4セーブ目(1)
旅行が決まった翌々日、木曜日放課後のオカルト研究部部室。
昨日は祝日だったので、部員の銘々が旅行に必要な物を準備して過ごした。
だから今日は主に、部として何を持っていくべきかの話し合いをする事になった。
勿論個人の持ち物についても軽く確認し合って、不備を無くしたり荷物の分量を調節したりする必要があるので、ついさっきまではそれについて話し合っていた。
急な旅行の上に保護者がいないのだ。誰もが楽しみに思っていて、しかし同じくらい不安に感じている。
だからだろう、久しぶりに部員十人全員が部室に揃った。
包丁女の調査以降二、三回しか来ていない旅行不参加の女子一名――園香も、別の目論見だが顔を出していた。
ちなみにお目当てだった月照は、ゲスト扱いなので今日はいない。今頃学校外周を走っているだろう。
それを聞いてからの園香は茶々を入れる事に専念していたが、内容がほぼ確認だけだったので大した発言機会もなく内容もあまり相手にされず、さっきからずっと退屈そうにしている。
ただ、「一人だけ仲間外れで全部自分で準備するゲストさんは、万が一の忘れ物があってもいいの?」という発言だけは重要視され、緊急議題として月照の準備しなければならない物を話し合い、その結論を蛍が本人にメールした。
それらが終わってから、やっとメインの議題について話し合いが始まった。
――の、だが。
「ええと……結局つまり、お札や清めのお塩なんかなどは誰も用意できないのでですね、私達は一体何を持っていけば怖い思いをしなくて済むんでしょうね?」
話し合いを開始してから早十五分、最初は少し打ち合わせらしい雰囲気だったが、ついに誰も一言も喋らなくなったので仕方なく優が会議を進行した。
当たり前だが、誰も心霊現象対策に必要な持ち物なんて知らない。簡単に思いつくアイテムならあるが、それらは入手方法が分からない。
となれば、霊対策は一つしかない。
「みっちゃんを持って行くしかないと思う」
「みんなで遊ぶゲームとかは必要だけど」
灯と蛍が手を上げて、指名を受ける前に勝手に答えた。
月照がいればまたチョップされただろうポンコツなアイデアだが、他の部員達もこの十五分間でそれ以外どうしようもないと気付かされた。
だから蛍が言った「みんなで遊ぶゲーム」はふざけているのではなく、月照の回りに全員一緒にいる口実を作り易くする為のアイテムだと理解できた。
「確かに……昼間練習して疲れるだろう彼を、如何にして深夜我々が眠るまで付き合わせるか、という方向で話し合う方が合理的だな」
瑠璃が真剣な口調で言った。
「各人個室で、それは不可能でおじゃるよ……」
幸が机に突っ伏す。
旅館側のちょっとした親切がとんでもない障害になってしまった。
最初は誰もが一人一部屋の贅沢さに喜んでいたのだが、さっきメインの議題に入るなりつとむん先輩こと二年生男子部員、岸島勉からその問題を指摘され、全員が恐怖で凍り付いたのだ。
しかし今更中止にしようにも万単位のキャンセル料が掛かってしまう。割り勘にしたとしても、高校生にとってその金額を無駄に捨てるのはさすがに厳しい。
それに自分でバイトしている者はまだマシだが、合宿だからと親に頼んでお金を出して貰った者にとっては、家庭内での信頼問題にまで発展しかねない。
まだ前金すら払ってないから踏み倒せばどうか、という考えを持つ者もいたが、学校名を出して予約をしたのだからそんな事をしたらほぼ確実に学校に請求書が行く。そこで踏み倒した事が学校側にバレたら、最悪この部は廃部にされるかもしれない。
「やはり、今から相部屋にして貰うか?」
「雑魚寝の大部屋はないので、結局つまりは何人かのグループに分かれるだけですなのです」
瑠璃の提案に優が答えると、また部室内に沈黙が流れた。
「じゃ、じゃあ、男子だけ相部屋ってのはどうっすか?」
「「「却下!」」」
勉の必死すぎる提案に、女子数人が声を揃えて即答した。
まあ彼としては、あの新人歓迎イベントでのトラウマで合宿不参加に変更したのに、月照が何とかしてくれるからと参加に再度変更し直したのだ。「やっぱり月照は何もしてくれません」では、あまりにあんまりな対応だと感じるのも仕方ない。
元々好奇心旺盛で親に内緒で山の中を走り回ったりする子供だった勉は、学年屈指の大柄な体型に育ったのが原因なのか、いつしか態度まで大きくなり、きつめな目元に短髪という外見通りの強気でやんちゃな性格になっていた。今でも年に数回は喧嘩の噂を耳にするくらいだ。
そんな人物がなぜオカルト研究部なんてマニアックな部活に入ったのか本人は全く明かしていないが、とにかく周囲に舐められるのが大嫌いだと公言して、去年は心霊スポットで部内随一の剛胆を見せていた。
それが学校校舎内の肝試し一発でこんな風に変わり果ててしまったのだ。面倒見がいい瑠璃が気を使って手を打つのも頷ける話だった。
「あはは、つとむんはほんとに恐がりになったね。なんか新鮮で楽しい」
園香が彼の必死さをまるで汲み取らず明るく笑った。
「な!? んな、ち、ちげーし! てかお前、不参加だからってほんと他人事だな」
勉は反論するが、園香を直視せず視線を泳がせながら赤くなった。
