4セーブ目(2)
「失礼しまーっす」
月照が部室のドアをノックして返事を待たず勝手に開けると、中からオカルト研究部員全員の視線が集まった。
「「みっちゃん!?」」
「た、たまっ!?」
反応して声を出したのは双子と瑠璃の三人だけだった。
残りは皆、まるでお化けでも見たかの様に驚いた顔をしている。
「え? 何すか? え?」
初めて見る人口密度にも驚かされたが、その全員が向ける恐怖の視線にも驚かされた。この状況は、下手な霊に絡まれるよりよっぽど怖い。
(あ、いや。花押先輩は普段通りっぽいな)
目が合うと園香は両手を小さく振って挨拶してくれたので、軽く会釈を返しておく。
お目当ての加美華はというと、こちらもよく見ると恐怖ではなく驚愕だ。視線も月照ではなくて桐子だった。
月照が手を離すと、桐子はトテトテと加美華の方に歩いて行って「迎えに来たよ」と明瞭簡潔に事情を伝えた。
さすがは桐子、色々と学習してここに大勢人がいる事を想定していたのか、或いは月照の言動で悟ったのか。
いずれにしても加美華にもあまり絡まないで部屋の隅に立って、月照達の様子を窺っている。二人が帰る時に勝手に付いてくるつもりなのだろう。
「ええと……何かあったんですか?」
もう一度丁寧に問いかけるも、返事は全く返ってこない。
そのまま誰も月照の疑問に答えず、一分程経過した。
「ええと……何してんですか、本当に?」
仕方が無いので自分からもう一度、今度は明確に瑠璃に声を掛けると、彼女はなにやらモゴモゴと口籠もって視線を逸らしてしまった。
いつもなら抱き付いてくるはずだが、なぜか今は絶対に手の届かない所にある席に座ったまま動こうとしない。
仕方がないので側に立っている優を見るが、同じ様な反応だ。
幸は面倒なので見ない。
「あ、あのですね、月照君……」
さっきまで桐子をガン見していた加美華が、部の代表を買って出た。
「実は、今さっき旅館から電話があったんですけど……」
しかし加美華もここで言い淀んだ。
(なんだ? 旅館で何かあったのか!?)
もしかしたら、例の悪霊達の犠牲者が出たのかも知れない。
怪我人や病人が出たか、或いは――。
(死人、か……)
月照は無意識にごくり、と生唾を飲み込んだ。
もし相手の霊が寝込みを襲って危害を加えてくるのなら、あの「夜間安眠」の札だけで一体どれだけ身の安全を確保できるのか。
月照が不安に包まれる中、双子が意を決して同時に立ち上がった。膝に乗せていた鞄をぺたんこになる位強く抱きしめている。
「待って」
「みっちゃんを巻き込んだのは私達だから」
「「私達が説明する!」」
灯と蛍、二人とも滅多に見ない真剣な表情だ。
そのまま二人で近付いてくる。
月照が気を引き締めて少し身構えると、双子は無言のまま月照の横をすり抜け廊下に出てから振り返った。
「……どうした?」
眉根を寄せる月照に、いつもの連携トークで双子がゆっくりと説明を始める。
「実はね……」
「旅館からの電話で……」
「「…………」」
しかしいつもの切れがなく、そこで二人共沈黙した。
「おい?」
「「保護者がいないから宿泊できません、って連絡あって旅行中止になった!」」
叫びながら、二人同時にダッシュで走り去った。
「…………へ?」
月照がぽかんとしていると、他の部員達も慌てて立ち上がった。
「ず、ずるいぞ夜野姉妹! 自分達だけ逃げて!」
「そうでござるです!」
「ま、待ってお姉ちゃん! わた、私も!」
瑠璃、幸、優もドタバタと月照の横を走り抜け、他の部員達も我先にとそれに続いた。
残ったのは加美華と園香の二人だけ――いや桐子もいるので三人か。生きているのは加美華一人だけだが……。
「ええっと……」
状況がまるで分からないので、助けを求めてその加美華を見る。
「あ、ええと……実はですね――」
苦笑いを浮かべながら、加美華は説明を始めた。
と言っても大した事は全くない。
