5セーブ目(6)
一つもゲームをプレイする事無くムービー鑑賞だけをしている内に昼時なり、食事の話題を月照が振ったところ、園香が驚くべき提案をしてきた。
昼食を作ると言い始めたのだ。
帰ってくる途中には当然食材なんて買っていない。だから余り物や買い置きで何とかすると言うのだが、全然信用できない。
「……本当に大丈夫なんですよね?」
食品戸棚と冷蔵庫の中を一通り見た上での「これなら問題無いよ」という園香の言葉も、やはり月照の心配を払拭できない。
とはいえ上機嫌でノリノリの彼女をあまり無理矢理に止める事もできず、渋々台所を使わせる事になった。
「全部の材料使い切ったりしないで下さいよ? 晩飯が無くなりますから」
料理ができるのかどうか、という根本的なところは敢えて聞かないでおく。既に包丁を握っている彼女が万が一にでもブラック化したら、新たな包丁女の誕生だ。
「分かってるよ。だからたまたま君は安心して向こうでゲームして待っててね」
「はいはい……」
悪霊に安心しろと言われてもどこにも安心できる要素は無いのだが、これ以上の抵抗は園香の機嫌を損ねるだけではなく昼飯を食べ損ねる事に繋がるので諦めた。
監視したくても同じ理由で後ろから調理をずっと覗いている訳にもいかず、月照は仕方なく居間で言われた通りにゲームを漁りだした。
(さて、何すっかな~……)
一人でプレイするなら何でもいいのだが、食後にまたソフトとデータの入ったメモリーカードを入れ替えるのはもう嫌だ。
午前中頑張ったおかげでほぼ全てのゲームのオープニングは一応見終わっているので、食後すぐに園香にさせるゲームをプレイしよう。
しかし一人用ゲームだとあまり一緒にゲームをしている気がしないし、対戦格闘ゲームは論外だ。
(てことは、二人協力プレイか……)
園香がプレイ候補として積み重ねていたソフトを漁りながら、条件を満たす物を探していく。
ちなみにパズルゲーム以外は殆ど全てが候補に挙がっている。さっきの恋愛シミュレーションのギャルゲーさえ候補になっている。
(そこそこあるもんだな、協力プレイって。――とはいえ、サッカーとかは俺のワンマンプレーになるだろうし……)
展開が速すぎるゲームは、コントローラーの形状で驚いていた園香にはボタンの位置を確認しているだけで置いてけ堀にされるだろう。彼女は1P側にのみスタート・セレクトボタンが、2P側にはマイクが付いたコントローラーしか知らないらしい。ちょっと月照には理解できないコントローラーだ。
(お、これなら実力差分だけ俺がフォローできるな)
協力プレイ可能で月照もお気に入りのゲームを見付けた。
古代中国の歴史を題材にした物で、最新ゲーム機までシリーズが受け継がれている大人気ゲームの、その二作目と三作目だ。
いや、厳密には一作目の更に前に全く別物と言うべき対戦格闘ゲームが出ていたのでナンバリングが一つズレるらしいが、それは中古販売でも見た事がないと父親が言っていた。「真」の冠を付けて別物のゲームとして発売され、五作目位まではこのゲーム機で発売されていたらしい。
父親は四作目も買いに行こうとしたらしいが、発売日に玄関口で母親が笑顔で家計簿を開いた為に諦めたそうだ。それ以来新品でゲームを買うのは止め、友達からソフトを借りたり中古品の激安販売で我慢していたらしい。
それはともかく、幸いこのゲームなら一作目が無くても何の問題も無く楽しめる。
難易度設定も、ど素人でも活躍できるレベルから達人でもコントローラーを投げつけるレベルまで、色々と楽しめる様になっている。
(ええと……カードどれだ?)
