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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
3セーブ目
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3セーブ目(1)

(注)投稿時期が平成31年~令和元年のゴールデンウィーク10連休と重なっておりますが、作中ではまだ平成20年代です。

 四月も終わりに近付けば、新入生も高校生活に大分()()んでくる。

 地元民しかいないようなこの高校では、中学からの顔見知りがお互いの緊張を和らげてくれるので、知らない相手がいても割と簡単に声をかけて交友の輪を広げていく事が出来る。

 だから放課後の教室内では、今日はどこに寄り道するかとか、次の休みにどこに遊びに行くかとか、そんな会話内容がそこかしこから聞こえてくる。中には他のクラスの者を交えたグループもあるようだ。

 月照もあのイベント以降、悪霊に出会う事も無ければしつこく付き(まと)ってくる霊に絡まれる事も無い、平穏な日々を過ごしていた。

 そう、中学の時とは違ってなかなか好調なスタートを切った。

 ……はずだった。

 なのに今、月照の周りには誰もいない。

 ホームルームが終わったばかりで部活をしていないクラスメイトの(ほとん)どが教室に残っているのに、なぜか月照周辺だけは人口密度の空白が生まれていた。

(もしかして、小学校高学年からのぼっち生活は霊のせいじゃなかった……なんて事、無いよな?)

 月照は吹き出しそうな冷や汗を根性でねじ伏せて、何も気にしていないフリをして窓の外を(なが)めた。

 怖い想像に心臓が(はや)(がね)を打ち始める。

(い、いや……とりあえず落ち着こう。そんなはずはない……はずだし)

 どうせこの後教室から人がいなくなるまで待ってから、体操服に着替えて自主練習で学校外周を走り込むのだ。急ぐ用事もないのでのんびり状況を整理しよう。


 中学での経験から霊に話し掛けるのはNGだと学習し、見かけても無視を決め込んでいた。

 だから霊との会話なんて桐子以外とは全くしていない。

 (たま)にあの時の生首達と校内で出会い深々と頭を下げて挨拶されるので軽く手で挨拶を返すがそれも無言だし、それ以外は全部無視を決め込んでいる。

 旧校舎の住職とさえ話をしていない。

 いや、彼には会ってないと言う方が正しい。

 あの日から、ご神体を隠した自室の机を見る度に強い(かっ)(とう)があるが、決心はつかない。

 霊に悩まされる事の無い世界と命の恩人の切なる願い。

 正気を失う程長い間孤独に(さら)されてきた幼い少女との約束。

 それだけを(てん)(びん)に掛けてしまえば簡単に結果が出てしまうが、それは何か自分の中にあるとても大切なものを(けが)す行為に思えてならない。きっと何かを(はかり)に乗せ忘れているのだろう。

(それならできるだけ早く、桐子自身を満足させれば良いんだが……)

 あの強固に「絶対に成仏しない!」と言い張る少女は、きっと生半可な事では満足なんてしないだろう。もしかしたら満足しても成仏しないかもしれない。

(急いだ方がいいんだろうけど、とりあえずこっちは連休明けてからでも大丈夫だろ)

 勝手に先送りする事に若干の罪悪感はあるが、ここで悩んですぐに結論が出る程度ならとっくに解決できている。

 だから今問題にすべきは目先の事だ。

 今週からゴールデンウィークなのだ。明日の祝日の後、世間では土曜日からの五連休――この学校は土曜半日授業があるので4連休だが、それでも充分な長さだ。

 その長い時間、月照は誰とも遊ぶ予定がない。双子とすら約束がない。

 いやまあ、双子は小学生の様に約束が無くても突然家にやってきて相手させられるので、わざわざ約束をする事の方が少ないのだが。

 とにかくなぜこんな状況になってしまったのか、少しはその原因を究明した方がいいだろう。

 月照は窓の外から教室の中へと視線を戻し、離れた所で(たむろ)しているクラスメイト達の様子をこっそり窺い始めた。



(あ、あいつ。俺と話す時と全然雰囲気違うじゃねえか)

 クラスメイトの中でもそこそこ会話する方だと思っている(もり)(ばやし)という男子生徒の様子を見ていると、取り巻き連中と自然体でリラックスしきって話している。

 月照と会話する時は直立不動、気を付けの姿勢で敬語なのに、今はタメ口で小ネタまで言って周囲の笑いを誘っている。

(てか、そもそもなんであいつ俺には敬語なんだ?)