当初顧問の教師が保護者として同行する前提で話が進んでいたので旅館側は保護者が居ると思い込んで予約を受け入れたが、予約者の名前が変わっている事に気付いて確認してみると全員未成年で保護者がいない事が発覚した為、予約を取り消されたのだ。
「大人の名前だけ借りて対応できないか聞いてみたんですけど、他の問題事がある現状では何かあった時に責任が取りきれないからって……あ、でも向こうの都合でのキャンセルですから、キャンセル料とかは要らないみたいです」
一通り聞き終えた月照は首を傾げた。
「ええと……じゃあどうやって旅行に?」
「え? だから、中止……」
「は? だって、準備しろって。ついさっきも追加でメール来ましたけど……」
「あ、はい。だから双子さん達も、さすがにあのすぐ後に中止なんて伝えられないって反発して……」
加美華が固まった。月照の様子がおかしい。
「いやいやいや……人を行く気にさせておいて、休みが終わったら嘘でしたって何ですか……?」
瞳から光が消え、ゆらりと一歩近付いてきた。
加美華は「ひっ」っと小さく息を漏らして立ち上がろうとしたが、足に力が入らずに椅子をズリリと鳴らしただけで動けない。
桐子なんてカタカタ震えて屈み込んでいる。今にも漏らしそうだ。
(こ、これが……蛍さんの言ってたヤバい事……)
中学以降の月照はあまりに楽しめる事が少なすぎて、偶に楽しみにしていたイベントが中止になると異様な迫力でクレーマー化していた。
暴力を振るった事はないのだが、無表情で死んだ魚の目をしてゆっくり迫って来るのだ。
中学二年の時の体育祭が予定日予備日ともに雨に降られ、中止を伝えた教師を涙目にした実績がある。
「だって……え? キャッチボールとか、砂地ランニングとか、夜にはみんなで遊んだりするんでしょぉ……? 先輩ぃ……?」
(い、いやぁ……)
加美華は声が出せず、口をパクパクさせながら首を振った。
あの双子が必死に嫌がっていたので今の今まで誰がこの連絡役をするのか紛糾していたのだが、加美華はどこかで自分なら大丈夫だと根拠のない自信があった。
思いっきり間違いだった事を後悔しながら拒絶の為に首を振り続け、ふと視界の端に園香を捉えて目で助けを求める。
にっこり。
園香は人の不幸が大好きだった。
(たすけてぇ~……!)
いい笑顔で迎撃されてもなお藁に縋る加美華に、根は良い子な園香もさすがに同情したのか口を開いた。
「たまたま君って、楽しみ潰されたらブラックたまたま君に変身するんだね」
全然助ける気なんて感じられなかった……。
「あんたには言われたくねえ!」
急に矛先を変えられ睨まれた園香は驚いた顔だ。
「わわ!? 私声出してた!?」
どうやら本当に加美華の為ではなく、普段実体化していない時に独り言ばかり言っている癖が出ただけらしい。本気で驚いている。
結果的に救われた加美華は、心臓の鼓動を収めるので精一杯で月照と園香の関係を気にするだけの余裕もない。
「――ったく……。ゴールデンウィーク、予定無くなっちまったな……」
今の突っ込みでブラック化が解けたのか、月照は頭を掻きながら振り出しに戻った事を嘆く。むしろ時間を無駄にした分事態が悪化している。
「ご、ごめんなさい……」
「あ、いや。先輩のせいじゃ――」
謝る加美華に反射的にそう言いかけて、しかし思い直す。
このままでは連休中ずっと一人で自主練か、せいぜい突然家に押しかけてくる双子の相手をするだけで終わってしまう。
そんな事になる位なら――。
「いえ、やっぱり責任取って貰います」
「ひえ!?」
加美華がびくりと肩を竦めた。
クラスメイトと楽しく遊ぶのは諦めたが、ぼっちなゴールデンウィークはなんとしても回避しなければならない。
「都合のいい日でいいので、連休中どっか一緒に遊びに行ってください」
「は、はい! ごめんくださ――……はい?」
「別に大した所じゃなくていいんですけど、どうです?」
「…………あ、はい」
加美華は茫然自失といった様子だ。
(あ、れ? 私……今、え……?)
