1セーブ目(2)
話をしに来たと言いつつも、ここでは人目があるので話せないという加美華に、仕方なく月照達は空き教室へと移動した。
途中双子がオカルト研究部の部室で話そうとか言い出したが、それはチョップで黙らせた。
やがて辿り着いたのは三階建て校舎の最上階、廊下の突き当たりの机と椅子の置き場所になっている教室だった。部屋の端に重ねて山積みされているそれらに用がない限り、普通の生徒は近付かない。
月照のいた中学ではこの手の教室は全て鍵が掛かっていたが、この高校では常に開いている。
演劇部など文化系の部活がちょくちょく机を借りるので、用がある度に生徒が鍵を持ち出していると、鍵の管理が疎かになって却ってセキュリティー上の問題が出てくるのでこうなったのだ。
それにしても人気の無い教室というのは、どこかもの悲しい様な、不気味な雰囲気がある。
ましてや照明を点けず、閉めたカーテンから差し込む昼下がりの日差しを明かりにして、校庭から聞こえる部活の掛け声を遠く聞いているこの状況は、日常的な学校の雰囲気と少しずれた、異世界に迷い込んだ様な不思議な感覚をもたらしている。
そんな教室で、四人はそれぞれ自分の分の椅子を適当に引っ張ってきて、輪になって座った。
「……で、なんなんだ?」
いつの間にか全員が沈黙していたので、月照は敢えてそれを破った。
こんな所でじっと黙って知らない先輩や知りすぎて見飽きた双子を眺めていても息苦しいだけだ。
「先輩が霊の事で困ってたらしくて──」
「みっちゃんが助けるべきだ!」
灯と蛍が順番に口を開いた。
「あのな……」
相も変わらず会話が困難だが、こんな事で怯んでいてはいつまで経ってもここから離れられない。無視して帰ろうにも、入部届けは今加美華の手の中にある。
入部の申請には期間制限がないので、初日を逃せば後はいつでも同じ様なものだろうし、そっちは心配ない。
だが入部届けは返して貰わないと、昨日の今日で新しいのを貰いに行くと教師の心証が悪くなりかねない。
「なんで俺なんだ?」
月照が双子にジト目を向けると、双子は一瞬「なんでそんな分かりきった事を?」と言わんばかりにポカンとなったが、すぐに不敵な笑みを見せた。
いや、加美華が持つ蛍の偽造が終了した入部届を指差した。
「「みっちゃんはもう、ウチの部員だから」」
「ウチって……──っ! お前等、自分達はちゃっかり入りたいとこ入ってから俺の邪魔しに来たのかよ!」
ハモる双子に突っ込みながら、それを奪い返そうと手を伸ばす。
「あ、ごめんなさい……」
謝りながらも、加美華は少し後退ってそれを胸に抱いて守った。
さすがに初対面の先輩から強奪するわけにもいかず、月照は心の中で舌打ちしてひとまず奪還を諦めた。
「「だからお祓いは任せた。頑張れ!」」
「ふざけんな! お寺か神社に頼め!」
加美華に言えない分、強めに双子に言い返す。
だが月照はこの付近の地理を思い返し、ふと気付いた。
そういえばこの近所には寺も神社もない。
割と歴史がある地域で、入学案内によれば、確かこの学校は創立170年以上という寺子屋時代からの歴史があったはずだ。
となれば当然寺があったはずなのだが、なぜか今はそんなもの跡形もない。あるのは鉄筋コンクリートの校舎と体育館、それに戦前に建てられた木造平屋の元小学校校舎だけだ。
ちなみにこの木造校舎は戦後ここが県立の高等学校に再編された時に使用されなくなったもので、取り壊して駐輪場スペースにする事が決定している。徒歩通学の月照としては早く工事をして欲しいのだが、噂によれば何年も前から取り壊しが決まっているのになぜか工事が始まらず、建物は朽ちるがまま放置されている。
「「お寺も神社も、跡地しかないし……」」
と、双子が月照の疑問にヒントをくれた。
「跡地?」
「ほら、去年夏祭りで階段が崩れて上れなくなった、上の広場」
灯が少し寂しそうに言った。
上の広場とは、小高い丘の上にある、小学校低学年の頃にみんなで野球やサッカーなどをして遊んでいた空き地の事だ。少々荒れていて小石が多かったが、結構な広さがあるので小学生の草野球程度なら充分だった。
町内会の夏祭りはいつもそこで行われていたのだが、百段以上ある磨り減った石の階段が高齢化の進む町内会関係者の大きな負担になり、数年前から開催地の変更が要望されていた。
そんな折、昨年の夏祭りの片付け中にその石段が大きく崩れるという事故が起こった。
幸い怪我人はいなかったが、おかげで今年から開催地の変更が決定して、公的な利用者がいなくなったので階段も修理されないままずっと放置されている。
だから現在は立ち入り禁止だ。
「あれって、元々お寺と神社が並んで建ってたらしいよ。神仏分離の時にお寺と神社分けた結果で」
蛍が灯の補足をした。
言われてみれば、あの階段は昔家族で旅行に行った時に見た、どこかの由緒ある神社の石段に似た雰囲気だった。
崩れた階段のすぐ脇の斜面に背の高い木が生い茂っているが、あれはあの丘が神社によくある鎮守の森の様な意味合いを持っていたからかも知れない。
なるほど、それが寺子屋あれども寺は無し、の正体なのだろう。
おそらく江戸時代には結構な力を持った寺があり、そこが寺子屋を開いていたのだ。その後明治維新で学校機能は麓に移転し、寺は神社と分化して丘の上に並んで建てられたのだろう。
「よく知ってんな、そんな事」
初めて聞く地元の歴史に、月照は素直に双子を褒めた。
「「ふっふーん」」
それに気を良くした双子が得意げに大きな胸を反らせた。
「で、どういう経緯でその寺と神社が無くなったんだ?」
「「…………」」
そこまで知っている訳がないだろうとは思ったが、双子が調子に乗ったままだと色々と鬱陶しいので、敢えてその質問をして天狗の鼻をへし折った。
「結局、なんの役にも立たん知識だったか」
「「なにをー!」」
突っかかる双子をいなして、月照は加美華に話しかけた。
「で、先輩はどうしてこいつらにそんな事を頼んだんですか?」
「あ、はい!? ありがとうござります!」
「いやこら、引き受けてないのにお礼を言わないで下さい!?」
というか「ござります」ってなんだ?
