5セーブ目(4)
途中で何事も無かったかの様にペースを落として横に並んだ園香に、気を使って別の話題をあれこれ振りながら歩く事十数分。
気が付けば月照は自宅の門前に到着していた。
なんだかんだ楽しかったのだろう、二人共約二十分の道のりをあっという間だと感じていた。
少し余韻に浸るように門の前で立ち話をして、門を開けようとしたその時だった。
「あ、みっちゃん!」
「お帰り!」
「うおっ!?」
後ろから双子に声を掛けられた。
(やべえ、こんなタイミングで出てくるなんて思ってねえから普通に会話してた!)
園香相手の会話を聞かれていたらまずい。見えない何かとの会話扱いで済めば良いが、聞く人が聞けば相手が園香だと分かる内容だ。
そして、双子はその「聞く人」に分類される。
「お、おう……」
軽く手を上げて挨拶すると、双子は向かいの家の戸口の前から、まるで飼い主を見付けた犬の様に笑顔で駆け寄ってきた。
(さすがに、話が終わるまでずっと立ち聞きしてたなんて事は無いだろうけど……)
だが月照の声が聞こえてきたから家から出てきたと考えるなら、一部なりとも内容を聞き取れた可能性は充分に考えられる。
それは不味い。
折角先日の帰宅時、あんな面倒な思いをしてまで園香を庇ったのに、全てが水の泡だ。
園香自身だって、部活仲間に正体がバレてしまったら学校に居づらくなってしまうだろう。
(どうする!? 考えろ!)
脅すか上手く誤魔化すか、説得して味方に引き込むか……。
(いや、まだだ。焦るな……)
現時点では双子が話を聞いていなかった可能性の方が高い。まずは状況の見極めだ。
「「さぼり先輩、おはようございます」」
「はーい。おはよう。二人とも休みなのに割と早いね」
双子と園香がにこやかに挨拶を交わした。
(……え?)
「私達は朝は得意だからいつもみっちゃんを起こしに行ってるし」
「今日なんていつもより遅いぐらいだよ」
「なんなら今日も待ち合わせに間に合う時間に起こす事もできたけど」
「遅刻した方が面白そうだったし、絶対すると思ってたから放置したのに」
「お母さんが朝見かけたって言うから」
「さっき慌てて準備して」
「「雨が降る前にお買い物行く事にした」」
月照は双子の連携トークを、突っ込みも忘れてぽかーんと眺めていた。
双子は「なんで俺が朝自力で起きたら雨降るんだよ!」的な反応が返ってくる事に期待していたのだろう、肩透かしにあってちょっと不満げだ。
「あはは、ちょっと羨ましいけど、今日は私が独り占めするからね」
その辺りの空気を読み取ったのか、園香が意地悪な笑顔で言うと、双子は露骨に口を尖らせた。
「さぼり先輩も、今日に限ってどうしてサボらないんですか?」
蛍がちょっと強めの口調で聞いたが、園香は全く意に介さずに答える。
「すっごく楽しみだったから」
「ええっ!?」
驚きの声を上げたのは月照だけだった。
「ちょ、え? でも、ええ~……?」
しかし別に園香の言葉に驚いた訳ではない。
双子に園香が見えていた事に驚いていた声が、今ようやく出せたのだ。
しかし双子の目の前で「どうして見えるのか」なんて聞く訳にはいかない。
「みっちゃん?」
「さっきから変だけど、変な霊でもいるの?」
双子が月照の様子を訝しんでいる。
(いるんだよ! お前等会話してるんだよ!)
声を大にして突っ込みたい。
それができないので、不満をぶつけるように園香に視線を向ける。
「自分から誘ったのに、楽しみじゃない訳無いよ」
その表情に満足げな笑みを向けて、園香はちろりと舌を出した。
(この人……いつから実体化してたんだよ!)