 普段のぶっきらぼうな言動が、乱暴な不良っぽく思えて怖いのだろうか。

 確かに、一応は女の子である双子を相手にかなり雑で乱暴な態度を取る事がある。というかいつもそうだ。

 双子と月照の関係を知らない人間の目には、月照は女子にさえチョップをかます乱暴者と映っているのかもしれない。

(それで女子が特に寄ってこないのか? いや、でも――)

 粗暴な人間はこのクラスにもそこそこいるし、それが原因とは考えにくい。まあそれが原因だったとしても、性格なのだからそう簡単に変えられる訳もない。

 それに双子をぞんざいに扱っているのも、ほぼ全て双子の言動が原因だ。それで自分が()けられているなんて考えたくない。

 しかしそうなると、自分の何が悪いのか分からなくなってくる。クラスメイトと特に違う事なんてそんなにしていないはずだ。

 精々が「(だっ)(こう)オムツ野郎」と陰で変な(あだ)()で呼んでいた奴等のリーダー格――つまり森林を、クラス全員の前で校舎裏に呼び出して、今後止()めるよう(げん)(じゅう)注意した事くらいか。

 それだって、下手にこっそり呼び出したらそれこそ不良の(どう)(かつ)だと思われそうだったので、やましい事がないと相手に安心して(もら)う為に取った行動だ。事実彼もへらへらした笑顔で付いて来た。

 そういえば、校舎裏で話し始めようとした時に空から()(びん)が落ちてくる霊障があったが、直前に気付いて「そこで止まれ」と注意したので、森林は落下点十センチ手前で立ち止まって事無きを得た。

 人に大()()を負わせようとする悪意ある面倒な霊が学校にいた事につい「ちっ……」と舌打ちしたが、あまり態度に出すと不審に思われるので(つと)めて無表情で彼に要件を伝えた。

 その最後に、今後もそんな霊の(いた)(ずら)に巻き込まれて怪我をしてはいけないからと「暗い夜道とか後ろ、いつも注意しとけよ」と忠告してあげたら、森林は青ざめた顔で何度も頷き、泣きそうというか悲鳴の様な声で(せい)(しん)(せい)()(しゃ)(ざい)をしてくれた。

 あそこまで反省してくれたのなら問題無く和解できたはずなので、月照はそれ以降何度かフレンドリーに話しかけている。

(ああ、そうか。そういう事か)

 森林は大怪我、下手をすれば死んでいたかも知れない花瓶の落下から自分を助けてくれた月照に、感謝だけではなく敬意も持ったのだろう。命の恩人相手に軽口なんて失礼だと、いつも気を付けの姿勢でこちらの話をきちんと最後まで聞いているのだ。話している途中全く目を合わさないのはちょっと不可解だが、きっと彼なりの礼節なのだろう。


 この件を考察しても、他の生徒になぜ避けられているのか原因は全く何も思い当たらない。

 森林の件以外に目立つ行動なんて、もう全然心当たりがない。

 試しに今日一日を振り返ってみても全くいつも通りだ。授業中は真面目にきちんと教師の話を聞き、休み時間の度に大声でやってくる双子にチョップを入れて、昼休みは教室で双子からおかずを守りながら弁当を食べ、そして放課後の今に至る。

(うん、やっぱ妙な事は何もしてないな)

 実際に双子の来訪で誰かが特別騒ぐ事は無くなったし、入学当初と比べて他クラスの生徒が来るのも珍しくない。

 だが月照は気付いていない。

 森林のグループ全員が青ざめた表情で()(こつ)に月照から視線を()らし、その異様な空気に気付いた他のグループも見て見ぬ振りをする様になった事に……。

(いや、待てよ?)