などと思っても、やはり先輩相手ではなかなかストレートに突っ込めない。
「あ、ああ……済みません、ちょっとビックリして。私、人見知りなので」
人見知りなら尚のこと、どうして新入生の双子と接点を持てたのだろう?
月照の頭に一瞬そんな疑問が浮かんだが、すぐに双子の方から話しかけて強引に知り合いになったのだろうと思い当たった。
きっと入部届けを職員室に提出した後、オカルト研究部の部室を顧問の教師から聞き出して下見に行ったのだ。そこでたまたま霊の相談に訪ねてきた加美華と出会い、話を無理矢理聞き出して、月照ならなんとかできるから任せろとかなんとか言って連れて来たのだろう。
「私達がオカルト研究部の下見に行ったら、部室に使ってる教室の前で深刻な顔をしたまま立ち竦んでたから、話しかけたの」
「そしたら霊の事で悩んでいるって言うから、みっちゃんを紹介しようと思って」
灯と蛍、二人が連携トークを再開した。最初からこんな風に分かり易く順を追って説明しろと言いたいが、言うとまた話が止まるので止めた。
それにしても、見事なまでに月照の予想通りだったみたいだ。
「で、その時に部室の中から部員さん達が出てきて」
「みっちゃんの事をみんなに説明したら、物凄い有望株だから何としてもウチに入れろと指令が下ったのだ!」
「『のだ!』じゃねえ!」
いや、予想より結構斜め上だった。なんで入学間も無く一番面倒そうな人々に、自分の一番ややこしい個人情報を勝手に紹介されなければならないのか。
「何してくれてんだ!? そんなんじゃ運動部に入っても、なんか怪談話の噂がある度に付きまとわれるだろうが!」
「のだ!」と元気に言っていた蛍の頭を鷲掴みにして左右にブンブン振り回す。
「お前等、俺の高校生活どうしてくれる! またか、またあんな風にする気なのか!?」
空いた手で灯の鼻を摘んで前後に揺さぶる。
「や、やめてぇ……酔う、酔うから……」
「ひはいひはいひはい!」
二人が情けない声を上げても月照は手を止めない。
下手をすればそのオカルト研究部の部員が周囲に言いふらし、月照はイタい奴、或いは気味の悪い奴として扱われてしまう事態になりかねない。
さすがにこの町では高校生にもなってそんな事を口実に陰湿な苛めに発展したりはしないだろうが、変人扱いされる可能性は充分にある。
ただでさえ地元の高校だから同じ中学校出身者が多く、学年内に昔の話が漏れやすいのに、まさかの上級生への情報漏洩だ。
これはもう、ひっそり凡庸に生活して、卒業まで目立つ事を避けなければならないか……。
小、中学校の時に、嫌と言うほど思い知らされたのだ。
自分にしか見えないものと会話するのがどういう事か。
低学年の内はよくある事だと教師も気にしなかったし、周りの友達も一緒になって遊んでくれた。
だが高学年になると不気味な奴、頭のおかしな奴と認識され避けられる様になった。
そして中学に入る頃には人と話す機会が極端に減り、話しかけてくるのは双子を含めた数人の幼馴染み、それと何か用事のある連中くらいだった。
その双子を敬遠する内に、いつしか幼馴染み達さえ自分から遠ざけ、気が付けば完全に一人になっていた。
人と会話するのは部活の時くらいで、それも月照の日頃の言動をあまりよく知らない他の学年の生徒相手だけだった。
クラスではいつも窓際の席に座って、稀に自分に話しかけてきた霊とだけ小声で会話して、生きた人間の同級生とは視線を合わす事すら無くなっていった。
シカトなどではない、自ら選んだ孤独。
そんな中学二年生のある日。
月照は自分が恐ろしい事態に陥っている事に気付いた。
『あいつは中二病を拗らせている』
クラスメイトがそんな話をしていたのだ。
それが耳に届いた瞬間、あまりの羞恥に頬が熱くなるのを通り越し、血の気が引いて背筋が凍る思いがした。
やばいと気付いて、一体いつ以来か、久しぶりにクラスメイトへと視線を向けると、既に手遅れになっていると気付かされた。
クラスの皆が哀れみを込めた視線を向けていたのだ。
ここまで事態が進展していると、もう月照個人では手の打ちようがない。案の定、既に一部の有志が集って「月照の相手をしてあげよう」という生暖かい運動が始まっていた。