「ふふ、今日はよろしくね」
実は加美華との口論の後、項垂れてすごすごと立ち去る彼女を見送ってから霊体に戻ろうとしたのだが、気持ちを落ち着けている数分の間に月照が来てしまい、どっきりも霊体化もどっちもできずに消化不良気味だったのだ。
道端で急に霊体になる訳にはいかないからとここまでずっと実体化していたのだが、今の月照の反応を見られただけでその苦労の甲斐があった。
結果オーライのただの偶然だが、園香は心の中で双子に感謝した。
「ところで、今から家で遊ぶの?」
「じゃあ私達も一緒に遊んで良い?」
「「断っても遊びに行くけど」」
が、すぐにそんな気持ちもぶっ飛んだ。
肝心のデートを邪魔されたら堪ったものではないと、園香は怒りを覚える前に頭に血が上った。
「……あのねぇぇぇ――」
「だああっ!? お前等、そんな事をするならお前等の時に先輩呼ぶし、今度から登下校全部先輩も一緒だからな!」
瞳を赤く変えた園香と双子の間に月照が割り込んで、怒鳴り気味に園香の言葉に被せた。
「昼の弁当も先輩と一緒だ!」
「「なにをー!」」
「なんだよ!」
ブラック園香を見られては、彼女が霊だとバレなくても部内で彼女の立場が変わってくる。
月照は双子と睨み合った。
園香は後ろにいるので、どんな表情なのかは分からない。
ただ、双子の方の表情は怒りよりも悔しそうな、悲しそうなものに変わった。
「…………みっちゃんは、そんなにさぼり先輩と一緒にいたいの?」
「へ……?」
蛍が視線を逸らしながらしおらしく言ったので、驚いた月照は否定も肯定もできずに思わず聞き返す様な声を漏らした。
「私達、かみかみ先輩よりも更に後回しだし……」
今度は灯が同じ様に俯いた。
「え? いや、そうじゃなくて約束が……」
睨み合いになったら一歩も退かないのが双子のスタイルだったはずが、こんな搦め手で攻められると対応できない。
上手く答えられない内に、双子はいつもの様に声を揃えて言った。
「「みっちゃんの変態! 年上好きは知ってたけど、両親のいない間に自宅に女の子連れ込んで何する気だぁ!」」
「何すると思ってんだぁ!」
酷い中傷を受けた。
というか、やっぱり退く気なんてなかった様だ。
「「うるさい! その先輩がみっちゃんに舌舐めずりしてたの、ちゃんと気付いてるもん!」」
ステレオコンポの如く左右同時に、しかもご近所に聞かれそうな音量だ。
「「家の中でする事全部、カメラで撮って動画配信してやる!」」
「あほかぁ! あれは俺をからかって小馬鹿にしただけだ! かなり古い表現方法だけど、変な意味はねえ!」
ピクリと、背後の園香が動揺する気配を感じた気がする。
「俺だってよく知らねえが、大昔は相手に悪戯した時とかに舌を出してたんだよ!」
「……あの、ちょっと?」
園香の声が聞こえた気がするが、ここで止まって双子に反撃される訳にはいかない。
「今じゃ誰もやらねえかも知んねえけど、『あっかんべー』ならお前等だって聞いた事くらいあるだろ!」
「ねえ、あのさ……」
「あれだって舌舐めずりじゃなくて嫌な相手を追い払うって意思表示だ。つまり悪戯して舌を出すってのも、太古の昔の文化で――」
「ねえってばぁぁぁ、聞こえてるよねぇぇぇ!?」
「うおわぁ!?」
背後から両手で頭を押さえられて、耳元で叫ばれた。
完全にブラック化している。
(くそ、遅かったか!)
月照は収めきれなかった事を強く後悔した。
「誰の表現がぁぁぁ、古いってぇぇぇ?」
頭は解放されたが、無理矢理身体の向きを百八十度回転させられた。
「……え? あ、いえ……」
「君ぃぃぃ、私の事ぉぉぉ、そこまで古いって思ってたのぉぉぉ?」
「ち、違います! ただ単に、拒絶とか以外で舌を出すのが古い表現ってだけで!」
(あれぇ!? もしかして俺のせい!?)
ようやく自分の失言に気が付いた。
「『太古の昔』とかぁぁぁ、言ってたよねぇぇぇぇ!?」
「いや、済みません! それは言葉の綾というか何というか……! 先輩は古いんじゃなくて、古風なだけです!」
「…………はあ。もう良いよ」
結局古いと言われているのだが、園香は急に元に戻った。
「双子ちゃん達には、やっぱり今言っとく方がいいね。邪魔されたくないし」
突然人が変わった園香の様子に固まってしまった双子に視線を移し、園香はにこりといつもの笑顔を向けた。双子は「ぴっ!?」と小さく悲鳴を上げている。
「……え? 何言うつもりですか?」
「気にしないで。ここからは女同士のお話だから、たまたま君は先に中に入ってていいよ。インターホン鳴らすから」
「あ、はい……」
全く釈然としないし嫌な予感もするが、そんな風に言われては仕方がない。無理に食い下がったら折角解けたブラック化が再発するかもしれないので、ここは素直に引き下がるべきだろう。
月照は心配しながらも一人自宅へと入っていった。
「さて、女同士の争いをしてもいいんだけど……」
月照の背中を見送った園香は、逃げ腰で身構える双子に向き直った。
「私は、事情があって君達のライバルには成れないんだよ。だから心配しなくても、彼を取ったりしないよ」
「「え?」」
双子は分かり易く拍子抜けしている。
その睨んでいても整って愛らしかった顔立ちが、気の抜けた無防備な表情になると嫉妬もできない圧倒的な可愛らしさになる。こういう時、童顔はずるいと思う。
(本当に可愛い……。私もこの子達ぐらい可愛かったら、もしかしたら諦めきれなかったかも……)
園香は「変身時」以外の自分の外見に対して全く自信が無いままだ。
今でも月照が優しい嘘を吐いてくれていると思い込んでいる。
(……あれ?)