 あの双子とは相変わらず一緒に登下校しているので、それを目撃した者もいるはずだ。女子と登下校は、客観的に見れば目立つかもしれない。

(――いや、幼馴染みってもうみんな分かってるだろうし、ずっと教室で一緒なんだからそんな事一々気にもしないか)

 むしろ登下校くらい当たり前だと思っているに違いない、月照はそう結論付けた。


 下校といえば、最近は加美華も一緒に帰る事が多い。

 彼女は結局オカルト研究部に残ったので、双子と同じ時間になるからだ。

 もう布団事件の事はお互いに吹っ切れたので、顔を合わせても言葉に()まる事はない。

 といってもお互い共通の話題なんて(たか)が知れているので毎回似た様な話しかしていないのだが、加美華はそれだけで満足なのか、いつも柔らかい笑顔を浮かべている。

 偶に危険なくらい真っ赤になったりするが、普段は最初に会った時からは考えられないくらい明るくて落ち着いている。

 そのせいかどうかは分からないが、彼女が以前と比べてずっと可愛く感じてしまう様になった。時々ドキッとして会話を忘れてしまう事がある位、彼女が魅力的になった気がする。

(まあ、それだけなんだけど……)

 健全な男子としては色々と思うところがあるのだが、数少ない友人である加美華に対して変な感情を持つ訳にはいかない。下手に今の関係を壊してしまうと、彼女まで月照と距離をおいてしまうかも知れない。

 それだけは回避しないと、結局相手をしてくれるのが霊と双子だけ、という状況になりかねない。


 そういえば、現在月照にとって霊の代表的存在な桐子は、最近どうやら近所の道を覚えたらしい。加美華を迎えに学校の校門までやって来るので、アパートに行かなくてもここ数日毎日顔を合わしている。

 ただ、以前「おんぶして」と()()った時とは異なり、かなり遠慮のようなものが見て取れるようになった。

 まあ元々分別のある子なのであの時だけ特別だったのだが、仲良くなったし今後もちゃんと相手をしようと思った矢先に急にそんな態度を取られると、ちょっと――いやかなり寂しい。

(まあ、甘えてこない訳でもないんだけどな……)

 以前より(えん)(りょ)がちとはいえ、加美華のアパートまでの帰り道では何度か手を(つな)いできたし、頭を()でればされるがままで上機嫌な笑顔を見せる。

 ただその手を一度離してしまうと、しばらく経ってから黙って(うつむ)いてしまい、心配して再び手を伸ばしてもその手はやんわりと(きょ)(ぜつ)されてしまう。

 そうなると桐子からは何も話し掛けてくれないし、月照から声を掛けても生返事を返すだけ、気もそぞろといった感じになる。

 加美華が話し掛けた時はもう少ししっかり反応しているので、余計に桐子が何を考えているのか分からない。

(悩み事なら相談くらいしてくれれば、こっちもありがたいんだけどな)

 気になってモヤモヤするので「悩んでないか」と昨日はっきり聞いてみたが、返事は「死んでるから病気にはならないと思う」だった。

()んでないか、って聞いたんじゃねえよ! 『な』どこ行った!)

 その時は何を言っているのか分からなくて会話が()()えてしまったが、今なら分かるのでとりあえず心の中で突っ込んで少しすっきりしておく。

 それはともかく、最近は加美華のアパートに寄らなくなったので桐子と顔を合わせるのはほんの数分間だけだ。双子はともかく他の下校者の目があるので、挨拶程度しか相手できない。

 悩み事があるのは確かだろうが、そんな状況ではしっかりと(しん)()に話を聞く事もできない。

 今度オカルト研究部が早めに終わった時に、加美華の部屋に寄って一緒にじっくり話し合った方が良いかもしれない。

(――って、()()の心配ばっかしてる場合でもないな)

 窓の外で帰宅部らしい数人のグループがふざけながら楽しそうに帰宅する姿が目に入り、月照はクラスに友人らしい友人が全くいない現状を思い出して再び思考をそちらに戻した。


(いやいや、クラスには全くいなくてもオカ研メンバーとはそこそこ仲いいし、そこまで寂しい奴にはならないな。てかクラスでも全く居ない訳じゃないけどな!)