優しいクラスメイト達の可哀相な人救済活動が始まっていたのだ。
まあ、有志を集めたのは双子なのだが……。
とにかく月照は「クラス一可哀相で守ってあげないと駄目な人」のレッテルを貼られてしまった。
別に友達付き合い以外なんの問題も感じていなかった、運動好きの活発な思春期の少年にとって、それはプライドを大きく傷付け自分が駄目な人間だと錯覚させるには充分なものだった。
そして、月照から普通の人間として生きていく自信を奪ってしまった。
端から月照の霊感を信じていた双子は、本心から月照の事を思っていたのだろう。
……いや、もしかしたらあれは、双子が月照と遊びたいが為にクラスメイトを巻き込んだだけなのかもしれない。
まあそれはともかく、クラス替えが行われ有志達が各クラスに均等に分けられた三年生進級後間もなく、月照は変わり者の代表格、学年一の有名人になっていた。
霊などの超常現象に興味を持つ年頃なのも手伝って、学年内に霊感は本物だと信じる派閥、幻覚などなんらかの病気だと主張する可哀相な人扱いの派閥、そして最大勢力の中二病扱いの馬鹿にする派閥ができていた。
紆余曲折を経て何とか登校拒否にもならずに過ごす事ができたが、とにかくあれは恥ずかしかった。卒業寸前までの丸一年間、本当に、なんとも形容しがたい時間だった。
卒業目前にしてついに下級生の間にもその派閥の話が知られ始め、そこでようやく同級生全員がこの件を黒歴史として記憶の中に封印し、事態が収束したのだ。
その酷い最後の一年間をなんとか終えた時、気が付けば月照は今の様な、突っ慳貪にはっきりと物を言い、厄介事を嫌う面倒臭がりで暴力的な、少々ひねくれた性格になっていた。
元々は、スポーツ大好き少年に相応しい快活で思いやりのある人間だったのに、まったくどうしてこうなったのか……。
まあ、主因は間違いなく双子だろう。霊感だけならここまで拗くれる事なく、少し暗いだけの人の良い奴で済んでいたはずだ。
「「やーめーろー!」」
双子が涙目になってきたので、月照はようやく手を離して解放した。
今更復讐なんて考えてない。もう手遅れだ。
それより今は、この双子の疫病神から解放されたい。
「え、ええと……ごめんなさい。私あなたの話を聞いて、きっと協力してくれると思ってたんですけど、身勝手な話で……」
双子を半泣きにしてまで拒否する月照に臆したのか、加美華は俯いて呟く様にそう言った。
──いや。
幾ら何でもこれは尋常ではない。
少し前と顔色が明確に違って、今にも貧血で倒れそうだ。冷や汗が額に溢れて、それを拭う手が不自然に揺れている。
「…………ぅぅ」
呻く様な加美華の声が微かに耳に届き、月照はそこで初めて彼女が泣きそうになっている事に気付いた。
おそらく霊に対する恐怖からだろう。
月照には分からないその感覚は、普通の人々には当たり前のものだ。
人は正体の分からないものには本能的に恐怖を覚える様にできている。程度は個人差があるが、少なくとも今まで霊に出会う事なく過ごしてきた人間がいきなり理不尽な霊障を受けたのなら、恐怖と混乱から精神的に不安定になっても仕方がないだろう。
加美華の不安を想像はできても正確に理解する事などできない月照は、しばらく言葉が出せなかった。
これが男子相手なら根性論で気合いを入れさせれば問題無い気がするのだが、女子相手ではどう接すればいいものか。
それによくよく思い返してみれば、最近双子以外の女子とほとんど会話をしていない。
双子と性格上の共通点でもあれば何とかなるのかも知れないが……。
元気が噴水の様に溢れ出ている双子とは正反対の、今にも底が抜けて奈落に落ちそうな気弱な加美華の態度に、月照は深く溜息を吐いた。
どんなにひねくれても、人でなしになったつもりはない。
「──……とりあえず、俺の事をどんな風に聞いたのか教えて下さい」
オカルト研究部に入るつもりは毛頭無いが、とにかくこの先輩くらいは助けてあげたい。
月照は加美華の目をしっかりと見つめ、彼女を安心させる為に普段なら絶対にしない猫撫で声で話しかけた。