脳の理解が追いついていない加美華とは裏腹に、見事に言質を取った月照は内心ガッツポーズだ。
「あ、私も私も!」
園香が手を上げるまでは。
「げ……」
顔と言葉を完全に一致させた月照の気持ちをガン無視し、園香は続ける。
「日帰りなら問題ないし毎日いけるね、デート!」
「「んぇぃ!?」」
変な声が出た。月照だけでなく加美華も。
おかげで桐子が目茶苦茶動揺してわたわたしているが、園香の目があるので敢えて無視する。というか二人とも桐子を相手にできるだけの余裕が無い。
月照は休日に女子と二人で遊ぶ意味に気付き、加美華は月照と何を約束したのかようやく理解できた。
「せ、先輩は――っ!? あ、いや、各務先輩、あ、その花押先輩は――……」
月照はなんとか言い訳しなければ、と慌てて口を開いたものの、誘った加美華と誘われた園香のどっちから先に何を言えば良いのか、頭の回転が間に合わない。
「別にまたたまたま君の家でもいいけど?」
「ぐっ、うぅ……」
その逡巡の間に、園香に「自宅ばれしているから逃げられないぞ」と追い打ちされた。
いや園香本人は月照と遊びたいだけで、本心から場所はどこでも良いと思っていたのだが、聞いた月照はそう解釈した。
昨日一日の園香の行動を見せられれば、それも致し方ないだろう。
悪霊というより小悪魔な園香にこう言われては、月照も無下にはできない。
しかし霊と行楽地に遊びに行っても何の益も無い。むしろ周りから見れば「男一人で行楽地に来て独り言をブツブツ言い続ける危ない奴」扱いという、害にしかならない。
そうなると、ここは園香の言葉通り自宅で一日遊ぶか、ちょっとした散策に出る位しかないだろう。
「あ……じゃ、じゃあ……自宅で、一日だけ……」
連休中で変則シフトになっているが、確か母親のパートはあったはずだ。そこに予定を入れれば、昼間自由に居間のゲームができるので昨日の様な状況にはならないだろう。後は母親の帰宅前に帰って貰えば何とかなる。
「ええ~……四日もあるのに一日だけ~?」
非難の声を上げられても、これ以上の妥協はできない。
「あの部屋、今度の連休中は空いてるらしいよ? 一緒に行こうよ」
「あの部屋? あっ……」
一瞬何の事か分からなかった月照だが、すぐに音楽室の事だと気付いた。
(あ、ああ。なるほど。また変な単語使ってるけど、単に連休中に音楽室の霊を何とかしようってだけかよ。相変わらずびっくりさせやがるな、この先輩……まあそれなら家に上げなくて良いし、一日で終わらせれば済むし、そんなに気にする事無いか)
「んじゃ、初日に学校で待ち合わせしましょう。朝九時位で良いですか?」
「ほえっ!?」
月照が予定を決めようとすると、意外な所から素っ頓狂な声が聞こえた。
「あ……その……」
加美華だ。
会話から取り残されていたが、話は勿論聞いていた。
(わ、私が先に誘われたのに、どうして花押さんが優先なの!? それに自宅って何!? 私月照君の家知らないのに、どうしてこの人行った事あるみたいな事言ってるの!? そもそも二人ってどんな関係!? あの部屋って何、どういう事!? 連休中空いてるって、男女二人で使う特別な部屋の空室状況事前調査してたの!?)