 自分の思考に謎の言い訳をして、オカルト研究部の濃い面々を思い返す。

 瑠璃、優、幸の顔見知りメンバーは、特にここ数日は入れ替わり立ち替わり、心霊体験の相談というか新ネタを聞きに来ている。以前いつでも気軽に部室に顔を出せと言われたが、その間を与えないくらい向こうが気軽に顔を出してくるようになった。

 勿論その時は目立たない様すぐ席を外して、部室に行って対応している。

 あそこに行くと幸が毎回異なるキャラで出迎えるので正直面倒臭いが仕方がない。教室で上級生とオカルト話なんてしたら、変な趣味の奴として目立ってしまう。

 あの幸でもそのあたりは少し気を(つか)ってくれているのか、この前迎えに来た時は教室内では普通の言葉遣いだった。まあ部室に着くなり語尾に「ざんすッス」とか付けていて、もうどんな目的でどんなキャラを目指しているのか全く分からなかったが。

 そういえば丁度その日、教室に帰ってきた時に珍しくクラスの女子に話し掛けられた。

 確か、「女なら誰でも良いの?」と聞かれたので、男子部員に呼び出されても問題無いから「別に男でも誰でもいいけど?」と返しておいた。男子部員との面識は無きに等しいが、オカルト研究部を名乗ってくれればそれで充分だ。

 その女子は「きゃー!」と黄色い声を上げながらグループの所まで走って行って、直後にそのグループ全員がこっちを見ながら同じ声を上げていたが、あれは一体何だったのだろう……。


 何気なくその女子グループを探すと、今もその時と同じように教室の端で(たむろ)している。

 あまり女子の方を見ていると色々誤解を招くのですぐに視線を巡らせ、ふと黒板横のカレンダーが目に入って根本的な事を思い出した。

(そうだ、ゴールデンウィークなんだった)

 四連休もあれば気分をリセットできるし、同じくリセットしてくるだろうクラスの連中に休み明けに話しかければ、もう少しこのぼっち感が薄れてくれるだろう。

 そんな風に希望的予測を立てている月照にとっては、このゴールデンウィークは特別なのだ。

 そしてその連休を少しだけでも誰かと一緒に過ごす事ができれば、そいつとは休み明けに共通の話題で盛り上がる事だって不可能じゃない。

 ……の、だが。

 そんな相手がいないから、今こんな風に悩んでいるのだ。

 まあまだ数日あるし、それまでに何とかすれば良い。

 仮に何ともならなくても、連休は野球の自主トレーニングに費やせばいい。そろそろ遠投などのメニューを入れたいと思っていたのだ。

 人口がそこそこ多い町といってもベッドタウンみたいなもので、ただの田舎だ。広い場所なら結構あるので、遠投する場所には困らない。

(………………)

 場所には困らないが、受けてくれる相手がいなかった。

 双子には月照の球を()る事はできないだろうし、仮に捕れても飛距離が違い過ぎるだろうから返球できない。まさか投げっぱなしの球を拾って持ってこさせるなんて、犬じゃあるまいしやってくれる訳がない。

(いや、(ちゅう)(けい)させれば……って、絶対無理だな)

 月照の球を(こう)(いつ)した灯がそれを拾いに走って、灯が中継の蛍に投げた球を今度は蛍が後逸して拾いに走り、最後は蛍が投げた暴投を月照が取りに走る……と、結局全員が球拾いに走り回るだけだろう。

 あの二人の運動神経では球技は難しい。

 他に頼めそうな相手はもう……と絶望しそうになって、しかし希望に気付いた。

(そうか、学年に(こだわ)らなければいいのか)

 すぐに思いついたのは加美華だが、運動能力は未知数とはいえ「一年間帰宅部をしていた女子」なのだから双子と大きく差があるとは思えない。

 何とかなりそうな知り合いは瑠璃くらいだが、彼女だっていくら力が強くとも女の子だ。野球やソフトボールの経験が無ければ、バスケットボールを体育館の端から端まで投げられる月照の遠投の相手なんて(つと)まる訳がない。

 それに休日に、受験を控えた三年の女子を誘って、「キャッチボールして下さい」と言い出す勇気はない。

 幸も同じく三年生で、優は運動すると命に関わりそうな体型だ。

(壁しか俺の相手をしてくれないのか……)