「私は前から泊まりは無理って言ってたから、初志貫徹だよ。一人の人間の参加不参加に振り回されるのは格好悪いよ~」
「う、うるせえな……お前だって、暗闇の中であんな目に遭ったら絶対――……」
勉はそこまで言いかけて、赤かった顔を青ざめさせて小さく身震いした。
「……ほんと、何があったのかなぁ?」
一部始終を知りながら相変わらず悪戯心のままに意地悪な事を言う園香に、そんな事実を知らない勉は青い顔を赤く戻し声を荒げた。
「お、思い出したくもねえ!」
ほぼ全員が知りたかったが、頑固者の勉はこうなったら絶対に教えてくれないだろう。
その強い拒絶に吹き出しそうになり、園香は笑いを堪える為にそれ以上何も言えなくなって、俯き肩を震わせている。
部内では彼女のこういった意地の悪い態度はある程度認知されているらしく、他の全員が優の横の「部として必要な物」という文字以外何も書かれていないホワイトボードへと視線を戻した。
「えとええと、さてさて本題に戻らせて貰うますですが、咜魔寺月照君の趣味好みなどは、幼馴染みさん達から聞かせて頂きたい訳でして――」
それを見て優が話を元に戻し──いや、話は却って本来の議題からどんどん離れて行っている気もするが、とにかく今度こそ、部室は部員達の意見を交換する場になった。
そんな中、加美華は唯一最後まで一言も意見を言わなかった。
とはいえ別に部に馴染めていない訳ではない。
(ふ、ふふふ、うふふふふ……)
その証拠に、この議題が終わった今、誰よりも充足した表情をしている。
(月照君の重要な個人情報、色々ゲット!)
発言をしなかったのは、単にメモを取るのに必死なだけだった。
加美華が眼鏡を怪しく光らせながらメモを写真に撮ってデジタル化していると、優の携帯電話が鳴った。
「はい、もしもしです!」
旅館からの電話だったので、会議を中断して全員静かに待つ。
「はい、はい。いえ、行きません。はい、居ません……は――えっ?」
優は相手から告げられた話の内容に言葉を失った。
数十秒後、電話を切った彼女は青ざめていた。
「た、咜魔寺君、に……話さないと……」
ざわめく部員達に、優は冷や汗を流しながら詳細を説明し始めた。
月照が体力の限界まで外周を走って校門に戻っても、珍しく双子がいなかった。
どうやら部活が長引いている様だが、今日は旅行の打ち合わせ程度だろうと言っていた。それが普段よりも遙かに長引くとは、なんていい加減な部活だろうか。
呆れながら教室に戻って着替えをし、更に校門に戻ってみても双子はまだいない。
(なんだ? かみかみ先輩もいないし、まだ部活中なのは間違いないだろうけど……)
何か嫌な予感がする。
そもそもあのちゃらんぽらんな部活が、果たしてまともに打ち合わせしているのかも怪しい。
「ちっ、しゃーねえ」
更にしばらく待っても誰も来ないので、月照は自分から迎えに行く事にした。
面倒臭そうに来た道を数歩歩くと、背中に声が掛けられた。
「……あれ? 月君行っちゃうの?」
「ん?」
桐子だ。今日も加美華を迎えに来たのだろう。
というか、いつからいたのだろうか。
いつもの時間よりも結構遅いはずだし、日中ずっと暇な彼女が遅れてくるとは思えない。どこかに隠れて待っていた可能性が高い。
月照は少し考えてから、桐子の所まで戻った。
「お前がいるって知ってたら一緒に待ってたよ。なんで隠れてた?」
「あ……」
桐子はしまったという顔をして、「ごめんなさい」と頭を下げた。
「いや、謝らなくても良いけど……折角だし、久し振りに少しゆっくり話そうぜ」
「……うん」
逡巡の後、桐子は視線を合わさずに返事をした。
(なんか根が深そうだな……)
ここ数日の余所余所しさの原因究明をしたいが、どうにもこんな所で人目を気にしながらの立ち話では無理そうな気がする。
月照は桐子の髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。
「な、なに? どうしたの?」
「こっちの台詞だ。今は下校途中の奴に見られるかも分かんねえからあんま聞かねえけど、近いうちに全部話せよ」
「あ、うん……」
馬鹿正直に何の駆け引きもなく気持ちを伝えると、桐子は少し困った様な表情ながらもやっと視線を合わせてくれた。
「んじゃ、とりあえず先輩捜しに行くか。付いてくるだろ?」
右手を差し出すと、ぎこちなくその手を掴んでくれた。
「う、うん。場所分かるの?」
「多分部室だろ。でも俺のいない時に勝手に中入るなよ?」
「それは分かってるから大丈夫!」
しっかり者の桐子には、小さい子扱いされた様に感じたのだろう。憮然とした感じでそっぽを向かれた。
「はは、悪い悪い。あ、あとお前に見えてない人に変に思われるから、中に入ったら俺はお前に返事できないぞ」
「それももう分かってるから大丈夫っ!」
頬を膨らませてジト目で睨まれた。ちょっと指でその頬を突っつきたくなるが、余計に拗ねそうなのでやめておこう。
月照は少しにやけた、傍目には気持ち悪い表情で歩き出した。
桐子はその表情に「なにがおかしいの!?」などと文句を言って来たが、月照は無視してその手を引き校舎へと戻って行った。




