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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
4セーブ目
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4セーブ目(5)

 加美華と瑠璃が部室の鍵を閉めて校門まで行くと、月照は既に着替えを終えて待っていた。

 その両サイドにはいつものように双子がしっかりと陣取っており、加美華が割り込むスペースは残されていない様に見える。

(これでも一緒に帰るのが嬉しいのか……。(けな)()だな)

 早足になった加美華のペースに合わせて、瑠璃は少し(おお)(また)で付いて行く。

「お待たせしました。それでは帰りま――」

 そこまで言ってから、加美華は月照の様子がおかしい事に気付いた。

 いつもの様に双子か桐子の相手をしているのかと思いきや、全く違う方向を見詰めて何やら嫌そうな顔をしているのだ。

「どうかしました?」

「あ、いや……」

 妙な方向を見たまま何かを()()()す様に答えた月照に、瑠璃が背後から胸元に両手を回して抱き付いた。

「さっき各務君と一緒になったんだが、今日は私も一緒で良いかな?」

「うわっ!? ちょ、河内山先輩!? 一緒に帰るのは良いですけど、ひっつくのは人目があるんで止めて下さい!」

 珍しく力尽くで振り解かれたが、狙い通り同行をOKして貰えたので瑠璃は満足げだ。

 もし月照が冷静だったなら、きっと電車通学の瑠璃は一緒に帰ると言うほど一緒にいられない事を突っ込まれていただろう。

 ちょっと双子の視線に殺気が混じっている気もするが、彼女達にも()()に断られる事は無かった。

「それじゃ、とっとと帰ろ」

「みっちゃん、進め!」

 双子が月照の両手を引っ張ると、月照は素直に歩き出した。

 加美華は彼が一瞬だけ、再び明後日の方向に視線を向けた事に気付いたが、あまり気にせず桐子と並んで後ろに付いていく。

 瑠璃もなんとなく、その更に後ろに位置取った。

「ええと……それで、電話でもちょっと伝えましたけど、連休の件ですが……」

 早速月照が切り出した。

(君は岸島君と同じくらい勇敢だな……)

 (ばん)(ゆう)とも言える無策なままでの突撃に、瑠璃は心の中で呆れてしまった。

「月曜と火曜、どっちがいいですか?」

「え? あ、どっちも」

 月照の問いに何気なく加美華が答えると、月照が困った顔で少し赤くなっていた。

「いや、済みません。どっちか片一方しか、俺が無理なんです」

「あ、ああ、そういう事ですか。私はどちらでも……」

(とっ)()にあの返しができるのなら私の出る幕は無いかもしれないな)

 瑠璃は加美華の様子を少し意外に思った。

 もう少し緊張して噛みまくるかと思っていたが、随分と自然な雰囲気だ。どうやら月照と一緒にいるのは、彼女にとって安心できる事らしい。

「「どっちも無し、とかもありだよ」」

 横から双子がとんでもない事を言いだした。

 瑠璃は反論しようと身構えたが、今の話の流れでいきなり割り込んでしまうとデートの話を知っていた事がバレてしまう。(あせ)らず的確なタイミングを狙うべきだと、もう少し様子を見る。

「「残った日は私達がみっちゃんとデートする事になったから」」

(なんっ……だと!?)

 瑠璃は思わず声を漏らしそうになったが、ギリギリのところで踏み留まった。

 どうやら月照は双子にも既に話を通していたらしい。道理で堂々と双子の前でデートの話を切り出す訳だ。修羅・羅刹スタイルどころか、へたれスタイルで最初から双子の尻に敷かれに行くとは……。

 しかしこの流れは()()い。なんとか割り込まないと、加美華が押し切られてしまう。

「あ、それならやっぱり『どっちも』でお願いしましょうか?」

 しかし加美華は(ひる)むどころか不敵に笑った。

(なにぃっ!?)

 怯んだのは瑠璃の方だ。あの気の弱い加美華がまさか、こんな真っ向勝負に出るなんて想像できなかった。

「先輩、あんま意地悪言うと後で俺に八つ当たり来ますんで……」

 だが驚いているのは瑠璃だけだ。

 月照も双子も、まるで想定内と言わんばかりの自然体だ。

「あ、そうですね。ごめんなさい」

 そう笑顔で謝った加美華が止める間もなく、

「もう遅い!」

「今してやる!」

 双子が両側から月照の脇腹を突っついた。

 どす!

