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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
4セーブ目
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「……(もっ)(たい)ぶったせいで名前言えてねえじゃねえか」

 月照がボソリと不満を漏らした。

 結局彼女の正体も悪霊になってまで現世に居座った理由も、明確には分からないままだ。

「……まあそんな事よりも先輩、よく頑張りましたね」

 深く考えれば考える程もやもやしてくるのが分かっているので、月照は(ちょう)(ぞう)の様になったままの勉に話しかけて気持ちを切り替える事にした。

「………………」

 だが勉は返事もせずに白目を剥いたままピクリとも動かない。

「せ、先輩!?」

 慌てて両肩を揺するが、反応が無い。

 本気で心配になった月照の背後から。

「え? 死んでるの!?」

「うわあ!?」

 (とう)(とつ)に大谷から声を掛けられ、月照は思わず勉を突き飛ばしてしまった。

 ガン、と頭を机に強打した勉が側頭部を押さえて痛がりだしたので、一応意識は戻った様だ。

 その姿勢のまますぐにまた動かなくなったが……。

「――って、先生!? いたんですか?」

 すっかり忘れてた。

「あ、勿論あっしもいやすぜ」

 生首も自己主張してきたが、そっちは手でしっしと追い払う。すると意図を(かい)し、意外と素直に去っていった。着物女の脅威が無くなったので、これ以上月照の側にいても機嫌を損ねるだけだと理解しているのだろう。

 しかし打算があるとはいえ、常識的な対応はなかなかに嬉しいものだ。

(生きてても非常識な人間もいるのにな……)

 双子の顔が明確に浮かび上がる。

「わ、私はずっといましたよ! 何というか、(はく)(しん)のお芝居を見せられていた気分ですが……」

 よく見ると、ちょっと青い顔で月照と微妙に視線を合わそうとしない。

 元々そういうところのある教師だったので、月照は()えていつも通りだと思っておく事にした。

「だ、だから二人にしか見えない何かがあった、という事は信じようと思います! 信じたいと思います! だから二人とも、先生の前で二の腕を見せたりしないで下さい! 絶対に、夏服でも注射の跡とか見せないで下さい!」

「危ないクスリとかはやってませんから!? 本当に霊がいて、成仏しただけですから!」

 なぜだろう、着物女と勉を引き合わせるというミッションを見事コンプリートしたはずだが、大谷の勘違いがパワーアップしている気がするのは……。

 仕方がないので(そで)(まく)り上げて(けっ)(ぱく)を証明しようとしたが、両手首を大谷にがっちり握られてできなかった。

 腕力に物を言わせて無理矢理見せようかとも思ったが、涙目で「本当にやめて!」と訴えかけられたので、これ以上余計な事をしたら更に(こじ)らせると判断し我慢した。

 そのままの姿勢で大谷が手を離すのを待っていると、なぜか彼女がにやけ面になって不気味に「ふへへ」と笑い出したので慌てて手を振り解いた。

 一瞬驚いた表情を見せた彼女は、また俯いて教師と生徒がどうとかブツブツと独り言を言い出した。

(この先生も恐怖でおかしくなったんじゃ無いだろうな……?)

 恐怖の対象が自分なのが複雑だが、かなり本格的に心配になってきた。

「――って、そうだ先輩は!?」

 側頭部を強打してから結構経つが、まだ動かない。

 放心が続いているのか、頭部へのダメージで緊急事態に(おちい)っているのか、いずれにしてもこれ以上放置はできない。

 月照は腕で隠された勉の顔を覗き込もうとして、

「違う、違う、違う、違う……」

 勉も何やらブツブツ言っている事に気付いた。

「…………えぇ」

 前後から聞こえる不気味な独り言に、月照は立ち尽くすしかなかった。



「あーっ! なんで一人でここに来てるのかな、たまたま君は!」

 月照が()(ほう)に暮れていると、音楽室の入り口から女子の大きな声が聞こえてきた。

(げっ!? 余計ややこしくなる人が……)