しかし、選りに選ってこのタイミングで気付いてしまった。
(たまたま君、私が変身してる事に気付いてなかった……?)
変身前と変身後で、外見の差が全く無いという事に。
(……あれって、嘘じゃなかったの?)
園香の中に迷いが生じた。
「あの、さぼり先輩?」
「それ、どういう意味?」
双子に声を掛けられて我に返った。
「あ、いや、ええと……」
言葉を濁して時間を稼ぐ。考えを整理したい。
(あれ? でも彼を取らないってもう言っちゃったし……。でも、もしかしたら諦めなくてもいける? でも、別に元々この子達に勝てる程可愛い訳じゃないし……)
鏡で見る自分の姿は生前の姿だが、それがどれ位可愛いのか自信がない。
中学以降はずっと不細工の代名詞の様に言われてきたのだ。自信がある方がおかしい。
――もの凄く綺麗。
――先輩は美人です! ずっと見てたいくら――……い……。
突然頭の中に、いつか聞いた自分の容姿を褒めちぎる声が響き渡った。
(ま、待って! だからそれは、どっちも変身して――)
――なかった。
よくよく思い返してみると、どちらも霊の姿の時だ。
そしてそのどちらの言葉も本気だと感じ取ってしまった。異なる状況と異なる年齢で発せられた、どちらの言葉からも。
(あれ? あれぇ……?)
価値観が根底から丸ごと全部変わってしまったせいで、混乱して訳が分からなくなってしまった。
(あれ……? じゃあ私、別に一緒にいても……?)
自分がおぞましい化け物の姿をしていて、月照や住職は霊感でどんな姿をしていても自分だと認識できるのだと勝手に思い込んでいた。
だから及び腰になっていた。
彼の自分への印象は、きっと一番聞きたくない言葉だから。傷付きたくないから。
彼の優しい嘘に甘えるつもりだった。逃げるつもりだった。
常に戯けて接して彼に好かれないようにして、「仕方がない」と最初から逃げ道を用意していた。
(逃げなくて……いいの?)
彼が本気だと感じていたはずなのに、自分で勝手にそんな訳がないと頑固に思い込んで決め付けていた。
――なのに。
彼の本心は言葉通りだった。
言葉では言い表せない位嬉しい。
(――って駄目! これ以上は、また成仏しそうになるから!)
深く考えると幸せが溢れてきて身体がきらきら光り出しそうなので、慌てて元の「逃げ道」に飛び込んだ。
とにかく今は、これ以上深く考えてはいけない。
「「先輩?」」
双子が首を傾げている。
(と、とにかく! 私は悪霊だから!)
嘘を吐いてもきっと大丈夫だ。この程度の嘘なんて今更でしかない。
「わ、私は……彼と付き合う気はないから……。その分君達の応援をする事にしたんだよ……」
だがら双子に向かって、予定通りの言葉を伝えた。
嘘ではないはずの言葉だったのに、ついさっき嘘になった言葉。
しかしそれは、本当に嘘なのだろうか。
心のどこかで彼を諦めている自分もいるのだから。
この言葉の先で、双子と自分、どちらを騙そうとしているのだろう。
(どっちにしろ、私は悪霊だから……)
騙された相手は、きっと大きく傷付く事になる。
でも悪霊がする事だから仕方ない……はずだ。
「「ふえっ!? よ、よく分からないけど、ありがとうございます?」」
この無邪気に童女の様な照れ笑いをする双子を相手に、「逃げ道」から出てくる勇気を持てるのだろうか。
今の言葉を「嘘だった」と伝えられるのだろうか。
(でも、きっと勝てないから……)
今でも勝つ自信は殆ど無いのに、遠い将来を見据えれば勝負にもならない事は理解している。
だから諦めて「逃げ道」を進みたくなる。
ただ、その道の先を思えば足が止まる。
ついさっきの成仏しそうだった胸に溢れる幸せが、そのまま胸を穿つ錐に変わるのだろう。
その痛みに耐えてまで、自分を騙し通せる自信もない。
「「じゃあ先輩、信じてるんで私達は買い物行って来ます!」」
「あ、うん。……気を付けて、ね」
元気良く駆けだした双子の背中を見送り、天を仰いだ。
「……姿は人になっても、中身は結局『バケモノ』のままだね」
いつもの癖で呟いた独り言は、少し雲の出てきた空へと消えていった。