「うごっ!?」

 結構な威力があったらしい。月照は(うずくま)ってしまった。

 弱めにされればくすぐったい敏感な所は大抵神経が多いので、強くされれば当然他より痛い。

「きゃあ!? 月照君、大丈夫ですか?」

 慌てて加美華が後ろから月照の両脇腹を撫でた。

「はおっふ!?」

 今度は身体をよじりながら飛び上がって逃げた。

「あ、大丈夫そうですね」

「先輩まで何するんですか!」

「い、いえ! 済みません……」

 加美華は赤くなって俯いた。月照の身体に自然と触れた上に変な声まで出させた事に、年齢制限に引っ掛かりそうな感情がちょっと湧いてしまった様だ。

「そ、それにしてよ!」

 照れ隠しに少し大きな声を出した加美華だったが、見事に噛んだ。

「…………」

「「……どれ?」」

 気を使って黙っている月照と違い、双子は疑問を素直に口に出した。

「そ、それにしても……、月照君は(せっ)(そう)が無いですね。私や花押さんだけでなく、夜野さん達までデートに誘うなんて。連休全て別の人とのデートで埋め尽くす気ですか?」

 更に顔を赤くしながらも、加美華は今度は噛まずに言い切った。勢いは全く無くなったが。

「ひ、人聞きが悪いですって! 俺から誘ったのは先輩だけですよ」

「ひょぇっ!?」

 思わぬ反撃に、加美華は耳や首まで真っ赤になった。頭から湯気が出そうというか、魂まで出そうな危険な赤さで酸欠の金魚の様に口をぱくぱく開いたまま止まってしまった。

 月照も勢いで言ったものの内容の意味するところに思い至り、「そもそもデートのつもりで誘った訳じゃ無いし……」と心の中で付け加えて何の意味も無い自分への言い訳をする。

「先輩も知っての通り、花押先輩は強引に割り込んできて――いてっ! (ちょ、止めて下さい!)」

 月照が急に(えり)(もと)を押さえて痛がり、小声で何か言い出した。

「(約束、そっちが破るんならこっちも破りますからね!)」

 そのまましばらくバタついた後、月照は服装を正して何事も無かったかの様に続ける。

「こいつらはいつ家に遊びに来るか分からないんで、話を通しておかないと待ち合わせの邪魔されかねないんですよ。で、自分達もどっか連れてけって騒ぐんで仕方なく……って、先輩?」

 説明が終わっても、加美華はまだ気絶一歩手前で口をぱくぱくさせたままだった。

「あー……ちょっといいかな?」

 空気気味だった瑠璃がようやく話に入る事ができた。

 普段からは想像できない加美華の態度に驚きっぱなしだったが、この四人がほぼ毎日一緒に帰っている事を思い出し、加美華が実はこんなに活発だったと気付かされたのだ。

 いや、正確にはあの肝試しの時にそんな一面がある事には気付いていたのだが、あれ以降そんな場面を見ていなかったので忘れていた。

「咜魔寺君、君は花押君ともデートするつもりなんだろう?」

 質問しつつ、瑠璃は月照の意図を確認する為にそっと手を繋ごうとした。

「あ、ええと……まあ……」

 回答を(にご)しながら、月照は人目を気にしてその手を避けた。

 想定内だった瑠璃はそれ程気にせず、素直に諦めて問答だけで探りを入れる事にした。

「歯切れが悪いな? 何か言いたい事があるんじゃないのか?」

「はい、まあ……」

「言ってみろ。皆の前だが、今なら誤解があったとしても私が証人になれる」

 そこまで言われれば月照も少し気が楽だ。そもそも園香が騒がなければ、デートなんて言葉が存在する事も忘れていたのだ。

「実は、デートなんて気取ったもんじゃなくて普通に休日の暇潰しに付き合って貰いたかっただけなんです。各務先輩に声を掛けた時に花押先輩がデートっつって割り込んできたせいで、なんか変な感じになったんですけど……」

「ああ、なるほど」

 瑠璃はその短い説明やさっきの会話、それに部室での加美華からの説明で、裏付けを含めてほぼ正確に事態を()(あく)できた。

「しかしそれなら別に、一人ずつ相手をする事もないだろう? それに聞いていればどうやら花押君を優先している様に思えるが、問題無いなら連休初日は皆で遊んではどうだ?」

 瑠璃は園香のデートを潰しに掛かった。二人っきりにさせなければ、ただの友達付き合いで済ませられる。

 そうなれば月照の高校初デートは加美華のものだ。

(それを私のアシストで成功させられれば、私の印象も良くなって今後各務君からの相談事も増えるだろう。そうなれば二人でいられる時間も……)

「無理です! それは無理、だからします! 花押先輩とは二人っきりで! デートしますからちょっと落ち着いて下さい!」

 月照が両手で小さくガッツポーズ――いや空気を()()()めにする様な格好をしながら、急に踏ん張って予想外に力強い否定をした。

 瑠璃が驚いて声を失っていると、少し遅れてから加美華が「え?」と声を漏らした。

「「みっちゃんこそ落ち着け!」」

 どす!

