3セーブ目(3)
結局月照は自分でトイレまで行って水道で手を冷やした。
職員室から帰ってきた優と幸はそれを待ってから、顧問との打ち合わせ結果の報告と詳細の説明を始めた。
顧問の教師には参加者が増える見込みになった事も伝えたが、結局面倒臭がって不参加らしい。だから部活動では無く仲間内での二泊三日の旅行という形になりそうだ。三泊しないのは、連休最終日の水曜日にしっかり自宅で休む為だ。
部内連絡網に使っているSNSで事情を伝えて確認したところ、実際に旅行に行くメンバーは予想通り月照の参加で一気に増えた。不参加は最初からその予定だった女子一人だけだ。
宿泊先は海辺の町で、電車を乗り継いで二時間半程度。あまり知られていない町なので月照や双子は一度も行った事が無い。
中学の頃一度だけそこに海水浴に行った事があるという瑠璃の話では、夏休み中でも地元の家族連れがちらほらいる程度で、観光客は全くと言っていい程いないらしい。
瑠璃も父親の里帰りの序でに「偶には違う所で」とそこに行っただけで、普段は隣にある大きな海水浴場に行っていたそうだ。
まあそこは駐車場も無ければ駅からも遠くバス停すらない、それどころか海の家さえ無い砂浜らしい。それでは地元民専用になるのも至極当然だろう。
ちなみに、一応旅館から駅までは迎えの車が来てくれる。
その旅館は海岸からは二百メートル位離れているらしいが、その程度なら歩いても苦にはならない。
そしてその旅館こそが、オカルト研究部を悩ましている霊障の本拠地だ。
「……てか、そんな所にどうして旅館なんて建てたのかが一番のオカルトなんですが……」
月照は小さく手を上げて優の説明を遮った。
温泉も出なければ観光地とも言えない小さな海岸一つだけ、しかも交通の便が物凄く悪いという最悪の立地だと思う。
「いやまあ、その、えとですね……」
そこまで独特の口調で説明していた優は、眉間に皺を寄せて瑠璃を見た。
瑠璃も少し困惑していたが、やがて口を開いた。
「まあ、その辺りの大人の事情は私達が考えたところで分からないさ。しかし今回の幽霊騒ぎが起こるまではちゃんと客がいた様だし、周辺には水産加工業者の工場など企業がいくつかあったはずだから、もしかしたらビジネスホテル的な用途に使われているのかも知れないな」
なるほど、一理ある回答だ。
月照は一先ずの納得を得て、話の腰を折ったついでに一番気になっている事を聞いた。
「で、さっきの説明の時も少し不思議に思ったんですけど、その幽霊騒ぎの旅館をどうやって知ったんですか? なんか、普通にネットで心霊スポット探しをして予め霊障を知っていたにしては、心構えが全然できてない印象なんですけど」
「ん? ああ、その事か。いや、そこの霊障とやらは、直に旅館から聞いて初めて知ったんだ」
「へ?」
「元々そこの旅館は、本当にただの宿として利用するつもりだったんだ。本来は海の方に出る霊の調査をしたかったんだ」
瑠璃はそう言って、そのまま優から説明を引き継いだ。
本来は、浜辺で目撃例が多数ある「夜中に海面を歩く女の霊」が目的だったらしい。
その浜は遠浅で波も穏やか、離岸流も滅多に発生しないという小さな子供連れでも安心して遊べるくらい事故が起こりにくい――すなわち霊が出にくい環境にあるそうだ。
まあだからこそ長い年月海水浴場として親しまれていて、その歴史故に海で死んだ人もゼロではないそうなのだが。
しかしそれらは泥酔状態で海に入った者の事故や、高齢者の心臓麻痺といった浜辺の質とは無関係なものだけだ。
それ以外はネットで調べても全く辻褄が合わない、同名の別の海岸かと疑う様な眉唾物の話が二つあるだけだった。
だけというか、マイナー過ぎてそれ以外は全く検索にヒットしなかった。
その浜は監視櫓だけは一応あって、夏場は地元のボランティア団体が見張っている。ただそのボランティア団体は老人会なので、櫓に登る人の方が危ないからと誰も使っていないが……。
だが逆に考えれば、そんな海岸で人身事故が起これば安全管理上の問題を指摘されてすぐに遊泳禁止にされてしまうだろう。そしてその痕跡がきっとネットに残るはずだ。
だが今のところそういった情報は全くない。
つまり目撃されている霊は、ネットが発達する前の死者の可能性が高い。
ちなみにそこが家族連れに向いた海岸なのに地元民専用化しているのは、近くに県のホームページにも乗っている、交通の便が良い大きめの海水浴場があるからだそうだ。瑠璃もいつもはそこで海水浴をするらしい。
そんな場所だから、オカルト研究部も元々は夏休み合宿の予定地にしていた。つまり合宿名目で空いている海での海水浴を楽しむつもりだったのだ。