とりあえず二作目の方を用意して、メモリーカードを探す。セーブデータがあるのと無いのとでは、使用可能キャラクター数が雲泥の差だ。
何枚ものメモリーカードを差しては抜いてを繰り返し、やっと見付けて起動させた。
このゲームは久々なので、どのステージで始めるか少し悩む。あまりに手強いステージだと、昼食ができたら中断されてしまう。かといって、一瞬で終わるステージだと遣り甲斐がない。
「まあいいか、この辺で……」
マップが狭い所を選んで難易度で手応えを調節し、キャラクターを選択して――。
「できたよー」
園香が台所から声を掛けてきた。
「早っ!?」
悩んだりして色々と時間を食ったが、十分か十五分だ。インスタントラーメンでもあるまいし、そんなにすぐにできるとはとても思えない。
「先輩、本当にもうできたんで――……」
立ち上がってテーブルまで行き、言葉に詰まった。
「うん、お湯が沸いたらすぐだから。あ、お野菜もちゃんと入れてるから栄養バランスは良いよ」
インスタントラーメンだった。
カップではなく袋麺なので、具材はちゃんと切って入れてあるが……。
「先輩……これでよく料理させろって言えましたね」
「ええ~、そんな失礼な! これでもお米炊くと時間が掛かるとか、揚げ物炒め物は油の始末が大変とか、色々考えた上での結論だよ。あ、量が足りないと思ってるならぬかりないからね。冷凍庫に入ってた餃子、今電子レンジで温めてるから」
確かに、既に小皿に餃子のタレらしきものが入れられている。
「冷凍食品じゃないですか……」
「むぅ、そんなに不満?」
「あ、いやそんな訳では……てか先輩も食べるんですね」
テーブルの上には二人分用意されていた。
「勿論! 変身中は食事もできるのが便利だね」
「それって、食べた物はどうなるんですか? 出すんですか?」
素朴な疑問だった。出さないなら出さないで、消化はできるのかとか体内に貯まるのかとか、食べた後に霊体に戻ったらどうなるのかとか、色々と気になる。
「……たまたま君、やっぱりもうちょっと待ってて。これ食べ終わったらカレーを用意するから」
「う、うわぁっ、なんて美味しそうな中華料理なんだ! もう我慢できないから頂きまーす!」
箸を握るのとほぼ同時に電子レンジがチンと鳴り、餃子もできた事を教えてくれた。
「ふふ、どうぞ。先に食べ始めてね」
どこまで本気だったのかは分からないが、園香は幸せそうな笑みを浮かべて餃子を取りに立ち上がった。
女子の手料理、というには少し味気なかったが、それでも園香は本当にちゃんと月照の事を考えて用意してくれていた。
園香も一緒に食べたのは、食べ盛りの月照の胃袋を考えての事だった様だ。麺は普段食べるよりも四割増し位の量になっていた。おそらく二袋分を同時に調理し、半端な分を捨てないで済む様に自分で食べたのだろう。
餃子も一皿の上に二人分載せていて、園香は月照が満足するまでは最初の一個しか手を付けなかった。
「ごちそうさま。美味しかったですよ」
「はい、お粗末様でした」
「――……っ!?」
物凄く幸せそうなキラキラとした笑顔になった園香に、一瞬見とれてしまった。
本当に光の粒子が飛び交っているのかと錯覚する程、魅力的な笑顔だった。
(やべえ、何かちょっとハズい……)
月照は慌てて席を立って背を向けて、ゲーム機の前に移動した。
一方園香は――。
(あ、危ない……危うく成仏するところだったよ……)
本当に飛び交わせてキラキラしていた光の粒子を、慌てて引っ込めた。
「じゃ、じゃあ片付けも私がするね」
「え? あ、いや! それはさすがに……」
慌てて振り返ると、さっきと同じ笑顔を向けられた。ただしもう光ってはいない。
「良いから、やらせて。ね?」
「……はい」
断り切れなかった月照はゲームをしようとコントローラーを手に取ったが、どうしても後ろの園香が気になって開始できない。
何度かチラチラと彼女が流し台の前に立つ姿を覗き見ていると、すぐに洗い物を終えてこっちにやってきた。
「じゃあ、続き! 早くやろ!」
ぽすん、と月照のすぐ横に勢いよく正座した。胡座をかいていた月照の膝に、園香の膝がちょんと当たった。
「……」
月照は開いていた足の角度を変えて、触れない様に調整した。
「(……むぅ)」
園香は少し不満そうな声を漏らしてから、すぐにどのゲームをするのかと騒ぎ出した。
月照は入れたままだったゲームの説明を簡潔にして園香に2P側のコントローラーを握らせ、慣れた手つきでキャラクターセレクト画面に入った。
月照の選んだキャラクターは、戦闘力が高くバランスの良いキャラクターだ。リーチの長い武器を持っている。
(さて、先輩は女子だからやっぱ女キャラ選ぶか? それともイケメン系か?)