 更に少し遅れて、双子が月照の両側から無防備な脇腹に人差し指を突き刺した。

「ぐぅっ!?」

 あまりの威力にまたも蹲った月照に、双子は更に連携トークを始める。

「みっちゃん、さっきの待ち時間から」

「なんかずっと変だよ」

「やっぱり霊、いるんだよね!?」

「昔っからそんな感じの時は霊と話してたよね!」

「「なんでさっき嘘吐いた!」」

 ビシッと二人同時に指を差した。

「う、嘘とかいいから、もっと加減しろ……」

 今度はさすってくれる相手がいなかった。

「(くそ、なんで人助けしてこんな目に……)」

 歩き出しながら小さく()()るが、オカルト研究部の円満な活動の為には隠し通さなければならない。

 今まさに、迷惑な悪霊に取り憑かれている事は。

『たまたま君、いつもこんな身体を張った下校してたの?』

「(何もかもあんたが悪いんだよ!)」

 当の悪霊、園香はついさっきまでブラック化していて、瑠璃を感情のない死人の様な目で睨みながら首に手を伸ばしていたのだが、今はいつもの様ににこにこと可愛い。

『一緒に帰るだけだし、誰にも悪戯してないよ? 約束通りに』

「(いや、してますからね! めっちゃくっちゃ迷惑な事!)」

『ええ~? どんな事したっけ?』

 本気で分からず悩み始めた園香を無視して、月照は加美華に向かって話しかける。

「ええと……各務先輩、二人っきりが嫌ならこいつらも連れて行きますけど……?」

「「…………え?」」

 加美華と同時に()(ぜん)と声を漏らしたのは瑠璃だ。

(ちょっ!? これはまずい!)

 自分の発言が原因で、園香はそのまま二人っきりなのに加美華にだけお邪魔虫――しかも最大のライバルが付いてくるなんて展開になったら、瑠璃の信頼はがた落ちだ。

 そんな事になったら、今後加美華と二人っきりで過ごす時間が増えるどころか今日この後彼女の部屋に寄る計画すらおじゃんだ。

「い、いえ! 二人っきりでお願いしやす!」

 慌てて何か方策を練ろうとしたところで加美華が大慌てで噛みながら答え、月照も「じゃあ二人で」と答えたので、瑠璃はなんとか危機を脱した。

 しかし今のマイナスポイントは大きいかも知れない。

 瑠璃は加美華の視界に入らない様、コッソリ後ろに下がって距離を取った。冷や汗で脱水症状を起こしそうだ。

 果たしてこの派手な身体反応が本当に恋愛感情から来るものなのかというと(はなは)だ疑問だが、瑠璃自身はそう思い込んでいる。

 多分専門家に相談すると別の結果が出るだろうが……。

「ええと、とりあえず月曜日でいいですか?」

「は、はい!」

 加美華が驚いた様に強い返事をしたが、返された月照はなぜかそっぽを向いた。

『うーん……やっぱりよく分かんないよ。私何したの?』

「(ちょっと先輩、袖引っ張らないで! また脇腹やられるから!)」

 小声でぶつぶつ言いながら、月照は(ひじ)を激しく振り回している。

「あ、あの……日取りはそれでいいんですけど、それよりさっきから誰と話してるんですか……?」

 桐子と月照を交互に見ながら、加美華は頬を引き()らせた。明らかに桐子ではない誰かと話している。

「気のせいです」

「いや、さすがにそれは無理があるぞ……」

 きっぱり言い放った月照に、瑠璃が更に距離を取って反論した。具体的にはさっきまでより三メートル離れた。

「気のせい、にした方が良い事です」

「あ、ああ、そうか……」

 瑠璃はそれ以上何も言えなかった。今まさにそこに霊がいるとなると、好奇心よりも恐怖の方が大きい。月照が不自然に秘密にしようとしているので余計に勝手な想像を膨らませてしまった。