だがゴールデンウィーク目前で新入生歓迎イベントが大幅変更になり、急いで候補地を選出していく中で、他の候補地の宿泊施設は全て予約で一杯だと知らされた。
まあ当たり前といえば当たり前なので誰もが諦めていたのだが……。
そんな中、その旅館から唯一の「予約可能」という返事を貰ってしまった。
そこが予約――厳密には仮予約だが――できたのは、立地や季節外れの海である事ともう一つ、色々と不気味な霊障が次々に起こっているからだった。
しかも予約時に電話で話していると旅館側から突然その話題を切り出したのだ。それまでは部の誰もそんな状況だなんて知らなかった。
旅館側が教えてくれた内容は、「防犯カメラに半透明な男性が廊下を行ったり来たりしているのが映っていて、彼は客のいる部屋にドアを開けずに入っていった」とか、「その丁度真下の階の宿泊客が『金縛りに遭った時に天井に知らない男が張り付いていてこっちをずっと見ていた』とロビーに電話を入れてきた」とか、「夜に海で花火をしていた客が、『帰ってきたら屋上から誰かが飛び降りる瞬間を目撃した』とロビーに駆け込んできて、救急車や警察を呼ぶ騒ぎになった」とか、そんな生々しい話ばかりだった。
ちなみに最後の話は当然、その落下地点と思しき場所には何も無かったというオチが付いている。
ただ、そんなマイナスイメージの付く話を旅館側から聞いてもいないのに勝手に教えてくれたのが、何よりも信憑性に繋がっている。
「だからまあ、合宿の目的が強制的に『旅館の霊障を直接体験しよう』というものに変わってしまったんだ」
「は、はあ……」
月照は間の抜けた声で相槌を入れた。そんなに怖いなら、やはり行かないのが一番な気がする。
「そこで検索対象を海岸からその旅館に変えて調べて見ると、結構なヒット数で一々精査するのが面倒なくらいだった」
それでも幾つか確認していき、その霊障が何とも言えないへんてこな物ばかりだという事に気付いたらしい。地域性なのかはたまた近所に愉快犯のネットユーザーがいるのか、ガセとしか思えない内容の物ばかりなのだ。
「例えば、その旅館どころか周辺地域でも誰かが飛び降り自殺をしたなんて話は確認できないのに、ネット上ではその旅館が自殺の名所だと書いてあったりするんだ」
瑠璃はその時の作業の繁雑さを思い出したのか、少しうんざりした様子だ。
「他にも、近場のスーパーで人魂が買い物籠を下げて商品棚を漁っていたとか、誰もいないはずの工場内をスキップで爆走する老婆の集団を目撃したとか、追い払った生首が仲間を連れて復讐に来たとか、確認するのも馬鹿馬鹿しくなるものばかりだ。生首達のコミュニティーなんて、作り話にしてもよく思いついたものだ」
はは、と乾いた笑いをする瑠璃に、月照は苦笑いで返すしかなかった。
(……あいつら、今度会ったら以前どこにいたのか聞いとこう)
「旅館に確認していないものはいくらでも出てくるので、これ以上は割愛しよう。情報源はほぼネットだけなんでね」
言って、瑠璃は今度はくすくすと少し面白そうに笑った。何かツボに嵌ったネタ書き込みを思い出したのだろう。
それにしても、テンポが速すぎる上に独特の口調のせいで聞き取りにくい優と比べて、瑠璃の説明はいつもながら分かり易い。
今後は最初から瑠璃に説明して貰いたいものだ。
「だから今回の目的地は、海ではなくその旅館になった。夜は旅館にいないといけないので、海はおそらく昼に行く事になる。咜魔寺君はその方が都合がいいんだろう?」
「あ、はい。むしろ夜は疲れて寝てると思います」
「……しょ、正直なのは良いが、それだと君で釣った他の部員に申し訳がない。頼むから少しは手を貸してくれ」
言いながら、瑠璃は月照の手――怪我の無い左手を掴もうとした。
月照はすい、とその手を躱して、うーんと腕を組んで考え始めた。
「手を貸すも何も、前にも言った通り俺は除霊とか浄霊とか全くできませんよ。貸すならむしろ逆方向だと思います。俺の霊感に気付いた霊はよくちょっかいかけに寄ってきますから、心霊体験に遭う可能性が高くなります」
それを聞いた瑠璃達先輩部員三人は、「うっ」と呻いてから同じ様に腕を組んだ。
「部活としては望むところでおじゃるが、安全性の担保がないと……」
しばらくの沈黙の後、幸がいつもと違って真顔で言った。
この先輩でも真面目に物事を考える事があるのかと感心しながら、月照はふと浮かんだ疑問を口にした。
「安全性って、その旅館で今まで誰か怪我したりしたんですか?」
「ううん、それは予約の時に確認しましたですけれど、『幸い今のところ怖い思いをするだけで誰も怪我したりはしていません』って返事でしたです!」
優が手をぶんぶん振りながら強く否定した。危険だったら月照が不参加に変更すると思ったのだろう。