 驚いて振り向いた先には、園香が不機嫌そうな顔で立っていた。ブラック化無しでこんな表情は珍しい。

「みっちゃん、みっけ!」

「さぼり先輩、凄い!」

 その後ろから、なぜか双子まで入って来た。

「は? え?」

 状況が理解できずに首を傾げたところに、もう一人意外な人物が入って来た。

「あ、えと……。済みません、今日は部活早く終わったんですけど、外周にいないみたいでしたから……でも一体何が?」

 加美華が周囲、特に大谷と勉を交互に見ながら聞いてきた。

「教室にもいなかったから」

「先に帰ったのかと思ったけど」

(した)(ぐつ)はまだ置いてあったし」

「学校中探し回ってたら」

「「さぼり先輩に会って、探すの手伝って貰えた」」

 灯と蛍がいつもの連携トークで説明してくれた。

 なるほど、加美華も双子と一緒に月照を探していたのだろう。

 状況から「さぼり先輩」は園香で間違い無いだろうし、この三人を案内していたとなるとどうやら今は実体化しているらしい。一番ややこしい事態だけは(まぬが)れた様だ。

「――って、うおぉぉぉ!?」

「うわ!?」

 突然勉が跳ね起きた。月照が驚いて声を漏らしたが、勉は何事も無かった様に服に付いた汚れをパタパタとはたき始めた。

(か、かかか花押!? なんでここに!?)

 勉には園香しか見えていないらしい。

 ()もありなん。

 園香の前でこんな無様な姿を晒していては、ここに来た意味もあの恐怖を堪え忍んだ努力も無駄になってしまう。

 その強い想い――要するに女の前で良い格好をしたい男の()()が、彼の折れた心を繋ぎ合わせて復活させたのだ。

「よ、よう!」

「あ、いたんだ……」

 不自然に自然を(よそお)って詰め寄ってきた勉に、園香は少し困った表情になった。

 きっぱり振った翌日なので流石の園香も気不味いのか、(ある)いはもっと別の感情からか。

 しかし振られた本人、勉はそんな事お構いなしに園香のすぐ前で真っ直ぐその目を見詰めた。

「お、俺……やっぱりお前が好きだ!」

 園香の正体を知っていて、(なお)()つ勉の気持ちを知らなかった月照はギョッとしている。

(こ、この先輩、霊しか愛せないのか!? 気を失う程怖いのに好きとか、ハイレベル過ぎるだろ!?)

 本人に聞かれたら泣きながら首を絞められそうな感想が月照の頭に浮かぶが、よくよく考えれば園香の正体を知ってる訳が無い。ただ園香に良い格好をしたかっただけだと、すぐに思い至った。