「「私達にそんな言い方は通用しない!」」

「うるせえ! 脇腹の恨みだ、絶対に教えねえ!」

「「なにをー!」」

 双子は尚も抗議し脇腹を狙って人差し指を突き立てるが、月照は徹底抗戦を決めそれらを回避し続ける。

 そうこうする内に月照が「見えない何か」を相手にしなくなった様なので、加美華も瑠璃も少し落ち着きを取り戻した。

「あ、あの! その件はもう分かりましたが、待ち合わせの時間や場所は……?」

 加美華が足を止め、少し大きめの声で割って入った。

 なんだかんだ話している内にもうアパートに着いていた。途中何度も立ち止まっていたのでいつもより少し時間が掛かったが、(しょ)(せん)徒歩数分の距離だ。

(え!? もしかしてここか!?)

 加美華の態度を見て、瑠璃はこのボロアパートに彼女の部屋があるのだと気付いた。

 噂には聞いていたが、想像以上にボロい外見にまず驚かされ、

(え? じゃあ彼女はこんな僅かな時間一緒に居る為に相談も打ち切ったのか!? しかもライバルと彼がこの後仲良く帰るのを毎日見送っているのか!?)

 次に加美華の健気さに驚かされた。

 ますます彼女の手助けをしてあげたくなる。

「ああ、じゃあここにしましょう。迎えに来ますよ。時間は――」

「あ、いえ! どこかで待ち合わせにして下さい!」

 加美華が少し慌てて月照の言葉を遮った。

「え、えと……駅! そう、駅で待ち合わすましょう!」

 微妙に噛みながら、加美華は名案とばかりに手を打った。

「はあ……? まあそれでもいいですけど、どっか行きたい場所あるんですか?」

「え、ええと……か、考えておきます……」

 月照は一瞬不思議そうな表情になったが、特に気にはしていないらしい。

「じゃあ午前からの方が良いですね。九時でいいですか?」

 加美華は「は、はい!」と少し(ども)りながらも大きく頷いた。

「じゃあ、また明日。さようなら」

「は、はい! さようなら」

 加美華と挨拶を交わして、それから桐子にも小さく手を振り、月照は双子と一緒にいつも通りその場を去ろうとした。

 むぎゅっ。

 その月照の首に瑠璃が後ろから腕を回し身体を密着させた。

「待て待て、私もここでお別れだ。(なか)(むつ)まじくデートの予定を入れて浮ついているところに申し訳ないが、私にも挨拶して貰えないか」

「ぐえ!? ちょ、先輩! 抱き付かないで下さいって! 周りの目が――……」

 文句を言おうとした月照の視線が、ある一点を見て止まった。

「………………サヨナラ」

 なぜか月照は力を抜いて抵抗を止め、素直にそう言った。

「ん? あ、ああ。さようなら……?」

 瑠璃は何か問題があった事を悟って彼を離した。しかしそれが何かは特殊能力でも分からない。ただ、感じたのは月照の(てい)(かん)だ。

(よく分からないが、まあ結果的にこれで良かったか)

 もう少し、なぜ加美華と一緒にここで別れるのかとか色々追及されるかと思ったが、面倒な事にならなくて済んだのならそれはそれでありがたい。

 瑠璃は加美華とアイコンタクトを取り、そのまま二人――と桐子の三人で、アパート二階の加美華の部屋へと入っていった。

「「みっちゃん、どうしたの?」」

 その間もじっと一点を見詰める月照に、双子が心配げに声を掛けた。

「…………いや、もういい。いいんだ……」

 ようやく視線を逸らした月照は、少し(おぼ)(つか)()い足取りで()()に付いた。


 その後ろから。

『めっちゃ見られてたね、下の階の人に』

 園香が話しかけてきた。

()(けん)に凄く(しわ)寄ってたけど、どうしたんだろうね?』

「………………」

 さて……。

 女子の制服を着たイケメンが男子に抱き付いて「サヨナラ」と言わせ、加美華と一緒に部屋に入って行った。

 その男子は、以前加美華に「捨てないで」と(すが)り付かれたり早朝一番彼女の部屋の前で抱き締められていた人物だ。

 そして「捨てないで」の時に一緒にいた女子二人が、その別れを言った男子と共に立ち去っていく。

 そんな状況。

 …………。

 あの女の人の中で自分達が今どんな関係になっているのか、逆に興味が沸いてきた月照だった。

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