「じゃあ、この人で!」
園香が選んだのは、大斧を片手でブン回すツルッパゲのムキムキマッチョな大男だった。
「……なんでそいつ?」
「え? だって強そうだし」
「……いや、強いと言えば強いですけど……」
リーチの短さと足の遅さで結構不利なキャラクターだ。
(まあ、俺がフォローすれば良いか)
とりあえずやってみる派の月照は、そのまま始める事にした。
雑兵を纏めて大量に切り倒す爽快感は園香も気に入ったらしい。最初はカチャカチャとコントローラーのボタンの多さにまごついていたが、思ったよりも早くコンボなどを使える様になった。
そうなると、キャラクターのステータスが全て振り切っているせいもあって、鎧袖一触どころか馬で走り抜けるだけで敵軍を殲滅できる低難易度の手応えではすぐに満足できなくなった。
だから難易度を上げる事にしたが、園香は普通程度の難易度でも満足せず、調子に乗ってもう一つ上の難易度を要求してきた。
そこまで上げるとプレイヤースキルの要素が大きくなってくるので、案の定園香が原因で何度もゲームオーバーになった。
だが彼女もムキになってきて、最終面をその難易度でクリアするまでは止めないと言い始めた。
(なんで扱いにくいって教えてるのに、そのキャラに拘ってるんだよ……)
園香は何度かキャラクターを変更していたが、結局元のマッチョキャラに戻っている。コンボ中の動きが各キャラ毎に違うので、一々他のキャラを覚え直すよりも分かっているキャラを使った方が強いと考えている様だ。
「ところで、たまたま君」
ロードが終わって戦闘が始まると、園香が声を掛けてきた。さっきまでは掛け声と悲鳴だけだったので、少し操作に余裕ができてきたのだろう。
「なんですか?」
「どうしてこのゲームを選んだの?」
「え? 嫌でした?」
「ううん、凄く楽しい。特にこの、数の暴力に訴えたり陰湿にこっちの嫌がる所を狙いにくる卑怯な相手を、自分の力で蹂躙して屈服させるところは最高に気に入ったよ」
「………………」
まあ、あんな過去があればそうなるのも仕方ないかも知れない。
「それより、どうして対戦とかじゃ無かったのかなって」
月照が黙っていると、園香はもっと噛み砕いて質問の意図を教えてくれた。
「ああ。先輩一人でやっても面白くないでしょうし、それに協力プレイなら俺が先輩フォローできますし」
「…………ふーん、そっか」
コツン、と園香の膝が月照の膝に当たった。
「?」
無意識に足の角度が広がっていたのかと、月照は再び膝を離した。
するともう一度、追いかける様に園香が身体の向きを少し変えて膝を当ててきた。
「せ、先輩?」
月照も座ったまま、少しだけ身体の向きを変えて膝を離した。
「(むぅ……)」
園香は小さく唸りながら少し移動して、今度は腕と足が密着する様に座り直した。
「ちょっ!? な、何を!?」
慌てた月照が身体を動かそうとするより先に、
「うわ、やられそう! 助けてたまたま君!」
園香がゲームに意識を戻してしまった。
「ちょ、先輩!? だから一人で突っ込んじゃ駄目って言ったんですよ!」
見捨てる訳にも行かず、ゆっくり体勢を変えてから救援する時間的余裕もない。仕方がないので、月照は身体を密着させたままキャラクターの操作に専念した。
「早く! お姫様を助けるのは王子様の役目でしょ!」
「大斧振り回す禿マッチョのお姫様なんて願い下げです!」
「酷い!」
「全く……ほら、俺の乗ってきた馬使って味方の所まで一先ず避難して下さい」
「あ、うん……ありがとう」
「うわっ、体力いきなり半減した!? 弓兵か!? しかも武将三人もいるじゃないですか!? くそ、運ぶな! 俺を空中で取り合うな! ってやばい、これ死ぬ! 先輩は逃げ切りました!? 俺も早く逃げないと……ってぎゃあ、立ってらんねえ! ってもう体力ゲージが真っ赤じゃねえか!」
無敵技で相手を一時的に吹き飛ばし、その隙に一目散に走って逃げる。
「……ふふ、命懸けで私を助けてくれるんだね」
その様子に、既に安全地帯に辿り着いて体力回復アイテムを入手した園香が照れ臭そうに言った。
「片っぽ死んだらゲームオーバーですからね……ふう、なんとか生きてる。回復アイテム探さないと……」
月照のキャラが無人の荒野まで逃げ切ったのを見計らって、
「やっぱり、君は優しいな」
園香が急に月照の膝に倒れ込んできた。
『山田ぁぁー!!』
拍子にボタンに触れたらしく、月照のキャラクターが突然気合いの入った叫び声を上げながら、派手なエフェクト付きで長柄武器を豪快に振り回し始めた。
「ちょっ!? 先輩何するんですか! 切り札の無敵技が! 無人の荒野なのにっ!」
「あはは、ごめんごめん。でも死にかけだからすぐにまた貯まるでしょ?」
謝りながらも身体を起こそうとはしない。
「な、なんなんですか……?」
「ふふ、なんなんだろうね……」
胡座をかいた両足を勝手に敷き布団の様にして寝そべっていた園香が、首を起こしてこっちを見た。
いつもの不自然な笑みでも、悪戯の時のそれでもない、ごく自然な笑みだった。
「私にも分かんない……。でも、今は物凄くこうしたいの……」
言って、顔を月照の太股に埋めた。
(あぎゃぁぁぁぁっ!)
すぐに月照の、女子に知られたくない部分が反応し始めた。園香の目の前にあるので、このままでは誤魔化す事も隠す事もできない。
「先輩、めっ! 駄目です!」
慌ててコントローラーを投げ捨て、園香の身体を無理矢理起こす。
『山田ぁぁー!!』
やかましい。
コントローラーを落とした拍子にまた暴発したらしい。
「うぅ~……なんか今、凄くゴロンてしたいんだもん……。もうちょっとだけ枕になってよ、山田君~」
園香がもう一度体をだらんとしてもたれ掛かってきたので、月照は慌てて立ち上がった。
「誰が山田君だ! 座布団持ってくるんでそれで我慢してください!」
月照は強めに言い残し、廊下へと出た。
「……座布団運ぶんだ」
後ろで何か言いたそうな園香の声を掻き消して、月照の脳内には昭和から続く人気演芸番組のテーマ曲が流れていた。