「……まあ、旅費半分持って貰える以上あんまり勝手な事は言いませんが、実害がない霊の相手をする為に過労でぶっ倒れるとかは御免ですからね」
「も、勿論! そこまで無理は言わないけどですけど、できれば夜も少しくらいはみんなを安心させて欲しいんだよですよ」
「それくらいならまあ……でもそれなら尚更、実際に向こうに着いてみないと何とも言えないですよ。場合によっては、前みたいに俺だけ危ないって事も有り得ますし」
「それで充分ですしだし、むしろ咜魔寺君も気を付けてね」
優と話す機会が増えて気付いたが、どうにも優は敬語とため口を上手く使い分けられないらしい。だから変な言い回しになるのだろうが、それなら考えながらゆっくり話せと言いたい。
(でも、多丸姉のあのキャラ付け言葉のせいであんまり気にならなくなったんだよな……)
「「みっちゃんが危ない目に遭うくらいなら、私達はみっちゃんが旅行に行かない様に引き留めるよ?」」
「いや、お前等のせいで行く事になったんだろうが!」
相変わらず自らの言動に責任を感じさせない双子に、月照はいつもの様に二人同時にチョップを入れた。
「こゅっ!?」
そして右手に走った激痛に、言葉も出せずにうずくまった。
双子もいつもより痛かったのか「はうっ!」と頭を押さえてうずくまっていたが、どう見てもその数倍は痛そうな月照に気付いて、二人で月照の頭を撫で始めた。
声も出せず抵抗もできない月照はされるがままだ。目を開く事さえできずに痛みに耐えている。
そんな月照に、双子はいつもの様に声を揃えて言った。
「「自業自得、日頃の行いだね」」
(お前等絶対覚えてろよっ!!)
一時期マシになったと思っていた双子の態度だが、ここ数日は以前よりも悪化している気がする。三人だけの時は割とまともなのだが、誰か――例えば加美華や瑠璃が一緒の時は容赦が無い。原因は分からないが腹立たしい事この上ない。
「だ、大丈夫ですか?」
加美華がそっと右手を包み込む様に握った。
その気遣いがありがたい。
「そ、それよりも、いくら客が少ないからって人数が一気に増えたら流石に予約取れないんじゃないですか?」
不思議と痛みが引いてきたので、月照は頭に乗っていた双子の手を払い除け優に話し掛けた。
その動作で我に返ったらしい加美華は、自分からそっと手を放し真っ赤になって背を向けた。
一方月照に袖にされた双子は、彼の背後で頬をパンパンに膨らませている。
「あ、そか、そだね。急いで聞いてみるですはい」
優は慌ててスマートフォンを取り出すと、慣れた感じで旅館に電話を入れた。どうやら結構な回数、その旅館と電話で遣り取りしていた様だ。
すぐに繋がり相手に人数を伝えたが全く問題無いらしい。スマートフォンを耳に当てながら月照にVサインを出した。
だが、その後すぐに様子が変わった。
「え? そんな、悪いです……いやでもでも……ええ~? じゃ、じゃあじゃあ、お世話になりますので、よろしくお願いします……」
優は困った顔をしながら通話を終了すると、瑠璃と幸に向かって話しかけた。
「なんか、料金同じで一人一部屋用意してくれるらしいです……」
全員の「は?」という声がハモるが、優は困った顔のまま真面目な声で言った。
「今本当に全く誰も人が来ないので、部屋が余り過ぎていて困っているそうでしてですね……従業員さん達の感覚が鈍っても困るらしくて、事情を知った上で行く私達を優遇して下さるらしいですはい」
すぐには理解できなかった月照達だが、要は客がいないのでサービスする、という簡単な話だと理解すると、ほぼ全員がガッツポーズまでして喜んだ。
(うおっしゃあ! よく知らんオカ研の男子部員と同部屋回避だ!)
参加人数が男女それぞれ三人と七人だ。普通に部屋を分ければ、男子一部屋女子二部屋だっただろう。
まあ同じ部屋で寝泊まりすればそれはそれで仲良くなれるかもしれないが、しかし男子の一人はあのベートーベン先輩だ。以前部室ですれ違った時に月照と全く目を合わそうとしなかったし、それ以降も部室で顔を合わすとそそくさと去ってしまった。
そんな彼と同部屋で和気藹々と過ごせるとはとても思えなかっただけに、これはかなり嬉しい誤算だ。
(いける! 運が向いてきた!)
月照は、どん底だったゴールデンウィークがどんどん明るく輝いていく気がしてすっかり舞い上がっていた。手の痛みなんてもう感じない。
「まあ、とにかく細かい事は明日──は祝日だから、明後日こちらで打ち合わせして連絡する。多摩寺君は早く手当てして、連休に備えてくれ」
瑠璃が気を遣って話を締めて、そのままオカルト研究部の部活は終了となった。
その日の帰り道、月照が加美華とばかり話していつも以上に双子に冷たかった事は言う迄も無い。