「お前の言った事の意味とか分かんねえけど……」

 そんな周りの人間が(かも)し出す空気にまるで気付かず自分の世界にいる勉だが、そこで一旦言葉を切った。いや、切れた。

 伝えたい内容がさっきの恐怖を呼び覚まし、胃を荒らして中身をぶちまけさせようとしている。

 だがこの瞬間の為に自らトラウマに立ち向かったのだ。急性胃炎だろうが急性()(かい)(よう)だろうが、気合いで押さえ込もうと腹筋に思いっ切り力を込めた。

「でも!」

 そのまま力強く腹から声を出す。

「お前の言った通り霊から告白されそうだったから、断るどころか婚約してやったぜ!」

 月照に勝手に婚約させられて白目を剥いていたくせに、まるで自分の手柄の様に胸を張ってドヤ顔をしている。

「あ、うん。おめでとう」

 これで園香に見直して貰って、逆転ハッピーエンド。連休中はデートで楽しみ、平日は今までよりも会話が増えて、夏休みには勉強会を開いて一日中一緒に過ごす事ができる。

 勉の世界がバラ色の未来で一杯になった。次から次へと、かつて無い速度で頭を回転させて妄想を溢れさせている。

「じゃあ私とは付き合えないね」

「……………………へ?」

 園香の静かな一言で、勉の頭が回転を停止した。

「だって、私と付き合ったら浮気になるよ」

「お、おう……え? あれ? いや……いやいやいや!」

 再起動するまでに十数秒を要してから、勉は慌てて反論を開始した。

「だ、大丈夫だ! 相手はもう消えちまったし、その、なんだ? あれだ、成仏だ! だから俺はもうフリーだ!」

「――消えたの?」

 園香は目の前の勉ではなく、少し離れた所で話について行けずにポカンとしていた月照に話しかけた。

「へ? あ、はい。成仏しました。結構複雑な事情とかあったみたいです」

 素直に答えると、園香は何やら少し考えてから笑顔になった。

「そっか……。じゃあ明日のデートの時、その話色々して貰おうかな」

「へ? デー……え?」

 勉の目が点になった。

 直前に目の前で堂々の告白があったせいで、月照も同じ様な顔になっている。

「え? こいつの件終わったからもう無しで良いんじゃ――」

 なぜ園香がこのタイミングでその話題を出してきたのか分からず、月照は(とっ)()に勉の顔を立てるべきだと思ってついそう言ってしまった。

 本音で園香とのデートをちょっと面倒だと思っていたせいでもある。

「え……? 約束、だよね? 絶対にデートするってぇ、昨日帰りにぃぃ、必死の(ぎょう)(そう)で言ってたよねぇぇぇ……?」

「あ、はい」

 実体化状態でブラック化されては堪らない。月照は頷くしかなかった。

「……あれ?」

 加美華が小さく声を漏らし、首を傾げた。

「おおおおぉぉおい! 咜魔寺ぁ!!」

 その加美華が何か言おうとした瞬間、勉が大声を出しながら月照の(むな)(ぐら)を掴んだ。

「お前! どういう事だ!? なんでお前が花押とデートするんだ!?」

「いや、ちょっ、不可抗力! やむを得ずこうなったんであって――」

 片手なのに信じられない怪力で、身体が浮き上がりそうになる。

「やむを得ずで必死の形相になってデート申し込むのかよ!」

「いや、俺からは一度も申し込んでませんよ! 花押先輩から強引に誘われただけで――」

「か、ご……さ……」

 勉はギギギ、と油が切れた機械の様に首を動かして、園香へと視線を向けた。

「あはは……確かに誘ったのは私からだね。君に告白される前に」

 はにかんだ笑顔で嬉しそうにそう言われ、勉は膝から(くずお)れた。

「……せ、先輩?」

 唐突に解放されちょっとよろけてから、月照は勉を覗き込んだ。

 決死の覚悟でトラウマに挑んだ男の、あまりにも無残な末路だった。



 正気を取り戻した大谷に色々と説明をして(ひと)()ず事後処理は終わった。

 蛇花火の様な足取りで一人帰っていった勉の心の傷は処理不能だったが……。

 ともかく大谷の誤解は解けたらしく、月照の言い分に納得してくれた。オカルト研究部のメンバーが月照の霊感を強く肯定してくれたおかげだろう。

 まあ、頭のおかしい集団から一刻も早く逃れたくて適当に合わせただけとも受け取れるが……。

 いずれにしても、おそらく問題無いだろう。連休明けにあの吹奏楽部の女子からも事情を聞くと言っていたから、彼女がきちんと説明してくれるはずだ。まさか「月照に襲われた」なんて嘘を吐くはずもない。

 園香はその後、明日のデートについて念を押してからすぐに一人でどこかに行ってしまった。多分旧校舎の住職の所に報告に行ったのだろう。

 (ひょう)(ひょう)と立ち去る彼女の背中を、加美華だけはなぜか(いぶか)しげに見送っていた。


 結局はいつもの下校メンバーだけになったので、校門で桐子と合流していつも通りに下校した。

「あの……」

 いつもの様にアパート前で別れようとした時、加美華が深刻そうな表情で月照に声を掛けた。

「花押さんと月照君の関係って、結局どういうものなんでしょう?」

「へ?」

 予想外な質問だったので、月照は即答できずについ考え込んでしまった。

 その沈黙をどう受け取ったのか、加美華は少し頬を膨らませて続ける。

「確かにあの人は何を考えているのか分からないところがありますけど……。でも、付き合いの長い岸島君ではなく月照君をデートに誘ったのは、何か理由があるんですよね?」

「あ、いえ……その……」

 園香が霊で、自分が現在半分取り憑かれた様な状況だと伝える訳にもいかない。

「花押さんは岸島君からの……こ、告白、だけでなく、普通の誘いも断ってました。デートの相手は誰でもいい訳ではないと思います」

「あ、いや、それは……」

 彼女からすれば変身――つまり実体化せずにデートできる楽な相手だ、というのも教えられない。

「それに、月照君……(あな)()自身、彼女の誘いを断りませんでした!」

 まるで推理ドラマの探偵が犯人を言い当てるシーンの様に、加美華はビシッと月照を指差した。

「え、ええと……」

 それは音楽室の幽霊が原因なので説明したいが、下手に事情を説明すると、園香が霊である事を知られるか、或いは深夜の学校に忍び込んでいたと誤解されかねない。いずれにしてもバラす訳にはいかないだろう。