物凄い勢いで思考を巡らせ対抗意識を高められるだけ高めて、いざ反撃の狼煙とばかりに、
「わ、私の月照君が部屋っすん!」
豪快かつ意味不明に噛んだ。
「…………~~~~っ」
毎度の事ながら、加美華の顔は一瞬で危険な位真っ赤になっている。
月照も慣れてきたのでそこは気にしないが、何が言いたかったのかは物凄く気になる。
というか、凄く気になる部分があった。
気にはなるが、これを指摘するときっと加美華はまた倒れる。
「……『私の月照君』?」
園香がその部分を正確に切り取って口に出した。
「あうっ……」
案の定、加美華はぱたりと倒れ込んだ。
「うわあっ!? 先輩、しっかりして下さい!」
「え!? なんで? これ私のせい!?」
「か、加美華ちゃん!?」
月照と園香、ついでに桐子の三人が大慌てで対応し、加美華は怪我もなく無事数分後に意識を取り戻したが、さっきの発言の意味はついに謎のまま闇に葬り去られたのだった。
「はあ……やはり謝るべきだな……」
昼間の自分の無責任な行動に少し罪悪感を覚え、瑠璃は自室のドアを閉めると同時に呟いた。
(部室を出た後各務君がいなかったのは、やはり置き去りにしてしまったからだろうしな)
バスタオルでガシガシと強く髪を拭きながら、あの後すぐに戻らなかった事を後悔するが、今更もう遅い。
勢いでそのまま下校してしまい、帰り道で思い出した部室の鍵締めは部長の優に電話で押しつけた。
まあ押しつけたと言っても既に電車に乗っていたので、徒歩通学の彼女は快諾してくれだが。
しかしその電車の中でもさっきまで入っていた風呂でも、ずっと加美華への不誠実な態度の件で頭がいっぱいだった。
(はあ……すっきりしないな……)
折角風呂に入っても気持ちがもやもやするばかりだ。
しかも物理的にもすっきりしない。季節柄まだエアコンは使っていないので、風呂上がりは少し汗ばんでパジャマが肌に張り付き気持ち悪い。
とはいえ自身の身体に人一倍コンプレックスのある彼女は、家族相手でも自分の肌はあまり見せたがらない。だから湯上がりでも夏が来るまでは長袖だ。
(さて、通話かメッセージか、どちらがいいのか……)
気持ちの上では加美華と会話したくて仕方がないのだが、しかし内容がほぼ謝罪では直接口にしにくい。
勿論瑠璃はしっかり者なので、きちんと謝らないといけない様な多大な迷惑を掛けたのなら通話か直接会って謝るかのどちらかの選択をする。だが今回はそこまでの案件ではない気がする。
(一人暮らしとはいえ夜に突然通話なんて迷惑ではないだろうか。いやしかし、こういう問題は相手がどう思ったかが大切で、こちらの裁量で勝手にメッセージで済ませては誠意に欠けるのでは無いだろうか……?)
そんな風に色々と大袈裟に考えてしまって、バスタオルを動かす手もいつの間にか止まってしまっていた。
実は加美華だけでなく園香も一緒に置き去りにした事に気付いていたが、加美華の事しか気にならない。つまり本当は謝る必要すらない程度の事と、心のどこかで思っているのだ。
それでも加美華と会話したい気持ちが強く、何かと理由を付けてあれやこれやと自分に言い訳し、しかし勇気を出せずに通話しない為の言い訳を一人でしている。
本人の言う通りメンタルは完全に女性、もっと言えば乙女なのだ。
いつもならとっくに机の上の自分専用ドライヤーで髪を乾かし終わっている頃だが、その横で充電中のスマートフォンしか目に入ってない。
更に「むぅぅ……」と唸り声を上げていると、ピロリーンという電子音を鳴らしながらそいつが震えだした。
一瞬だけ驚いたが、そこでようやく固まっていた自分に気付いた。
(メッセージか。部長かな? おそらく合宿関係の事だとは思うが……)
片手をスマートフォンに伸ばし、机に置いたまま軽く操作してSNSの新着メッセージを表示する。
あまりに慣れている操作なので、画面なんて見ていない。今度はドライヤーだけ見ている。
タオルをドライヤーに持ち替えてスイッチを入れ、熱風で揺れる短めの髪を空いている方の手で乱雑に梳いて乾かし始めると、ようやく視線をスマートフォンに戻した。
『助けてください! 月照君にデートに誘われました!』
がっしゃん!
手から飛んでいったドライヤーがスマートフォンを直撃し、バウンドして机の上の物を幾つか薙ぎ倒した。
スマートフォンは床に落下し、さっきのメッセージを隠す様に画面が下になった。
ゴォォォォォー、と五月蠅く熱風を吐き続けるドライヤーと壊れたかも知れないスマートフォン、どちらを先に手に取るか迷う。
瑠璃は迷った末に、ドライヤーを手に取った。
そしてスイッチオンのまま、鼻歌交じりにしっかり髪を乾かし始めた。ちなみに普段髪を乾かす時に鼻歌なんて歌った事はない。
女子にしては髪が短いのと、バスタオルで拭き続けていた事もあって、一分少々で完全に乾いた。
瑠璃はドライヤーのスイッチを切ると撒き散らした机上の小物を拾い集め、元の位置へとキチンと直していく。
ついでにちょっと貯まっていた埃を拭き取り、椅子に腰掛けて明日の時間割の確認を始める。
「よし、大丈夫だ」
宿題も忘れ物もない。
「…………」
更に数秒沈黙してから、やっとスマートフォンを確認する決意をした。
ちょっと「壊れていて欲しい」と考えている自分がいるが、それはそれで今後しばらく不便になるし、何より壊れたところでメッセージ内容が変わる訳でもない。
(そうだ、見間違え! その可能性を信じろ!)
