月照はおざなりに答えた。
どうせ自分は園香にとって実体化せずに相手できる「都合の良い人」だと、ちょっと機嫌を悪くしている。
「ぶ~。もうちょっと位本気にしてくれても良いのに……」
対する園香は自分の『好い人』が月照だと告白したのに、それを軽く聞き流されて同じく少しだけ機嫌を悪くした。
「今日だけで二度目だったのに!」
伝説の女子の話もカウントして、園香は口を尖らせた。
ちなみに朝一緒に歩いている時にも告白に近い事をしているのだが、そっちはカウントしていない。
「え? 何が?」
「もう! お味噌汁のお味噌抜くよ!」
園香が「減塩。鰹だし」とでかでかと書かれた味噌のパックを突きつけてきた。
「ただの『汁』になるでしょうが!」
「それが嫌なら自分で味を調節するか、私にやる気を起こさせる何か優しい言葉を掛けるか、どっちか選んで!」
「え、ええ~……?」
都合の良い人扱いをした上に突然怒り出した園香の理不尽さに辟易しながらも、霊とは元来我が儘なものだと思い出して怒りを堪える。
「ええと……じゃあ……」
月照は改まって小さく一つ咳払いをし、姿勢を正した。
「先輩が必要なんです! 俺の為に味噌汁を作って下さい!」
そして真っ直ぐに園香の目を見詰めて言った。
「――っ!?」
園香の顔が瞬時に赤く染まった。
「…………~~っ!」
唸る様な息遣いだけを残し、園香はくるりと背を向けそのまま無言で料理に戻った。
「……?」
昭和のプロポーズなんて知る由もない月照は、訳が分からないままその背中を見詰めていた。