 しかしいい加減な回答で(けむ)()けそうな雰囲気ではない。

 (がけ)(ぷち)に立たされた月照は、まるっきり犯人の様な気分になりながらも上手く切り抜ける方法をあれこれ()(さく)する。

 だが双子まで一緒になって顔を覗き込んできては、もう思考を整理するのは困難極まりない。

 しかしそれでも、この状況から逃れる為に一歩踏み出した回答をしなければ……。

「――よ、弱みを握られているんです……」

 崖から一歩踏み出した回答をしてしまった。

(あほ姉妹の前で弱みとか言っちまったよ! それにかみかみ先輩がこの剣幕で本人に詰め寄ったりしたら、後で俺がブラック化した花押先輩にその三倍くらい詰め寄られるじゃねえか!)

 苦し紛れに出したのは、もしかしたら全選択肢の中で最悪の回答かも知れない。

 肉食獣の目になった双子がその弱みを探ろうとしているのは明白だし、加美華は申し訳なさそうに哀れみの目をしている。

(これ、しつこく相談に乗るとか色々聞かれて面倒な奴じゃねえか! 馬鹿か俺、てかなんでこんな事になった!?)

 むしろ自分の方が園香の正体や悪事といった弱みを握っているはずなのに、どうして追い詰められているのだろう……。

「ま、待って下さい!」

 こうなったらもう、相手にあれこれ(せん)(さく)される前に適当に誤魔化してしまうしかない。崖下に落ちたとはいえ、(きゅう)()を待たなけねばならない決まりはない。

「先輩は別に俺に酷い事要求する訳じゃないですし、俺もだから断り切れなかっただけで、別に脅されてそうなった訳じゃないんです! 何というか、空気というか、成り行きというか……」

 月照はそこで一旦言葉を切り、顔に向けられたままの加美華の指を軽く握った。

「――っ!?」

 加美華が身を(すく)めた。

「でも本当に俺、あの時は――……」

「あ、あああのっ……!?」

 真っ直ぐ見詰められ、加美華が真っ赤になってたじろいだ、

「あん時、マジで連休暇になった事にショックで、誰でもいいから遊び相手欲しかっただけです」

「は、はいっ! ――……え? はい?」

「だから、あの先輩との関係は特に大したもんじゃなくって、まあ本当にただの遊びのつもりです!」

「………………はい」

 加美華は月照の手から指を引き抜くと、くるりと(きびす)を返して背中を向けた。

「つまり私の事も、誰でも良い遊び相手だったという事ですね……」

 背中越しにそう言い残して、加美華は部屋へと帰っていった。

 桐子が溜息を吐いてから、その後を追っていった。

「……ええと、俺なんか間違えたか?」

 二人を見送ってから双子に聞いてみるも、双子は少しにやけ面で嬉しそうに「知らなーい」と声を揃えただけだ。

(うーん……やっぱ弱み握られてるとか言っておいてから花押先輩(かば)っても、(しん)(ぴょう)(せい)が足りなかったか?)

 加美華の元気が急に(しお)れたのは謎だが、いつまでもここで首を捻っていても仕方がない。

 月照は双子をうながし、帰路に着いた。


 ――その後ろ姿を、陰からじっと見詰める者がいた。


(……先輩って、さっき廊下でキスしてた背の高い男の事よね? 成り行きでねえ、へえ……。で、眼鏡のあの娘共々遊びだったって訳か。へえ……)

 毎度の一階女性、食堂のお姉さんは、精一杯の()(べつ)の視線を月照の姿が見えなくなるまで向け続けていた。

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