そう自分に言い聞かせ、スマートフォンを拾い上げて画面を確認する。
真っ暗だった。
(良しっ、壊れた!)
と一瞬思ったが、単に省電力の為に表示が消えただけだ。画面に触れたらすぐにさっきのメッセージが現れた。
『助けてください! 月照君にデートに誘われました!』
「………………あ、そうか。きっと夜野君からだ」
現実逃避しようとしたが、完全に加美華からだった。
(……あの咜魔寺君がデートに誘った? 各務君を? どうやって、どんな風に?)
全く想像がつかない。
「そもそもどうしてそれで『助けて』なんだ……?」
まあそっちはなんとなく分からなくも無いが……。
しかしどんな経緯があればそんな話になるのか。
月照の印象は、「根は凄く真面目」「女子供に対して昔気質な庇護精神がある」「人並みに女性に興味がある」「でも意識し過ぎて自ら距離をとってしまうか壁を作って苦手意識を持ってしまう」等だ。
だから彼が自分から女性をデートに誘うとなると、それは告白に匹敵する一大決心だと思うのだが……。
あれだけ執拗にスキンシップを取っていたにも関わらず読み違えていたのだろうか。
(そう言えば、彼には他の人の三倍は抱き付いているな……)
殆どの人間は瑠璃に抱き付かれる事を心のどこかで本気で嫌がっているか、下心を持って更なる接触を望んでいるかどちらかだ。
瑠璃にとっては、実は前者よりも後者の方がずっと強いストレスになる。
なら最初から抱き付くなと言われそうだが、それ以上のストレスが瑠璃の特殊能力、即ち人物観察力を開花させた。
つまり、相手を知らないで会話をする方が遙かに強いストレスになるのだ。だからどんな相手だろうと、とりあえず身体を触ってしまう様になった。
もし瑠璃が体に触れたくない相手がいるとすれば、それは衛生上問題のある相手か明らかに理性の無い相手ぐらいだろう。
(そもそも、どうして彼なんだろうな……)
加美華との関係があるので月照だけには抱き付いてはいけないと思っているのだが、どうしても彼の姿を見ると触りたい欲求に負けてしまう。
月照にも多少の下心があって、抱き付かれてもすぐには振り払わない事があるのも感じ取っている。
それでも彼にずっと抱き付いていたいと思うのは、おそらく下心を押し殺してでも照れてそれ以上の接触を拒もうとする彼の初心さが心地良いからだろう。
酷い言い方をすれば、「彼にならメンタルでマウントを取れる」という事だ。
「いや、今は私の事よりもこの返事だな」
これ以上の現実逃避は相手への不誠実にしかならないと気付いて、この短い文章から読み取れる可能性を考える。
「………………」
しばらく熟考し、数パターンの可能性の中から一番ありそうなパターンを導き出す。
「連休が丸ごと空いてトレーニング相手に困った咜魔寺君が、目の前にいた各務君に考え無しにそれを頼み、彼女が早合点でそう思い込んでいる。……これだな」
さすがは瑠璃、なかなか惜しい推理である。
(それなら、まずは――……)
…………………………。
推理は良かったが、助言は全く思い浮かばなかった。
「……ええと、『部室では置いて逃げて済まなかった。問題は無かったか?』……よし、送信」
問題大ありだから対処に困るメッセージが来たのだが、対処に困り過ぎてスルーする事にした。
当然五秒後には先と全く同じ文面が届いて事態はまるで変わらなかったが……。
どうしようもなくなった瑠璃は、翌日学校で直接会って相談に乗る事を伝えたのだった。