 最終的には壁当てしか思いつかなかった。



「やあ、咜魔寺君。今大丈夫かな?」

 月照が本格的に落ち込みそうになっていると、丁度その瑠璃がやってきた。最近では教室の奥、月照の席まで平気で入ってくる。

「あ、はい」

 自主トレの着替えの為に人が()けるのを待っていただけなので、月照は即答した。

 トレーニング内容は今のところ準備運動を兼ねた柔軟と外周ランニングだけなので、全く急ぐ事はない。いくら月照に体力があるとはいっても、ホームルーム後すぐに走り出して部活を終えた双子と時間が合う訳がない。そこまで超人的な体力があるなら、野球部を予約するのではなく素直今すぐに陸上部に入っている。

 (もち)(ろん)途中で(きゅう)(けい)しても良いのだが、それだと中途半端になる。オカルト研究部はかなり(ゆる)い部活なので、終了時間は下校時間とは一切無関係でランダムなのだ。

 だから自然と、外周を走る月照を双子が校門で待つ形になった。

 そんな状況で「休憩が終わったからもうひとっ走り行ってくる」なんて、いくら双子相手でも言い出せない。ただでさえそこから更に待たせて着替える時間が必要なのだ。

 かといって早めに走り終わると、待っているのが(おっ)(くう)になって置いて帰りたい(しょう)(どう)()られてしまうに違いない。

(そもそも、あいつらがやりたい部活をあいつらに真面目に通わせる為に、なんで俺が色々()(づか)ってんだよ)

 相変わらす理不尽だった。

「良かった。少し話したいのだが、ここでするか?」

 瑠璃は少し周囲を気にしたのか小声になった。

 そういえば、この時間帯にオカルト研究部員が来るのは珍しい。

 普段なら休憩時間にしかこない。放課後はすぐに部室に集まってわいわいやっている。

「いえ。部室でお願いします」

 月照は教室内の数人がこちらを見ている事に気付いて、(かばん)を持って席を立った。

 この流れだときっと部室で双子と合流し最後まで同席させられるので、今日の走り込みは難しいだろう。鞄を取りに戻るのは面倒臭い。

 瑠璃は「じゃあ行こうか」といつもの様に堂々と、月照と肩を並べて教室を出た。



 その二人を密かに見送っていた五人ほどの女子グループが、輪になって互いの顔を近付けて一気に騒ぎ始めた。

「今の人、三人目だと思ってたけどやっぱ男なんじゃないの?」

 (ひと)(きわ)目立つ整った小顔で茶髪の女子が、周りに聞こえる大きな声で口火を切った。顔を近付けた意味は無いらしい。

 他の女子達も、同じかそれ以上の声量で話し始める。

「じゃあ咜魔寺が女装させてんの?」

「ありえる~」

 きゃはは、と全員が笑うが、一人がすぐに否定する。

「ばーか。どっちもいけるならわざわざ女装させるかって。てか教師が黙ってないっしょ」

「いやいや有り得るって! あいつ、邪魔者は消しにかかるらしいし」

「あ、聞いた聞いた! (もり)(ばやし)、前に校舎裏に呼び出されてから態度めちゃ変わったじゃん? あれ、殺されかけたかららしいよ」

「え、嘘!? 森林って親がなんか権力持っててやばいって前言ってなかった?」

「だからあいつ黙らせた咜魔寺が一番やばいって話」

「ああ~……。そりゃ、教師も何も言えないわ」

「うわぁ……。じゃあ全員咜魔寺が(おど)して付き合ってんの?」

「ありえる~」

「……いや、あの双子は違うでしょ」

「てかてか、あいつら二人の方が咜魔寺(かげ)で操ってそうじゃね?」

「ああ、確かになんか咜魔寺の方が()()()そうにしてるし」

「幼馴染みって言ってたし、弱み(にぎ)って(あご)で使ってんの?」

「それで告白してきた不細工男子とか、咜魔寺に消させてんじゃねーの?」

「あ、気に入らない女も!」

「てかてか、咜魔寺はそいつら消さずに自分のもんにしてんじゃね?」

「ありえる~」

「いや、あんたにかかると何でも有り得るから困るわ」

 きゃはははは、と大声で笑う本人達は冗談半分だが、断片的にその情報が耳に届いたクラスメイト達は果たしてどう思うのか。

 こうしてまた、月照とクラスメイトとの距離が開くのだった。

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